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転生マグナム  作者: 真水登
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第三章 マグナムの絶望

     第三章 マグナムの絶望



 ジョンとリオンはガルデニアを後にし、南東方面に向けて車を走らせていた。

 行き先は、クリノス。最初に、クリノスから北に向かってメログラーノに行き、そこから西に向かってガルデニアに行ったのだ――ならば南東に進めばクリノスに戻るという、ジョンの安直な考えで進路が決まった。

 来た道を戻る手もあるが、神郷の組織が待ち伏せしていないとも限らない。もっと言うと、ガソリンが足りないのだ。なので舗装道が無く荒野続きでも、最短の南東を行かざるを得なくなったという。

 クリノスには、三巨頭二人の首――実質三人分――を保安官に届けるために行く。

 懸賞金は、銀の鷹(アルジェントファルコ)が一千万グラスで金の狼(ゴールドウルフ)が二千五百万グラス。まともな家が一軒建つくらい高額だ。

(これでようやく、エーデルが俺につぎ込んだという研究費を返すことができるな)

 実際どれほど金をかけたのか、ジョンは知る由もない。

「……ねえ、ジョン」

 助手席から声がかかり「何だ、リオン」とジョンは答える。

「すぐ出て行っちゃってよかったの? ひょっとしたら……ガルデニアにいたかもしれないし、探せば見つけられたかもしれない」

 それはアンネと神郷のことだろうと、ジョンは想像がついた。合流後すぐに町を出たのが不思議に感じたのか――ジョンはしばらく黙考してから口を開く。

「俺は、あの双子の姉妹が嘘をついているとは思えない」

 ただ同時に、ジョンはある一言だけは嘘であって欲しいと思っている。

『きっとお兄ちゃんは大切なものを失うってこと、だね』

 大切なもの、それは何なのか。

 ジョンが最初に浮かんだのは――妹のアンネだった。これ以上に大切なものなどない。しかしあの言葉が、神郷がアンネを殺すことを意味するのだとしたら、おかしい。神郷がアンネを殺せるはずがない。神郷は、たとえ追い詰められようとも、アンネを人質にはしない、そんな男であるとジョンは知っている。

 すると、神郷は何を狙っているのだろう。エーデルの基地か? だが――基地の場所は知られていないはず。いや、それが盲点で、実は神郷の組織は既に場所を知っているのかもしれない。

 様々な憶測が考えつくが、どれもが当てはまりそうで正確なところがわからない。姉妹のハッタリかとも思うが、必ず何かを示唆しているような感じがして、否定もできない。

「ただ、嫌な予感はする。こういう時は早く帰るべきだ」

「確かにね……連戦して疲れたわ。あたしは囮にばっか使われるし」

「生きてただけ御の字と思っておけ。それに、どの戦いもお前がいたから勝てたようなものだ」

「調子いいこと言わないで……あたし、また『百花繚乱(ブルーメンブルート)』を壊しちゃったのよ? もう、エーデルさんに何て言えばいいのか」

 リオンはちらりと後ろに視線をやる。後部座席には、弾痕が目立つボロボロの狙撃銃が置いてあった。

 それは、金の狼(ゴールドウルフ)の姉・狼華にイングラムの掃射を受けた時、とっさに盾として使用したからだ。多くの銃弾を浴びたため損傷が酷く、撃つことができる状態ではない。

「あいつは、それもデータの内だと狂喜すると思うけどな」

「それが嫌なのよ!」

 リオンには、エーデルが感情を爆発させたあの時のことが頭に残っているのだろう。

 普段の冷静な姿を見ている分、そのギャップにぞっとする。知っていて慣れれば大したことでもないのだが、リオンの場合、知っているからこそ嫌悪している風だ。

「エーデルさんって、人間を人間として見ていないような感じがするのよね。些細な感情すらデータで置き換えそうな感じっていうの?」

「まあ……あいつは天才で、その上マッドサイエンティストだしな。あいつの右に並ぶ者はいないし、あいつを理解できる者もいない」

「寂しそう……でも、そういう感情も無いのかな?」

「あいつは自分の作った物にだけは感情を露わにするぞ」

「ああ、確かに。じゃあ、エーデルさんはジョンにも感情移入してたりして?」

「俺はあいつの作った物じゃねえ!」

 三巨頭との戦いを二回も行って心身共に疲弊しているはずなのに――ジョンとリオンの会話は続いている。

 声音に疲れが出ていても、クリノスまで会話が途切れることはなかった。


  ■    ■


 クリノスに到着した二人は、目の前の光景に頭が真っ白になる。

 今まで幾度となく目を疑う光景を見てきたジョンとリオンだが、この時ほど『嘘だ』と思ったことはないだろう。

 リオンは、あの時のことを思い出して地面に腰を落とした。

 ジョンは、金の狼(ゴールドウルフ)姉妹の言葉の意味をここでようやく理解した。

 地獄。

 クリノスに住む人達が血塗れでそこら中に転がっていた。

「……あ、あああ」

 見渡す限り、動いている者はいない――死体、死体、死体。

 ジョンは辺りを眺め、生きている者を探す。思考をするより先に、体が動く。それでも死体しかなく、点々と転がっているそれを辿る内に、町の中央まで来た。

 そこには、歪な山。

 見ると、それは町の人の死体が積み重なってできた山だった。

「!?」

 屍の山を背景にして立っている男が、ジョンの存在に気付いたらしく、

「ははは……ジョン。遅かったじゃないか」

 と、笑みを浮かべて声をかける。ジョンはその男を見て、溢れんばかりの怒りを込めて言う。

「――神郷ッ!」

 その呼びかけに、男は嘲笑をもって返事をする。

 赤色の散切り頭に、シャープな顔立ちで、眼光鋭い黒色の双眸がジョンを睨んでいた。頭部以外漆黒の甲冑を身にまとっていて、腰には太刀と脇差の二刀が差してある。

 神郷の格好は、戦に赴く武士のそれだった。

「その様子だと、金の狼(ゴールドウルフ)姉妹に苦戦を強いられたみたいだな?」

「神郷! てめえ、自分が一体何をしたのかわかっているのか!」

「町を一つ潰した……住民ごとな。殲滅、虐殺、皆殺し……お前はどの言葉で納得がいくんだ? ええ?」

「どうしてこんなことをするんだ! クリノスの人達に罪があるのか!?」

「ああ。俺に対する反逆罪だ。お前は俺の仲間を大勢殺した。そして、この町の者が手を貸しているそうじゃないか。そんなやつが住む町は、反乱分子の温床と看做して撲滅し、見せしめにする必要がある」

「この町の者が俺に手を貸している? そんなやつ――」

「も、もしかして、あたし……」

 はっと気付くと、ジョンの背後に、いつの間について来てたのかリオンがいた。

 震える指で自分を指し、震える声で言う。

「あたしのせいで……町のみんなが……そんな……」

 リオンは頭をかく――壊れたカラクリ人形のように、ずっと何かをつぶやきながらかきむしっている。

「おい、しっかりしろ、リオン! くそっ……神郷!」

 既に我慢の限界を超えていたジョンは、コートの中から『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を抜き出し、引き金を引いていた、否――引きまくっていた。

 銃の動作速度の限界に臨むくらい連射するが、神郷は放たれる銃弾をことごとく斬っている。神郷の後ろにある屍の山が次々と肉片をまき散らしているのがいい証拠だ。

 ジョンが全てを失ったあの日あの戦い同様、いや、それ以上に。

 あの時はリボルバーで今はオートマチックだから、連射速度は今の方が倍以上のはず。しかし神郷は、それ以上の速度で刀を振って銃弾を斬っている。注視して見なければ刀が消えてしまうほど、その斬撃は速い。

 神郷の刀が止まった時には、ジョンの拳銃が弾切れを起こして、ホールドオープンしていた。

「……てめえ、その太刀筋普通じゃねえな。機鋼化(ハイブリッド)にしやがったのか?」

 にやり、と神郷は不気味に笑う。

「ふはははははははっ! 違うな、ジョン……俺は機鋼化(ハイブリッド)にはしてない」

「何?」

「だからと言って、俺は人間でもない。俺は人間であることを捨てた――完全機鋼化(フルモデル)だ」

 ジョンは神郷の言葉に衝撃を受けた。

 神郷という男をジョンは知っている。

 身一つで戦い、銃を一切使用せず刀だけで戦い、常に前線で戦う――サムライのような男だった。義を重んじ、民を案ずる立派な男だったのだ。

 それを知っているだけに、ジョンが受けたクリノスに来てから今に至るまでのショックは計り知れない。

「神郷! てめえどこまで堕ちれば気が済むんだ!」

「古い! 考え方が古いぞ、ジョン! 堕ちたのではない……高みに昇っているのだ!」

 両手を広げて天を仰ぐ神郷。

「今や……俺の肉体は一つの兵器と化している! 全身にレーダーやコンピュータなどが内蔵され、対地・対空のあらゆる攻撃を自動で迎撃できるのだ!」

「自動迎撃、だと?」

「これが対人戦闘最強のヒューマン(H)・イージス(A)・システム(S)だ」

 神郷は誇らしげに言う。

「HASに死角はない。人間の神経伝達速度よりもずっと速く、俺に迫るものを察知し、高度な情報処理をして危険度を算出――即座に全身の駆動系に情報を伝達し、最適な動作で回避・迎撃をするのだ。全方位どのような攻撃にも対応できる。これが何を意味するのか……お前にわかるか、ジョン? 例えるなら、銃弾が飛び交っているところに突然卵が降ってきても、銃弾を迎撃しながら卵だけ取ることができるのだ」

「つまり……俺の銃弾は効かないと言いたいのか?」

「俺はな、全ての攻撃が効かないと言っているのだ! お前の銃弾なぞ、目を瞑ってでも迎撃できるわ!」

 過信ではない――揺るぎない自信を持っている、そんな言葉だった。

 ただ、ジョンは神郷の言葉でより一層復讐の炎が燃えていく。

 神郷の力は見た。『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』の全弾連射を余裕で捌く防御能力は、確かにすさまじいものだ。

 実際、攻撃三倍の法則というものがある。戦闘において、防御側を撃破するには、攻撃側は防御側の三倍の兵力が必要だという考え方だ。つまり、それだけ防御というのは攻撃より優位な戦闘行動なのだ。もちろん、それが全てではない。少数でも防御側を撃破した事例も少なからずある。がしかし、ジョンがその例に入らない限り、ジョンは神郷を倒すのに現在の三倍かそれ以上の兵力、または兵装が必要なのだ。

 ただ、それだけではジョンが諦める理由にはならない。

 目の前に、自分の全てを奪った仇がいるのだ――ジョンはもう、神郷を殺すこと以外に考えていることはないのだ。

 ジョンはリロードした『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を左手に持ち替え、『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』をガンベルトから抜き出して右手に持った。

「なら目を瞑ったまま死ね! お前は俺のマグナムで撃ち殺す!」

 言うと同時に、ジョンは両手に持つ拳銃の引き金を引いた。

「無駄だ! このままお前を斬り刻んでやるぞ! ジョン!」

 しかし、神郷は放たれる銃弾を斬りながら前進している。『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』が発射する.577 T-REXですら通じない。

 斬られるのだから、銃弾の口径や初速はあまり関係がないのだろうか。

 いや――何発もマグナム弾を受けておいて刀が折れないのも不思議だ。

 撃ちながら考えているジョンに神郷は、

「ジョン……俺の刀を折ろうとしているのなら無駄だ。俺の刀は超音波によって振動し、銃弾を斬っている。どれだけ撃とうが、銃弾の方がバターのように斬れるだけだ」

「…………」

 見透かしたようなことを言う。ジョンからすれば、向こうから思わぬ情報が漏れたので喜ばしいことなのだが――裏を返せば、それは余裕の表れにも見える。ただ、この程度知られようが関係ない、と神郷に言われているようで苛立ちは隠せないが。

 そして、怒っていられない状況だともジョンは理解し始めていた。

 神郷の日本刀が超音波カッターのような代物だとすると、非常に危険だ。鉄をも簡単に斬るのだ――それはすなわち、ジョンの義手義足だろうと例外無く斬れるということ。

 神郷の鉄壁の守りであるHASを破る策として、ジョンは最悪腕とかで刀をガードして止め、その隙に銃弾をぶち込むという算段を立てていた。肉を切らせて骨を断つ作戦だが――神郷の日本刀の前にそれは自殺行為だということがわかった。それはいいことだが、ジョンにとって攻撃の手段が一つ削られたことにもなる。

「…………くそっ!」

 二挺の拳銃が弾切れを起こし、ジョンは後ろに跳躍して神郷との間合いを取った。そして、服のあちこちをまさぐっていると、あることに気付く。

「どうした、ジョン? 弾切れか?」

 神郷が訊くまでもなく、見てわかるとおり弾切れだが――しかし、事態はもっと深刻であった。

 ジョンは今――両拳銃の予備弾薬すら無いのだ。

 リロードができない状態であり、それは銃がただの鉄の塊と化したことになる。

 最早武器は『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を残すだけになってしまった。

「いや……忘れていたんだよ。お前を殺すためだけに用意した物の存在をな」

 眉をひそめて訝しむ神郷を他所に、ジョンは『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を仕舞い、代わりにある物を取り出す。

「おい、ジョン。ふざけているのか? 戦いの最中に葉巻を楽しむつもりか?」

 取り出したのは、ジョンがたまにくわえている葉巻だった。

「いいや、違うね」

 不機嫌そうに言う神郷に言葉を返すと、ジョンはその葉巻を破り始める。巻いてある葉を、まるで包装を乱雑に解くように。

 すると――破いた葉巻の中から一発の弾薬が出てきた。形状からすれば、.577 T-REXに見える。

「これは…….577 T-REX 限界突破強装弾(オーバーロード)だ」

「あっ? オーバーロード?」

「こいつには通常の強装弾よりも遥かに多くの火薬を入れてある。お前を殺すために用意した、特別な弾……いわば切り札だ」

「ははは、ジョン。たった一発の弾がお前の切り札だと言うのか?」

「人を殺すのに二発もいらない。一発で十分だ」

 ジョンは『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』のシリンダーに弾薬を一発だけ装填する。

 この.577 T-REX 限界突破強装弾(オーバーロード)は、ジョンがエーデルに頼んで作らせた一発限りのもので、製作するに至った経緯は二つある。

 一つは、たとえ神郷が機鋼化(ハイブリッド)の中でも一番硬い装甲を有していようと、関係なく貫ける威力にさせようとしてだ。もう一つは、神郷に復讐するにあたって特別な一発が欲しいという気持ちがある。決別の一発、トドメの一発と言った風に、儀式的な意味合いやジョンのこだわりが強いのだ。

「ふん……ジョン、教えてやる。HASの前に『質』など無駄だということをな!」

 神郷は刀を上段に構えて、ジョンに向かって突っ込んできた。

 あまりの速さに、ジョンは一瞬遅れて『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を構えた。しかし、その時に神郷の刀が振り下ろされ――リボルバーを持っているジョンの右腕が斬られる。


 その瞬間――ジョンは右足で神郷の刀を踏みつけた。


 同時に、斬られて宙に浮いた右手が持っているリボルバーを左手で受け取ると、撃鉄を起こして引き金を引いた。

「!?」

 通常の銃声とは違う、より凶暴的な銃声が響き、銃弾が神郷を襲う。銃弾が胸に直撃したのか、神郷は血をまき散らしながら数メートルくらい吹き飛んだ。

 一方ジョンは発射の反動に耐え切れず、リボルバーは後方へ飛んでいってしまう。

「……地獄に落ちやがれ、神郷」

 ジョンは、いかにして一発で仕留めようと考えたのか。

 それはやはり――肉を切らせて骨を断つという作戦だった。

 当初ガードして止めようとしたが、神郷の日本刀は何でも斬れると本人も公言していたため、一度は諦めたのだ。では、どうやってHASをかいくぐって銃弾を撃ち込むのか、という問題が出る。

 HASは確かに最強の盾だ。だが、人間という枠内で考えた時、迎撃する手段が二本の腕だけだと気付いた。ならば、その二本の腕を封じれば神郷は丸裸になる。

 とはいえ、それは容易なことではない。二挺拳銃で連射しても、相手は迫る銃弾を全て斬っていた。全自動で超高速――それを封じてかつジョンが撃つというのは、ほぼ不可能と言ってもいいくらいだ。

 ただ偶然にも、ジョンはあと一発しかないという窮地に追い込まれたことで、活路を見出したのである。

 神郷は当然の如く甘く見た。たかが一発と油断した。そして、ジョンに向かって不用心に突っ込み、両手で持った日本刀でジョンの右腕を斬り下ろしたのだ。

 そう――圧倒的有利な状況にさせることで、神郷に両手で日本刀を持たせる。そこに、ジョンは斬ってくれと言わんばかりに右腕を伸ばした。そうすることで神郷の太刀筋を誘導して、振り切った瞬間の刀の峰を踏んで押さえる。と同時に『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を空中でキャッチして、がら空きになったボディに撃ち込んだ。

 右腕を斬らせることで神郷の両腕と日本刀を封じて、相手が手を放して脇差を抜く前に撃ち殺す。

 内容こそ違えど、ジョンは、肉を切らせて骨を断つ作戦が成功したのだ。

「くっくっくっくっくっくっくっくっ……」

「なっ!?」

 ジョンは、不敵な笑い声に戦慄する。

 作戦は成功して銃弾は命中した――しかし、神郷は生きていた。

 倒れていた神郷は平然と起き上がり、甲冑に付いているホコリを払っている。

「何故…….577 T-REX 限界突破強装弾(オーバーロード)を喰らって生きていられるんだ?」

 ジョンは神郷の胸を見た。

 その胸は深く抉られていたが――貫通はしていない。

「残念だったな。この通り皮膚はズタズタ、装甲も軒並み破壊されたが……心臓まであと二、三ミリ届かなかった。本当に、本当に本当に本当に本当に……惜しかったな」

 神郷は笑う。

「それでどうだ……最後の希望を断たれて味わう、絶望の味は」

「絶望なんて、一年四ヶ月以上も前に味わい尽くしているんだよ!」

 万策尽きても、ジョンは諦めなかった。

 腰に差してある『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を残った左手で抜き、神郷に突進する。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! じぃんごぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 振り下ろされた大太刀は、神郷の刀に触れた瞬間に折れた――否、切断された。

 そして。

 目にも止まらぬ斬撃によって、ジョンは左腕と両脚を斬り落とされた。

「あっ」

 支えを失い、天を仰ぎ見るように胴体が背中から地面に落ちる。それは――かつて見た光景と全く同じだった。奇しくも、それを演出したのはあの時と同じく神郷である。

 斬られたのは義手義足の部分だったので出血こそしなかったが、ジョンを襲う敗北感はすさまじかった。

 今度こそ本当に、何もかもが失われたかのような。

 全てを失ってから一年四ヶ月以上が過ぎ、それまでに万全な準備を整えてきて、復讐のために生きてきた一年四ヶ月が――一瞬で無に帰した。待ち望んだ機会が訪れて、神郷を殺せる千載一遇のチャンスを捉えたが、それでも及ばなかった。

 計り知れないほど喪失感が大きい。

 圧倒的な無力感が、ジョンの屈強な精神を蝕んでいく。

「……神郷」

 敗北者の運命は決まっている――まして今のジョンは文字通り手も足も出ない。敗走することすら不可能なのだ。待っているのは確実なる死。

「……神郷ッ!」

 しかしジョンは、この絶望的な状況においても諦めようとしなかった。

 仰向けのまま首だけ起こして、鋭い眼差しで神郷を睨みつけている。目からビームでも出して殺すと言わんばかりの殺気立った睨みだ。

「ははは……ジョン。この期に及んでまだそんな目で俺を見るか。だがどうする? 今のお前はイモムシも同然! この俺の気分次第でプチッと踏み潰されるんだぞ!」

「クソ野郎が」

 神郷の見下した言葉に、ジョンは何もできずただ悪態を吐き捨てる。神郷は平然とそれを聞き流して、余裕の笑みを浮かべていた。

「だがな、ジョン。慈悲深いこの俺は……お前を殺さない」

「何だと?」

「いいか、死は逃避でしかない。己が罪からの逃避、回顧からの逃避、現実からの逃避だ……考えろ、思い返せ。今まで自分がしてきたことを。その帰結が、クリノスの光景だ。見ろ! 地獄以外の何物でもない。そして、この光景を作ったのは、紛れもなくお前なんだ。それを心に刻め。自分の無力を嘆け、敗北を味わえ、喪失を噛み締めろ。全てを後悔し絶望の淵に沈みながら……野垂れ死ね」

「てめえ……待て!」

 言い終えると、神郷は近くで蹲っているリオンを一瞥する。

「ふん。威勢のいいブスも、心が壊れたか。俺が手を下すまでもない」

 蔑んだように言ってから、神郷は踵を返した。

 それは、ジョンにとって屈辱でしかない。トドメを刺さずに、敵に向かって背を向けるという――しかし、ジョンにはどうすることもできず、ただその背中をきつく睨みつけるだけだった。

 リオンもずっと俯いて何かをつぶやいているだけで、ジョンが声をかけて届くかどうかも定かではない。それに、リオンに何を期待するというのか。故郷に住む人が全員殺されてまともな精神状態ではない。それに、武器も精々『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』の残り一本だけだ。

 神郷は、とても大太刀一本で勝てる相手ではない。

 神郷が姿を消したその数分後、車のエンジン音が聞こえてきた。クリノスに来るために乗って来た車だろう。そこでジョンは、地を駆ける音がだんだん大きくなっていることに気付く。すると、彼のそばを車が横切った。

 瞬間。

 ジョンの目に――後部座席からジョンを見る妹・アンネの姿が飛び込む。

「アンネ!?」

 見間違えるはずがない。一年四ヶ月以上経って少し大人びた風ではあったが、まさしくジョンの記憶にあるアンネだった。

 すぐに過ぎ去っていった車に向かって、ジョンは繰り返し妹の名を叫ぶ。

 考えてみればわかることだった。

 神郷はメログラーノで『アンネはずっと俺のそばに置いている』と言ったのだ。なら、ここクリノスに連れてきてもおかしくはない。

(……だからどうしたってんだ? どの道神郷を殺せなきゃアンネを救えないだろう)

 ジョンは、自分が敗北した姿を妹に見られ、自己嫌悪した。這いつくばっている自分を罵り、何もできない自分を恥じた。一度味わったはずの感情を、もう一度、より一層強く味わい――悔しさのあまり唇を噛み切っている。

「くそっ! くそ、くそくそくそくそくそ……ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ジョンは声の限り叫び、胴体だけでじたばたと暴れ、それから後悔に後悔を重ねた。

 その時、

「…………ねえ、ジョン」

 ジョンのそばに近付いてきたリオンから声をかけられる。

「り、リオン……お前、その」

「ああ、あたしなら大丈夫よ。神郷の前では半分演技をしてたから。正常な振りをしていると殺されるかもしれなかったしね」

 半分演技――つまり半分本気であり、現にリオンの声には感情がこもっていない。表情にも色がなく、常のリオンとは別人のようだった。

「ねえ、ジョン。クリノスの人達が全員死んだのって、誰のせいなんだろう?」

「それは……」

「神郷のせい? それとも、メログラーノで神郷にクリノスの出身だって言ったあたしのせい? もしくは、神郷の部下を次々と殺していったジョンのせい?」

「…………」

「あたしは誰を恨んで誰を殺せばいいの? 神郷? あたし? ジョン? それとも……みんな死ねばいいのかな?」

「俺に訊くなよ」

 理不尽なことが起きた時、原因を探ろうとし、解決したいと思う。自己否定したり、誰かのせいにしたりして。だけどそれは結局、現実を受け入れたくないのだ。目を背けて、何かに(すが)りたいと思っているのだ。

「神郷は言うまでもなく最悪よ。だけど、ジョンはどうなの? 仇討ちという大義名分を掲げているだけで、やっていることは殺戮だよ? 敵とはいえ、機鋼化(ハイブリッド)とはいえ、人間の形をしたものをマグナムで撃ち殺し、刀で斬り殺した。ガルデニアでの金の狼(ゴールドウルフ)戦なんかは酷いよ。妹の狼美ちゃんの四肢を切断して、痛がっているのに甚振ってたよね? 不死身だからいいって問題じゃないとあたしは思ったわ……ごめん、別に、ジョンを責めているわけじゃないのよ。ただ、何が正しくて何が悪いのか、わからなくなって……」

 弱々しく言うリオンにジョンは、

「そんなの、俺にだってわからねえよ」

 うんざりしたように答えた。

「いいか、リオン……この世界が絶対的な正義と悪に分かれていると思うか?」

「わからないわ」

「お前が思う正しいことや悪いことっていうのは、一体何だ?」

「わからないわ」

「お前は今まで何のために戦ってきて、何のために生きてきた? 何を思って、今ここにいる――」

「わからないからあんたに訊いているのよ!!」

 リオンは感情を露わにして、ジョンに怒鳴りつけた。

「あの時と同じだわ! 鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)と戦った時も、自警団の仲間をみんな死なせてしまった! あたしに力が無かったから! 結局世界は弱肉強食なのよ! 強い者が支配して、弱い者が蹂躙される……弱い者はただ強い者に虐げられればいいっての?」

 ジョンは首を横に振る。

「俺は、かつてその理から人々を解放させようと平等の国を作った。だが皮肉なことに、俺はその理によって国どころか両腕に両脚、右目、妹まで奪われたんだ。俺は、それらを取り戻すのに武力を行使するが……それをこの国最後の武力行使にしたい」

「……ジョン」

「正義と悪の定義は一人一人の心の中にある。俺は俺の正義を信じ抜き、貫き通す。だから、リオン。お前は自分らしく生きろ。自分で考え、自分で進むべき道を選べ」

「…………」

「クリノスの人達が死んだ原因が、俺に無いわけではない。俺の言ったことに納得がいかないなら、俺を殺したっていい。今ならやりたい放題だ」

 ジョンは今義手義足を全て失っているので、リオンに何かされても反撃ができない。

 手も足も出ない――強いて出せれるのは頭と口だけだ。

 しかし、リオンは沈思黙考したまま言葉を発しない。

 ただじっと、ジョンを見ている。

 その時――リオンの目から一滴の涙が零れ落ちた。

「リオン?」

「……『恩人には必ずそれ相応の恩で返すこと』って、メアリーおばさんが言ってたの。ジョンはあたしの命の恩人……だから、殺すことなんてできないよ」

「そうか」

「『生きてさえいれば幸せはやってくるさ』って、スミスおじさんは言ってた。『前向きな心はみんなの心も前向きにするのよ』って、レベッカは言ってたわ……どうしよう。町のみんなの声が、どんどん蘇ってくる」

 気付けば一滴は一筋の涙に変わり、リオンは止めどなく涙を流す。

「今は泣いていいんだ、リオン。クリノスの人達のために泣いてやれ。俺は聞かなかったことにしてやる」

 ジョンは目を閉じて、リオンを見ないようにする。

「う……ううう」

 するとリオンは、堰を切ったかのように大声を上げて泣き出した。悲しみを隠そうとせず、我慢しようとせず、思いのままに泣いた。

 ジョンはそれを静かに受け止める。

 その閉じた目からは――ゆっくりと涙が滲み出ていた。


  ■    ■


 しばらくして、リオンはジョンの携帯電話でエーデルを呼んだ。クリノスの惨状に加えてジョンの回収など、一人では判断できないとリオンが思ったためである。

 しかし、エーデルがクリノスに来るかどうかは、わからなかった。

 何故なら、リオンが電話で『ジョンがやられた』と言った瞬間に、エーデルが一方的に切ったからだ。

 その十分後――不安を感じながら待っていると、エーデルは二人の前に姿を現した。

「よう、エーデル。まさか、お前にこんな姿をもう一度見られるなんてな……」

「…………」

 ジョンはものの見事に無視される。エーデルが見つめるのは斬られた義手や義足であって、胴体だけのジョンには見向きもしなかった。次々と残骸を調べていき、回収をしている。やがて、全てを回収し終えたエーデルがようやくジョンの方に向く。

「ジョン……私は今はらわたが煮えくり返っている。怒りのあまり泣き叫び、喚き散らしたいくらいだよ」

 そう言う割にエーデルは無表情で、淡々とした様子だった。

「何せ『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』、『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』、『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』が通用せず、貴様が装着している『四肢分神(アルムバイン)』は簡単に斬られた……どれも貴様に提供した私の傑作ばかりだ」

「……すまない。ただ、神郷はそれほど化物だったんだ」

「相手が化物であることは言い訳にならない。所詮私はその程度の物しか作れなかったのだ。そういった化け物共を始末する道具を作ったつもりだったのだがな……どうやらオモチャを作っていたようだ」

「エーデル、お前は悪くない。現に俺は化物のような三巨頭を殺すことができた。神郷にだってあと数ミリ及ばなかっただけで、全く通用しないわけじゃなかったんだ」

 あまりにも自分を卑下(ひげ)したような言い方に、ジョンはつい口出ししてしまう。それでもエーデルは嬉しそうではない。

「過程も大事だが……やはり敗北すれば元も子もない。ただまあ、データがこれだけたくさん残っているのは僥倖(ぎょうこう)だ。この私に貴重なデータを残したこと――後悔させてやる」

 そこでエーデルは、笑みを見せた。

「まさか、それって……」

「これで終わりなわけないでしょう。私が今まで開発した道具が神郷に通用しないというのなら、それ以上の道具を作って実験するのみ。当然――貴様には最後まで私の実験体として付き合ってもらうぞ」

 その笑みは悪魔的で、ジョンは背中に氷塊を押し当てられたような戦慄を覚える。

「俺が神郷に負けて装備を全て壊したことは、責めないのか?」

「おかしなことを言うな、ジョン。何故貴様を責める必要がある? たかが一度か二度の失敗で私は動じないし、貴様の代わりになる実験体などこの世に存在しない。失敗は成功のもと……わかった?」

「……ああ、わかった」

 復讐が自らの意志であっても、エーデルに言われると何故か従わされている気持ちになり、複雑な心境になるジョン。それは、目的意識の違いだろう。ジョンとエーデルは、お互いの利益が一致しているだけであり、復讐と実験という差異が二人の間に存在しているのだ。

 同じものを背中合わせで見ているような、そんなちぐはぐとした感覚である。

 それでも――ジョンには堪らなく嬉しかった。

 もう一度、復讐のチャンスを与えられたのだから。二度も屈辱的な敗北を喫して、今までよりも更に激しく、憎悪の念が燃えている。

「わかったなら基地に帰るわよ、ジョン。メログラーノのことから順番に話を聞かせてもらうから」

 ジョンは「ああ」と頷いてから、ふとリオンを見た。

「なあ、リオン。お前はこれからどうする?」

「これから?」

「お前は守るべきものを失った。戦う理由も失われたようなものだろう?」

 進退を問うジョンの言葉に、リオンは「はんっ」と鼻を鳴らす。

「馬鹿言わないで、ジョン。あたしは、これからもクリノスの人達のために戦う。それに……あたしにはもう帰る場所が無いからさ、あんた達と共に行くわ」

「ふん、愚問だったな」

 リオンの決意に満ちた表情――全てを払拭して、少しでも前に踏み出そうとする力強い笑顔を見て、ジョンはそれ以上何も言わなかった。

「ところで、リオン……車まで俺を運んでくれないか?」

「…………」

 ジョンはリオンに抱えられながら、エーデルと共に迎えの車に乗る。

 車が動き出し、地獄のような光景が広がるクリノスを離れていく。リオンは終始車窓から外を眺めていた。せめて埋葬に立ち合ってもよかったのに、ただただ悲しそうな表情で過ぎ去っていく町の姿を目に映している。

 しかしそれは、リオンなりの決別なのだろうとジョンは思った。下手にずるずると別れを惜しんでばかりいれば、悲しみに囚われて過去に引きずり込まれる。前に踏み出せず、先に進めなくなるのが――何より嫌だとリオンは思ったのだろう。

 そんなリオンにかける言葉が見つからず、ジョンは黙ってその横顔を見ていた。

「さてと……早速話に入るわね」

 エーデルは、そんな感傷に浸らせる時間すら与えてくれない。

「私の命令に逆らってまでメログラーノどころかその先のガルデニアまで行って……挙句の果てに神郷と勝手に交戦して敗北……無事な装備はリオンの『百花繚乱(ブルーメンブルート)』くらいか?」

「あっ、エーデルさん。その……それも、ガルデニアでの戦闘で壊れました」

「……ジョンとリオンは装備を全て破壊された。何があったか聞かせてくれないか?」

 にっこりと笑みを浮かべるエーデル。もちろんその笑顔を向けられた二人には、それが表面上だけであることはわかり切っている。

 ジョンとリオンは、包み隠さずメログラーノでの戦いから話し始めた。エーデルは時折相槌を打つだけで、ともすれば寝ているような仕草にも見える。

 ただ、

「……ふむ、やはり興味深いな」

 と、話を終えた時にようやく口を出した。

「そうか?」

 ジョンはエーデルがどの辺りに興味を持ったのかわからなかったので、首を傾げる。

「神郷の組織は私の科学力を上回ったのだ。この国では私こそが圧倒的な科学力を有していると自負していたのだがな。まあ、甘く見過ぎたということか」

「甘く見過ぎたって……何か余裕ぶった言い方だな、エーデルよ」

「当然だ。この国なら、貴様のあの装備だけで十分覇権を握れると思っていたさ」

 エーデルのその言葉にリオンは「そうですか?」と疑るように言った。

「ジョンって、勝ちこそしましたけど結構今まで苦戦してますよ?」

「リオン。それはあなたがジョンの足を引っ張っていたことが一因よ」

「ううっ! 少し気にしてたことを……」

「だけど、リオンの存在が勝利した一因にもなっている」

 言い返せなくなったリオンに助け船を出すジョン。それにエーデルは「ふふん」と微笑で返した。

「そう……いつ科学が発展するかはわからない。それは人間が科学を生み出しているからであり、人間という存在は予想ができないからだ」

「でもな、エーデル。お前の話のニュアンスだと……まるで今以上の装備があるぞと言わんばかりに聞こえるんだが」

「あるわよ、それくらい。貴様私を誰だと思っているのだ?」

「マッドサイエンティスト……つーか、何で言ってくれなかった?」

「訊かれなかったから。あと、さっきも言ったようにこの国では必要ないと思ったから」

「…………」

 ジョンは沈黙する。だったら今までの苦労は何だったんだ、と怒りが沸々と湧き上がっているのだ。これほどまでに、必要なこと以外言わないエーデルの性格に腹を立てたことはない。

「ただまあ、今回はもう一つ発明して開発する必要がありそうね。神郷のHASを打倒するためにも」

「できるのか? その……製作と打倒の二つの意味で」

「私は不可能を口にはしない。が、当然一朝一夕でできるものではないがな。私の計算では、明後日には倒しに行けれる」

「明後日……根拠は?」

「作業速度の限界が挙げられる。あとは、情報。神郷の組織は現在手足を千切られたような状態だ。貴様の活躍で、メログラーノやガルデニアに情報部を送り込むことができた。それで、神郷の本拠地が明後日までには割り出せるとのことだ。もう一つは、神郷の隙を突くため」

「神郷の隙? そんなのがあるっていうのか?」

「話によれば、神郷は貴様を殺さず放っておいたそうじゃないか? 何故だと思う?」

「それは……野垂れ死にさせるため。リオンは助けに来ないと看做したから」

「ええ。だけど貴様が野垂れ死ぬことはなかった。リオンがそこまで精神崩壊を起こしていなかったためだ」

 当の本人がいる前でそれを言うのはどうかとジョンは思ったが、横目でリオンを見ても変わった様子は見られなかった。なので、そのままエーデルの話を聞く。

「神郷は今でも貴様がクリノスで転がっていると……そう思っているはずだ。通常、人間が飲まず食わずで餓死するには約三日かかる。一日目より、三日目より、二日目の方が、ジョンに対する意識がわずかにだが薄れるのだ」

「じゃあ、明後日には神郷のところへ行けるって言うんだな?」

 エーデルは頷くことで応えた。

「だが……気になる。神郷の間の抜けた、言ってしまえば甘過ぎる判断が」

「甘過ぎる判断?」

「考えてもみなさい。どうして神郷は貴様を生かしたのだ?」

「いや、それは……俺に死ぬまで絶望を味わわせるためとか何とか」

「精神論は全てくだらない妄言と同じだわ。まず、敵は殺すのが最善で最適。神郷は何故リオンが立ち直ってジョンを助けることを想定しなかった? ジョンはたとえ胴体だけでも転がって基地に辿り着くことができる。野垂れ死にする確率は極めて低いはず。なのに神郷は貴様を生かした。これがわからない」

「……考え過ぎだろう。神郷は元々精神論を重んじるやつだ。徹底的に効率や利益を求めて行動する人間なんて、そうはいない」

「そこまで馬鹿なら、私としても助かるのだがな……」

 溜息をつくエーデル。

 話は途切れたが、そこでちょうど基地が見えてきて、車が中に這入るところだった。

 駐車場で車が停まり、ジョンは、

「おい、リオン」

 ずっと黙っていたリオンに声をかける。

「…………」

 反応がないと思って顔を覗くと――目を閉じてぐっすりと寝ていた。

 今日は三巨頭との連戦にクリノスの大虐殺と様々なことが起き、リオンにとっては心身共に限界を超えていたのだろう。ジョンはそれを理解して、無理に起こすことはしなかった。部屋まで運んでやるかと思ったが、ジョンは今、自分で歩くことすらできない状態だと気付く。

「……やれやれ、面倒な実験体達だ」

 そんなジョンとリオンの様子を見て、エーデルは呆れたようにつぶやく。

「そう言うんだったら、早く俺の義手と義足をくっ付けてくれ」

「あれは粘土細工じゃない、そう簡単にできると思うな。朝まではイモムシでいろ」

「ちっ、わかったよ。その代わり、もうちょっとグレードアップさせろよ」

「具体的に言えば?」

「銃の反動を抑えつけるだけの力がまだ足りない。片手で『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を撃っても腕が背中まで回らないくらいには力が必要だ。特に、.577 T-REX 限界突破強装弾(オーバーロード)を撃った時は、手から離れて吹っ飛んだぜ」

「それほど反動があったか。ふむ……ならば改良しよう」

 そう言うと、エーデルは車のドアを開けて降りる。そして、ドアを閉める時に一度だけジョンの顔を見て、

「今日明日はゆっくり休め。ご苦労だったな、ジョン」

 労いの言葉をかけてからドアを閉めた。

「………………」

 初めて聞いたエーデルの労いの言葉に、ジョンは返す言葉が見つからず――黙って去っていく背中を見つめる。

(確かに、口に出して言っちゃあいけねえが……俺も疲れたよ)

 ジョンは今日の出来事を思い出し、心の中でつぶやく。

 エーデルからしばしの休息を言い渡され、緊張の糸が途切れたのだろう。

 気を失うように、ジョンの意識はゆっくりと暗転していった。

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