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転生マグナム  作者: 真水登
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第二章 進撃のマグナム

    第二章 進撃のマグナム



 木造の家が業火によって燃えていた。

 火柱が天高く昇り、周囲に熱風を送っている。

 燃えている家が、音を立てて一つ、また一つと崩れていく。

「――神郷!」

 男は怒号と共に、S&W M500の引き金を引いた。爆音を轟かせ、マグナム弾が神郷と呼ばれる男に襲いかかる。

 しかし、神郷にマグナム弾は当たらなかった。

 正確に胸の中心を狙って撃たれたマグナム弾だが、神郷は避けようともせず、ただ腰に差している日本刀を居合斬りの要領で振り抜いただけだ。

「まさか……神郷、銃弾を斬ったのか?」

「逆に訊こう。俺が無傷だという理由にそれ以外何がある?」

 信じられない、と思った男は、もう一度引き金を引く。

 が――当たらない。銃声に消されて聞こえないが、実は銃声と同時に刃と弾丸が接する小さな音が発生している。

 それは、紛れもなく神郷が銃弾を斬っているということだ。

 男はあまりの動揺に、その小さな音を拾えないでいた。

 神郷は駆け出し、十メートルほどの距離を一気に詰めようとする。男はそれを迎撃しようと狙いを定めて、両手で構えているリボルバーを連射した。

「無駄だ!」

 銃声に合わせるように振られる刃、当たらない銃弾。

 男が五発目を撃とうとした瞬間、神郷の刃が振り下ろされ、男の両手首を切断する。そして、返す刃で男の両腕――肘から上あたり――を斬った。更に、神郷は振り上げた刃を止めず、男の両脚――太ももあたり――を薙いだ。

 流れるような三連撃。

 四肢を斬られた男は、なす術もなく天を仰いで落下した。

 自分の体を支える両脚という土台から、地面に。

 一瞬遅れて、四肢の斬り口から鮮血が噴き出る。地面に落下する最中、男に四ヶ所からの痛覚が襲いかかり――。


  ■    ■


「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫しながら勢いよくベッドから起き上がるジョン。全身が汗まみれで、呼吸も浅く、顔面は蒼白だった。

「…………また、あの時の、夢か……――が、ああああああああああああああああああああっ! い、いてえ! くそおおおおおおおおおおあああああああああああああっ!」

 ジョンは激痛を耐え忍ぶようにのたうち回る。

 その体に外傷はない――しかしジョンは、何も無いのに痛みを感じているのだ。

 その時、部屋の扉が開く音がした。

「どうしたの、ジョン!?」

 最悪だ、と目の前にいる人物を見てジョンは思った。

 部屋に這入ってジョンに声をかけてきたのは、エーデルではなくリオンだったのだ。

 一番見られたくないところを、一番見られたくない者に見られる。ジョンにとってそれは屈辱以外の何物でもなかった。恥ずかしさ以上に、情けなくて。

 ただ、リオンはジョン以上に驚いている様子で、言葉を失っている。ただ手で口を覆って、息を呑んでいた。

 ジョンは荒れている息を整えてから言う。

「リオン……お前、何で俺の部屋に這入ってきた?」

「えっ、あ、すごく尋常じゃない叫び声が聞こえたから、心配になって……」

幻肢痛(げんしつう)だ」

「元日?」

「馬鹿! 幻の四肢が痛むと書いて幻肢痛だ! 英語でファントムペイン!」

 リオンの聞き違いにも、怒鳴りながらではあるが丁寧に補足して言い直すジョン。

「それが、ジョンが叫んでいた原因?」

 ジョンは静かに頷いた。

「うまく説明できないが、例えると……あるはずのない指先や足のつま先が痛む、だ」

「どうしようもないじゃない、そんなの」

「ふん。普段ではそう滅多に起こることはないんだがな。痛みは突然やってくる」

「痛むはずがないのに痛む……耐えるだけって辛いね」

 それからリオンは逡巡するように間を置いて、迷いながらも続けて言う。

「あの、ジョン。あんたが義手だってのは気付いてたけど、両脚もなの?」

 リオンが絶句するほど驚いたのは、パンツ一丁のジョンの姿にではない。ジョンの体に装着された義手と義足を見ての反応なのだ。

 両腕は肩口から、両脚は付け根から――それぞれ赤黒い義手義足が装着されている。人の部分が胴体と頭しかないその姿に、リオンは疑問をぶつけずにはいられなかった。

 ジョンは、一つ息をついてから答える。

「……ああ。神郷に奪われたのは両腕だけじゃない。この両脚も、その一つだ」

「そう。だから素早い動きや人間離れした跳躍ができたのね」

「まあな」

「その義手義足も、エーデルさんが作ったものなの?」

「そうだ。特殊合金でできていてとにかく頑丈だ。だから、腕力脚力が軒並み桁外れになる。それに、関節が自在に曲がるから背中のかゆいところにも余裕で届く。脳から発せられる微弱な電波で動くから、取り外しができずに一体化しているけどな」

「滅茶苦茶スペック高いわね」

 手の関節部をくるくると回して、自分の腕を見せつけながら言うジョンに、リオンも半ば呆れるように褒めた。

「当たり前だ。何せマッドサイエンティストのエーデルが作った発明品なんだから。一応――『四肢分神(アルムバイン)』っていう名前があるけど、普段は義手義足で通ってるな」

「へえ……エーデルさんって、よく自分の発明品に名前を付けるよね?」

「うーん。あいつは物作りが趣味ってところがあるからな。発明品と言ったら名前、っていう安直な考えもあるんだろう。どの道、あいつの考えてることなんかわからん」

「そうね……エーデルさんって一体何者なんだろう?」

 リオンはその顔を思い浮かべて、一種怯えのような表情を見せた。

「そう言えば、お前はエーデルを怖がっているな」

「えっ、そ、そんなこと……」

 リオンは否定しようとするが、その後の言葉が続かない。代わりに、

「だって、目が赤くて肌が白くて美人だけど……何だか、人を人と看做していないような気がするの。何て言うんだろう……酷く淡白で、無機質な感じ」

 言い訳するようにリオンの印象を述べた。

「ふん。大抵そう感じるだろうな。あいつがそうしてるのもあるんだが」

「えっ? それって演技をしているってこと?」

「本人は本心でやっていると思うけどな。物作りが趣味の分……あいつは人間に興味がないんだ。近寄りたくもないし、近寄られたくもない。だから、他人から忌避されるような存在であろうとしている。エーデルから聞いたんだが、あいつの赤い目はただのカラコンだし、肌は元々色白だとよ。アルビノとは関係ないらしい」

「そうだったの? えー、でも、何で赤のカラコンをする必要があるのかしら?」

「お前みたいに怖がらせて近付けさせないためだろう」

「べ、別に怖くないもん! そうとわかっていれば普通に接することだって……てゆーかジョンはどうなのよ? うまくエーデルさんと付き合えるっていうの?」

 言い切らなかったリオンは、露骨に話をジョンに振った。ジョンにはリオンを追い詰めるつもりはなく、リオンが勝手に焦っているだけなので、特に突っ込むことなくそのままスルーして質問に答える。

「俺は付き合う気なんてない。ただエーデルとは折り合いを付けているだけだ。あいつは俺に復讐のための道具を与えてくれた。俺はあいつの発明・開発した物を実験して、賞金首を殺して得た金と実験のデータを与える。そんなウィンウィンの関係さ」

「殺伐としてるね。何か、ドライ」

「それでいいんだよ。俺は最早一人では生きていけない。この義手義足はエーデルによる定期的なメンテナンスが必要だからな。これがないと俺はただのイモムシ……無事なのは復讐にイカれた頭と胴体と俺のマグナムだけだ」

 ジョンが言った最後の言葉の意味を理解して、リオンは顔を一気に赤らめた。

「ば、馬鹿! 何いきなり変なこと言ってんのよ! 信じらんない。あんたイモムシじゃなくてウジムシよ! 鳥に食われて死ね!」

 激怒したリオンはジョンに辛辣な言葉を浴びせると、踵を返して部屋を出ていく。何か言い返すよりも速い行動に、ジョンは呆然としていた。

「ふん……一体どうしたんだ、リオンのやつ。俺が何かおかしなことでも言ったのか?」

 ジョンはそうつぶやいて首を傾げる。少しだけ考えて、わからないと思ったジョンは、考えるのをやめて着替えをすることにした。


  ■    ■


 昼にはまだ早い時間帯に、ジョンはリオンと共にエーデルの部屋に呼び出された。

 今日の作戦会議というやつだろう。

 エーデルは机に腰かけて、足を組んでいる。正面にジョンやリオンがいるのにもかかわらず、だ。どうやら、エーデルはそういうことには無頓着(むとんちゃく)らしい。際どいポーズを取っていることにも何ら気にした様子はなく、いつもの、感情が無い能面のような表情でジョン達を見据えていた。

「今日は……良い知らせと悪い知らせがある」

 最初にエーデルは、そう言って話を切り出した。

「先日、ジョンはオルテンシアで銅象(キュイーヴルエレファン)とその部下を皆殺しにした。だが、肝心とも言える情報収集をしてこなかったな」

「つい皆殺しにしちまった。だけど、それがどうしたというんだ?」

 悪びれた風もなく開き直りを見せるジョンに、エーデルは無視して続ける。

「オルテンシア解放に伴い、次の町の情報が手に入った。今まで場所が判明しなかった、メログラーノについてな」

「ほう。じゃあ午後からはメログラーノか」

 いや、とエーデルは首を横に振った。

「今日は出ていかない。というより、ジョンもリオンも、しばらく待機だ」

「しばらく待機? どういうことだ?」

「メログラーノの場所がわかっても、その仔細(しさい)が明らかになっていない。神郷の組織が、私達の存在を認知しているのか、四天王を二人失ってどんな動きを見せるのか……定かではないのだ。下手に動かず、新しい情報が入るまで待機だ」

「ふざけるな、エーデル! やつらは四天王を二人殺されて混乱しているはずだ。浮き足立っている今こそ、やつらを叩く時だ!」

「その危機を感じて兵士の増員、警戒態勢を取るはずだ。その中に突っ込むということは……わざわざ爆破解体されるビルに這入るのと変わりない」

 ジョンはエーデルの消極的とも取れる言葉に激怒し、反論した。しかし、エーデルも顔色一つ変えずに言葉を返す。

 双方の言い分はどちらとも正しい。だが――二人の四天王が二日続けて殺されたという事実が、神郷の組織の士気にどの程度影響を与えたのかによる。

 不安や恐慌に陥るのか。

 それとも冷静さを保って敵を迎え撃とうとするのか。

 憶測の域を出ない以上――二人の意見が割れるのは必然だった。

「どれだけ束になってこようが撃ち殺すだけだ」

「駄目だ。ジョン、これは命令だ」

 エーデルは(かたく)なに拒む。ジョンは渋い表情を浮かべたが、

「……ちっ。お前がそこまで言うんだ。大人しく聞いといてやるよ」

 ここは引き下がって、嫌々といった感じで了承した。

「話がわかるやつは嫌いではない。しかしまあ、暇つぶし程度にクリノスへ行け。そして保安官から銅象(キュイーヴルエレファン)の賞金をもらってこい」

「わかった。じゃあ行くぞ、リオン」

「う、うん」

 ジョンは無駄な反論をすることなく、あっさりとエーデルに従い、部屋を出る。それを不審に思ったリオンは、部屋を離れてからジョンに言う。

「何で大人しく従ったの? あんたらしくもない」

「時には我慢しなければいけない。その場の感情で動くのはガキのやることだ」

「ふうん」

「賞金の回収も立派な仕事だ。お前は、クリノスへ行くついでに町のやつらに顔を見せてやればいいだろう」

「あ、そうだね。みんなに昨日のことを自慢しなきゃ」

 一人はしゃぐリオンに、ジョンは「ふん」と鼻で笑った。


  ■    ■


 昼食後――ジョンとリオンは車に揺られてクリノスに到着した。

 昨日に続いて、今日も町中の人に歓迎される二人。他愛もない会話に花を咲かせ、町の人が散り散りになったところで、保安官がジョンに賞金を渡した。

 銅象(キュイーヴルエレファン)の懸賞金五百万グラス。その麻袋は、サンタクロースが背負う袋並みにでかく、ジョンでなければ持てそうもない重さだ。

「これはあれだな。町の外に停めてある車まで運ぶのに台車が必要だな。リオン……あの時の台車ねえか?」

「えっ、あ、あるけど……必要なの?」

「いいから持ってこい」

「?」

 リオンはわけがわからず、首を傾げながらも台車を取りに向かう。かつて鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)の死体を運搬して、町に返却した台車を。

(あの義手のパワーがあれば普通に持てるはずなのにな)

 しばらくして――ジョンとリオンは台車で賞金を運び、たくさんの人に見送られながら町を後にする。すぐに車が見えてきて、運転手が二人を出迎えた。

「なあ、運転手。お前はあの基地でどの部署に所属している?」

 ジョンはふと、気まぐれにも見える質問を運転手に投げかける。それはまるで、今日の天気について話すような、そんな世間話をする感じで。その何気なさに、運転手も肩肘を張るような堅苦しさを見せず、

「はあ……自分は情報部ですが。それが何か?」

 と軽く答えた。

 その運転手の答えに、ジョンは「ほう」と露骨に笑みを浮かべるという反応を見せる。

「なら――」

 言いながら、ジョンはコートの内側に手を入れ、『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を抜き出した。

 銃口は迷いなく最短距離で運転手の眉間に押し付けられる。

「知っているはずだ……メログラーノの場所を。それを俺に教えるんだ。知らないとは言わせない。『し』と『ら』が続けて聞こえた瞬間、お前の首から上は無くなる。スイカ割りのスイカ……いや、地面に落した水風船の如くな」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいっ!」

 銃口をぐりぐりと額にねじり込まれている運転手は、情けない叫び声を上げた。一気に顔中が汗で濡れて、生気を失ったかのように青くなる。

「じ、ジョン!」

 リオンはその光景を目の当たりにして、その名を呼ぶことしかできなかった。その突飛な行動に理解が追いつかず、自分が何をしていいのかわかりかねているのだろう。

 その呼びかけに対して、ジョンは視線をやることもせず、ずっと運転手を睨んでいる。

「さっさと答えろ! 自分の命よりも大事な情報か!」

「わ、わわわかった。答えりゅ答えるよ。ここから北に五十キロくらい進んだところだ。嘘じゃない」

 運転手は泣きながら震える声で答えた。それを聞いてジョンは銃口を眉間から外すと、すぐに『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を仕舞った。直後――恐怖で硬直して棒立ちしていた運転手は、糸が切れた人形のようにその場にへたり込んでしまう。

「な、何でこんなことを……仲間なのに」

 運転手は力なくジョンに訊く。しかしジョンは、

「俺はお前達を仲間だと思ったことはない。全て復讐のために利用してきたに過ぎないんだよ。だから、お前達が俺にとって有用な情報を知っているのだとしたら、俺はそれを力ずくで手に入れる。たとえ殺すことになってもだ」

 酷く冷静に、運転手を見下ろしながら答えた。

「すまないが車を借りていく。お前はこっちの車で賞金を基地まで運んどいてくれ」

 ジョンはまず、自分達が乗ってきた車を指さし、次に賞金が乗っている台車を指さして言う。その言葉に大口を開けて驚く運転手を放って、ジョンは車に乗り込む。

「ちょっと、ジョン! あんたまさかメログラーノに行こうっていうの?」

 その前に、リオンがジョンに詰め寄る。

「ああ、そうだ」

「エーデルさんに言われたでしょう。待機だって」

「あいつの口から『メログラーノに行くな』って言葉は聞いてない」

「そんなの屁理屈でしょう。待機ってことはきっと何か意味があるんだわ。多分、今行ったら危ないわ」

「そんなの行ってみなければわからねえだろう。やつらは今行って殺さなきゃあ駄目なんだよ。エーデルは戦いをわかっていない。科学者が口出しできることじゃあねえんだ」

「そんな……」

「リオン。行きたくなければいい。そこの運転手と一緒に基地に帰れ。お前は俺の復讐に付き合う必要はないんだからな」

 ジョンはそれだけ言うと、さっさと車のドアを開けて運転席に座った。そして、差してあるキーを(ひね)ってエンジンをかける。

 発車しようとしたその時――助手席のドアが開いて、リオンが乗り込んできた。

 ジョンの顔を見ようとせず、つんとした表情で前を見ている。

「……忘れ物か?」

「あたしは、あたしの目的のために戦う。クリノスの人達を守るには、神郷の組織を殲滅する必要がある。だから、あたしもジョンについて行くわ」

「なるほど。死地に赴くには立派な理由だ」

 ジョンは「ははは」と笑って、葉巻を口にくわえる。

「ただ……覚悟しておけよ。生きて帰ってもエーデルに殺されるのは間違いねえから」

 笑みを浮かべながら、ジョンは車を発進させた。

 舗装されていない道なき道を、進路を北に向けて。

 車を走らせること三十分。

 ジョンの携帯電話の着信音が鳴り響いた。そして、ジョンの携帯電話にかかってくる相手は――一人しかいない。

「もしもし、エーデル? どうしたんだ?」

『貴様がこの時間になっても帰ってこないことを考えると……必然的にメログラーノに向かっていると予測できるが』

「おいおい。クリノスで町の人達と楽しく話をしているという可能性もあるだろう」

 ジョンはあまりにも気付くのが早くて驚く。運転手が三十分で台車を押して基地に帰れるはずがない。となると、一定時間を過ぎたから連絡を入れたということになるのだろうが、当てずっぽうでも当たり過ぎる。

『他の可能性を提示した段階で、貴様が図星を突かれているのがわかる。それに、町の中で電話に出たならば喧騒が聞こえなければおかしい。仮に現在基地に向かっているというのなら、走行音が違う。今聞こえるのは舗装された道路を走る音ではなく、悪路を走っている音だ。それだけで十分、メログラーノに向かっていると確信できる』

「エーデル……お前探偵でも食っていけそうだな」

『こんなのは科学的見地からわかることだ』

「流石マッドサイエンティスト。で、俺に何か用か?」

『貴様が私の命令を無視することはあらかじめ予測していた。だから、私が貴様にかける言葉は何もない。が、警告だけはしてやる――あと二人の四天王に貴様は勝てない。それが私の公算だ』

「何? お前、俺が残りの四天王に勝てないかもしれないって理由で待機命令を出したのか? ふざけるな! やってみなきゃわからねえだろうが!」

『やらずともわかるのが科学だ。みすみす死にに行くようなものだぞ』

 ジョンはそこで、車のハンドルを思いっきり叩いた。

「お前が俺の実力を測るんじゃねえ! 世の中には計算できねえこともあるんだよ!」

 電話の向こう側で、エーデルがしばし沈黙する。

『ふむ……貴様がそこまで言うのなら、私の期待値を超える結果を出せ』

「わかってるよ」

『しかし、解せんな。それほどの自信が貴様にはあるというのか?』

「自信はない。けどな、お前の言うデータは、俺が一人で戦いに臨んだ場合だよな?」

『ああ、そうだが』

「こっちには不確定要素があるんだよ……リオンっていう計算外がな」

『ぷっ』

 直後、エーデルは音が割れるくらいの大笑いを電話の向こう側でした。その音量に思わずジョンは携帯電話を落としそうになる。耳から遠ざけて、笑いが収まるのを待つ。

『ははは……いや、すまん。貴様が他人を計算に入れるとはな。それこそ私の計算外だよまったく。思い通りに動かんオモチャは厄介だな』

「人をオモチャ呼ばわりするな。ただまあ、勝手に行動したことは悪かった」

『貴様はそんなこと思うはずがない』

「本当さ。その証拠に命令違反の罰金を渡す――運転手に五百万グラスを基地まで運ばせているから、それを頭金として受け取ってくれ」

『頭金?』

「ああ。残りの支払いは四天王の首で」

『そうか。随分とお釣りが出てしまうな。だが、それは貴様が帰ってきたらの話だ』

「帰るさ、必ずな」

『私は気が長い方ではない。だからさっさと行って帰ってこい』

 そう言って、エーデルから通話が切られた。ジョンは携帯電話を仕舞って、運転に集中する。

「ねえ、ジョン。何の話だったの? エーデルさん、怒ってた?」

 電話でのやり取りを横で見て、どんな内容だったのか気になるのだろう――リオンはそれをジョンに訊いた。ジョンが怒鳴ったり、自分の名前が出てきたり、電話口からエーデルの笑い声が聞こえたりすれば、否が応にも訊きたくなる。

 だからジョンも、

「ああ、怒ってはいたが、生きて帰ればそれでいいって感じだ」

 ものすごく要約しているが、正直に言った。細かく言ってリオンにごちゃごちゃ考えさせないための配慮だと思えるが、ただ単に説明が面倒ではしょった風にも見える。

「へえ……でも、つまりはこれからの戦い、ジョンでもきついってことでしょ?」

 意外と頭が回るリオンに、ジョンは「そうだ」と相槌を打つことしかできなかった。

「だけど……酷いことするわ、ジョン。賞金を運転手に持って行かせるために、わざわざ台車を用意したっていうの?」

「そうだ」

「運転手が情報部の人間じゃなかったら?」

「直接情報部に訊きに行ったさ。それに、あの運転手は前に情報部で見た記憶があるんでね。事前の知識として頭に入っていたわけだ」

「じゃあもしかして……基地を出る時までにこの計画を?」

「違うな。エーデルに待機命令を出された時には、既に考えがまとまっていた」

 はああ、と呆れたように息を吐いて、リオンはシートに背中を預ける。

「自分勝手で最悪ね。向こうの事情も考えようよ」

「俺はあいつらの下についた憶えはない。それに、そういうお前だってついて来てるじゃねえか」

「あたしはジョンに責任を全て負わせるからいいの。ジョンに脅されて同行させられましたーってね」

「お前の方が最悪だな!」

 ジョンとリオン――車中の会話は、メログラーノに着く寸前まで続いた。


  ■    ■


「ここが……メログラーノ。す、すごい。クリノスとは比べ物にならない」

 リオンが感嘆するように言う。

 辿り着く前にも目視していたが、いざ入るとなると、その光景に圧倒される。

 クリノスを小さい自然豊かな町、オルテンシアを西部劇のような荒廃的な町と称すなら――メログラーノは、町というより都市に近い外観だった。

 自然を一切排した、ビル群や舗装された道路が一面に広がっている。

 ビルの谷間とも言える道路を走行しているジョンは、しかし、メログラーノに入ってからずっと疑問を感じていた。

「おい、リオン。やべえぞ……この都市、どこを見ても人っ子一人いねえ」

 広い片側三車線の道路を走っているのにもかかわらず、走っている車を一台見かけないという。車自体は路上に置いてあるのだが、走っている車は反対車線を見てもいない。

 それどころか――路上や駐車車両、ジョンが見渡す視界に人間が一人もいないのだ。

 都市に人がいないのならば、当然時の経過と共に荒廃する。しかし、信号が灯火していることから、そんな様子はない。つい最近まで都市が機能していて、ある日突然、都市に住んでいる人達が一斉にいなくなったような感じだ。

「これって、もしかして……」

 馬鹿でも鈍くもないリオンは、この異常な事態が意味することを理解しかけていた。

「リオン! 後ろの座席に移って武器の準備をしろ!」

「う、うん! わかった!」

 ジョンの指示にリオンは頷いて、座席を後ろに倒してからトランクに向かう。三列目の広いトランクから、リオンはまずジョンが携帯していない『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を助手席に置いた。それから自分の得物である狙撃銃『百花繚乱(ブルーメンブルート)』をケースから取り出す。

「……いた! やつらがいたぞ。前方だ」

 ジョンは、数キロ先のスクランブル交差点で待ち伏せしている屈強そうな男達を見た。

(やはり待ち伏せ。だけどどうしてだ? 今日来ることを予測してたのか?)

 色々と考えるが、答えがあり過ぎてわからない。考えても詮がないと思ったジョンは、これからどうするのかを考えることにした。

 住民は恐らく避難させていると思われるので、いくら暴れても構わないだろう。

 問題は――敵の数だ。

 人数もさることながら、銃を持っているやつらがどれだけいるかによる。それに、前方にいるやつらだけが全てではないはず。どれだけ散らばっているのか。

 ジョンはあらゆる可能性を頭に入れて、戦略を練る。

「どうするの、ジョン! どんどん近付いているよ!」

 残り一キロを切った時点で、ジョンは考えをまとめた。

 数百メートル先には敵が人の壁を作っていて、最前列の者はM16を構えている。

「リオン……『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を一本よこせ。早く!」

 考えている暇もないリオンは、ジョンに言われた通りに、素早くトランクから刃渡り一メートルの大太刀を片方だけジョンに渡した。

 百メートル辺りで、敵が車に一斉射撃を浴びせてくる。

「伏せろ! リオン!」

 車に防弾加工は施されていないので、フロントガラスが容赦なく割れ、後ろのガラスへと抜けていく。リオンはジョンに言われるままシートにうつ伏せになった。

 ジョンは、アクセルベタ踏みで速度を限界まで上げる。襲いかかる敵の銃弾は、義手で顔を覆うことで防ぐ。

 猛スピードで真っ直ぐ突っ込んでくる車に、敵は射撃を止めて左右に散らばる。

 残り距離三十メートルからの出来事は、一瞬だった。

 ジョンは一本の『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を鞘から引き抜く。すると、サイドガラスに突き刺して一メートルの刀身を車外に出す。右手で大太刀を持つと、左手でハンドルを少しだけ左に切った。

 車は、二手に別れた敵の左側を追うように突っ込んでいく。

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!」

 瞬間――敵の悲鳴が上がる。この叫びは、車に()かれてのものではない。ジョンは決して、敵を轢き殺そうと思って突っ込んだわけではないのだ。

 車は集団の左をぎりぎり走り抜ける。

 直後、男達の胴体は横一線に真っ二つとなった。

 それは、車の右側に突出させた『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』の刀身で男達を斬ったからだ。

 猛スピードで走る車の運動エネルギーは、固定しただけの大太刀を、機鋼化(ハイブリッド)の装甲をものともしないギロチンに変えたのだ。ジョンは左手でハンドル操作して次々と敵を斬っていく。

「逃げろ! 散れ、固まるんじゃなぐわああああああああああああっ!」

 最初の通過で、最前列にいた銃を持つ男達が一気に胴を真っ二つにされた。更に、敵を斬りながらUターンして、二手に別れた右側の者達にも突っ込んでいく。

 ノンブレーキの特攻に驚いた敵の集団は、すぐに散開することができずにまとまっていたため、多くが大太刀の餌食になった。特に、貴重な銃を持つ兵士がその銃ごと真っ二つにされたのだ――衝突からの一瞬で出た損害は計り知れない。

 あっという間にスクランブル交差点は血の海となった。

「うおおおおっ! やばい! ぐわああっ!」

 ジョンはハンドル操作を誤って、敵を思いっきり正面から轢いてしまった。重量がある分衝撃は強く、また、敵を踏んだことでスピンして――車はようやく停止する。

「……ジョン。あんた、無茶苦茶よ」

 後部座席に変な姿勢で転がっているリオンは、ジョンに文句を言った。

「しょうがねえだろう。機鋼化(ハイブリッド)は車で轢いた程度じゃあ死なねえんだから。それに、弾の節約にもなるしな。固まっている相手はまとめて殺した方が、効率がいい」

「はあ、それはまあごもっともです。じゃあ、次のプランは?」

 起き上がったリオンは呆れたように肩を(すく)めて、投げやりに言う。ジョンは、

「ない」

 と、最も簡潔な返答をした。

「ただ、一つだけやることはある。一番簡単なこと、それは……ジェノサイド!」

 ジョンは車のドアを蹴破ると、コートの内側から『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を抜いて、銃を持つ生き残りを撃った。そして、辺りをぐるりと見渡して次々と射殺していく。

「リオン。銃を持ったやつがまだどこかに潜んでいるかもしれねえ。警戒しながらここにいるやつらを殲滅しろ」

 ジョンはリオンに指示を送り、トランクからもう片方の『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を取り出して、拳銃から二刀流へと切り替える。それから、車の周りを囲む敵に向かっていく。

 車での突撃で半数以上が削られた今、囲むと言っても敵の数は少ない。

 リオンはジョンが突撃したのとは反対方向に目を向け、車を背に『百花繚乱(ブルーメンブルート)』の照準を定めて引き金を引く。

 轟く銃声――放たれた銃弾は、直線上にいる三人を貫通して大きな風穴を開けた。

 無理もない。『百花繚乱(ブルーメンブルート)』はバレットM95がモデルだ。数多くあるバレットシリーズに共通して言えることは、対物狙撃銃であること。つまり、人間を標的にしていない。

 それは、使用される弾薬が12.7x99mm NATO弾だからである。

 このライフル弾はヘリや装甲車に損傷を与えることができるほどの威力を持っていて、ジョンが持つ『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』に使用される弾薬.577 T-REXよりも上だ。

 その銃弾を、機鋼化(ハイブリッド)とはいえ人間にぶつけるのだ――三人の体を貫くのは当然の帰結と言える。

 撃ったリオンもその威力に感心し、撃つ時は敵が直線上に重なるよう意識した。

 そのおかげか、撃った銃弾の倍以上の敵をリオンは葬っている。

 ジョンは自分から近付いて敵を斬殺していき、

 リオンは敵を近付けさせないで銃殺していき。

 五分も経たない内に、二人の周囲に生体反応は無くなった。

 敵を宣言通りに皆殺しにしたジョンだが、彼はまだ警戒を解いていない。

(これほどの規模の都市にこれだけしか敵がいないってのは……おかしい。どこに隠れてやがるんだ。それに、どうして出て来ない?)

 四天王が二人もやられているのに、待ち伏せしていた人数があまりにも少ないのだ。

 その物足りなさに、ジョンは疑問を抱く。

「ジョン、とりあえず片付いたけど……これで終わり?」

 リオンは駆け寄りながらそう訊くが、ジョンは「わからん」と首を横に振る。

 その時、

『くっくっくっくっくっくっくっくっくっくっ……』

 突然どこからか薄気味の悪い笑い声が聞こえてきた。スピーカーによって増幅された声のようだが、しかしジョンは、その声を耳にして何かに気付いている様子だ。顔色を変えて、音声がどこから流れているのか確かめようと、必死になって周りを見渡す。

「えっ? 何?」

「この声……まさか、神郷!」

『ご名答だ、侵略者ども。しかし、俺の方こそ『まさか』だよ。まさかお前が生きているなんてな、サー・マグナム。いや――』

 神郷は続けて言う。

『ジョン=クラウド・マッドフィール・グレーフェンベルク・ナツメ・ムーンライト』

「…………」

『かつてこの国を治めた王も、今は賞金稼ぎか。人生万事塞翁が馬だな』

「ジョン。あんたやっぱり――」

「神郷」リオンの言葉を遮って、ジョンは言う。「こうなったのも、全てお前のせいだ。お前が俺の全てを奪ったからだ」

『この世界では力こそが全てなんだよ。お前は俺に負けた。今お前がそこにいるのは世の理だ、必然だ。強者は君臨し、弱者は蹂躙(じゅうりん)される。俺のせいにするな。俺は当然のことをしたまでだ』

「黙れ! お前の御託なんかどうでもいい。俺は復讐するだけだ。お前を含めて一族郎党皆殺しにしてやる。草の根も残さず根こそぎ根絶やし皆殺しだ!」

『ふん。負け犬ほどよく吠える』

「言ってろ。これからお前の手足を一本ずつ引き千切っていくからな。俺はお前に復讐するために地獄から這い上がってきたんだ。お前を殺して、妹を返してもらう」

「妹? ジョン、あんたに妹がいたの?」

 重たい空気が漂っている中、リオンは今知ったという風に驚いて、ジョンに訊く。

 その明るさに毒気が抜かれ、ジョンは自分が熱くなっていたことに気付いた。

「……ああ。妹も、神郷に奪われたんだ」

 冷静さを取り戻すように、ジョンはリオンからの質問に答える。

「神郷、妹は無事なんだろうな?」

『ジョン……アンネのことが気になるのか? 俺がアンネに危害を加えていないか心配なのか? だが安心しろ。アンネには一切手を出していない。高級なフランス人形を愛でるように、ずっと俺のそばに置いている』

「てめえ……」

『勘違いするなよ、ジョン。俺はアンネを愛しているが、決して下心などない。俺はお前からアンネを奪ったが、俺は彼女から唇すら奪っていないんだ』

「馬鹿じゃないの、あんた! どんだけシャイなの!」

 急に、リオンが神郷の言葉に突っ込んだ。一瞬、その場の空気が一気に凍りつくような衝撃が走る。

『そこのブス。アンネは神聖なんだ。誰だか知らんがお前とは比べ物にならん』

「誰がブスよ! 顔を見たこともない相手にブス呼ばわりされる覚えはないわ。あたしはリオン・サンラムル。あんた達に殺されたクリノスの人達の仇を討つ者よ!」

「黙れ馬鹿! お前を先に殺すぞ!」

 ジョンはリオンの頭を殴って黙らせる。

 金属の義手なので相当痛いのだろう――リオンは頭を抱えて(もだ)えていた。

 話が変な方向へこじれる前に、ジョンは先に進めようとする。

「神郷……お前の悪質な性癖なんてどうだっていいんだ。妹がお前のそばにいるというのなら、声を聞かせろ」

『いいだろう。冥土の土産だ……アンネの肉声を脳裏に刻め』

 すると、しばらく間が空き、スピーカーからわずかに物音が漏れた。神郷がアンネのところまで移動しているのか、マイクか何かを準備でもしているのか。

 ジョンは緊張の面持ちでその時を待っていた。

『いいぞ、アンネ。十秒だけお前の兄にその声を聞かせてやれ』

 神郷の合図が出て、ジョンは聞き逃すまいと耳を澄ます。

『お兄様』

「アンネ!」

 ジョンは、その声が自分の記憶に残る妹の声と一致して、感動のあまりその名を叫ぶ。


『私は今、メログラーノから西に七十キロのガルデニアにいます』


 言い終えるのとほぼ同時に、ブツッ、とマイクの音が切られる。

 しかし、アンネは十秒という短い時間を使って、兄のジョンに重要な情報を渡した。

 実に一年四ヶ月振りとなる機会を。

 感激の言葉や助けを求める言葉ではなく――自らの現在地を教えるために使ったのだ。

 ジョンはアンネの声を聞いたことよりも、彼女のその(したた)かさに胸を打たれた。

 一年四ヶ月の間、兄を失った悲しみや寂しさがあっただろう。死んだと思っていた兄が生きているという嬉しさがあるはずだ。なのに感情に流されず、自分が今何を言えば兄の力になれるのか冷静に判断した。そして、神郷が自分に手を出さないことを知っていて、与えられた十秒で必要最低限かつ最大の情報を言う。

 それは、兄への信頼の証とも言える行動だった。

 ジョンは、その十秒に込められた妹の想いを深く噛み締め、静かに涙を流す。

「……ありがとう、アンネ。必ず助けに行くからな」

 少しして『ジョン』と神郷の声が聞こえてきた。

『流石はお前の妹だ。天使のような優しさを持っているが、なかなかどうして抜け目がない。だが、俺は約束通り十秒聞かせてやった。都合が悪い情報を漏らされても、だ。他の女だったら背骨ごと頭を引き千切っていたところだが……アンネだから許す』

「お前のその甘さが命取りになるぜ。今からお前を殺しに行くから、せいぜい余裕ぶってろ、神郷」

『ふん。情報なぞくれてやる。それを知ったところで、お前はガルデニアに来ることはできん……ここで死ぬのだからな!』

 その時――銃声が聞こえ、ジョンとリオンがいる道路の前方に穴が穿たれる。それは連続で起き、コンクリートの破片を舞い散らせながら二人の方に近付いてきた。

 唐突な銃撃に、ジョンはすぐさま反応を見せる。

 リオンを抱えて横に跳躍すると、銃撃された方向から隠れるように、スクランブル交差点に停まっている自分の車の影に潜り込んだ。

「くそっ!」

 とっさに隠れはしたが、ジョンはどこから誰が銃撃したのかわかっていない。しかし、既に車の影で『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を抜き出して警戒している。

 急な展開に呆気に取られるリオンだが――はっと我に返り、首をぶんぶんと振って気を取り直した。すぐに『百花繚乱(ブルーメンブルート)』を構え、ジョンと背中合わせになって辺りを見渡す。

『ふははははははははははは。ジョン。お前はやり過ぎた。これ以上俺の兵士を無駄死にさせるわけにはいかない。お前は数でどうにかできる相手ではないと確信した。だから、お前は三巨頭の一人に殺させる』

 神郷の言葉に合わせるかのように、それは現れた。

「なっ……」

 先程銃撃された方向にその姿が見え、それを見たジョンは言葉を失い、自らの目と正気を疑う。

 それは――空を飛んでいた。乗り物とかではなく、翼で。

 人間だが背中に大きな翼が付いていて、それを羽ばたかせて宙に浮いている。体から翼まで銀色に輝いていて、まるで天使のようだ。

 地上から五、六メートルのところまで降りてくると、はっきりとしたことがわかる。

 その人間は少女だったのだ。翼の生えた少女――それだけで、本当に天使と言っていいほど幻想的に聞こえる。

 ただ、全身が銀色の少女の両手には、無骨なトンプソンが二挺握られていた。少女のか細さには似合わない、重厚なトンプソンM1短機関銃。しかもドラムマガジン。

(あのタイプライターのような銃声……つまりこいつが、さっき銃撃してきたやつ)

 翼を持つ天使のような少女に驚きを隠せなかったが、トンプソンという現実的な要素が加わったことにより、ジョンは落ち着きを取り戻した。

 天使でも少女でも何でもない――ただの敵として、認識する。

 鷹の目のような少女の鋭い眼差しが、ジョンに向けられた。

「私は三巨頭が一人、銀の鷹(アルジェントファルコ)。神郷様の命により、あなたを討伐します」

 名乗りを上げ、二挺のトンプソンを構える少女。

 落ち着いた声音や口調から、少女とはいえジョンより年上と思われる。

『では……俺はこれからアンネとの茶会を準備するのに忙しんでね。さらばだ、ジョン』

 神郷は最後にそう言うと、マイクの音が切られた。

「アンネと茶会だ? ふざけやがって。そんなことさせるかよ」

 ジョンは拳を握って忌々しく言う。

「残念ながらあなたは招待されていません。ここで私と戯れてもらいます」

 そこでジョンは少女の方を見て『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を向ける。

「けっ! だったらクレー射撃の的にしてやるよ」

「私からすれば、あなたは鷹狩(たかがり)における獲物です。そして、私が鷹」

「なるほど。銀の鷹(アルジェントファルコ)だけにな。じゃあ鷹匠(たかじょう)は神郷か。だがなあ、お前が鷹だったら、銃なんか捨ててかかってこいよ」

「これは私の爪です。あなたの体を切り裂くための」

「まあ、何言ったって銃を捨てる馬鹿はいねえよな」

 ジョンは時間を稼ぐように言葉を紡ぐ。実際――ジョンは少女と話をしながらも情報を整理して、どう戦おうか思考を繰り返している。

 今はまだジョンの話に付き合っている少女だが、いつ動き出すのかわからない。また、動き出したらどれほどの力を見せるのかも定かではない。

 まず、少女の能力が未知数だ。

 身体的特徴から言えば、体格は平均的な女性。ただし、背中に巨大な翼が付いている。この翼がネックだ。どれだけ長い時間飛べるのか、どれだけ速い飛行が可能なのか、大雑把なのか、繊細なのか、何とも言えない。

「あなたは――」

 と、少女は言う。

「強気な口調や好戦的な態度で精神的に相手より優位に立とうとしていますが……本当は怖いのでは? 私という存在に、恐怖していませんか? していますよね?」

「…………」

 見透かしたように言う少女に、ジョンは何も言い返せない。

「安心してください。あなたはなるべく苦痛を与えず殺します。ただし、これだけは約束しましょう……必ず絶望を与えて差し上げると」

 ジョンは戦いに身を投じている時、常に恐怖を感じている。

 ただ――それを遥かに凌駕する復讐心によって動いていた。

 しかし、今回は違う。

「誰がビビってるって!? 今の俺には飛ぶ鳥を落とす勢いがあるんだぞ!」

 少女の取った態度――物理的にも精神的にも見下した物言いに、激怒しているのだ。

 沈黙していたのは怒りに震えていたからであり、決して少女に図星を指されたからではない。

 ジョンは怒りを爆発させるように怒鳴り、『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』の引き金を引いた。

 少女は迫るマグナム弾を、翼を羽ばたかせることで体を浮かして避ける。

「ふふふ……では、狩りの時間です」

 少女はそのまま上昇していくと、一気にジョン達が隠れる車に向かって急降下した。

 滑空しながら二挺のトンプソンを斉射して、風を巻き上げながら上昇する。そして、少女はビル群の中へと姿を消した。その様子は、まるで戦闘機による機銃掃射だ。

 道路と車には、トンプソンが作り出した二本の直線的な弾痕(だんこん)が残っている。その線上にジョンとリオンの二人はいない。

 外れたのか、あえて威嚇のために始めは外したのか。

 少女の意図はわからないが、一つだけ確かなことが言える――少女は再び、ジョン達の前に姿を現して襲いかかってくるということだ。

「じ、ジョン! 何あれ!? 人が翼で飛んでたよね? どういうこと?」

 少女が消えたのと同時にリオンが訊いてきた。

「知るか! こっちが訊きてえよ! あんなの俺も初めて見たわ!」

 と言いつつも、ジョンにはある程度予想がついている。

「まあ大方……機鋼化(ハイブリッド)の一種だとは思うぜ。つーかそれ以外に現実的な答えはない」

「じゃあ、あれは金属の翼? でも、そう言えば翼も銀色だったよね」

「あれはただの塗装のようなものだと思うけどな。四天王――特にブタを除く三巨頭は、シンボルカラーとしてそうしている可能性が高い。もし銅象(キュイーヴルエレファン)の体が銅だとしたら、『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』で簡単に貫けたはずだからな」

「そっか。銅や銀だと強度的に問題があるしね。えっ……でも銅、銀と続いたら、最後の一人って金なのかな?」

「そうなる公算も高い。だけど、俺達が最後の一人を見れるかどうかはわからねえぞ」

 そこで現状に気付いたのか「そ、そうだ!」と慌てふためくリオン。

 せわしなく首を振って辺りを見渡す。

「どっかに飛んで消えちゃったじゃない! どうするの? これじゃあどこから襲われるかわからないよ」

「うるせえ! 落ち着け、リオン!」

「でも……物理的に飛んでいる鳥を一発で仕留めるのって難しいよ? あたし達の武器に散弾銃なんか無いし」

「相手は鳥じゃねえし、飛んでいる最中に撃つ必要なんてねえ。相手が止まっている時に狙撃をするんだ」

「そ、狙撃?」

 リオンはためらいがちにジョンの言葉を反復する。

「ああ。相手を見失わないためにとか釘付けにするために接近して銃撃する手もあるが、相手は空を飛ぶ。しかも両手にはトンプソンだ。近、中距離は堅いと思っていい」

「なるほど。つまりトンプソンの射程外から狙撃をする、と」

「そうだ。まあ、正面から撃ってもさっきみたいに避けられる。なるべく遠くまで逃げて……相手が索敵のためにホバリングした時か、羽休めのために地上へ降りた時を、相手の視界の外から狙う。そうすれば、確実に()れる」

「ジョンが言いたいことはわかるわ。でもそれって……」

 不安そうにリオンが結論に迫ると、

「ああ。お前が銀の鷹(アルジェントファルコ)を狙撃するんだ」

 そう断言した。ジョンは更に続ける。

「俺は逃げ回って相手を撹乱(かくらん)したり、今ある武器で戦ったりする。だが、本命はお前だ」

「ええっ!! そんな……」

「いいから行動開始だ! ここからなるべく遠くまで離れろ!」

 ジョンはリオンの返事も待たずに車の影から飛び出して、スクランブル交差点を一気に走り抜けた。

「ああ、もう! ジョンの馬鹿!」

 リオンはその背中に罵声を浴びせる。しかしそこから気持ちを切り替えて――もうなるようになれという思いで、ジョンとは反対方向へと走り出した。


  ■    ■


 突如聞こえた銃声に、ジョンは反射的に横方向へと跳躍する。

 走った勢いもあってか斜め前方に体が飛ぶ。それから前転するように受け身を取るまでのわずかな間に、二本の直線的な弾痕と少女がほぼ同時に通り過ぎた。

「ちっ……防弾ジーンズに義足とはいえ、一、二発当たっちまった」

 ジョンに痛覚は感じないが、それでも四十五口径の重たい衝撃だけは感じる。

「かつては英雄だったサー・マグナムも、今では神郷様に仇なす敵……愚かです」

 トンプソンをジョンに向けて撃った少女は、街灯の上に立って話す。ジョンは転がり込んだ車の影でその話を聞く。

「愚かなのは神郷の馬鹿だよ。あいつはゴミクズだ」

「訂正を願います。神郷様は偉大なる支配者。あなたと神郷様を比べて、どちらが偉大でどちらが愚かなのかは、現在の地位を見れば一目瞭然です」

 ジョンは車の影から飛び出す。トンプソンの銃撃がジョンに襲いかかるが、手をかざして頭だけ守り、素早い動きで銃弾をかわしながら少女に『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を連射する。

 少女は羽ばたいて銃弾から避ける間、トンプソンによる銃撃を止めた。その隙にジョンは道路を横切って、反対側の車の影に隠れる。

(防弾コートの上からとはいえ、生身の部分は効くな、ちくしょう……ヘビー級ボクサーの連打を喰らったみたいだ)

 ジョンは口に出さないが、少女の銃撃に少なからずダメージを受けていた。しかし気丈にも、そんな気を見せないように話を続ける。

「あいつは、俺から全てを奪った。力ずくでだ。そして今も、武力による統治をして国の民を苦しめている。愚劣な悪政と言わずに何て言う!」

「今の世は剣と銃が全て。武力を基盤としない国作りは、何れ他国の侵略の前になす術もなく崩れ去ります。そうならないために、私達は神郷様のために戦うのです」

「けっ! 何が『神郷様のために』だ。あいつはお前ら部下のことなんてただの駒くらいにしか思ってねえよ」

「あなたに神郷様の考えていることなど理解できません」

 少女はそう言うと、街灯の上から再び天高く羽ばたいていく。それを見てジョンは走り出し、分かれ道が少なくて道路の幅がやや狭まる直線的な道路へと抜ける。

 そこはビルとビルの隙間も狭く、少女が空から襲撃するなら、前後か真上に狙いが絞られる場所だった。その場所に行ったのはジョンの策だ。

 更にそこから、ジョンは狙いを一点に絞る。まずは真上を候補から外す。動きが点になりやすく、撃たれる危険性があるからだ。次に背後を除外する。それは先程使った手だからであり、読まれる可能性があるからだ。

 なので少女が選択するのは、真上でもなく背後でもなく――正面。

 ジョンはそう推測して、正面からの襲撃に賭けた。

 もちろん、ジョンの裏をかいて除外した二つの方向から仕掛ける可能性もある。

 だからこれは――ギャンブルだ。

 そして仮に外れたとしても、頭以外なら致命傷にはならないし、頭に到着する前に防御すればいいだけの話。ジョンは気にしていない。

 ただ神経を張り詰め、『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を構える。

 すると、銀色に輝く少女の姿が見えた。しかし、予想外なことに速い。

 少女は翼を畳んで空気抵抗を減らすことで、飛行速度を格段に上げたのだ。それはもう落下と言える飛行だった。

(まだだ……まだだ……もっとギリギリまで引きつけるんだ……)

 ジョンは急速に下降してくる少女に対して、まだ引き金を引いていない。

 少女の落下は波状飛行と呼ばれるもので、羽ばたきと翼を閉じての落下を繰り返す飛び方だ。

 つまり――翼を開いて上昇するのと、通過する時の銃撃を行う瞬間がやってくる。

 ジョンはその一瞬を待っているのだ。

 そして、一秒とも永遠とも呼べる時間が過ぎたその時――少女が翼を広げて二挺のトンプソンを構えた。同時に、ジョンは引き金を引く。

「!?」

 少女は翼の角度を変えてきりもみ回転することで、ジョンが放った銃弾を避けた。

 トンプソンによる掃射は狙いを外れ、ジョンの両脚を薙いだくらいで済んだ。

 当たらない。

 少女――銀の鷹(アルジェントファルコ)は、その名の通り鷹のように自在に空を(かけ)る。このまま銃弾を避け続けられたら何れはジリ貧になるだろう、ジョンはそう予感した。

 既に『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』は先の交錯で弾切れになっている。予備のマガジンはある、あるのだが、これ以上はいたずらに弾薬を消費するだけだとジョンは思い、コートの内側に仕舞う。

 代わりに、ガンベルトから巨大なリボルバー『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を抜いた。

「ふふふ、その銃は銅象(キュイーヴルエレファン)を撃ち殺したものですね?」

「答える必要はない」

 街灯の上に立っている少女の質問に、ジョンは素っ気なく答える。

「わかっているのですよ。クリノスやオルテンシアの被害現場を検証して、どんな弾薬が使用されているのか。そして、あなたの正体もオルテンシアで判明しています」

「何故だ?」

「クリノスを除く全ての町に、いたるところに監視カメラが配置されているからです。今も、神郷様はあなたが追い詰められていく様をご覧になっていることでしょう」

 少女はジョンを嘲笑する。

(だから、ここで神郷と話をする時、あいつは俺を知っていた風だったのか)

 ジョンは得心がいったのか少女の言葉に何か思ったのか、

「そうか」

 にやりと笑みを浮かべて言った。

「それはよかったな。お前の愛しい神郷様に、てめえの内臓ぶちまけるところを生で見てもらえるなんてなあ!」

「――ッ!」

 少女がジョンの挑発に動揺を見せた。いや、動揺とは違う。これは、人が持つ許容範囲を遥かに超えた時に見られる、いわゆる『プッツン』した状態だ。

 その瞬間――少女の顔を何かがかすめ、白銀の頬が切り裂かれる。

 数秒後に、銃声が響く。

 少女は頬を伝う血を指で触れて確かめる。そして、今まで張り付けていた仮面のような無表情を崩した。ジョンの挑発に、眉をひそめる程度で済ませていた少女だったが、今は表情を悪鬼の如く険しいものに変えている。表情だけで人を殺せそうなほど、激しい怒りに顔を歪めていた。

 ジョンは少女の変わりようと、自分の作戦失敗に驚いている。

 少女をかすめた銃弾は、リオンが放ったものだ。きっと一キロ以上先から狙撃したのだろう。しかし、結果は失敗だ。

 銃弾が正面から来たので、紙一重で避けたのかもしれない。

「あ、あの女かああああああああっ! ズタズタに引き裂いてやるわ! 八つ裂きよ!」

 少女は臓腑を(えぐ)るような怒号を上げ、ジョンのことなど見向きもせずに飛んでいく。

「待てっ!」

 ジョンは制止の言葉をかけるが、少女はあっという間に上昇していった。

 このままではリオンがやられる。今から走っても間に合わない。だからと言ってリオンがやられるのを黙って見ることは絶対駄目だ。

 ジョンが頭をフル回転させて策を考えていると、一陣の風が吹く。

(ここはやたら風が強いな……ん? 風? まさか…………)

 その時、風で吹き飛ばされたかのように数々の疑問が解けた。パズルゲームでいうと、どんどん連鎖が重なっていく爽快感に似ている。

 ジョンはリオンがいるであろう方向を一瞥して、行動に出た。


  ■    ■


「きゃあああああああっ! 失敗した! ジョンに怒られる! それよりこっちに飛んで来てる! 嫌だ! 殺される!」

 銀の鷹(アルジェントファルコ)の狙撃に失敗したリオンは、相当焦っていた。

 チャンスを一度逃して、二度目のチャンスで引き金を引いたリオン。だが、その一発を外してしまったのだ。

 そのせいで、少女の狙いがジョンからリオンに変わった。二挺のトンプソンが火を噴けば、リオンは避けられないし、無事では済まないだろう。

 少女は翼を閉じて、上空から一気に降下してくる。

「ああ、もう! 来ないでよ!」

 リオンはスコープを覗いて、少女の姿を追いかけながら『百花繚乱(ブルーメンブルート)』の引き金を引く。

 重たい銃声が響き、銃弾が発射される。

 しかし少女はきりもみ回転をして、スピードを落とさずに銃弾を横に避けた。

 ボルトアクションで次弾を装填するよりも速く、少女はリオンのすぐ近くにまで迫る。そして、リオンを見下ろす位置で翼を広げてホバリングした。

 それは、発射可能ではないことを見ていて、リオンからの反撃の危険性はないと少女が判断したためだ。

 確実に、自らの怒りをぶつけるために。トンプソンで相手を宣言通り八つ裂きにして、その亡骸(なきがら)をジョンに曝すために。

「このクソアマぁあああああああああああああっ! 指先から()き肉にしてやるわ!」

 金切り声を上げながら二挺のトンプソンをリオンに向ける。

 リオンは迫り来る確実な死を前にして、声も出ず、指一本動かすことができなかった。

(あっ……こんなところで、私って死んじゃうの? 嫌……嫌だよ、みんな)

 その時、リオンが見る世界がスローモーションになり、彼女は一瞬の内に様々なことを思い出す。

 彼女の故郷クリノスに住む人達との温かかった日々を。共に戦って死んでいった仲間達との楽しかった日々を。そして、ジョンとエーデルとの新たに始まった日々も。

 リオンは、これが走馬灯なんだ、と一人納得した。

 ゆったりとした動きの中で、少女の指がトンプソンの引き金にかかる。


 その瞬間――少女の体に巨大な風穴が開けられた。


 翼が千切れ、銀の鷹(アルジェントファルコ)と呼ばれた少女は地に落ちる。その衝撃で二挺のトンプソンが両手から離れた。

 数秒後、遅れて銃声が聞こえる。

 それを聞いて初めて、少女は自分が撃たれたことを理解する。

「きゃあああああああああああああああああああああああっ!!」

 この叫び声は、少女のものではなくリオンのもの。

 少女は背後から撃たれたため、前方に血肉が飛び散った。それをシャワーのように浴びたリオンがパニックを起こしたのだ。なので、リオンに銃声が聞こえたのか定かではないし、自分が助かったことにも気付いてはいないだろう。

「何これ!? 何? どうなってるの?」

「馬鹿ね」

 リオンが狂乱して暴れ回っていると、そんな酷く冷静な言葉がかけられた。

「ひぃいいいっ! い、生きてる!?」

 声のした方を見ると、地面に仰向けで倒れていた少女がリオンを見ている。

「こ、こんなことができるのは……普通に考えて一人だけでしょう」

「ああああの、それってもしかして、ジョン?」

 リオンは恐る恐るといった感じで少女の話に合わせる。

「他に誰がいますか?」

「そんなまさか。だってジョンは狙撃銃を持っていない。それなのに一キロ以上も先から正確に狙撃ができるなんて……どうやって?」

「そんなことはできないと思っていたからこそ、私は撃たれたのです」

 少女からすれば、隙を見せた覚えはないのだろう。しかし、ジョンのことを頭から外しており、翼を広げてトンプソンを撃つ瞬間に空中でホバリングし、その時に撃たれた。

 ただ――それはジョンが攻撃する手段を持っていないと確信していたためだ。だから、自分がどうして狙撃されたのか、少女は全くわかっていない。

 そしてそれは、ジョンの仲間であるリオンですらわかっていないので、彼女は倒れている少女にかける言葉が見つからなかった。

「よう、リオン」

 その時、銃弾が来た方向からジョンが走って現れた。

「血塗れなのはさておいて……まだ銀の鷹(アルジェントファルコ)は生きているか?」

 ジョンは再会のあいさつもそこそこに、リオンに訊く。

 リオンは酷く不機嫌そうに、黙って少女が倒れている場所を指さす。

 そこでジョンは、胸に巨大な風穴を開けて倒れている少女を見下ろした。今までずっと見上げていた存在を、今日初めて見下ろす。

 空を飛んでいた翼もなくなり、そこにいるのはただの瀕死の少女だった。

「どうして……あなたは私を殺せたのですか? あんな遠くから」

 少女は、自らが抱く疑問を率直に訊いた。残された時間があとわずかだということを、既に悟っているのだろう。なのでジョンも、素直に答える。

「お前を撃ったのはこの銃だ……『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』。弾薬には.577 T-REXを使用。これは12.7x99mm NATO弾に勝るとも劣らないライフルマグナム弾だ。一キロ以上あっても届くことは届く」

 ジョンは手に持っている巨大なリボルバーを少女に見せながら言った。

「そんな馬鹿なこと……届くというだけで、当たるはずがない。スコープも付いていないリボルバーで一キロ以上先にいる私を狙撃するなんて、不可能です」

「それが可能なんだよ……神郷のおかげでな」

「神郷様のおかげ?」

「俺の右目を見ろ」

 ジョンは自分の右目を指で示す――色合いが違う黒目の内、右側を。

「左目は普通の黒目だが、右目は違う。これは作り物の目だ。本来の右目は、神郷に潰された。今は義眼がここに収まっている」

「そ、それと狙撃に何の関係があるというのですか?」

「この義眼は視神経と繋がっていて、普通に物を見ることが可能だ。そして、この義眼は倍率をいくらでも変えることができる――いわばスコープの役割をしているんだよ」

「なっ!?」

「他にも、狙撃に成功した要因はある。それは、お前の飛行を解明したからだ」

「私の、飛行?」

「ああ。何度か交錯してわかったんだが……お前の飛行には繊細な技術が必要だと思われる。俺の弾を避ける時、お前はトンプソンによる銃撃を中断した。高速飛行をしながらの銃撃も、俺が攻撃すると狙いが逸れた。つまり、銃撃と飛行の両立は難しい――どちらかに集中すればどちらかが疎かになる。何故なら、お前の飛行は地面が熱せられることで起きる上昇気流と、この都市のビル群が生み出す複雑なビル風を利用しているからだ。その風を双翼でコントロールするのだから、並大抵のことではない。ただ、飛行に専念すれば敵無しだ。散弾銃がない俺は諦めるしかなかった」

「……何だか、そこまで分析されると丸裸にされた気分です。しかし、そうだとわかっていて諦めたとは、一体どういうことですか?」

「正面切って撃ち合うことを諦めたんだ……それで、お前の背後を取ると決めた」

「私の背後を取る……はっ! まさか」

 少女は何か思い当たる節でもあったのか、突然リオンを見る。いきなり視線を向けられたリオンは「な、何?」とたじろぐ。

 その様子に、ジョンは笑みを浮かべた。

「そうだ。こいつを(おとり)に使って、お前の背中を俺の方に向けさせた」

「!?」

 ジョンの言葉に、少女とリオンは全く別の意味でそれぞれ驚いている。

「ちょっと、ジョン! あたしが本命だって言ってなかった? どういうことよ!」

 危うく少女に殺されそうになったリオンは、その酷い扱いに不満を爆発させた。しかしジョンは、

「あれは嘘だ」

 と、平然と言ってのける。

「お前の狙撃は成功しようが失敗しようがどうでもよかった」

 その衝撃の発言に、リオンは口を開いたまま固まってしまった。

 リオンは何かぶつぶつとつぶやいているが、ジョンはそれを無視して「とにかく」と、少女に向き直る。

「リオンの狙撃に期待はしなかった。腕は良いが、このビル風を読んで狙撃するにはまだ無理があったんだな。だが、俺の挑発でお前は怒り、リオンの狙撃でブチ切れる。そしてお前は、俺なんか見向きもせずにリオンのもとに飛んでいった」

「あなたは、私を彼女のところへ行かせるように仕向けたのですか?」

「ああ。あとは銃を構えてお前が降りてくるのを待っていた。銃撃の方に集中するため、どこかで飛行が疎かになると思って。実際、誰からの攻撃も受けないという油断があったんだろう……お前は翼を広げて、空中で一瞬止まったよな? 俺はその瞬間に、引き金を引いたんだ」

「なるほど。それらは全て、あなたの計算通りというわけですか?」

「危険な賭けさ。お前が機械みたいに冷静だったらとか、俺の銃弾が強烈なビル風に流されやしないかとか、不安だったさ。時の運がたまたまあっただけだ」

 ジョンは肩を竦めて言う。

 少女は「ふふふ」と笑みを浮かべ、それから深く息を吐いた。

「勝負は私の負けです。しかし、私は死にません。神郷様が、生きている限り……」

 誇らしげに言うと、少女は目を閉じる。

 銀の鷹(アルジェントファルコ)は――眠るように静かに息を引き取った。

「…………」

 沈黙がしばらく続いたが、やがてジョンは『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を仕舞う。

 そして、代わりに『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を一振りだけ抜いた。

 少女に近付くと、容赦なく首を刎ねて「行くぞ」とリオンに言う。

「ジョン……ガルデニアに行くの?」

「ああ。神郷とケリをつけに行く」

 少女の首を片手にジョンは歩き出し、リオンもその横を歩く。

「ねえ、ジョン」

「何だ?」

「あんたのせいで血塗れなんだけど……どうしてくれるの?」

「知るか。その辺で顔でも洗え」

 戦いに生き残ったが、リオンとしては納得がいかないのだろう。ただ、ジョンは違った――ジョンは既に神郷との戦いと妹のアンネのことで頭が一杯なのだ。


  ■    ■


 ジョンとリオンはメログラーノの中心、スクランブル交差点まで戻り、敵の一斉射撃で蜂の巣になった車に乗る。

 始めに、微細なヒビで視界が零になっているフロントガラスを蹴破って取り除いた。

 次にキーを捻ってみる。すると、問題なくエンジンがかかる。アクセルをふかして発進させても、異常は見られない。

「よし……西に七十キロか。飛ばすぜ」

 ジョンは車を加速させて、目的地ガルデニアに向かう。

 むすっとした表情で座っているリオンは、メログラーノを出た辺りで、

「ジョン」

 と不機嫌そうな声で言う。前を向いたままで反応がないジョンに、リオンは間を置いて続ける。

「結果オーライだからいいんだけど、それでも言わせてもらうわ。あたしの扱いが雑過ぎない? 囮として使ったんならせめて(ねぎら)いの言葉でもかけたら?」

「仕方ねえよ」

 ジョンは運転の片手間にといった感じで答える。

「仕方ない?」

「敵を(あざむ)くならまず味方からって言うだろう? それと同じだ。あと……あそこで言ったようにお前が狙撃を決めてたらそれで済んだ話だ」

「でも……だったらせめてあんたも狙撃ができることを言ってよ」

「訊かれなかったからな。いや、訊かれても言わなかったな。考えてもみろよ、あの都市はいたるところに監視カメラがある。俺達の話が聞かれていて、それを銀の鷹(アルジェントファルコ)に知られる可能性だってあった」

「えっ? 話が聞かれているのなら、あたし達の作戦がばれていたってことでしょう? ならジョンより先にあたしを狙わない?」

「あいつの標的はあくまで俺だったからな。まあ、お前は眼中になかったんだろう」

 敵に目も向けられないのが戦場において嬉しいことなのかどうなのかは微妙だ。なのでリオンも、ジョンにそう言われて複雑な心境になった。

「あいつは強かった。神郷に対する忠誠心も。何かのために命を張れるやつほど強いやつはいない」

 ジョンはメログラーノで戦った少女のことを思い出すように言う。

 そっか、とつぶやいて、リオンはジョンと同じようにあの時のことを思い出し、ふと疑問が浮かんだのか、

「あたし、初めて聞いたんだけど……あんた、神郷に妹と右目まで奪われてたんだね」

 と言葉に出した。

「両腕に両脚に右目、そして妹まで神郷に奪われて。あんた、過去に何かやったの?」

 あまりの悲惨さに、憐みを通り越して訝しむように言うリオン。

「何もやってないさ。せいぜい、人々の代表をやってただけだ」

「かつてこの国を治めていた王でしょう? すごいことじゃない」

「妹も自分の身も守れなかったんだ。俺はただのクズだ」

「クズは神郷よ。でも、あんたは仲間だった神郷にどんな風にやられたの?」

「話すと長くなるが……まあ、ガルデニアに着くまでの暇潰しにはなるか」

 ジョンは一つ呼吸を整えてから言う。

「俺は妹と普通に生活していた。親は記憶にない。残っているのは俺と妹が小さい頃から共に生きていた記憶だけ。俺はまあ……人々を守るためにお前のような自警団的なことをやっていた。王なんて大袈裟で、ただの象徴だ。だけどある日――」

 ジョンは語る。

 度々夢にも出てジョンを苦しめる、忘れられないあの日の惨劇を。

 家を焼かれ、神郷と戦ったジョンは、両腕と両脚を切断された。

 その後――。


「うぐぁあああああああああああっ!! ああ、があああああああああああああっ!!」

 四肢を同時に切断されたジョンは、喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げる。

 まるで芋虫のように這い、苦痛に体をよじるジョンを、神郷は見下ろしていた。

 神郷はジョンに近付くと、地面に落ちている手首に握られた拳銃、S&W M500を奪い取る。

「トドメは、お前が愛用したこいつで脳ミソぶちまけてやる」

 神郷はジョンの前にしゃがみ込むと、リボルバーの銃口を眉間に押し当てた。嘲るような笑みを浮かべながら撃鉄を起こして、引き金に指をかける。そして、躊躇なくその指を絞った。

「やめてぇえええええええええええええええっ!!」

 その瞬間――

 アンネは叫びながら神郷に体当たりをした。

 それは、神郷を止めようとアンネが勇気を振り絞って取った行動だが、しかし、それが成功したと言っていいのか失敗したと言っていいのかはわからない。

 結果を言えば――発砲は止められなかったが、体当たりをしたことで狙いが狂い、放たれた銃弾はジョンの右目をかすめることになった。

 直撃とはいかないものの、衝撃波によって眼球はズタズタになってしまう。

「うわああああああああああああっ!!」

 ジョンは跳ね上がるように苦しみ悶えている。普通ならショック死してもいいくらいの痛みを受けているのに。

 ジョンは痛みと死に抗うかのように叫び続けていた。

「もうやめてください! これ以上兄を傷付けないで!」

 ジョンと神郷の間に割って入り、アンネは泣きながら懇願する。

「アンネ……ふん。いいだろう。どうせ放っておいても死ぬんだ。勝負が着いた今、俺が手を下すまでもないか」

 神郷はアンネの言葉に従い、手に持つリボルバーを捨てて踵を返す。

「お兄様……」

 神郷に連れて行かれるアンネは、涙に濡れる顔でジョンを見つめ、消え入るような声で言い――後ろ髪を引かれるようにその場を去った。


「うっ、くああ……あぐうう! あああああああああああああああっい、いてえ!」

 ジョンは、回想の途中で右目を押さえながら苦しみ出した。

 ブレーキを踏んで、一旦車を止める。

「ど、どうしたの、ジョン?」

「また、痛みが……ぐっ。はあっ、はあっ……リオン、運転代われ」

 運転席を後ろに倒すと――ジョンは這うように後部座席に移って、寝転んでから言う。

「う、うん。わかった」

 とても断れるような状況ではなかったので、リオンは素直に頷く。助手席から運転席に移り、背もたれを戻して座席の位置を調節する。

 ちなみに、リオンに運転の経験はない。

 クリノスにあるのは農業用トラクターくらいで、乗用車など誰も持っていなかったのだから。しかしリオンは、ジョンの運転や、今頃基地に戻っているであろうこの車の元運転手の運転を見ている。

 その見様見真似だけで、難なく車を運転してのけた。

「話しただけで痛むのなら、もう話さなくていいよ。結局……その後にエーデルさんと出会ったんでしょう?」

 そう言うと回想の意味がなくなってしまうが、それでもジョンは「ああ、そうだ」と特に反論せず頷く。必死に痛みを堪えることで精一杯なのだろう。

「でも……どうして神郷はあんたを襲ったの? 動機がわからないわ」

「それは、俺が聞きてえよ。ただ……国の現状や銀の鷹(アルジェントファルコ)の話を鑑みるに、俺とあいつのやり方が正反対だったから、としか言えないな」

「じゃあ、ジョンが邪魔者だったから神郷は裏切ったっていうの?」

「かもな。だけどわからねえ。本当は俺が仲間意識を持っていただけで、あいつは俺のことを嫌っていたかもしれない。それとも『王』という権力のためか。ひょっとしたら……妹を奪うために俺を殺そうとしただけなのかもな。とにかく、人が人を殺そうと思う理由なんていくらでもある。それはあいつ自身しか知らないことだ」

「そう」

「だから……それを今から聞きに行く」

 妹のアンネが教えてくれた場所――ガルデニアに。

 そこに行けば、アンネと神郷に会える。

 ジョンを苦しめる痛みは続いているが、それ以上に、アンネに会える喜びと神郷に対するどす黒い怒りの念が、彼の気持ちを昂らせた。

「リオン……もっと飛ばせ。スピードを上げろ」

 逸る気を抑えようと思っていても、自然と言葉に出てしまう。

 ガルデニアまでの道程は、ようやく半分が過ぎようかというところだ。

 まだまだ先は長い。


  ■    ■


 舗装された一本道をひたすら走っていると、ジョンとリオンの目にある光景が飛び込んでくる。

 それは――ビル群とは真逆で原始的な、それでいて整然としている石造りの家だった。緩やかな丘に面して作られた町は、家の一軒一軒が一望できる。全てが乳白色の石で統一されており、それらが太陽光に反射してまぶしく輝いていた。

「へえ~、綺麗な町。清潔感があるっていうのか……明るそうね」

 すぐ近くまで迫っている町の光景に、リオンは感嘆を漏らす。

「ふん……俺からすれば、何も書かれていないまっさらなキャンバスだ。(レッド)(ヴァーミリオン)(スカーレット)深紅(クリムゾン)が良く映えそうだな」

「ものすごく不吉な響きにしか聞こえないんだけど!」

「お前は黙って運転に集中しろ。つーか車がガタガタ揺れてんだけどよ」

「あれ? 道路が石畳になってる」

 リオンに言われて、ジョンは寝そべっていた体を起こし、窓を見る。すると、確かに今走っているところは石畳で、先を見ると道なりにずっと続いていた。

「ここからはガルデニアになるってことだろう。気を付けて運転しろ、また敵がどこから襲ってくるかわかったものじゃねえ」

「そんなこと言うなら、あんたの目で町の様子を覗けばいいじゃない」

「もう見てる。そんで、メログラーノの時みたいに誰も人影が見えねえからそう言ってるんだよ」

「多分、あたし達が来るのわかっているんじゃない? メログラーノの様子は向こうに筒抜けだと思うしさ。でも、だとしたら普通要塞みたいに守りを固めないかな?」

「わかっててこうしていると思うぜ。二人だったら大仰な守備もかえって穴が大きくなる……それに警戒もされるしな。あと考えられるのは、神郷が言った通り、兵士を無駄死にさせたくないんだろう」

「そうかな? 大勢で畳めばすぐ終わりそうなものだけど」

「そうやって来たのを俺達はどれだけ殲滅してきた? 俺達はいわば発射された銃弾だ。紙を何枚重ねようが、紙が無駄になるだけだ。だったら最初から鉄板で迎えようって魂胆だろう」

「鉄板……つまり、四天王――いや、三巨頭最後の一人で」

「メログラーノの戦いでは途中からそうだった。次は始めからそう来る可能性がある」

「何か怖いわ。最後の一人ってことは、最強ってことじゃない?」

「アニメの見過ぎだ、リオン。最後が最強って誰が決めた? ひょっとしたら銅象(キュイーヴルエレファン)銀の鷹(アルジェントファルコ)が一番強かったかも知れねえぞ」

 リオンは「本当に?」と怪訝そうに目を細めて言う。

「三巨頭の懸賞金は? それって強さの基準じゃない?」

「それも漫画の見過ぎだ。あんなのは立場とか客観的な見方で決められたものであって、主観的な強さは違うかもしれない。つまり、俺達から見たら弱いって場合もある」

「ええっ~? 何か心配だな――って言っている内にもう入口近いよ」

 二人が話している内に、車はガルデニアのすぐそばまで近付いていた。看板などは立てられていないが、家々が続いているか否かで、どこから町なのかわかるものだ。

「……少し道を外れて、適当に停めろ。すぐ近くだ、歩いて行くぞ」

「走れる道は町にも続いているけど」

「もしもこの車がぶっ壊れたら、どうやって基地まで戻れっていうんだ? フルマラソン三回走るか?」

「はいはい、わかりました! 停めますよ!」

 呆れたように返事をして、リオンは車を石畳の道から逸らすと、適当な岩場の影に駐車した。と同時に、ジョンは車を降りて動き出す。

 腰に『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を、ガンベルトに『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を差して、装備を整えた。

 リオンも『百花繚乱(ブルーメンブルート)』の各所を点検して、準備を終える。

「さあ、さっさと行くぞ」

 ジョンは急かすように言って歩き出す。ガルデニアを前にして落ち着いていられないのだろう。妹に会いたい思いと神郷に復讐をしたい思いが前面に出ている。

 鬼気迫るジョンに、リオンは「う、うん」と返事をしてその背中を追った。

 町に入ると、外に誰もいないという不気味な静寂を二人は肌で感じる。それは他の町でも同じなので、最早驚きはしないが。しかし、雑魚一人として徘徊している気配がない。まるで町から人間だけが消え去ったような静けさだ。

 なだらかな丘を登るようにして町を進んでいくと、その途中にある円形状の広場で二人の足が止まった。

 芝生と石によって何重にも描かれたサークルが、十字で四等分されているデザイン。それは、道路の標識のようでもある。

 事実――その広場を中心に道は十字に広がっていた。

 ただ、ジョンとリオンは、その広場の造形に足を止めたのではない。その広場の十字が交わる地点。

 そこで――四肢が千切られた死体を見つけたからだ。

「!?」

 二人はその死体を見て息を呑む。胴体を中心に千切られた手足が散乱していて、その範囲が血で赤く染まっていた。よく見ると、男と思われる死体の右目が無い。何かで右目を抉られていた。

 死体の傷は、ジョンが過去に神郷から受けた傷と全く同じ場所に付けられている。その凄惨な光景を目の当たりにして何も感じない者などいないだろう。

 リオンは手を口に当てて震えていた。驚きなのか悲しみなのか判別はつかない。戦いの中で少なくない数の死体を見ていても、慣れてはいないということだ。

 一方ジョンは、両手の拳を握り締めて震えていた。しかし、こちらは抑えがたき怒りを内に内包している風に見える。何よりもまず、この死体が誰なのか知らなくとも、この死体を、この惨状を作った者に怒りを覚えたのだ。

「あれあれ~? ガルデニアにお客様が来るなんて珍しい」

「そうだね~。招かれざる客が来るなんて本当に珍しいね」

 それは、あどけなさが残る少女の声だった。

 二人。

 ジョンが気付いた時には、左右の道からそれぞれ二人の少女が歩いてきた。歌うような声で言いながら、中央にある死体まで歩む。

「こんにちは。はじめまして、サー・マグナム。そしてリオン・サンラムル」

「こんにちは。はじめまして、サー・マグナム。そしてリオン・サンラムル」

 まるでステレオ音声を聞いているかのような、それほど息の合ったタイミングで、二人は言った。

 一目でわかる――二人の少女は双子であると。それも、一卵性の可能性が濃厚なほど、二人の容姿は同一に見える。区別するのが無駄に思えるくらいに。

 が、双子の少女の容姿から一つだけ言えることがある。

 二人とも軽装で、フリルがあしらわれたミニスカート姿。髪も同じ首までの内巻きボブカット。

 その全てが――金色で統一されていた。

 それが意味することをジョンは既に気付いていて、嫌でもわかってしまい、

「ボクは――」

 双子の片方が自己紹介をする前に『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を抜き出し、撃っていた。

 空気をつんざくような銃声が響き、銃弾は少女の心臓を突き破る。

 胸に風穴がぽっかりと開き、突き飛ばされたかのように地面に倒れた。

(銅、銀と続けば……最後は金しかねえよな。つまり、こいつらが三巨頭の最後。まさか双子とは思わなかったけどな)

 ジョンに罪悪感は皆無だった。無抵抗の少女をマグナム弾で撃ち殺したというのは、字面だけ見れば悪逆非道の行いだが、それでも、その少女が敵で神郷と関わりがあるという――それだけでジョンはこの先制攻撃を正当化できるのだ。

 ジョンはそのまま銃口を生きているもう片方に向ける。

「おい、ガキ。神郷のところまで案内しろ。姉か妹か知らないが、ああはなりたくないだろう」

「――――金の狼(ゴールドウルフ)、姉の狼華(ろうか)

 声は、銃口を向けた少女のものではなかった。いや、一緒の声なのでそうとも限らないが、少なくとも、聞こえた方向が違っているのだ。

 聞こえたのは、死体となったはずの少女の方から。

「なっ、なああっ!?」

 ジョンは目を疑った――胸に風穴を開けた少女がむくりと起き上がったのだ。

「酷いよね~。まだ名乗ってもいないのに、無垢な少女をマグナムでぶち殺すなんてさ。ほら見て……ごっそりと心臓がくり抜かれているよ。これは即死だね、お兄ちゃん」

「俺は心臓を撃ち抜かれても死なない妹を持った憶えはない」

 満面の笑みを浮かべながらジョンに言う、狼華と名乗る少女。ジョンは引きつった顔で何とか言葉を返すので精一杯だった。

 ゆっくりと狼華が立ち上がる。穿たれた胸を見ると、周辺の肉が(うごめ)き出し、穴が徐々に塞がっていく。「ふう」と一息ついた頃には、撃たれた痕すら残っていなかった。

「ボクは金の狼(ゴールドウルフ)、妹の狼美(ろうみ)。ボクを撃ったって同じ結果になるから、やめておいた方がいいよ」

 ジョンはためらわず狼美と名乗った少女を撃つ。姉の狼華と同じく胸に大きな穴を開けて、その衝撃でひっくり返る。

「……結構撃たれるのって痛いから、本当は撃って欲しくなかったな。でも、これで納得した? お兄ちゃん」

 倒れたままの姿勢で、狼美は顔だけ上げてジョンに言う。上体を起こすと既に傷の修復が始まっていて、立ち上がった時には跡形も無く治っていた。

 双子は共に心臓を撃たれても死なない。『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』が放つ.500 S&Wマグナムは、心臓を、風船を割るように完全に破壊できる威力を持っている。

 この非現実的な再生、回復、どのような言葉で表現していいかわからない現象を前に、ジョンは驚きを禁じ得なかった。

(今まで巨人男や鳥女に出会って驚きまくっているのに、こいつはその上を行くぜ)

 過去に戦った銅象(キュイーヴルエレファン)銀の鷹(アルジェントファルコ)は、その見た目に驚いたとはいえ、心臓を撃てば死んだ。殺せた。死なないというのは最早考えの枠外なのだ。

「ボク達は、二人で一人の三巨頭――金の狼(ゴールドウルフ)

「神郷様の命により、お兄ちゃんを」

「抹殺しま~す」

「抹殺しま~す」

 狼華と狼美、双子の姉妹は、声をそろえて言う。と同時に、二人の両手にはマチェットナイフとイングラムM10短機関銃がそれぞれ握られていた。

 一人ずつ、右手にイングラム、左手にマチェットを握っている。どちらかが両手にイングラム、またはマチェットという二挺短機関銃、二刀流ということではない。

 姉妹共々近距離中距離に隙無し――ジョンは、非常に厄介な存在だと思った。

「じ、ジョン! どうするの? あたし、どうすればいい?」

 戦闘態勢に入ったことを感じて、リオンはジョンの背中に隠れながら言う。

 ここは広場のど真ん中である。義手義足と防弾コートで体を防護しているジョンだが、生身のリオンは違う。遮蔽物が何も無く、今姉妹のイングラムによる一斉射撃を受ければひとたまりもない。それを気にして、ジョンに訊いたのだ。

「そんなの決まってるじゃねえか……お前は逃げろ!」

 ジョンはリオンに叫んだ瞬間、引き金を二回引いた。銃弾は――糸を引くように姉妹の頭に命中し、姉、妹の順に頭部が粉々に吹き飛ぶ。

 それを見て、リオンは走り出した。ジョンに言われた通り、踵を返して、来た道を戻るように駆け抜ける。

 ジョンはそれに目もくれない。今重要なのは、目の前の敵なのだから。リオンを逃がすための時間稼ぎと、心臓が駄目なら頭部はどうかという、実験を兼ねての射撃だった。

 姉妹からの反撃がないところを見ると、一応の効果はあると思われる。

 そう――足止めくらいは。

「……冗談きついぜ。どうやったら殺せるんだ? こいつら」

 ジョンは目の前の光景にうんざりした感じでつぶやく。

 姉妹の頭部が、首から急速に再生し始めているからだ。骨格が形成され、周りを肉体が覆い、皮膚や細かな顔のパーツが再現されていく。

 心臓や頭を撃たれても死なないという理不尽な現実がそこにはあった。

 不死身(アンデッド)

 ジョンの思考にふと(よぎ)った言葉。しかしそれは、現状、この双子の姉妹を表現するのに最適だった。そう思わずにはいられないし、そうとしか考えられない。

 生物の理を、必然を、不可逆を――超越した存在。

(いや……そう思うのは思考の放棄だ。よく考えろ、冷静さを失うな。不死身の人間なんてこの世にいやしない。恐らく、何かタネがあるはずだ)

 ただ、ジョンは諦めていなかった。

 殺せない双子を相手に、状況は不利どころか勝負にすらならない、ジョン側の一方的な消耗戦と言える。しかし、この町のどこかに妹のアンネと神郷がいるのだ――諦めるわけにはいかなかった。すぐ手を伸ばせば届く距離まで来ている。あとは双子の姉妹を始末すればいいだけなのだ。殺せない、というのは戦わない理由にはならない。

 とっさに思いついたのは、拘束か再起不能。

 殺さなくてもいい。自分達の邪魔をされなければいい、つまりは無害化、無力化させられれば、とジョンは考えた。

「あはははははははははははははっ。お兄ちゃん、いつまで悪あがきするの? いつまで抵抗するの? いつ殺されるの? いつ絶望するの? ねえ、いついつ?」

 ステレオの哄笑がジョンを不快感にさせ、

「その様子もこの町の監視カメラにはっきり映るから、アンネお姉ちゃんに無様な死に様を見せられるよ……変にかっこいいところ見せずに、素直に死んだらぁ?」

「そうそう。なんだったらそこに――」

「転がっている男みたいにしてあげる」

 姉妹は、広場の中央にある、四肢が欠損して右目が潰れている男の死体を指さしながら言う。その言葉で、ジョンはブチ切れた。さっきまで殺さない選択肢が浮かんでいたが、それらが全て吹き飛び、思考は真っ白になって殺意だけが現れる。

「てめーら……ぶっ殺す!」

 瞬間――ジョンは右手に持っていた『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を宙に投げ、空いた右手でガンベルトに差してある『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を抜き出す。と同時に撃鉄を起こし、左手では宙に投げた拳銃を受け取っている。その間、実に一秒以下。

 そして、二挺の拳銃で双子を狙い、引き金を引いた。

「ああっ!?」

 二つの異なる銃声が轟いたところで――ジョンはすぐにその異変に気付く。

 それは、不死身である双子からしてみれば考えにくいことだった。

 二人は、ジョンが撃った銃弾を避けようとしたのだ。

 叫んでから発射までが約一秒。それだけに双子の姉妹は完全に銃弾を避け切れなかった――『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』の銃弾を喰らった方は片腕が千切れ飛び、『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』の銃弾を喰らった方は胴体が真っ二つになって吹き飛んだ。

「あああああっ! ぐっうううう……はあ、はあ、はあ」

 腕が千切れ飛んだ方――妹の狼美は、痛みに堪えながら、腕を拾ってくっ付けた。

 上半身と下半身が別れた姉の狼華は、妹と同じように呻きながらも這って下半身と接合させた。

(……不死身なのにどうして避ける必要があった? 痛いから? いや、痛みなんて訓練次第でどうにでもなる。それに、避けるんだったら始めはともかく、頭部への銃撃の時は避けようがあっただろう。だが、それに関しては避けなかった。なのに、今回に限って、あの双子は避けた。前回と今回との差異は何だ? それが関係しているとでも?)

 ジョンは必死に記憶を漁って考える。さっきまで怒り心頭で思考を捨てていたのにもかかわらず。それでも、直感でこの異変が重要だとジョンは感じたのだ。そして、生まれた数々の疑問を解明することが、勝利に繋がると信じている。

「だーかーら、ぶっ殺されても死なないってば」

「ボク達姉妹は不死身なんだから、死なないよ」

 姉妹はそう言っているが、顔色はどこか曇っている風にも見えた。

 余裕ぶってはいるが、今の銃撃は姉妹にとって不都合な何かがあったと思われる。

「それじゃあ、お兄ちゃん。ボク達と遊ぼう」

「それじゃあ、楽しい楽しい殺戮ごっこだね」

 いきなり、姉妹は仕掛けてきた――ジョンの視界から外れるように左右へ広がり、イングラムによる十字砲火を浴びせてきたのだ。

「ぐっ!」

 ジョンは頭部を守ろうと腕を交差させて顔の前に持っていく。すると、腕を中心に足や腹部や胸部など全身に銃弾が当たった。

 痛覚が残っている胴体部に痛みが走る。恐らく弾薬は.45 ACPを使っているのだろう、防弾コートの上からとはいえ拳の連打を喰らうような衝撃があり、かなり痛い。

 銃撃が収まったと思うと――既に目の前に双子の姉妹がいた。刃渡りが長いマチェットナイフがジョンに迫ろうとしている。右斜め上から頭部を、左斜め下から急所を。

「うおおっ!」

 ジョンはその双方向からの斬撃を義手と義足で防ぎ、二、三歩飛び退いた。

 その同時攻撃は、ジョンでなければ捉えることも防ぐこともできなかっただろう。

 何故なら、姉妹の姿は一度に視界に収まらないからだ。二人を見るには、右上、左下と視線を移動する必要がある。が、それでは遅い。姉妹の動きは速く、その名を冠するだけあって狼のような俊敏さがった。なので避けることは不可能で、最低でも、片腕と片脚は斬られる。

 そう――普通の人間なら。

 ただ、ジョンは違う。彼の右目は義眼である。対角線の端と端からの攻撃を、右目は右上を、左目は左下を、同時に見た。そして、避けることができないと判断したジョンは、自前の義手義足で防御して、それから距離を取ったのだ。

 独立して動く右目と、マチェットナイフの斬撃を耐えることができる特殊合金製の義手義足――これらを持つジョンだからこそ可能だった。

 イングラムの掃射から、接近しての視界から外れるマチェットナイフの同時斬撃。

 双子の姉妹が繰り出す息の合った不可避のコンビネーション。

 冷や汗が出たとはいえ、しかしジョンは、この完璧な攻撃にも疑問を呈した。

(不死身なのに、どうしてここまでする必要がある? 真っ直ぐ突っ込んで、銃口を頭に押し付けて撃てばいいだけだろう。不死身ならそっちの方が手っ取り早く済む)

 これにも、そうせざるを得ない理由があるとジョンは考えている。

「ちぇっ、おっしかったなぁ~」

「もうちょっとだったのにぃ~」

 姉妹はそう言うと、サイドステップでお互い距離を取った。

「……?」

 ジョンがその行動を不審に思い、考えを巡らせていると、

「!!」

 雷に撃たれたかのような衝撃が走る――ジョンは、とある仮説を思いついたのだ。

 それは悪魔的な閃きで、考えたくもないおぞましい仮説だった。

 とはいえ、それは仮説であって、本当かどうか疑わしい。それでもジョンは、それを口走る。

「……お前達は、同時に死ねば生き返らないのか?」

「――ッ!?」

 二人からの返事はないが、二人の表情を見れば答えは明らかだ。

「ふ、ふんだ。それがどうしたっていうの?」

「その程度がわかって優位に立ったとでも?」

 それでも姉妹は、その幼さもあってか、ここで強気な態度を見せた。

 隠したり否定したりするのがかえって負けだと言わんばかりに、むしろ堂々と挑発的な発言をする。

 ジョンは「いいや」とかぶりを振る。

「お前達の不死身の謎を解いたことで……俺は勝利を確信した」

「な、何ですって! どういうことよ!」

「根拠もない適当なことを言わないで!」

 姉妹は、ジョンの言葉に激怒した。それに対してジョンは「まず――」と姉妹を無視して話を進める。

「頭を吹き飛ばすところまで、お前達は俺の銃弾を避けなかった。しかしその次だ。俺が『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を取り出して『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』との二挺拳銃で同時にお前達を撃った……するとどうだ、焦ったように銃弾を避けようとしたな? 急所を外したな? どうして? お前達が不死身なら、そんなことする必要なんて全くない。それについて合理的な理由を言えるか?」

「そ、それは――痛いのが嫌だから!」

「え、えっと――痛いのが嫌だから!」

 双子の姉妹は何かないかと考え、結局苦しい言い訳のような言葉しか出なかった。

 綺麗に言い訳の部分だけハモる。

「他にもあるぜ。その直後何故か勝負を急いで俺を殺しにかかったな。あれは、不死身の謎がばれるかもしれないと思って早めに決着をつけたかったんだろう? そして、攻撃の仕方にも疑問が浮かんだ。二人は離れて動き、俺の視界に二人が同時に映らないようにした。始めは視線誘導、ミスディレクションの一種かと思った……でも違う。二人が近くにいると、同時に撃たれるリスクが増えると思ったからだろう?」

 姉妹からの返事はない。

 ジョンは締めくくるように言う。

「どんな仕掛けかは知らないが……一方が生きてさえいれば二人とも死なない。ならば、二人を同時に殺せば二人とも死ぬということだ」

 一瞬、沈黙が訪れる。が、すぐに、

「わかったからっていい気にならないでよね」

「実行できなければ何の意味もないんだから」

 不死身のタネをばらされてもなお、姉妹は強気の姿勢を崩さないで言った。

「お兄ちゃんは、ボク達の姿を捉えられるかな?」

「で……ボク達を同時に撃つことができるかな?」

「できるさ」

 ジョンは、自信に満ちた表情で間髪入れずに言う。

 と――左手に持つ『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』をコートの中に仕舞い、空いた左手をゆっくり上から下に持っていき、両手で『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を握って狙いを定めた。

 妹の狼美一人だけに。

「俺は一発で二人とも撃ち抜く」

「ええ? そんなことできるわけないじゃん」

「ウソウソ。やれるもんならやってみせ――」

 言い終える前に、ジョンは撃鉄を起こして引き金を引いた。

 轟音が鳴り響くと、狼美の胸部は爆発したかのように穿たれる。そして同時に――姉の狼華も胸に大きな風穴が開けられた。

 実現された同時攻撃に、姉妹は言葉も出ずただただ戸惑うばかりだ。どうして、一発で二人が撃たれたの、と。

 その時――双子の姉妹は地面に倒れる最中、二発目の銃声を耳にした。


  ■    ■


 金の狼(ゴールドウルフ)の双子の姉・狼華を撃ったのは、誰であろう――リオンだ。

「……合図が出たから撃ったけど、意味あるのかな?」

 リオンは姉妹の不死身の仕組みを理解していない。遠くに逃げていて、ジョンとの会話を聞いていないからだ。

 それでもリオンは、以前ジョンと話をした通りに撃った。

 それは、狙撃の合図。今日のように敵と遭遇したり、オルテンシアの時のように遠くに待機したり――ジョンと意思疎通ができない時の合図だ。

 リオンに多くを要求しなかったジョンは、一つだけ合図を決めた――それは、手を上に掲げてから振り下ろした時、即座に相手を狙撃すること、というものだった。

(でも、ジョンのことだ……きっと何か思惑があって合図を出したはず)

 そう、これは紛れもなくジョンの作戦である。リオンにその意図は伝わらなかったが、それでも彼女はただ指示された狙撃を完璧にこなした。

 今はただ、『百花繚乱(ブルーメンブルート)』のスコープで数百メートル先の広場の様子を見ている。あまりにもショッキングで見れたものではないが、姉妹の死体と、ジョンの背中を。

 まだ油断はできない。

 リオンは、姉妹が同時に撃たれれば死ぬという仕組みを知らない。なので、一発撃ってからも警戒を怠らずにいた。

 不死身だから殺したとは思っていない――それを前提で状況の推移を見ている。

 だからかもしれない。

「やっぱり駄目か……どうするの、ジョン?」

 双子の姉妹が起き上がる光景を、リオンは冷静に見つめていた。

 ジョンが驚愕していることも知らずに。


  ■    ■


 ジョンは『()った』と確信していた。

 ジョンの作戦は、リオンとの同時攻撃だ。

 大言壮語することで相手を油断させ、そこにリオンの狙撃を喰らわせる。そして、もう一方が動揺した瞬間を狙ってジョンは『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を撃つ。

 姉妹が自ら肯定した自分達の弱点――同時に殺されれば死ぬ。

 二人同時に殺すという難題をクリアし、ジョンは一息ついていた。

 なので、

「うふふふふふふふふふふふふふふっ」

「あははははははははははははははっ」

 姉妹の不気味な笑い声を聞いたジョンは、ぞくりと背筋が凍った。

 見ると、胸に大きな風穴を開けている二人が、上体を起こしていたのだ。

 二人の虚ろだった目が、輝きを取り戻してジョンを見ている。

 それは嘲るような、人を小馬鹿にしたような目だった。

「いや~……惜しかった、惜しかった」

「ふう~……危なかった、危なかった」

 瑞々しい音を立てて、胸の肉が再生していく。姉妹が立ち上がってジョンに笑みを見せた時、既に穴は完全に塞がっていた。それは最早、見慣れた光景になりつつある。

「……どうして? 同時に撃ち殺したはずだ」

「お兄ちゃんが絶望するようなことを教えてあげるよ。確かにボク達は同時に殺されれば死ぬ。でもね」

「さっきの銃撃は、同時のようでいて同時じゃなかったんだよ。ほんのわずかに、誤差があったんだよ」

 姉妹は、人差し指と親指をくっ付けてジョンに見せる。

「ボク達の機鋼化(ハイブリッド)の能力――『共命(シンクロライフ)』は、その誤差の範囲内で二人を」

「殺さなければ、死なない。そして『共命(シンクロライフ)』のボーダーラインは――」

「0.1秒」

「0.1秒」

 声をそろえて言ったその秒数に、ジョンは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

「0.1秒以内にボク達二人を殺せば、ボク達二人は再生せずに死ぬよ」

「同じ同時でも、さっきの同時は0.1秒以上間が空いたってことだね」

 双子の姉妹は、肩を揺らして無邪気に笑う。

 ジョンは――絶望こそしなかったが、しかし、狙撃という相手の虚を突いた策が失敗したことや、双子の姉妹の不死身を破る方法の難しさに直面したことで、精神的に動揺していた。

「さあ……これで諦めた? お兄ちゃん」

「絶望した? 絶望した? お兄ちゃん」

「くそっ! 黙れ! 能力が完全にわかりさえすれば……」

 すれば、の後がジョンには言えない。世の中には、わかってはいるのにどうすることもできないことが多々ある。

 双子の姉妹を0.1秒以内に殺せばいいとわかっていても、実行ができない。さっきの狙撃を絡めた銃撃だって、大目に見ても見なくても同時と言えるだろう。だが、それ以上に、より正確に同時を求めなければいけないのだ。

 ジョンには、具体的にどうすればいいのか、その案が浮かんでいない。例えば二挺拳銃――同時に引き金を引く。でも、その同時は0.1秒以内に収まっているのだろうか? 利き手か否かで誤差が出る可能性だってある。そしてそれは、同じ銃で撃つことが前提の理論なのだ。

 ジョンが持っている『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』と『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』は、同じ拳銃というだけで全くの別物。作動方式から口径の大きさ、火薬の量、バレルの長さ、銃口初速――何から何まで違う。その差異を計算して撃つことなど、エーデルの頭脳でもない限り不可能だ。

 さらに――ジョンは、もうあの姉妹は銃弾を当てさせてくれないだろうと思っている。姉妹は自らの手の内を明かした。ジョンも自分の手の内を曝した。つまり、ここから先は遊びも様子見も無しの殺し合いになる。

「それじゃあ、ボクは狙撃を受けたからリオンちゃんを殺しに行くね」

「わかったよ、お姉ちゃん。じゃあボクはお兄ちゃんと一緒に遊ぶね」

「なっ!?」

 てっきり二人がかりで来ると思っていたジョンは、一瞬反応が遅れた。双子の姉・狼華は武器を仕舞い、四足でジョンの横を駆け抜けてリオンがいる方に向かっていく。

「余所見は駄目だよ~」

 狼華に目が行っていると、狼美がマチェットナイフで襲いかかってきた。飛びかかりながらの斬撃に、ジョンは義手で受け止めて、腹を蹴り飛ばすことで距離を取る。

「あははっ。これでもうボク達を殺すことはできなくなったね。お姉ちゃんと離れ離れになるのは寂しいけど、すぐにまた会えるから我慢するもんね」

 二人が別れるということは、同時に殺すための難易度が桁外れに上がる。

 まず、ジョンとリオンが二ヶ所で姉妹を同時に殺すことは不可能に近い。遠く離れているリオンと意思疎通ができないから、それぞれが殺すタイミングを計れないのだ。仮にそれができたとしても、姉妹はジョン達を殺しにかかる――不死身とはいえタネがばれているので、悠々と敵前に姿を現す愚行をしないはず。姉妹の俊敏性から、銃弾を当てること自体が至難の業になってくる。

 ならリオンと合流して戦うかと言えば、それも得策とは言えない。戦うとしたら必然とリオンを庇いながら姉妹を相手取る必要があり、ジョンが余計に苦しくなる。そうしたくないからこそ先に遠くへと逃がしたのだ。だから、狙撃からの同時銃撃が失敗に終わった時点で、リオンが狙われることは予想していた。

 現状――将棋やチェスでいう、詰みやチェックメイトとまでは言わないまでも、窮地(きゅうち)に追い込まれていることは確実だ。リオンの心配をしている場合ではない。下手をすれば、自分の命まで危ういのだから。

 遠くから二つの異なる銃声が聞こえる。

 リオンと狼華が銃撃戦に突入したのだろう――ジョンに緊張が走った。とはいえ、今はただ無事を祈ることしかできない。

「…………」

「お兄ちゃん、どうしたの? さっきから黙っているけど、もしかして、怖いの?」

 くすくすと笑いながら双子の妹・狼美はからかうように言う。

「……恐怖なんて手足と一緒に置いてきた。今、どうやってお前達姉妹をぶち殺そうかと考えてたんだよ」

「またまた、そんなこと言って……さっきまでの威勢が感じられないよ?」

 確かに、ジョンの言葉は苦し紛れの強がりとも取れる。だがそれは、ジョン常套手段だ――どんな状況でも気持ちでは負けない。常に相手を挑発して、相手の冷静さを少しでも乱す。時間稼ぎと相手の心の隙を作り出す精神攻撃なのだ。

(殺す方法は確立されたんだ。結果がわかれば、あとはそこに辿り着くまでの過程を導き出すだけ)

 今もジョンは、姉妹を殺す算段を考えている。頭の中で無数の試行錯誤が行われ、途中で行き詰れば、

「ほざけ。お前自身の戦闘力は弱いんだ。この戦い、俺に負けはない」

 会話を重ねて糸口を見つけようとする。

「あははっ、確かにそうかもね。でも、それは同時にボク達の負けもないってことだよ。それに、持久戦に持ち込めば必ずボク達が有利になる。お兄ちゃんはどれだけ戦えるのかな? あと手持ちに何発弾薬があるの?」

「な~に、弾が無くなった時は、こいつでお前を斬り刻んでやる」

 ジョンはあくまで強気に言い、持っていた『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』をガンベルトに仕舞う。そして、腰に差してある『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を鞘から引き抜いた。

 威圧感漂う刀身一メートルの日本刀。

 その圧倒的存在感に、狼美も思わず気圧されてしまう。

「ふ、ふん。無駄だとわかっているの? お兄ちゃんは学習しないの?」

「……いや、戦いながら常に勉強しているさ。本当だぜ? 疑うっていうのなら、俺が今から教えてやるよ……お前の体にな」

 ジョンはそう言うと『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』の切っ先を狼美に向ける。

「くだらないわ! 虚勢を張るのもいい加減にしてよね! どれだけ危機感が無いのよ、お兄ちゃんは!」

 我慢の限界を超えたのか、ついに狼美がジョンに向けて怒鳴った。ジョンの、あまりにも自らが置かれた状況を無視した言動の数々が、(かん)に障ったのだろう。

 それでもジョンは、

「俺に危機感なんてない……あるのは勝利の予感だ」

 と豪語する。それがハッタリなのか、それともありのままを言っているのかは――わからない。しかし。

 何を言おうと、そこにジョンの意図が存在しているのは明らかなことだ。


  ■    ■


 一方――リオンは、狼華のイングラムの掃射をその身に浴びていた。

 スコープ越しにジョンと姉妹の様子を見ていたリオンは、その片方が獣のように四足で走り出したのを捉える。その異様な速度に狙撃は不可能だと判断して、リオンは狙撃のために上ったどこかの家の屋根から下りて逃げようとした――が、その時背中に衝撃を受けて、気付いたら後ろに狼華がいたのだ。

 リオンは、一瞬死んだと思った。何発も背中に銃弾を浴びたのだから助からない、と。

「…………?」

 ところが、鈍痛がするだけで死ぬほど痛いというわけではなかった。そこでリオンは、自分が着ている服のことを思い出す。

 軽くて着心地が良く、普通の服と変わらない――なのに防弾仕様。

 エーデルが作った服は、狼華の銃弾を全て受け止めていたのだ。

(ひゃああ~! 死ななかったからいいけど、ジョンは何をしてるの? こんな不死身の人間、あたしじゃ相手にもならないわよ)

 リオンは弾を喰らった振りをして、よろめきながら家の影に隠れる。そして、狼華の視界から消えたと同時に走り出す。

「うふふっ……どこへ逃げたって同じ……えっ!?」

 狼華は先程の銃撃でリオンを仕留めたと思っていて、あらゆる動作が緩慢だった。そのため、歩きながらリオンの後を追い、角を曲がったところで――リオンがいないことに気付いて驚く。

 この一帯は家々が密集していて、隠れる路地がいくつも存在する。なので二、三回角を曲がるだけでも姿をくらますことができるのだ。

「ちぇ……面倒臭いわね。隠れたって、ほんの少し寿命が延びるだけよ」

 狼華は跳躍して家の屋根に着地すると、屋根から屋根へと飛び移って町を見下ろした。するとすぐにリオンの姿を発見し、跳躍しながらイングラムの弾をばらまいて足を止めさせる。

「きゃああああああああああああっ!」

 銃弾が雨のように降ってきて、悲鳴を上げるリオン。しかし、狼華は狙って撃ったわけではなかったのだろう――リオンに銃弾が当たることはなかった。それでも、足がもつれて転んでしまう。散々走り回って疲労が溜まっているのか、リオンは起き上がろうとせずに家の壁にもたれかかった。

「みーつけた、リオンちゃん」

 屋根に着地した狼華が、余裕の笑みを浮かべながら言う。

「ちゃん付けするな! どう見てもあたしの方が年上でしょう!」

 見下ろしている狼華に向けて、リオンは『百花繚乱(ブルーメンブルート)』を撃つ。相手は目視できる距離にいて、スコープを見て狙いを定める必要もない。体の中心を大雑把に狙えばいい。

 轟音と共に放たれた銃弾は、狼華の胸を抉り、爆発したような風穴を開ける。

 狼華はぐらりと後ろに仰け反ると、そのまま背中から倒れ――、

 なかった。

 狼華は仰け反った勢いでそのままブリッジをすると、首を百八十度回してリオンの方を見たのだ。そのおぞましい光景に、リオンは「ひぃ!」と怯える。

「ボクも狼美も、実はリオンちゃんと同じ十七歳なんだよ」

 そう言って狼華は首を元の位置に戻して、屋根を手で叩き、その反動を利用して上体を起こした。

「だから、リオンちゃんって言っても何らおかしくないと思うけど」

 言い終える頃には、傷が半分以上修復されている。

 狼華はイングラムを構え、リオンに狙いを定めてた――防弾仕様の服であることに気付いているのか、当然のように銃口は頭に向いている。

「……幼く見えるのは、機鋼化(ハイブリッド)のおかげ?」

「人を見かけで判断しない、ということで……そこら辺はご想像にお任せするよ」

「あっそう」

 リオンは、もう駄目だ、と思って諦めていた。メログラーノの時は、間一髪のところでジョンが助けてくれたが、今回は期待できない。それに、不死身の姉妹が相手じゃあ勝負にならず、ジョンが助けてくれても意味がないのだ。

 その時――リオンの耳に銃声が届く。

 遠くから響いている銃声は、ジョンと双子の妹・狼美が放っているものだろう。それを聞いてリオンは、はっと気付いた。

(ジョンは、まだ諦めていない。必死に戦っている。なのにあたしは何? 勝てないからといって生きることを諦めようとしているの?)

 狼華はイングラムの引き金を引く――連射された銃弾がリオンの頭部に襲いかかる。

 しかし、リオンはとっさに『百花繚乱(ブルーメンブルート)』を横に向けて顔を覆い、銃弾を防いだ。

「――――――――――――」

 銃声が止んだと思った矢先、悲痛な叫び声が聞こえた。

 声からして狼華のものだが、それにしてはつぶやいたような小ささで、声がする方向も違う――それはちょうどジョンと狼美がいるところ。

 次の攻撃がないと不審に思ったリオンは、恐る恐る盾にした狙撃銃から狼華を覗く。

 そこには、目を見開いて遠くを凝視している狼華の姿があった。

「――――――ぁぁぁぁぁぁ」

 狼華が叫んでいないとなると、聞こえている声は狼美のもの。向こうで何が起きているのか、家の壁を背にしているリオンからは窺うことはできない――そこで、リオンは狼華の目を盗んで移動する。

 家の端まで行き、路地からジョンがいる方を見た。

 なだらかな丘という地形もあってか、下って逃げてきたリオンには、すぐに広場で起きた光景が目に入る。しかし数百メートルも離れているため、ジョンの姿が米粒くらいにしか見えない。そこで、幸い壊れていない『百花繚乱(ブルーメンブルート)』のスコープで覗いた。

「――ッ!?」

 リオンは、広場で起きている光景を見て息を呑んだ。

 一言で表現するなら――串刺し。

 ジョンは『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』の一刀を使って狼美を串刺しにしていたのだ。

 しかも、あるはずの四肢がなく、ただ胴体が刀に刺さっているという状態だった。

 どうしてそんなことになっているのかわからず、リオンはただ混乱しながらその惨状を見ている。そしてそれは、姉の狼華も同じだった。

 双子の妹の無残な姿を見て、生気を失った顔をしている。唇を噛み締めて、震える口はただただ「狼美」と聞き取れないくらいの声でつぶやいていた。

 その返事とばかりに、

「――――あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 遠くからでもはっきりとわかる、狼美の慟哭が聞こえた。


  ■    ■


 ことの真相を知るのに(さかのぼ)る時間は一分とかからない――リオンが狼華に追い詰められて諦めかけていた時だ。

「戯言はたくさんよ! もう死んで! お兄ちゃん!」

 度重なるビッグマウスに堪忍袋の緒が切れたのか、狼美はジョンに飛びかかる。それをかわして後ろに跳躍したジョンは、広場に近い家の屋根の上に着地した。それを追って、狼美はイングラムを連射しながらジョンに向かって跳躍する。

 ジョンはその銃撃を避けながら家の屋根を転々と移動しているが、狼美のイングラムが弾切れを起こした瞬間――反撃に出た。

 コートの内側から『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を取り出し、イングラムを持つ狼美の右腕を撃ったのだ。銃弾の威力で右腕は肩から千切れ飛ぶ。

「いぎぃっ! うわああああああああっ!」

 狼美は痛みを堪えようとして失敗し、情けない声を上げる。

「お前は千切れ飛んだ右腕を拾おうとする」

「えっ……」

 ジョンはそう言うと、左手に持つ『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』で、ジョンが言った通り右腕を拾おうとうして伸ばされた狼美の左腕を切断した。振り下ろされた刀で斬られた左腕は、肩口から地面に落ちる――人形の腕のパーツが取れたかのように。

「ひぃあああああああああああああああああああああああ――――あぐうっ!!」

 狼美の左腕を落とされた叫びが終わる前に、ジョンは右手に持つ拳銃を仕舞い、もう一振りの『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を抜き――左手を右に伸ばす際に自然と前に向く狼美の背中を突き刺した。

 義手のパワーで狼美を串刺しにしたまま持ち上げる。その時、蹴りを繰り出そうと足を暴れさせていたため、ジョンは何のためらいもなく両脚を太ももから斬り落とした。それでまた狼美は悲鳴を上げる。

 四肢からの出血は(おびただ)しかったが、それはほんの数秒のことだ――すぐに切断部から再生が始まり、元に戻ろうと肉が蠢いていた。

「くっ、うああっ! こ、こんなことしても、無駄だってことがわからないの!」

 四肢を切断され、胴体を串刺しにされている狼美は、痛みを堪えながら怒鳴る。

 今の狼美は文字通り手も足も出ない状態だ。だから口を出すしかないのだが、ジョンはそんなのはお構いなく、

「疑問に思ったんだよ……どうして片腕が飛んだり胴体が真っ二つになったりした時に、わざわざ千切れたパーツをくっ付けてから再生させたのか」

 勝手にしゃべる。

「どうやらお前達姉妹は、一から再生、または再構築させるのが苦手のようだ。そうじゃなければ普通に一から手足を生やした方が手っ取り早いからな。さて……その四肢が完治するのにどれだけかかる? 三十秒か? 十秒か?」

「……まさか、嘘でしょ? お兄ちゃん?」

「どれだけ速かろうが関係ない……手足が元通りになって何かする前に、チョン、チョンと定期的に斬っていく。こんな風にな」

 右手の大太刀で狼美を串刺しにして持ち上げているジョンは、左手に持つ大太刀で再生中の両腕を、左、右と順番に斬り落とした。それはまるで、トルコの『ケバブ』における肉を削ぎ落とす様子に似ている。

「きゃあああああああああっ! 痛い痛い痛い!」

「お前、不死身と言っても痛いことは痛いんだろう? どうしてか知らないが、機鋼化(ハイブリッド)にする時に痛覚を無くしてもらうべきだったな」

 ジョンは、姉妹の言動から不死身の体にも痛覚が存在していることに気付いていた。そこにつけ込んで、痛みを味わわせようと画策したのだ。

 四肢を奪って胴体を串刺しにすることで、抵抗や逃走の手段を奪う。そして、次から次へと再生していく手足を斬り落とし、永遠と痛みを与え続けるのだ。

「うわあああああああああっ! くっ……こんなにも、ボクを痛めつけて、お兄ちゃんは何が目的なの!?」

 狼美は首を曲げて、痛みに耐えながらジョンを睨んで怒鳴る。

「お前が泣き叫ぶ姿を、お前の姉に見せつけるんだよ」

 胴体だけの人間を大太刀で串刺しにして前方に掲げているのだ――ジョンの言う通り、最早狼美は曝し者だった。

 その変わり果てた狼美を見る者は――二人。それはスコープで覗いているリオン、もう一人は姉の狼華。

 リオンはともかく、ジョンは姉の狼華がこちらに視線を向けていることに手応えを感じていた。そうさせることが目的の一つであり、妹の狼美を凝視するあまりリオンを全く気にかけていないところから、狼華がリオンに危害を加える心配がなくなる。

 これがジョンの作戦――その守備となる内容だ。

 守備の次は、攻撃。

「お前は、姉のことが好きなんだろう? また、姉もお前のことを好きだと思っている」

「あ、当たり前よ。ボク達は、双子、なんだから……二人で一人」

「そんな愛しい存在であるお前がこうして公開処刑されていたら、お前の愛しい姉はどうするだろうな?」

「ま、まさか……や、お姉ちゃん……来ちゃ、駄目。来たら――」

「もう遅い!」

 ジョンは左手に持つ『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を狼美の腹部に突き刺した。それから刀を捻って、上下左右に動かして、腹部をぐちゃぐちゃにかき回す。

「――――あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 痛覚の限界に耐え切れず出した妹・狼美の慟哭に、姉・狼華は、

「狼美ぃいいいいいいっ!」

 妹の名を叫びながら駆け出した。真っ直ぐ妹がいるところまで――必然、ジョンもそこにいるのだが。屋根を次々と飛び越え、まるで空を翔ているようにも見える。

 狼華の表情は、ジョンに対する憎しみが頂点に達していて、身も凍るような険しいものになっていた。

「この、クサレ外道ぉおおおがぁあああああああああああああっ!! 狼美に何してくれてんのよぉおおおおおおおおお!!」

 一歩大きく踏み出して跳躍すると、一気にジョンと狼美の近くまで迫る。しかし、語調からもわかるとおり、狼華は冷静ではなかった。激怒している。それも、他に何も考えられないくらいに。ただ殺意の塊をジョンにぶつけようとしているのだ。

 それに対しジョンは、狼美を串刺しにしている二振りの大太刀を引き抜き、宙に浮いた状態の狼美を蹴った。背中を捉えた一撃に、胴体は正面に飛ぶ。

「!?」

 ジョンに向かって飛びかかった狼華は、蹴り飛ばされた狼美が目の前に来て驚く。

 ここで狼美をかわしてジョンに襲いかかる手もあっただろう――だがそれは、

「お姉ちゃん」

 心身共に傷付けられ、苦痛を味わわされ、そこからようやく解放された妹・狼美の嬉しそうな表情と声を前に霧散した。

 できるはずがない――それが他人ならまだしも、この世でただ一人しかいない、同じ血の通った双子の妹なのだから。自分の一部と言ってもいい大切な存在なのだ。

「……狼美!」

 だから、姉の狼華は妹の呼びかけに答える。

 そして、飛んできた狼美を、優しく抱きしめるように受け止めた。


 その瞬間――体が重なった姉妹の胸が粉々に吹き飛んだ。


「………………………………………………………………えっ?」

 双子の姉妹は一瞬何が起こったのかわからず、そのまま地面に落下した。

 二人は寄り添うように仰向けになっている。

 すぐに、自分達の傷が治癒・再生をしていないことに気付く。

「危険な賭けだった」

 いつの間にか、屋根から下りて姉妹の近くに佇んでいるジョンの姿があった。

「もしもお前達が戦いを優先していたなら……先にリオンが殺され、次に俺が殺されるところだった。逆に言えば、俺はお前達の愛によって生かされたということだ」

「……な、なに?」

「どういうこと?」

「俺はあえて妹の狼美を甚振(いたぶ)った。お前達は不死身とはいえ痛覚があるから、そこを利用してな。いくら不死身でも、痛みに音を上げる妹を姉は放っておけるかと思ってやってみたんだが……ものの見事に餌に喰らいついた」

 姉妹の心情がどれほどのものか測るためで、失敗した時の代償も、ジョンはそれなりに覚悟していた。が、姉妹の愛はジョンの予想以上に深かったらしい。

「で、でも……どう、やって」

「ボク達を同時に殺せたの?」

「ふん。俺は確かこう言ったぜ……『俺は一発で二人とも撃ち抜く』とな」

 ジョンの言葉を聞いて、二人は息を呑んだ。

「狼華は狼美を受け止め、体を重ねた……一直線上に。俺はその瞬間に、こいつでお前達二人を撃ち抜いたんだ」

 ジョンは右手に持つ『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を見せながら言う。

「二発の銃弾なら着弾する時間に誤差が生じる。じゃあ0.1秒の壁を超えるにはどうすればいいか……一発で二人を殺す(ワンショットツーキル)、だ。この銃弾の初速がどれほどのものか知らないが、仮に六百八十メートル毎秒、マッハ2としよう。一秒で六百八十メートル、0.1秒で六十八メートルも進むんだぜ? どれだけ空気抵抗や人体を突き進む時の抵抗があろうと、密着した状態なら0.1秒以下で二人を貫くことは容易だ」

 ジョンが言ったことは単純計算で、正確なものとは言えない。それでも、不死身の再生能力を誇った双子の姉妹の体が一向に再生しないのは、ジョンの理論が正しかったことを証明している。

 その言葉に姉妹は、力無く笑っていた。

「あははははは……まあ、これでいっか」

「うん……十分、時間稼ぎにはなったよ」

「何? おい、どういうことだ? 時間稼ぎって何だよ」

 姉妹が何を言っているのかわからず、ジョンは問い詰める。すると、隠すことでもないのか「それは――」と口を開く。

「このガルデニアに、お目当てのアンネお姉ちゃんと神郷様はいないってことだよ」

「なあっ!?」

 口をそろえて言った姉妹の言葉に、ジョンは驚きを隠せずに動揺した。

「馬鹿な……アンネが言ったんだぞ! ここにいるって!」

「お兄ちゃんがガルデニアに着いた頃には」

「既に神郷様はガルデニアを離れていたよ」

「――ッ! どこだ! どこに行ったんだ! 神郷とアンネは。答えろ!」

「それだけは言えないね。ただ、ボク達が言えることは」

「きっとお兄ちゃんは大切なものを失うってこと、だね」

「何だと? お、おい! ……くそっ! 死んで欲しくない時に死にやがって!」

 三巨頭最後の一人――二人で一人の金の狼(ゴールドウルフ)

 姉の狼華と妹の狼美は、最後まで息を合わせて、静かに息を引き取った。

 ジョンは、三巨頭を全て倒しても達成感など味わっていない。その先に神郷やアンネが待っていると思っていたので、失望感が大きいのだ。

 そして、神郷が逃げた先を知ることができず、手がかりも失ってしまった。

(だが、あいつの手足は奪ったんだ……これから、一気に畳みかける)

 (たぎ)る気持ちを抑え、ジョンは気持ちを切り替える。

 ジョンは決意を新たに、まずは金の狼(ゴールドウルフ)姉妹の首を土産にリオンと合流しようかと、前を向いて考えを巡らせていた。

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