第四章 復讐のマグナム
第四章 復讐のマグナム
「お兄様……」
「あ、アンネ……アンネぇえええええっ!!」
ジョンは、過ぎ去っていく妹の名を叫び続ける。
やがてその姿が見えなくなると、ごうごうと燃えている家に向かった。熱気が顔を包み込んで皮膚を焦がすが、それでも構わずに胴体だけで這って進んだ。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
崩れた壁の一部が目の前にあり、ジョンは残った短い腕を掲げて息を荒くする。
躊躇は一瞬。
次の瞬間には――腕の断面を灼熱の壁に押し付けていた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
ジョンは、人間が出せれる声の限界を超えるくらいの勢いで叫んだ。動物というカテゴリーで考えても似ている声が見つからないほどの絶叫だった。
肉が焼ける音が数秒続き、ジョンは右腕を離す。そして、続けて左腕を押し付けると、再び叫喚する。
気絶してもおかしくない激痛に耐え続けるジョン。
両脚の断面を左右同時に押し付けた時は、まるで魂が痛みを拒絶しているかのような、そんな悲痛の叫び声を発する。
とはいえジョンは、熱せられた壁に傷口――神郷に斬られた四肢の断面――を押し付けることで、地獄のような苦しみを味わいながらも止血をした。
「……はあーっ、ごほっ、ごほっ、はぐっ、ううう」
止血する前にあまりの激痛でショック死すらしかねない。
自殺行為とすら思える方法だったが――それでもジョンは選択し、乗り切った。
それは、死を前にして絶望や諦めよりも先に、神郷に対する抑え切れない怒りがあったから。故に、死を拒絶して生に縋ったのだ。
結果――ジョンは四肢を切断され、夥しい量の出血をしながらも生き延びた。
しかし、生の執念を見せてもそれは多少の延命処置に過ぎない。家が燃えていようと、喧騒から隔離されたような場所に建てられた家だ――近寄る者は誰一人いない。ジョンがいる場所から近くの町まで歩いて三十分はかかる。ましてや今のジョンは、焼けただれて短くなった腕と脚だ。三歳児よりも歩行速度は遅いだろう。
だが、ジョンは諦めていなかった。
這いつくばって、前進しようと腕を出す。
「うわああああああああっ! いっ、てぇ……」
地面に傷口が当たった瞬間、刺すような痛みが襲ってくるのだ。
そこでジョンは、腕と脚で立つことを諦めて地面に背中を着けた。そして、胴体にある筋肉使って体を捻らせ、横向きに転がる。
「……っ、くっ、うう」
転がる度に衝撃で四肢が痛む。それでも移動は速く負担は軽くなり、ジョンは我慢しながら必死に転がり続ける。
が――それも長くは続かず、すぐに限界を迎えた。
「はああっ……はあっ……はあ……はぁ……こ、こんな、ところで」
ジョンは息が浅くなり、悔しみながら意識がだんだん薄れていくのを感じている。
その時、
「四肢が欠損し、火傷を負ってなお生存している。貴様という存在に、非常に興味を引かれた。できれば話を聞きたい、是非とも」
ジョンは出会った――それは奇跡とも運命とも言える巡り合わせだ。
「……お前は?」
突如かけられた女の声に、いきなり視界に飛び込んだ女の姿に、ジョンは何者なのかを尋ねる。
「私は、エーデル・アイブリンガー。科学者よ。貴様の名前は?」
ジョンを警戒する様子もなく、普通に名乗るエーデル。肩書きの『科学者』という漠然とした言い方に引っかかったが、ジョンも礼儀として名乗ることにした。
「俺の名は、ジョン=クラウド・マッドフィール・グレーフェンベルク・ナツメ・ムーンライト。長ければ『ジョン』でも『マグナム』でも好きに呼べばいい」
「ふむ……では、ジョン」
「何だ?」
「聞こう。貴様が如何にしてこのような状況に陥ったのか」
「おい、見てわからねえのか? 俺は今すぐにでも死にそうなんだよ! どこか、病院にでも連れていってくれ」
「何だ、治療が望みか。ならば私の基地にでも連れていこう」
「えっ? 確か、エーデルとか言ったよな? お前、科学者じゃねえのかよ?」
「治療だって突き詰めれば科学の範囲に入らなくもない。私ならば可能だ」
ジョンはエーデルのことを訝しむが、今の死に損ないであるジョンに取れる選択肢はないのだ。
「……わかった。何でもいい、助けてくれるなら俺は何だってする」
そのジョンの言葉に、エーデルは露骨な笑顔を見せた。
「そう……ちょうどいい、色々と実験がしたかったところだ。貴様で試させてもらうぞ、貴様は最高の素材になりそうだからな」
その好奇心に満ちた笑顔を見て、ジョンは臓腑が抉られるような恐怖を感じる。
いや――恐怖というよりは、畏怖だ。
エーデルの目は、親に買ってもらったおもちゃを見る子供の目だった。
純粋であるが故の容赦のない狂気を、ジョンはその一瞬で垣間見たのだ。
そして、エーデルの手がジョンに伸び――。
■ ■
「…………夢、か。良い夢なのか悪い夢なのか、微妙だけどな」
目を開けると見慣れた天井が見え、さっきまで見ていた光景とは一変していた。
「どんな夢を見ていた?」
「……エーデル。人の寝顔を勝手に見るのは趣味が悪いぞ」
夢から覚めたというのに、すぐまた同じ顔を見て、ジョンは機嫌が悪くなる。しかし、そんなことはお構いなしに、
「貴様は私の実験体だ。観察をするのに問題があるとは思えないが」
当然のように言った。
「ちっ、プライバシーもねえのか……ああ、わかったよ。あれだ、どこぞでお前と初めて会った日のことだ。それを夢で見てた」
「ふむ。神郷によって義手義足を斬られ、過去の記憶が蘇ったということなのかもな」
「あれから一年四ヶ月か。最初は義手義足が合わなくて大変だったぜ」
「当たり前だ。完成に近付くには試行錯誤あるのみ。だがおかげで……今はどうだ?」
エーデルはジョンを指さす。
正確に言えば、ジョンの四肢に装着された義手義足に。
「ああ……自分の手足と全く変わらない感覚だ。それ以上と言ってもいいくらい、動きが滑らかだしな」
ジョンが神郷との再戦に敗北してから二日後。
「それは何よりだ。あと、貴様の武器の改造も完了し、新たな発明品も完成した」
エーデルは宣言通り、神郷を倒しに行くための準備を二日で終えた。
普通では考えられないような労力が費やされたと思われるのだが――エーデルの顔には疲労の色など一切見られない。
いつもと変わらない無表情でいる。
普段エーデルは作ること以外で表情を変えず、それを恐ろしいと思ったこともあるが、今のジョンには逆に頼もしく見えた。
不安を払拭させて、安心させてくれる。
エーデルが本気を出して――いるのかどうか定かではないが――作った装備なら、負けるはずがない、と大船に乗った気持ちになれるのだ。
「そうか……で、神郷がいる場所は特定できたのか?」
「ええ。情報部の話では、メログラーノから北西方面、ガルデニアから北東方面に位置している。偶然だが、この基地から真北に百キロの場所だ。その都の名はクリュザンテーメという」
「クリュザンテーメ」
オウム返しにつぶやくジョンに、エーデルは「そうだ」と頷く。
「もう一つ……武器について二、三言っておくことがある。それさえ聞けばあとは貴様の自由だ。で、いつに行くつもりだ?」
「即座に」
「……ふむ。貴様ならそう言うと私は予測していた」
それだけ言うと、エーデルはジョンの部屋から出ていった。しばらくして、ジョンも着替えを済ませてからその部屋を出て、エーデルの部屋に向かう。
その時、
「あっ、ジョン。あんたもエーデルさんのところに?」
基地の通路でリオンと鉢合わせた。質問の内容から、リオンもまた、エーデルの部屋に向かおうとしていたのだろう。
「そうだ。リオン、お前は何の用なんだ?」
「何言ってるのよ。あたしも、あんたと一緒にクリュザンテーメに行くのよ」
「はあっ? 正気か? あんな目に遭っておいて……」
「だからこそよ。ここで戦わないでいつ戦うっていうのよ。クリノスの人達のため、そして自分自身のためにも、戦いたいって思っているわ」
リオンは強い意志を持った目でジョンを見る。そこには、かの虐殺で悲観して死に急ぐ様子は微塵も感じられなかった。確固たる戦いへの目的を持っていて――命を捨てようとせず、懸命に生きようという決意が見られる。
(そうだ……リオンは、俺と出会う前から兵士だったんだな)
同情は不要、特別扱いも不要――ただ己がために戦う。
それは立派なことで、ジョンはそれに口出しできるはずもなかった。
「……勝手にしろ。だけど、今回は神郷が相手だ。お前を助けてやる暇なんてないから、自分の身は自分で守れ。あと、勝てる保証もない。俺が殺されたら真っ先に逃げろ。仇を取ろうなんて馬鹿な真似はするな。俺が勝てない相手にお前が勝てるはずない」
「うーん、まあ、そこら辺は現場の判断で」
「おい」
「さーて、さっさと説明を聞きに行きましょう。私の『百花繚乱』も新しくなったらしいし、すっごく楽しみだわ」
リオンはジョンの忠告を無視して、足早にリオンの部屋に這入っていく。それを見て、ジョンはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。それから、ゆっくりとした足取りで後を追った。
「ちっ……大丈夫かな、あいつ」
ジョンはどうしてもリオンが心配になって、ついつぶやいてしまう。それでもジョンは一度、扉の前で気を引き締める。
エーデルに武器のことなど一通り説明を聞けば、そこから戦闘開始なのだ。
ジョンは深呼吸をして高揚する気持ちを落ち着かせる――そして、ジョンはエーデルが待つ扉の向こうへと進んだ。
■ ■
説明を終えたジョンとリオンは、準備を整えてすぐに出発した。
基地から北に百キロの道程をひたすら車で走っている。
車に乗っているのは二人だけだ。もしかしたらこれが最後の決戦になるかもしれないのだが、それでもエーデルはジョン達に人員を割かなかった。それは、単に戦闘要員が少ないのと、エーデルがこの戦争に興味や関心がないからと言える。
ジョンが運転し、リオンが助手席に座り――現在、二人とも暇を持て余していた。
約二時間のドライブである。到着までの間ずっと気を張っているのも無理な話で、二人は真剣七割、冗談三割でクリュザンテーメでの動き方を話し合った。
しかし、ジョンは経験則から、計画がうまく運ぶことはないと知っているので――その話し合いはただの暇潰しに過ぎないのだ。結局のところ、現場での判断が最優先されてしまうし、それでジョンは今まで生き残ってきた節もある。ただ、計画を立てるということは、現場で判断する時の選択肢が増えるという点で決して無駄とは言えない。
どんなことをしても死ぬ時は死ぬ――と言えば元も子もなくなるのだから。
そうして時間は経過し、やがてその時は近付く。
「ジョン。あれ、クリュザンテーメじゃない?」
リオンがそう言っている時には既に、ジョンもそれを視界に収めている。
「ふん……エーデルが都って表現した意味がわかったぜ」
「すごくでっかいね」
それは、遠くからでも見えるほど広大な光景だった。
大小様々な建造物が集まり、一目見ただけで、町と言える規模ではないことがわかる。インフラも整っているのか、多くの舗装道路がそこから伸びていた。ジョンはハンドルを切ってその中の一本に入る。荒野は細かい振動がずっと続いていたので、舗装道路に変わった瞬間は車内が静かになるのを感じた。
少し走ると、クリュザンテーメの様相がはっきりとわかるようになる。
レンガ造りの住宅や建物が規則的に並んでいて、西洋の都市に近い外観を持っていた。中心地と見られるところにはビルや塔など高い建物もある。
そして、今までと違うのが、人の数だ。歩道には普通に人が歩いているし、少ないとはいえ車も何台か走っている。これは、ジョンが死んで脅威がなくなったために、外出禁止令を解いたのだろう。そのおかげか、兵士も今のところ見当たらない。
「何か、見た感じ平和そうだね。穏やかって感じかな」
リオンは窓から外を眺めてそう言った。
「そうか? 俺からすれば、窮屈そうに生きている風に見えるぞ。何て言うのか……心底楽しそうに生きている感じではない」
「それは、うん。神郷によって支配されているも同然だから、そう見えてもしょうがないと思うけど。でも、みんな明日への希望を捨てているわけじゃないよ」
「当然だ。でなければ生きている意味がない」
一見平穏そうに見えても、それは抑圧されているからであり、武力による恐怖政治に他ならない。独裁もいいところで、それでは決して国民はついていけれないし、長くは続かないのだ。しかし神郷は、そう簡単に殺される独裁者ではない。幹部や部下も含めて個の戦闘能力は高く、どれだけ国民が結束しようが、革命は不可能に近い。
(今しかないんだ。三巨頭が潰れて、俺が死んだと思って油断している今こそ……神郷を殺すチャンスだ)
そう言った使命感もジョンの中にはあるが――やはり根底には妹を助けたい気持ちと、神郷を殺したい復讐心が多くを占めている。
都の中心に向かって車を走らせているジョンは、そこで気付く。
「……何だ? あの壁」
ある地点から、十メートル近い高さの壁によって内と外とで区切られていた。
「わからないわ。でも、中への通り道はあるわ」
「いや……あれは通り道というより検問所だな。兵士だって数人いる」
「あっ、本当だ。でも、それって」
「ああ。神郷のことだ、きっと壁の向こうに居を構えているんだろう」
「じゃあ、どうするの? まさかとは思うけど……」
リオンは、ジョンが大体何をするのか予想がつき、引きつった笑顔を見せる。
「俺の辞書に『検問所』って言葉はねえ」
「いやああああああっ! やっぱりいいいいいっ! それだめえええええええええええええええっ!」
ジョンはアクセルをベタ踏みして、一気に加速する。リオンは急加速のGで座席に押し付けられながら悲鳴を上げた。
ものすごい速度で車窓の景色が過ぎ去り、同じ速度で検問所が近付いてくる。
アーチ状に開いている門は一つ――幸いにも邪魔になるような車はない。
「うおおおおっ! こっちに突っ込んでくるぞ!」
検問所にいた数人が猛スピードの車に気付くが、誰も止めようとせずに検問所を飛ぶように離れた。二人が乗る車は、既にそれほどの速度が出ているのだ。
何かにぶつかることなく、無事に壁をくぐり抜けたジョンとリオン。
だが直後に、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
「おい、リオン。急いで後ろに行け。そして戦闘準備だ」
「えっ? どうしてなの?」
「これから、向こうが手荒い歓迎をしてくれるからだよ」
ジョンは壁を通過してすぐにそれを見ていて、リオンはジョンに言われて気付き、それを見てぎょっとする。
壁を抜けたその先は道路が一直線に開けており――数キロ先にまた壁があったのだ。
そして、ぞろぞろと姿を現す兵士達の姿が見えた。
「基本的に銃を持っていて、遠くのやつらから撃っていけ。俺は近くのやつらを殺る」
「でもどうやって? 今走行中だよ?」
「サンルーフから銃と上半身を出して撃て」
「嫌よ! 向こうが撃ってきたらどうするのよ!」
「百キロ以上出しているんだ、相手の銃撃なんてそうは当たらねえ」
「ああ、もう! いっつも無茶苦茶なんだから! やればいいんでしょう、やれば!」
リオンはヤケクソに言うと、トランクから頑強そうなケースを取り出して、中身を取り出す。それは、いつも使っている『百花繚乱』よりも一回り大きいものだ。
クリュザンテーメへの道中で武器のセッティングは終わっている。なのでリオンは、ボルトをコッキングするだけで準備を終えた。その時、ジョンの操作でサンルーフが開けられ、リオンは意を決してサンルーフから顔を出す。
「うにゃっ! か、風……強いよ!」
仰け反るくらいの風を受けて、リオンはしゃがんでしまう。それでも何とか立ち上がって上半身と銃を車外に出した。
車の屋根にバイポッドで銃を固定して、狙撃の体勢を取る。
一方、ジョンはサイドガラスを開けて、右腕を外に出した――決して敵に手を振るためではない。
その右手には、装いに多少変化が見られる『煌々たる地獄』が握られていた。
ジョンは、車を運転しながら敵を撃ち殺していくつもりなのだ。
「それじゃあ行くぜ……出迎えてくれたボーイ達にチップのサービスだ!」
引き金を引くと、いつもとは違う、異質な銃声が響いた。銃弾は敵兵士を次々と破壊していくが――明らかに威力が上がっている。一発一発が重く、二、三人を平然と貫通していくのだ。それを連射するものだから、車を止めようと敵が固まっていても、簡単に掃除される。
ジョンが撃ち続けていると、後ろで大砲が発射されたような音が聞こえた。
それは、リオンの『百花繚乱』による銃声に他ならない。大気が震えるほどの轟音と共に放たれた銃弾は、すさまじい威力を見せる。ジョンや敵兵士、撃ったリオンですら震撼してしまうほどのものだ。
リオンは一キロ先に標準を合わせたつもりだろうが、銃弾は一キロ先の敵兵士を軽々と貫き、なおも射線上にいる全ての敵兵士を薙ぎ倒していく。そして、二キロ先に設置されたバリケード――陣地とも防衛線とも言えるそれに巨大な風穴を開けた。
「…………」
一発の銃弾による、圧倒的な蹂躙。
しかし、それは一発では終わらず――二発、三発と連続して発射される。その度に敵は血煙を上げ、コンクリートの障壁は粉砕され土煙を上げた。ジョンが運転する車は、肉とがれきを踏んだり避けたりしながら走行を続けていく。
遠近で敵を蹴散らしていると、やがて、もう一つの壁が近付いてくる。
ジョンとリオンが向かっている壁――その先に神郷がいると、ジョンは感じていた。それは、第一の壁を突破してからの警戒態勢において、兵士が多く投入されているからだ。クリュザンテーメにおいてそれほどまでに守りを固めるのは、壁の先に神郷がいる証左と言える。
直線道路の先には壁を抜ける門があったが、今は固く閉ざされていた。
「ジョン! 壁が近付いているわ。どうするの?」
リオンは図鑑のような大きさのマガジンを手にし、車内に戻りながら訊く。リロードのためだろう、ジョンも同じく弾切れになり、助手席に『煌々たる地獄』を投げ捨てる。
「わかってる。とりあえず『六天を穿つ満月』をよこせ」
ジョンはリオンにそう言いながら後ろに手を回して催促した。仕方なくリオンは言われた通りトランクにある巨大なリボルバーをジョンに渡す。
ジョンはそのリボルバーをすぐにサイドガラスから出して、それからリオンの質問に答えた。
「決まってるだろう……壁はぶち破るためにあるんだ」
ジョンは言いながら撃鉄を起こし、言い終えると同時に引き金を引いた。
耳をつんざく銃声が、より一層大きさを増して鳴り響く。
撃った瞬間に強烈な反動がジョンを襲う――しかし『六天を穿つ満月』を持つ義手は、反動と戦いながら肘の関節で一回転させることで銃口を元の位置に戻した。
そして再び撃鉄を起こして、引き金を引く。
「あー、やだやだ。男ってどうしてこんなにも野蛮なの? 直進することしか知らないのかしら!」
ジョンの言動に愚痴りながらも、リオンは『百花繚乱』を門に向かって撃ちまくる。
「曲がっているのは性格と俺のマグナムだけだ」
「黙れ。銃口を下に向けて撃つわよ」
「百キロ以上スピード出てるんだぞ? 事故ったらお前も道連れだ」
「じゃあ車を降りた後であんたのマグナムを撃ってやるわ」
「そいつは神郷に喰らわせてやれ。もっとも、やつにマグナムがまだあればの話だがな」
冗談交じりに会話を重ねながらも次々と門に向けて撃つジョンとリオン。二人が放った銃弾は障子に拳で穴を開けるくらい容易く門を貫き、向こう側の風景を映し出している。破壊的な弾痕を門に刻む銃弾は、お互いの銃が弾切れを起こすまで続いた。
「リオン! 中に戻れ! 門に突っ込むぞ!」
ジョンが叫ぶと、リオンはすぐにサンルーフから上半身と『百花繚乱』を引っ込めて、後部座席に座る。
その時には目前に門が迫っていて――車は門に正面衝突した。
木っ端微塵。
――になったのは車ではなく門の方だ。門は木製だったらしく、二人の銃弾で蜂の巣になっていたため、車による激突で破壊できたのだ。
ジョンは肝を冷やした。何せ、遠目からでは木製だと判断できず、近くに来て木製だとわかった時には避けられる距離ではなかったから。それに、車が門を突き破れるかどうかも怪しかったのだ。
だが、それでもすさまじい衝撃がジョンとリオンを襲い、車はコントロールを失って、レンガ造りの建物に突っ込んで停止した。
■ ■
「ふむ。ではまず、リオンの武器の説明からしよう」
エーデルはそう切り出す。
大きなテーブルを挟んでジョンとリオンはエーデルと向かい合っている。そのテーブルにはジョンとリオンの武器が全て置いてあった。
「は、はい。えっと……若干、というかものすごくでかくなってません?」
エーデルは「もちろん」と頷く。
「フレームの強度を高めるついでに口径も大きくした……従来の12.7mmから20mmにね。対物ライフルから対戦車ライフルになってしまったということだ。あと、ボルトアクションも面倒そうだったからオートマチックにしておいたわ。まあ……反動が少しばかり大きくなるが、あなたの胸で押さえてちょうだい」
「何か色々無茶なこと言ってません!? えっ? 大丈夫なんですか、これ?」
「心配するな。あなたの胸の衝撃吸収力は私をして予測不可能だ。問題なく扱えるだろう――この新型『百花繚乱』を」
「あたしの胸と銃の扱いは関係ないように思うんですけど……」
結局リオンは、不安を感じながらも受け入れざるを得なかった。それに、今日出発するのだから嫌だとは言えない。そういう状況なのだ。
「次はジョン」
エーデルは、リオンとの話を早々に切り上げて、ジョンの方を向く。
「貴様の武器は、根幹から変えたと言ってもいい改造を施してある」
「根幹? 一体何のことだ? 見た感じ……強度を高めるために外観が変わったことくらいはわかるが、他に何を変えた?」
ジョンはテーブルに置いてある二つの拳銃を見て、しかしそれ以上はわからずエーデルに訊く。
「――弾薬よ。『煌々たる地獄』と『六天を穿つ満月』は全弾が限界突破強装弾使用にしてあるわ。それに伴い、各パーツの強度を高めた」
「……ほとんど新しく作り直したってことかよ。しかも二日で。つーか限界突破強装弾って俺が神郷に撃った.577 T-REXの一発しか無かったんじゃないのか?」
「誰がそんなことを言った? 私はこんなこともあろうかと以前から全ての銃に対応する限界突破強装弾を作っていた。大体一種類に六ダースくらいな」
「たっく……お前、どこかと戦争でもする気か?」
「ふむ、これは自衛のためだ。よく言うだろう……備えあれば憂いなし、とな」
「備え過ぎだ、マッドサイエンティストめ」
ジョンは呆れたように肩を竦めて言った。
それに対してエーデルは「当然だ」と腕を組んだ。
「この戦いには私の科学者としての威信もかかっている。失敗は構わないが、実験体である貴様達の命は一つしかない。一回での成功を期待する」
「当たり前だ」
「では行け…………やつらに自分達の臓物を拝ませてやれ」
■ ■
ジョンはふと、出発前のエーデルとの話を思い出していた。ところどころ抜けている部分もあるが、今は思い出す時ではないだろうと判断し、すぐに感覚を研ぎ澄ます。
そしてわかったのが、自分が今エアバッグに顔をうずめているということだった。
すぐに今ある状況を思い出し、リオンを探す。
「り、リオン……って」
いた。
リオンは助手席で逆さまになっていた――ひっくり返った体勢で、足は肩に付くくらいまで曲がっている。例えるなら、後転を失敗して途中で止まったような、そんな体勢だ。そして、当然ながらミニスカートは重力に従っていた。
「…………」
推測するならば――衝突の瞬間、リオンは後部座席から助手席に投げ出されてこうなったと思われる。
そこでジョンは、リオンが意識を取り戻してこちらを見ていることに気付いた。
リオンを見ているジョンを、リオンが見ている。
「言っておくが不可抗力だと言っておこう」
「変な釈明してないでさっさとどうにかしなさい! 身動き取れないのよ!」
努めて冷静に言ったつもりが『言って』を前後に重ねてしまったジョン。動揺していることは否めなかった。それでも、顔を真っ赤にしてのリオンの要請に応え、ジョンは首をつかんで逆さまの体勢から元に戻した。
「ジョン――」
とリオンが言いかけたところで、車に銃弾の雨が浴びせられる。車は防弾仕様なので、車内にいる二人に危害は及ばない。しかし、ここがクリュザンテーメ――神郷の本拠地であることを二人は再認識する。
「今は戦うことが先決だわ! 帰ったら覚悟しておきなさい!」
「ああ、わかったよ! 生きて帰ったらどんな仕打ちだろうと受け入れてやるよ!」
それだけ言って、二人はお互いの得物のリロードを始めた。敵の銃弾が当たっているということは、敵が近付いて来ているということ。いくら車が防弾仕様でも、中に這入って来られたり囲まれたりすればどうにもならない。
リロードを終えたジョンが車を確かめてみるが、うんともすんとも言わなかった。
建物にぶつかった衝撃で、車は走行不能になったようだ。
「ちっ! ここからは歩きだ」
「そうね。じゃあ、早くここから離れましょう」
「まず俺が外に出て安全を確保する。合図を出すまでここでじっとしてろ」
ジョンはそう言って、素早く扉を開けて車外に出る。途端に銃声が聞こえるが、ジョンに銃弾が当たることはなかった。見ると、建物に車が突っ込んだのは前半分よりやや奥、大体七割くらいだ。外が見えるのは建物の壁と車のわずかな隙間なので、どれだけ撃っても車や壁に防がれてしまう。そして、ジョンからは向こうが丸見えだ。
それを利用してジョンは壁と車の隙間から『煌々たる地獄』で狙いを定め――引き金を引く。運転席側から、車の屋根を飛び越えて助手席側から、それぞれ三、四発ほど銃弾を放った。
車に敵が集まっていることや、.500 S&Wマグナムが限界突破強装弾になっていることが重なり、通常起こり得ない一発で五、六人が貫通するなんてことも起きる。
「いいぞ。出ろ、リオン」
ジョンが合図を送ると、リオンはすぐさま車から出てきた。両手に新型『百花繚乱』を持って。ジョンは既に『双子の皇帝』を腰に差し、予備弾薬も持っているため、車の中は空っぽということになる。
「いいか、外には敵がうじゃうじゃいる。全員を相手にしてたらこっちの弾薬がもたない……この建物からクリュザンテーメの奥、神郷がいる場所まで行くぞ」
移動しながらジョンはリオンに言う。車で突っ込んだのが何の建物かはわからないが、一見してオフィスのような机と椅子だらけの部屋だった。そこを出て、少し歩き、ちょっとした広間のようなところから階段を上る。リオンはジョンについて行きながら質問をした。
「ジョンはそこがどこにあるのかわかるの?」
「いや、わからない……ただ、建物が密集しているから屋根伝いで移動できるはず。そうすれば敵に襲われるリスクも減って、神郷がいそうな場所が見つかるかもしれない」
「なるほどね」
喧騒が激しくなる一方で、特に焦ることもなく移動する二人。
最上階に辿り着くとジョンはバルコニーに出て屋根へと上り、リオンを引き上げる。
「さてと……ん? あれか?」
「そうね。あからさまって感じがするけど、あそこ以外ないんじゃない」
屋根から辺りを見渡すと、二人はある建物に目が行った。というより、目に付かないのがおかしいくらい目立っていたのだ。
言うなれば――宮殿か大聖堂か、それほど豪奢な建物だった。ルネッサンスかゴシックか、建築様式は数多く、ジョンはそれらを判別できない。
しかし、一つだけ判別できることがある――そこに神郷がいる可能性が高い、と。
その豪華さもさることながら、その建物がクリュザンテーメの中心にあって、そこから広がる街々を見てもわかることだ。
「行くぞ、リオン」
「あっ、ちょっと待ってよ、ジョン。あんたの脚力で走られたら追い付けないわよ」
ジョンは数キロ離れたその建物を目指して駆け出す。リオンはそれについて行こうとするが、義足でのダッシュは常人以上の速さであり、すぐに制止を促した。
「ああ……新型の『百花繚乱』は重くなってたか。悪い」
ジョンは素直に謝るとスピードを緩めて進む。しばらくすると、敵も屋根に上ってきたのか、前方に人影が見え始めた。ジョンはそれらを『煌々たる地獄』で迎撃していく。
すると突然「ジョン!」とリオンがある場所を指さして言った。
「あそこに高い塔があるでしょう?」
リオンが指したのは、神郷がいると思われる豪奢な建物のすぐ隣にある塔だ。一際大きいそれは、当初から目に付いていたものである。
「それがどうした?」
「あたしをあそこに連れて行って……あそこなら、ジョンを援護できるわ」
「……いいのか? そこからは単独行動になるんだぞ?」
その提案は、ジョンにとって願ってもないことだ。高い塔に上れば、リオンは敵からの銃撃に曝されることなく一方的に狙撃ができる。そこはそういう位置にある場所だ――しかし、その塔に敵が這入ってきたら、リオンは孤立する上に逃げ場もない。
ジョンはそれを危惧して訊いたのだが、しかし、
「構わないわ」
と、リオンは即座に頷いた。
「心配しないで。そんなに甘やかされる覚えはないわ。あんたは『勝手にしろ』とか言って送り出すようなやつじゃなかったの?」
ジョンは何も言い返せない。少し前の自分ならそう言っていたのかもしれないが、今はそれが言えなかった。それは何故か? 死んで欲しくないからなのか、それとも、他に何か理由があるのか。
「わかったよ。だが『勝手にしろ』なんて俺は言わねえ。やつらを全員ぶっ殺して……俺達は生き残るんだ」
今はそれを考えている時ではない、とジョンは思い、すぐに決断した。リオンを一人にして見捨てるわけではない――リオンを信じることにしたのだ。
「背中はあたしに任せて、あんたは神郷を殺すことだけに集中して」
「頼りねえな。背中撃たれるんじゃねえか、俺」
「からかわないでよ、バカ」
冗談で言ったジョンに憤慨しながらも、リオンは笑みを浮かべる。
そして再び、二人は塔に向かって進み始める。
行く手を阻む敵を掃討しながら塔の近くまで来たジョンは、そこで『六天を穿つ満月』を抜き出すと、塔に撃った。
「な、何をするのよ!」
驚くリオンには何も答えず、ジョンはリオンを担ぎ上げると――腰を沈めて一気に跳躍した。屋根がひしゃげるほどの跳躍で、ジョンは塔に撃ってできた穴に到着する。
屋根から塔に開いた穴まで距離は約六、七メートルと言ったところか。ジョンはリオンを担いだ状態で、その距離を跳んだのだ。
地上からおよそ十五メートルのところまで二人はショートカットしたことになる。
「下から行くのは面倒だろ。おかげでほら、あとちょっとで最上階だぜ」
「寿命が縮んだわ! あんたの身体能力は人間離れし過ぎよ!」
「身体能力じゃねえって。義手と義足……作り物の力だ」
溜息をつくリオンを無視して、ジョンは最上階を目指すべく階段を上る。
ジョン達の襲撃で人が出払ったのか、幸い敵は最上階の見張り一人だけだった。そこは展望台なのか見張り台なのか――三百六十度見渡せる開放的な空間になっている。
「すごい。ここって絶好の狙撃ポイントだわ」
その眺めのよさに感嘆するリオン。一方ジョンは、最上階へ上るための梯子を破壊し、壁から壊して取った適当ながれきで、下に通じる一人分の穴を塞いだ。
「よっぽどのことがない限りここに敵は来ないが……来た時は覚悟しておけよ」
「わかったわ。でも、下への道を塞いで、あんたはどうするのよ?」
「俺か?」
ジョンはにやりと笑みを浮かべ、そのままある場所を指す。そこは、先程がれきを取るために壊した壁で、その向こうには神郷がいると思われる派手な建物がある。
壁とはいえ、腰から下までのそれは、眺めを見るためには大して邪魔ではない。
「俺は神郷のところに行く」
腰から下の壁を取り払ったジョンは、その反対側の端まで移動する。
「えっ、まさか……」
リオンが気付いた時、ジョンは走り出し――塔から飛び降りた。
壁を破壊したのは跳躍する時に邪魔だったからであり、できるだけ距離を稼ぎたかったからなのだ。結果、ジョンは十分に助走して完璧な跳躍を決める。
地上約二十メートルの高さから勢いよく飛び出したジョンは、鳥になったような解放感を、落ちているとわかっていても飛んでいると思わせる爽快感を覚えた。
しかしそれも数秒のことで、すぐに地面が近付く。
衝撃。
それは、着地というよりも墜落と言っていいくらいの衝撃があった。
だがジョンは、両の義手義足で地面に衝撃を逃がし、見事に着地を成功させる。それでも勢い余って三回くらい横に転がった。
普通なら即死コースの飛び降りだが――ジョンは難なく決め、目的の建物のすぐ近くまで降り立ったのだ。
「……もうすぐだ。今殺しに行くからな、神郷」
義手義足に異常はなく、またジョンの体にも異変はない。すぐに移動を開始しようとした時、地響きが聞こえた。
「殺されるのは貴様の方だ、ジョン・マグナム」
声がした方を振り返ると、そこには三メートル近い巨人が立っている。オルテンシアで戦った銅象の姿をジョンは思い出す。それくらいの巨人が横一列で五人並んでいるのだ。それぞれが剣、斧、槍、棍棒、大槌を持っていて、その武器が巨体に見合った大きさをしているものだから、ものすごく凶悪的で禍々しく見えた。
「……人の名前を略し過ぎだ。俺の名はジョン=クラウド・マグナム。お前らなんかが口にしていい名前じゃねえ」
ジョンは腰のガンベルトに差してある『六天を穿つ満月』に手をかける。
その瞬間。
大砲のような銃声と共に、五人の巨人の体が真っ二つに裂かれた。
「えっ?」
一番右の男は首から分離、一番左の男は胴体から分離。破断場所が、右から左にかけて下がっている。そして、それはほぼ同時に起こった。
巨人の男達は死んでも理解できなかっただろうが、生きているジョンは思考して、答えを導いた。
「これは……リオンの狙撃か!」
ジョンはスコープにもなる右目で、遠くの塔にいるリオンを見る。そこには――硝煙を漂わせた銃口をこちらに向けているリオンがいた。
たった一発で、横一列に並んでいる五人の巨人を貫いたのだ。
ジョンはガンベルトから手を離し、踵を返して建物の内部を目指す。
建物の中に這入ってしまえばリオンからの援護は望めないが、しかし、ジョンにはもう必要ないだろうと思っている。リオンなら勝手に、ジョンを追って建物の内部へ這入ろうとする者を近付けさせないようにするだろう。
そうしてくれれば、ジョンは心置きなく神郷と決着をつけることができる。
案の定――ジョンの背後からは銃声と悲鳴の音が絶えず聞こえてきた。
■ ■
敵を撃ち殺しながら広い建物を捜索していると、空まで吹き抜けている広大な空間へと辿り着いた。中庭のようにも思えるのだが、それにしては乾いた土以外何もない。
その中央付近まで進むと、ジョンとは反対側の建物の影から誰かが出てきた。
日の光に照らされたその顔を見て、ジョンはあいさつ代わりに『煌々たる地獄』を撃つ――しかし銃弾は当たらず、背後の建物に二つの穴を開けただけだ。
「……ジョン。お前、どうしてあの状況から生き延びることができた?」
日本刀を振り抜いた姿勢のまま――神郷壊人は不思議そうに訊く。本当に答えがわからなくて納得せず、その言い方には若干の苛立ちも覗かせていた。
「簡単なことだ」
ジョンはそう言うと、右腕を掲げて真っ直ぐに振り下ろす。その時、神郷の刃が目にも止まらぬ速さで動き、地面が神郷の前後で抉れた。
「何?」
「リオンの心は壊れちゃいなかったんだよ。だからすぐに助けてもらった」
「そうだったか……だが、切断した義手と義足はどうした?」
「俺の後ろには天才科学者がいるからな。換えはいくらでもあるってことだ」
そこで神郷は得心したのか、肩を揺らして笑う。
「なるほど……では今度はお前のバックボーンも一緒に潰さねばな」
「その前に自分の心配でもするんだな、神郷。お前に今度は無い」
「どの口がほざく、この死に損ないが! お前は昔も今も偶然生き残っただけだ。偶然、俺が完全にトドメを刺さなかっただけなんだよ。わかるか? 俺は常にお前の生殺与奪の権利を握っているんだ」
「違うね。お前は人に致命傷こそ負わせるが、完全に自らの手で相手に死を与えない。昔からそうだ……お前は冷酷にも無情にもなれない、甘い性格だった」
それは、過去二度の結果が物語っている。
一度目は一年四ヶ月前の四肢を切断された時。この時は出血多量で誰もがジョンの死を確実なものだと思っていたので、神郷を責めることはできない。それでも、トドメを刺していないのは事実だ。
二度目は二日前の義手義足を切断された時――この時は一度目と違って、神郷が知らないだけでジョンが死ぬ確率は極めて低かった。トドメを刺さなかったのは神郷の過失とも言えるくらいだ。
「何だと?」
ジョンの挑発的な言葉に、神郷は眉をひそめた。
「だから俺は、地獄の淵に足をかけながらも生き残ることができた。生き残るための執念と復讐するための怨念で、俺はここまで来た」
「ははは、馬鹿め。二度も拾った命をわざわざ捨てに来るなんてな。いいだろう……そんなにも死に急ぎたいのなら、今度こそお前に引導を渡してやる」
「さっき言ったはずだ、神郷……お前に今度は無い」
ジョンは神郷に『煌々たる地獄』を向け、それから言葉をかける。
「なあ、神郷。ろくに話をしていなかったから訊くが……お前は何故あの時裏切った?」
「はあ?」
「俺の統治に問題があったからか? それとも、ただアンネが欲しかったからなのか? どちらにしたところで、何故俺に話そうとしなかった?」
ジョンは訊く。別に、それはエーデルの言葉が引っかかったからとかではなく――個人的に、神郷の気持ちを知りたかったのだ。かつて同じ志を持ち、同じ方向を見て、同じ釜の飯を食い、同じ戦場を共にした者として。何が神郷壊人という人間をここまで変えたのか、または何で変わったのか。
返答次第でジョンの気持ちが変わることはないのだが――どうしても区切りやケジメをつけたいという思いがあるのだ。
神郷は「まず――」と切り出す。
「お前の統治には問題があった。和をもって貴しとなす、なんて時代遅れだ。平和的解決は綺麗事も甚だしい、偽善と欺瞞に満ち溢れている。そんな国は真っ先に侵略され支配されるのが落ちだ。遅かれ早かれ蹂躙される運命を歩む前に、俺は国を変えようと思った。積極的に武力を高め、敵国の侵略に際しては、国民全員で迎え撃つことができる体制にする。そうすることで治安を安定させ、国力を上げる。どうだ? このことを話してお前は納得するか? 俺に協力するか?」
「しない。ただ、お互い話し合えば出てくる答えもあったはずだ」
「ない! お前は自警団のように、一部の者が国民を守る力を持っていればいいと思っているだろう? だがな、それじゃあ国民を守れねえ。弱者は弱点。弱点は強者を無力化する。力を持たない者が人質に取られたら終わりだ。お前はその時どうやって人質を守ると言うんだ?」
「俺には全員を救う自信はない。それに、俺が目指した理想は高過ぎて、実現は不可能に近いものだった。それに比べ、お前の国作りは現実的で理に適っている。だがおかしいぞ……メログラーノやガルデニアは知らないが、リオンとオルテンシアの人達は、お前達の重税に苦しんでいる。抵抗するための武器だって少なかった」
「国の方針を浸透させるには、何と言っても基礎が必要。俺の都クリュザンテーメを筆頭に、ガルデニア、メログラーノと順に強化はしていく。だが、機鋼化の兵士を生み出すのに多額の金がかかる」
「そのために、重税を課したというのか?」
「今は苦しくとも、将来ガルデニアやメログラーノのように安定する。そう説明してはいるのだが……何分地方だからな、頭の固いやつらも多い。反逆の意志を見せようとせずに従えば、税を軽くしたり支援をしたり便宜を図ってやったものを」
「殺してしまったら意味がねえだろう!」
ジョンは怒鳴る。神郷が何と言おうが、クリノスで起こった凄惨な出来事は事実なのだから。それでも「確かに、損害は大きい」と神郷は軽く言った。
「まあ……見せしめに虐殺したことで国民の引き締めを図れたし、クリノスの地を自由にできるから、将来的に見れば利益の方が大きいか」
「本気で言っているのか? 神郷」
「ああ、もちろん。だが本気の度合いで言えば……アンネが欲しいという方が上だ。話が変わって申し訳ないが、お前のもう一つの問いに答えていないからな」
「そうだな。このまま国の話をしていれば我慢できずにお前を殺しそうだ」
神郷は「無理だって」と相槌を打つと――急に咳払いをし始めて、一気に表情を強張らせる。
「……お兄さん、アンネを僕に下さい」
「――ッ!?」
ジョンは一瞬で体中に悪寒が走った。吐き気を催し、通常では考えられないほど気持ち悪さを感じる。
「――と言えば、お前は首を縦に振るか? 答えはNOだ。ハンマーで頭を叩かれても、一ミリだって首を下に向けたくないだろう? つまりはそういうことだ」
「反吐が出そうな台詞だぜ。しかし、どうしてアンネとの仲を深めなかった?」
「アプローチは色々した。だけどアンネは振り向かない。無視したり冷たくあしらったりこそしないものの、絶対にぶち抜けない壁を間に置いていたんだ。どうしてだと思う?」
「それは……他に想いを寄せる男がいたからじゃあないのか?」
ジョンは可能性として考えたことを言う。だが、ジョンの記憶の中には、アンネが特定の男と付き合っていたという事実はない。神郷がアンネにアプローチを仕掛けていたことさえ、今聞いて知ったくらいだ。それほど、男と親しくしているアンネの印象をジョンは持っていなかった。
「ジョン……アンネは重度のブラザーコンプレックスだ」
「……はあっ?」
「俺はアンネをそばに置いて今まで見てきたんだが、アンネは俺どころか、何にも関心を持たなくなった。ただ一つを除いて……それは兄であるジョン、お前のことだ」
「俺の?」
「お前のことになると、アンネは感情を見せる。お前との昔話をしてくれる。それを見るだけで、アンネがお前のことを異常なまでに慕っているのがわかるんだ」
「そうだったのか」
「お前が生きていることを知ると、アンネは大層喜んでいた。だからこそ楽しみだ……お前が本当に死ねば、どれだけアンネが悲しむのかな」
「俺は二度とアンネを悲しませない。神郷……不思議とお前を殺すのに一切のためらいが無くなった」
「ははは……ジョン。お前は本気で俺を殺せると思っているのか?」
神郷は笑いながら言う。それは、神郷が持つHASの強さに裏打ちされた自信の表れなのだろう。
「そのために俺は、この二日間をかけて準備をしてきた」
実際、準備と言っても武器を改造しただけで、それもエーデルのおかげだが。
しかし、神郷は笑みを浮かべたままで言う。
「無駄だ。お前が準備している間、俺が何もしなかったと思っているのか?」
「何?」
「見ろ! 何で俺が刀を六本も持っているのかお前にわかるか!」
ジョンは神郷に気を取られて、神郷の装備に気が付かなかった――今抜いている一本の他に、あと五本が腰に差してあるのだ。もう一本抜いて二刀流にすると、神郷の体に異変が起きた。
背中が隆起して、そこから腕が四本出てきたのだ。無機質で、角ばったロボットのような腕が。長さがそれぞれ違う機械の腕は残りの刀を抜いていき、神郷は六刀流になってしまった。
「これが、HASの最終形――HAS『阿修羅』だ!」
「……いよいよ化物みたいになってきたな、神郷」
「俺を化物にしたのはお前だよ、ジョン。お前との戦いで、HASの弱点が二本の腕しかないことに気付いた。油断したとはいえ、両腕を封じられれば迎撃ができなくなる。だから、どんな手を使っても完全に抑えることができず、お前とスナイパーがどの角度からどれだけ弾を連射しても全てを斬り落とせるよう……腕を六本に増やした」
「…………」
ジョンは絶句した。神郷のまさしく阿修羅のような姿に――六本の刀を構えた、人間ならざる異形の姿に、唖然とする。
「それだけじゃない。お前の銃弾によって、俺はあと数ミリで命を落とすところだった。その教訓から、心臓の装甲も更に硬く、更に分厚くした」
神郷が語る内容から、自ずと導かれる答えがある。
それは――今の神郷を殺すことはできない、だ。
自動制御された六本の刀という壁に加え、.577 T-REX 限界突破強装弾でも貫けなかった装甲――よりも硬くて厚い装甲という壁。
果たして、この世界に神郷を殺し得る武器が存在するのだろうか。
そんな疑問が現れるくらい、神郷は圧倒的な存在になっていた。
「俺に弱点はない。お前に、俺は、殺せない」
「それがどうした」
目の前に絶望を具現化したような存在がいる――それでもジョンは、それを見せられただけで諦めるような男ではない。
「弱点がないからと言って殺せない理由にはならない。それに、お前は俺に殺されるわけじゃない……俺達に殺されるんだ」
「お前達? お前以外に誰がいる?」
「俺は……お前に四肢を切断された時から一人では生きられなくなった。とある科学者によって俺は命を救われ、生活をするための手足を作ってくれた。戦うための武器もだ。更に、三巨頭を殺せたのは勇敢なクリノスの少女が共に戦ってくれたからだ。つまり、俺はその二人がいなければここに立っていない」
「くだらん! 最後に頼りになるのは己のみだ!」
「違う! 頼りになるのは仲間だ!」
ジョンは『煌々たる地獄』を仕舞い、代わりに一つの筒状の物を取り出した。一見して手榴弾のようなそれを、ジョンはピンを抜いて神郷の真上に向かって投げる。
軽い破裂音が鳴って手榴弾のような物が爆ぜると、キラキラと光る何かが神郷の周りの空間に漂い出した。
「なっ、何だこれは……金属片? ジョン、一体何の真似だ?」
「これはチャフグレネード。チャフとは電波を反射する金属片などを空中にばらまいて、レーダーの探知機能を妨害する兵器だ。これでお前のHASは無効化された」
「何だと? そんなことが――ぐっ!?」
否定をする前に、神郷の背中から生えている腕が四本――千切れ飛んだ。
その時、既にジョンは合図として腕を振り下ろしており、狙撃によって取れた神郷の腕が地面に落ちると、直後に遅れて銃声が聞こえた。
「馬鹿な! 銃弾を感知できなかっただと!?」
神郷は自信の異変を顕著に感じ取り、驚愕のあまり声を荒げる。
チャフグレネードの効果は、最高の結果として現れた。
これは、エーデルが二日で発明した対HAS用の兵器だ。光の反射で輝きながら、舞い散る雪のように漂う金属片――そこからエーデルは『戦場の粉雪』と名付けた。
電子機器の塊である神郷になら通用するかもしれないと思って作ったらしい。
ジョンとしては半信半疑だったが、それでも全てを賭けるしかなかった。効果がなければ、イコールで負けを意味するのだから。ただ、そこは天才科学者エーデル――ジョンが一番望む結果を出してくれた。
「HASは破れた。そして、お前が装甲をより頑丈にしていることも予測済みだ」
「くそっ……だからどうした? その装甲を貫けなかったら俺は殺せないぞ! お前にそれほどの武器があるのか?」
ジョンは「ある」と断言して、腰に差さっている『双子の皇帝』を抜いた。
「それがか? 二振りの日本刀で、俺の装甲を貫けるとでも?」
「いいや。お前を殺すには、その首を叩き斬ればいいだけだ。だけど……それじゃあ俺は納得がいかない。俺はマグナムの名を冠する男だ、お前を殺すのはマグナムの他ない」
「どこにマグナムがあるというのだ? お前が持っているのは日本刀じゃないか!」
「こいつがただの日本刀に見えるか?」
「何? いや、待てよ……何だその奇怪な形は?」
神郷は改めてジョンの両手に握られた二振りの日本刀を見る。
刃渡りが一メートルの直刀だが、以前見た時のそれとは形が違っていた。
峰の部分が半円型になっていて、真正面から見ると刀身がYの字のようになっているのだ。
するとジョンは、その二刀の峰を重ね合わせた。鋭い金属音が鳴ると、峰だけでなく、鍔や柄まで完全に一致して重なり合う。まるで元から一つの物だったかのように、二刀は線対称の両刃の剣になったのだ。
「二振りの日本刀にもなり、一つの剣にもなり、そして銃にもなる……この刀剣銃こそ、『双子の皇帝』の真の姿だ」
神郷は言われて気付く――峰の部分の半円は、二刀を重ね合わせた時に真円となり、刃先から鍔まで伸びる円筒になる。ジョンの言葉から、その円筒が持つ役割は銃身であるとわかったのだ。
しかし神郷にとってそれは、不可思議な形の謎が解けて納得した程度のことだった。
「ははは、笑わせてくれる。見かけ倒しのカラクリ刀じゃないか」
「…………」
神郷が嘲笑するもジョンは意に介さず、コートから葉巻を取り出した。もちろん、それがただの葉巻ではないことを神郷は知っている。
同じことが、二日前にもあった。そして、その二日前同様――ジョンは巻いてある葉を破り捨てて、中から一発の弾薬を取り出す。だが、その弾薬は二日前とは違って一回りも大きく感じられる。
「神郷……これが、お前を殺す弾だ」
ジョンはそう言って『双子の皇帝』を弄ると、柄の部分が折れて刀身が地面に落ちた。ジョンは構わず刀身(銃身)の中にその弾薬を入れ、柄を元に戻す。この剣は、中折れ式ライフル銃のような構造なのだろう――特に問題もなく、折れた柄が鍔にはまり込む音が聞こえた。
流れる動作で弾薬の装填を終えたジョンは、剣を持ち上げて両手で握り締める。
神郷は浮かべていた笑みを消し去り、無表情になった。これが最後になると思い、全力でジョンを殺すべく集中を高めているのだろう。いくら神郷でも、ジョンの話を信じてはいない。ジョンは心臓の装甲を狙うと見せかけて頭を狙いにくると、そう高をくくっている。
神郷は、今や二本しかない腕に持つ日本刀を構えた。そして、最後の別れとなる言葉を言う。
「マグナムで俺は殺せん! そのこだわりに溺れながら死ぬがいい、ジョン!!」
十数メートル離れている間合いを詰めるべく駆け出す神郷。
油断はしていないが、神郷は自らの勝利を信じていた。
ジョンが切り札として出したであろう合わせ刃の銃剣『双子の皇帝』。
それに、葉巻から取り出した弾薬。
神郷は、二日前との相違点が銃身の長さにあると考えている。二日前は、巨大なリボルバー『六天を穿つ満月』から.577 T-REX 限界突破強装弾を発射した。その銃身はおよそ五十センチ。対して、剣の銃身は百センチと二倍の長さだ。
神郷は、ジョンが銃身を長くすることで弾薬の威力を高めようとしているのでは、という解釈をした。
銃弾は、銃身を長くすればするほど初速が上がり、当然威力も上がる。限度はあるが、ジョンが使用した弾薬がライフル用のマグナム弾だけに、その限りではないのだろう。
その思惑を、企みを見破った神郷は、それで安心した。その程度の威力では強化された装甲を貫けないと確信したのだ。故に、唯一死の可能性がある頭だけを守ろうと、そこに銃弾が来たら斬ると、そう心がけて駆け出していたから。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
反応が遅れた。
ジョンは咆哮と共に剣を大上段に構えると、神郷に向けて真っ直ぐ振り下ろしたのだ。
「なっ……馬鹿め!」
その行動は、神郷にとって予想外であり、端から頭にないものだった。
神郷の刀は超音波によって振動している。剣を防ぎさえすれば、あとは剣の方が勝手に切断される――そうすれば、あとはジョンを斬るだけだ。自殺行為同然とも言える行動をするとは思えない。なので神郷は、ジョンが斬りかかってくる可能性を捨てていた。
ジョンの斬撃に裏をかかれたとはいえ、神郷は冷静に『これで終わりだ』と思い、神郷は、二本の刀を交差させて防御の姿勢を取る。
神郷の刀にジョンの剣が衝突した――しかし、ジョンの剣は切断されなかった。衝突したまま止まっている。
そして、その衝撃で神郷の腕が下がった。刀と剣が衝突するのを予想せず、力を込めていなかったからであり、予期せぬ事態に対応が遅れたからだ。他にも、ジョンの剣が二刀合わせたものだったために重量があり、更に大上段から振り下ろした遠心力と重力と速度――加えて、衝突したのが剣先に近かったことも要因として挙げられるだろう。
「何ぃいいい!?」
ジョンが剣を振り下ろした後は、一瞬だった。
神郷の腕を押し下げた剣は、その剣先、もとい銃口が神郷の胸の前で止まる。
その瞬間、ジョンは柄の根元、鍔の付近にある引き金を引いた。
銃声――それは、雷が目の前で落ちたような破滅的な音。
放たれた銃弾は、巨大な風穴を神郷の胸に穿った。
なおも銃弾は神郷の背後にある建物を次々と破壊していって、ついにはどこまで貫いていったのかわからなくなる。
あまりの衝撃に神郷の体は後方に数メートル吹き飛んだ。同時に、撃った反動が強過ぎて剣はジョンの両手から離れ、回転しながら後ろに飛んで地面に突き刺さった。
「ごぼっ……な、何故だ……?」
膝をついて地面に血反吐をまき散らしながら、神郷は言う。
神郷の心中に去来する様々な疑問――その中でも特に強いのが、二つある。
「何故、俺の刀に触れてもお前の剣は斬れなかった? それに、どうしてお前の銃弾が、俺の装甲を貫いたのだ?」
息も絶え絶えといった感じで、神郷はジョンに訊く。
「お前の刀に触れても斬れなかったのは……『双子の皇帝』もまた超音波で発振させているからだ。お前の刀の超音波とは逆位相の超音波をぶつけることで、互いに超音波を打ち消し合った。だから、斬れないんだ」
「ノイズキャンセリングのように、超音波を取り除いて俺の刀を普通の刀にしたというのか? そんなことが……」
神郷は、ジョンの背後にある組織の科学力の高さに驚きを隠せないでいた。それを予想できなかった悔しさも同時に痛感しているのだろう。少しの間言葉を詰まらせるが、それでも神郷は更に訊く。
「では、どうして俺の装甲を貫けた? 二日前と同じ弾薬のはずなのに……」
「いや、違うぜ、神郷」
途中で否定され、神郷は思わず「はあ?」と漏らした。
「お前は勘違いしている……俺は二日前と同じ弾薬――なんか使ってない。そして、そういう風に勘違いさせることこそ、俺の目的でもあった」
「どういうことだ?」
「俺はさっき、二日前と同じく葉巻を破り捨てて中から弾薬を取り出した。お前はそれを見て、その弾薬が二日前と同じ.577 T-REX 限界突破強装弾と思ったんだろう? 注意して見ない限り、一瞬では弾薬なんてどれも同じに見えるからな。だが、実際は違う弾薬を使用していたんだ」
「違う弾薬だと? それは何だ? .577 T-REX 限界突破強装弾を超えるマグナム弾が、この世にあるというのか? いや、それがマグナムと言えるのか?」
「作ったんだよ、うちの科学者が」
ジョンは言う。
「お前に撃った弾薬は――.777エーデルマグナム。名を『神の終焉』という」
「……?」
聞き慣れない名前に、神郷は眉をひそめるだけで何も言わない。ジョンはすぐに説明を続ける。
「一発限りの手作り弾薬で、弾頭は徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)を使用。そして一番の特徴が、通常の火薬を使っていないことだ。一般的にCL-20が最大の威力を持ち、かつ量産できる火薬だが……あの弾薬には、理論上最強と言われるオクタニトロキュバン、を超える火薬が使用されている。まあ、グラム単価がプラチナ以上だから本当に一発限りらしいが」
「何から何までオリジナルの弾薬、だと? ごほっ! がはっ……はあっ、はあっ、しかし、ジョン。それは最早マグナム弾どころか、銃弾ですらない。砲弾じゃないか!」
「いいや、違う。おおよその観点で、銃と砲の境界線は、口径が二十ミリを超えるか否かだと言われている。『神の終焉』の口径.777は、ミリ換算しても二十ミリを超えない。つまりこれは、紛れもない銃弾だ。ただまあ、この威力――限りなく砲弾に近い銃弾と言えるだろう」
「……限りなく砲弾に近い銃弾」
それは、言ってしまえば砲弾と何ら変わらないということだ。むしろ、ジョンの説明では並の砲弾よりも威力があるのではと思えてしまう。
神郷は先程から、ジョンの言葉を他国の言語でも聞いているような錯覚に陥っている。あの弾薬が途方もなさ過ぎて、技術力というか科学力というか、そういう次元の話ではない気がして――ついていけないのだ。
「だけど、所詮は一発限りの切り札だ。避けられたら意味がない。だから俺は挑発を繰り返し、二日前と同じ手順を踏むことで同じ弾薬を使用していると勘違いさせ……お前から避けるという選択肢を排除させた。あとは撃つと見せかけて斬りにかかることで、お前の隙をついて容易に心臓へと、しかも零距離で狙いを定めることができたんだ」
「……そうか」
それでも神郷は、自分がジョンに敗北したということだけは理解した。
「勝つために必要な準備をして、緻密な作戦を立てて臨んだというわけか……俺は、負けるべくして負けたんだな」
「神郷」
「お前は俺に勝った。だがな、お前はこれからどうするつもりだ? 支配者を失ったこの国をどうする? 俺は死んで終わりだが、お前は俺を殺して終わりというわけではない。国を捨てるか、それとも再建するか。俺と同じやり方でも、お前のやり方でも、何れ危機に瀕するぞ。ジョン、どうする?」
自分の死が近付いているのを察してか、神郷はジョンに問う。
しかしジョンは、
「どうするどうするってうるせえんだよ」
それを一蹴した。
「王様殺ったからってそいつが王様になれるわけがねえだろう。俺の目的はお前を殺してアンネを救うことだ。国を憂いて国を救うなんて殊勝な動機で俺は戦っていない。放っておいても誰かが王になって勝手に国を再建するだろうよ。どんな国になろうが俺の知ったことじゃない」
「ジョン。お前は自分の偉大さをもう少し理解することだ。かつてこの国の王だったお前は、誰からも尊敬され、愛され、必要とされ、今なお記憶に残っているということをな。そして、誰もがその復活を期待している。お前の言葉は、責任を負うことから逃げているようにしか聞こえないぞ」
「俺に国を背負う資格なんてない。アンネですらあの時は守れなかったんだ。だから、今度こそ、せめてアンネだけは守らなきゃならないんだ」
ははは、と神郷は苦笑し、手を震わせながらある方向を指さした。
「ここから四百五十九メートル先を左に曲がり、八十三メートル進んだところで右にある扉へ這入れ……その先にアンネはいる。真実と共にな」
「アンネと、真実? 何だよ、真実って?」
「それはお前が確かめるんだ。俺は言えない。絶対に言わない」
「おい、神郷!」
含みしかない神郷の言葉に、ジョンが怒鳴りながら詰め寄ろうとする。
その時、神郷は腰に差してある脇差を抜いた。HAS『阿修羅』のために使用した六本以外に、未だ使用されていない脇差を。
更に神郷は、漆黒の甲冑を胴の部分だけ外した。胸の部分が『神の終焉』によって破壊されており、ほとんど取れかかってはいたが――それを完全に剥がし、神郷は己の肉体を曝す。
「俺はお前の銃弾では死なん。俺は自分の意思で、自分の死を決める」
ジョンの言葉に一切耳を傾けず、神郷は勝手に話を進める。
「今まで悪逆の限りを尽くして、非道を歩んできた時もあった……人間であることを捨てて、機械にも成り果てた。だけど、後悔はしていない。俺は全てを捨ててきたが、一つだけ大切なものを捨てなかったからだ」
言いながら神郷は脇差の刃を自らに向け、刀身を直接右手で握り、左手を添えるようにして持った。
「それは――――武士の一分だ!!」
その叫びと共に、神郷は自らの腹部に刃を突き立てる。呻き声が聞こえ、表情は苦悶に満ちていた。それでも神郷は手を止めず、左寄りに刺した刃を右へと動かしていく。その間ずっと喉の奥から絞り出すような呻き声を出し続けていた。やがて、ある程度刃を右に持っていって腹部を斬り裂くと、神郷の動きが止まる。
「じ、神郷……はっ!」
ジョンが思わず声をかける――だが、顔を俯かせている神郷は既に絶命していた。
正座をして、自分の腹部に刃を突き立てた姿勢のまま。
切腹。
それは日本固有の自殺方法であり、武士にとっては名誉ある死とされている。
刑罰や責任や義理など、切腹する動機は様々だが――ジョンには神郷がここで切腹する理由がわからなかった。
武士としてジョンに殺されるのが嫌だったから。それも考えられる理由の一つだろう。ただ、それだけではないような気もする。
ジョンが引っかかっているのは、神郷が言った『真実』だ。アンネと共に真実がある。それは何だ? 結局神郷はそれを言わずに墓場まで持っていった。口を閉ざすための切腹なのか。
他にも、ジョンは『一つだけ捨てなかった武士の一分』が気になっている。それが何を意味するのか、何故最後の言葉がそれだったのか――考えても答えが出ない。
神郷は、それこそ昔は武士のような男だった。誠実で、義理深く、誰にでも優しくするいいやつ。それがジョンの神郷に対する印象だ。しかしそれは裏切る前の話で、再会した神郷は身も心も全て捨てて、代わりに全てが悪と入れ替わったような存在になっていた。ジョンにはそう見えたし、切腹するまではそう思っていたのだ。
そんな神郷に、武士の一分――命をかけてでも守らなければならない名誉や面目――が残っているという。
神郷にそんなのがあるかどうかは、ジョンには甚だ疑問だった。仮にあったとしても、切腹をするほどの何かを、神郷が抱えていたとは到底思えないのだ。
様々な憶測がジョンの中で駆け巡ったが、現時点では答えに辿り着けず、考えても詮がないという結論に至った。
「……どの道、アンネのところに行けばわかるか」
ジョンは神郷を一瞥してから行動に出る。まずは『双子の皇帝』の回収だ。各部を弄って剣の形から二刀に分離させると、真ん中から薬莢が転がり落ちた。ざっと十センチ以上ある長い薬莢――それを見てジョンは、『神の終焉』を撃った時の感覚をまざまざと思い出す。
(あれが……マグナムの極致なのかもな)
銃と砲の区別がつかない衝撃と威力に、ジョンはそう思った。
その薬莢を拾い上げて、ジョンは花を手向けるように神郷の前に薬莢を置く。
「じゃあな」
ジョンは別れの言葉を告げ、神郷が示した、アンネのいる場所へと歩を進めた。
■ ■
不思議なことに、神郷が言った『四百五十九メートル先を左に曲がり、八十三メートル進んだところで右にある扉』まで、敵どころか人影すら見なかった。
ジョンは『煌々たる地獄』を片手に、いつどこから襲撃されてもいいよう気を張りながら閑散とした薄暗い建物内を歩いていたのだが――到着して拍子抜けする。
そもそも神郷の言葉に従って進んだ先に、本当に扉があったのが驚きだ。そこは疑っても埒が明かないのだが、それでも、肩透かしを喰らった感は否めない。
「…………」
その扉は、過度の装飾で彩られている両開きの扉だった。何も恐れることはないはずなのに、ジョンは思わず息を呑んでしまう。この先にアンネがいる。そう思うだけで、胸が高鳴るのだ。
ジョンは意を決して、勢いよく両の扉を押し開ける。
その先には――圧倒されるほどの広い空間があった。
家具や調度品が極めて少なく、床や壁、天井などが白を基調としているので、より一層広く感じられる。すぐに目に付いて印象的なのが、這入った先から部屋の端まで一直線に続くレッドカーペットだった。
ジョンが目でその先を追うと、縦長の部屋の奥――二、三段高くなっているスペースに辿り着く。そして、中央に置かれた豪勢な装いの椅子に目が行った。
同時に、その横に佇む人影も視界に捉える。
「……アンネ!」
その姿を見た瞬間、ジョンは歓喜に心を震わせた。いても立ってもいられず、ジョンは走り出す。すぐに、アンネとの間にある十数メートルの距離は詰められた。
二日前、神郷に敗北を喫した時に、クリノスを去っていく車からその姿を見たが、それを除けば――一年四ヶ月振りとなる直接の再会だ。
「アンネ……無事だったか?」
ジョンは何から言っていいのかわからず、とっさに妹を心配する言葉が出る。
それを聞いてアンネは優しい微笑みを見せてから頷き、
「お兄様」
と、昔と変わらない美しい声でジョンを呼んだ。
「お待ちしておりました――そして、お帰りなさいませ」
アンネは言い終えると静かに一礼をして、再び視線を真っ直ぐジョンに戻した。
唐突に言われてジョンは戸惑い、「えっ?」と間抜けな声を漏らす。
「な、何言ってんだよ、アンネ。俺達が帰るべき場所は、ここじゃないぞ」
とっさに返事をするが、ジョンにはアンネの言ったことの意味がわからなかった。
待っていたのはわかる。一年四ヶ月も待たせてしまったのだから――しかし、その次の言葉、『お帰りなさいませ』がわからない。アンネの口振りからすると、確実にジョンを迎えるニュアンスで言っている。だが――ここはクリュザンテーメ、もっと言うと神郷の根城。ここでその言葉を言う意味がわからないのだ。
「いいえ、違います。お兄様の方こそ何を仰っているのですか? お兄様が帰るべき場所は、ここなのです」
かぶりを振って、アンネは横にある豪奢な椅子を手で示した。宝飾によって煌びやかに輝き、堂々と佇んでいる椅子を。
そこでジョンははっと気付き、今いる部屋の全体を見渡した。おごそかな雰囲気に包まれて、レッドカーペットが一線敷かれて、最奥が二、三段高くなっていて、ど真ん中には豪華な椅子が置かれている――この部屋を例えるとしたら、まるで謁見の間。
「まさか、これは……」
「ええ……お兄様が座るべき、この国の玉座ですよ」
「――――ッ!?」
ジョンは頭が真っ白になり、言葉を失った。
アンネの言葉の一つ一つがジョンの予想の範疇を超えていて、妹のことなのにその考えや意図が理解できない。
「お兄様は馬鹿ですね。ですが、そこもまた愛おしいです」
「何わけのわからないこと言っているんだよ」
ジョンは考える。自分は、神郷に復讐をしてアンネを助けるためにここまで来た。なのに、今彼女にかけられている言葉は何だ。一瞬、神郷に洗脳されているのかと思ったが、恐ろしいことに、彼女は彼女のままで何も変わっていない。
昔と同じように、ジョンに向けて柔和な笑みを浮かべている。
「憶えていませんか? 今は、ちょうどあの日あの時から一年四ヶ月十八日目です。私はこの時をずっと待ち望んでおりました……お兄様が王に返り咲く日を」
訝しむように「何?」と首を傾げるジョンに対し、「率直に言います」とアンネは一つ間を置いた。
「お兄様をこの場所まで導いたのは私なのです」
「!? どういうことだ? 何の冗談だよ」
「頭が回らない愛しいお兄様のために、わかりやすく説明しましょう」
「…………」
ゆったりと自分のペースで話すアンネに、調子を狂わされるジョン。それを気にせず、アンネは語り出す。
「ことの始まりは神郷壊人の裏切りですが……彼の裏切りを扇動したのは私です」
「ちょっと待て! アンネ、お前、自分が何を言っているのかわかってんのか?」
「重々承知しております、お兄様。ですが、話の腰を折らずに聞いてください」
アンネの言葉に口を挟まずにはいられなかったジョンだが、それは丁重に断られた。
ジョンは動揺している。全てを否定してこの場所からアンネを連れて立ち去りたいくらいだ――でも、それは感情論であって正しい選択とは言えない。それに、アンネが兄である自分に嘘をつくとは思えないのだ。ジョンは今わからないことだらけで混乱している。ならば、知ることから始めよう。そう思い、一旦アンネの話を聞くことにした。
「お兄様から王座と四肢と右目と私を神郷に奪わせることで……お兄様に戦う動機を与えました。あとは、自然とこの場所へ辿り着けるように裏で手引きをしたのです。結果は私の予想通り、お兄様は神郷を倒して、ここに来た」
沈黙が訪れ、アンネがそれ以上何も言わないことから、ジョンはここで質問をする。
「アンネ、それは結果論であって必然じゃないだろう。神郷に四肢を切断さた時、普通なら俺はあそこで死んでいた。三巨頭との戦いだって、神郷と二度目三度目戦った時だって……どの戦いでもギリギリの死線をくぐってきた。偶然生き延びたようなものだ」
「確かに危ない橋もありました。一番リスクが高かったのは、四肢を切断された時。その次が三巨頭との戦いです。しかし、それでも私はお兄様の生命力を信じてました」
「生命力って……俺はとある科学者と出会わなければ、復讐どころか日常生活もままならない状態だったんだ。あの出会いは奇跡以外にない」
「私は言いましたよね、裏で手引きをしていると。実は神郷に裏切りをさせる前に、とある国の科学者がこの国に来ているという情報をつかんでいたのですよ。なので私は、その方をあの日あの場所に来るよう指示しました。お兄様が言う出会いは、奇跡でも偶然でもありません」
「そんな、まさか……あれが、決まっていたことだって?」
ジョンは愕然とする。何故あの時あの場所にエーデルがいたのかはそんなに深く考えていなかった。しかし、それがまさかアンネによって演出された出会いだなんて、信じられないし、信じたくないのだ。
エーデルとの出会いは――ジョン=クラウド・マグナムの根幹部分でもあるから。
「ほとんど決められたことです。その科学者が入手した情報も、私が間接的に教えたようなものですから。ああ、ガルデニアの情報だけは直接でしたね」
「…………」
ジョンはメログラーノでのアンネの声を思い出す。久しぶりの肉声を、神郷の居場所を言うのに使い、強かだと思った。だが、始めから誘導するために言ったと知ると、複雑な思いになる。
「もう質問等はよろしいですか、お兄様?」
黙したジョンを見てアンネはそう訊くが、ジョンはとっさに「待て」と言った。
「ちょっと気になったんだが……一番リスクが高かったのは、俺が四肢を切断された時、その次が三巨頭との戦い。アンネはそう言ったよな? だけど、神郷と戦うリスクもそれなりに高いと思うんだが?」
「四肢を切断された時は、よっぽどのことがない限り大抵死にます。三巨頭はほぼ独自に行動していたので、予想できません。しかし、神郷にお兄様を殺すつもりは毛頭なく……よって神郷にリスクなど存在しないのです」
「どうしてそう言い切れる? そもそも、アンネの立場がわからない。神郷を扇動したり裏で手引きをしたり……俺が知らない一年四ヶ月をどんな風に過ごしたんだ? それに、神郷との関係は?」
「お兄様の疑問に答えるためには、私の『動機』を説明しなければなりません。それでもよろしいですか?」
ジョンは、今までの話から『方法』という面を理解した。アンネが言った『ジョンをこの場所まで導く』――その『方法』を。しかし、それは結果までの過程であって、大事なことではないと思っている。
ジョンが一番知りたいことは、アンネが起こした理解できない行動の数々に秘められた『動機』だ。それを知り、理解することで――一年四ヶ月以上もの間離れ離れになったことで生じた、彼女との溝を埋める。そして、彼女の想いを知りたいと思っているのだ。
なので、
「……ああ、教えてくれ」
アンネの問いかけにジョンは力強く頷き、先を促す言葉をかけた。
「私と神郷は、同じ危機意識を持っていました」
目を細めて、昔を思い出すかのようにアンネはそう切り出す。
「お兄様の統治に不満を言うわけではありませんが、それでも、不安はありました。近い将来、他国に攻められた時に国を、そして民を守れるのか、と。お兄様は優しいですが、王として必要とされる資質――時として冷酷になることができなかった。六を助けるために四を捨てるという決断を、昔はできなかったでしょう?」
「……それが、切り捨てることが王に必要な資質だと?」
「そうです。それに戦う意識も少なかった。自衛の意識はありましたが、それ以上に軍備を強大化させようという気がありませんでした。それも問題です」
ジョンは言い返せない。今思えば、それは時代に即していない甘い認識だと冷静に分析できるからだ。
「しかし、民を重んじるからこそ、お兄様は圧倒的なカリスマを持っていました。民衆の絶大な支持を得ていました。だからこそ、私と神郷はそれを利用しようと考えたのです」
「それで何をしようと?」
「お兄様を伝説的な英雄に祭り上げることです」
「何?」
「国を安定させ強固にするには、民が王の下で一つになる必要があります。それには人を惹きつけるカリスマが大切です。王が持つカリスマ性を上げるには、王にまつわる伝説や英雄譚が必須です。それも、永きに亘って語り継がれ、謳われる……色褪せない物語を」
「…………」
「その話を神郷にした時、彼は進んで協力を申し出てくれました。更に――物語に欠かせない絶対的な悪役を、彼は自分から志願したのです。それから綿密な計画を練り、ついに実行されました」
「まさか、それが……」
そこまで言われれば、ジョンでも自ずとわかってしまう。
「ええ。一年四ヶ月十八日をかけて歩まれた、お兄様の絶望と復活の戦記です」
ジョンは一瞬、神郷に全てを奪われてから今日までのことが頭を過り、ぞっとした。
「詳しく言いますと――」
アンネはなおも変わらず、朗らかな笑みを浮かべながらしゃべり出す。
「あの日、神郷はお兄様から四肢と右目を奪いました……もちろん殺す気はありません。それから私は、表面上は囚われの身として神郷のそばにいました。それは裏で神郷に指示を出し、お兄様が復活するまでに国に悪政を敷くためです。軍備を強化し、重税と暴力で民を虐げて、不満を高めさせる。そこで人々はかつての英雄ジョン=クラウド・マグナムを思い出し、新たな英雄を待ち望みます」
「死んだはずの俺が生きているとなれば、それ以上の適任はいないな」
饒舌に話すアンネに、ジョンは落ち着きを取り戻しつつあるのか、口を挟む余裕が出てきた。それに気分を良くしたのか、アンネも笑顔で応える。
「その通りです。そして、お兄様は孤軍奮闘の活躍で次々と三巨頭を葬りました。物語の最後には、悲劇が起きたクリノスで復讐を果たす――それが、私の中での終わり方です。そこで負けたのは誤算でしたが、再度復活して単身クリュザンテーメに乗り込むのもまた……英雄の格を上げるエピソードの一つになるので喜ばしいことですが」
ここでアンネは一つ息をつき、
「ともかく、これでお兄様は、国を救った真の英雄になったのです」
と、最後を締めくくった。
だが、ジョンとしては納得がいかず、アンネに疑問をぶつけようと口を開く。
「アンネ……神郷は反対しなかったのか? お前の話だと……最後は俺に殺されることを承知しているみたいじゃないか」
「はい。神郷は自分を捨てて、自ら汚名を着たのです。前の王を殺し、国に悪政を敷き、クリノスの大虐殺を起こした――最悪の王という名を。そして彼は、英雄に殺される日を待っていたのです」
「どうしてだ? どうしてあいつはそこまでして」
「全ては国と民のために最善の選択をしたのです。神郷は、お兄様のことを尊敬していました。なので……心を鬼にしてまで自分の役割に徹し、心の内を明かすことのなく死んでいくことができたのです。お兄様にならこの国を託せると信じて」
(あいつ……これが、真実だって言うのか)
ジョンは、神郷の言葉を思い出す。アンネと共にある真実、それに、捨てなかった武士の一分――それらを意味する話を聞いて、彼は胸が熱くなる。
最後まで汚名を着たままで、これからも悪名として語り継がれるであろう存在になっても、決して自らは釈明せずに潔く死んでいった。その頑なで一貫していて、それ故美徳に溢れた神郷の武士道に――ジョンは敬意を表さずにはいられないのだ。
だが。
「それでも……もっと良い方法はなかったのか? この戦いで、今までに何人死んできたか。なんで、俺に話をしてくれなかったんだ?」
ジョンはそう疑問を呈す。
戦ってきた中で敵を多く殺してきたし、クリノスでは町の人を全員死なせてしまった。少なくない犠牲を払ってきている。それは、もしかしたら死なずに済んだ命かもしれない――そう思うとジョンの心は痛むばかりだ。
その問いに、アンネはやや表情を翳らせる。笑みは崩していないのだが、兄のジョンだからこそ感じ取れる機微と言えた。
「今を大切にするお兄様にはわからないかもしれませんが……この国作りが成功すれば、未来永劫国が安定し、争いによって失われる命が激減するのです。現在の百人と、長きに続く未来の何百万人何千万人と――どちらを取るべきか、王ならば明白ですよね?」
「…………」
ジョンが沈黙していると、アンネは彼との間にあるわずかな距離を詰め――そっと抱きついてくる。
「わかってください、お兄様。これは、お兄様のためでもあるのです」
「アンネ……俺の、ため?」
ジョンは、唯一血の通っている胴体でアンネの体温を感じ取った。久しく味わったことのない温もり。と同時に感じる変化。それは、もう自分にはアンネを抱いてやる腕が無いことだ。あったとしてもそれは酷く冷たくて、触れた感触がなくて――あっても無くても同じだった。
アンネはジョンの胸に顔をうずめて、心臓の鼓動を聞くように抱きついている。
二人の抱擁は――再会して初めての兄妹らしい行為でもあった。
お互いの存在を確かめるようにそれはしばらく続き、やがて、アンネがジョンの問いかけに答えるため、沈黙を破る。
「はい。あらゆる不安を排除して、私とお兄様が平和に暮らせる日々を送るために」
「えっ? たったそれだけのために……」
それだけのために、一年四ヶ月もの間、これほどまでの戦乱を起こしたのか? と言いたかったジョンだが、恐るべきアンネの動機に驚き、後が続かなかった。
また、それとは別に、ジョンの背中に回っているアンネの腕に力が込められたことも、それ以上言えなかった原因の一つだ。
「たったそれだけのためにとは何ですか? 私はそれほどお兄様を愛しているのですよ」
ジョンの言葉の端を捉えたアンネは、力強く言った。
「……アンネ」
「いつ無くなるかも知れない不安定で儚い幸せよりも、無くなる恐れのない安泰で確実な幸せの方がいい。そうは思いませんか、お兄様?」
「そうは思う。だが、そのために多くの人間が死んでもいいって言うのか?」
「はい。国の未来のためと先程は言っていましたが……それは神郷の理念であって、私は違います。私はお兄様が全てです。お兄様のためなら、たとえ一億人の命でも天秤にかけることなく切り捨てられます」
「………………」
ジョンはアンネに対して何を言えばいいのか迷っていた。それ以前に、こうして真実を知った今、彼女のことをどう思っているのか、自分の気持ちすらわからないのだ。
最初は、神郷への復讐を果たした末にアンネと再会したので、歓喜の気持ちで一杯だった。だけど――ジョンやエーデル、神郷までを操り、物語を支配していたというアンネの正体を知ると、畏怖の念を抱いてしまう。
アンネがやったことは正しくないのだが、だからといって悪くもないのだ。ジョンは、この世界に綺麗事は通用しないことを知っている。全く犠牲を払わずに世界を変えられるのならば、人々は戦争をしない。きっと――アンネだって切り詰めて切り詰めて、考えに考え抜いた苦肉の策だったと思う。一言で善悪を決めつけることはできないのだ。
ジョンの心は揺らいでいた。
アンネの政治的手腕を褒め称えてやりたい。国を再建し、また二人で安息の日々を過ごしたいと思っている。一方で、兄としては、妹に手を汚して欲しくなかったという思いが強い。兄のためではなく、自分自身のために生きて欲しい――そう諭してやりたい気持ちもある。しかし、それはアンネのやってきたことの否定であり、彼女を傷付けかねない。
ジョンは、濁りも澱みもないアンネの無垢な笑顔を見る。
あくまでも――アンネは純粋に兄のジョンのことを想ってやったのだ。
それは、まぶし過ぎる笑顔を見ればわかる。
たった一つの嘘偽りのない真実だ。
自問自答を続け、答えを探し求めるが――ジョンは葛藤の渦から抜け出せない。
やがて、残酷にも決断の時が来る。
「お兄様は……私のそばにずっといてくれますよね?」
アンネは抱きついた姿勢のまま顔を上げ、上目遣いでジョンを見ながら言った。
「俺は――」




