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転生マグナム  作者: 真水登
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第一章 マグナムの蠢動

     第一章 マグナムの蠢動



 小さな町クリノスから離れて数十分。

 ジョンは荒野の中、台車で首のない死体を運んでいる。ただ、道が悪いのか荷物が重いのか、ジョンの顔には疲労の色が見えていた。

「……そもそも、お前はどうして俺についてくるんだ? 台車なら後でちゃんと返すぞ」

 ジョンの横には、クリノスで助けた少女、リオンが一緒に歩いている。どういうわけかジョンについてきて、わけを話そうとしないのだ。ただ、もう町に引き返すのは大変だと思われる今になって、ようやくリオンは口を開いた。

「あんたと一緒に行けば、強力な武器が手に入ると思ったからよ」

「何故そう思った?」

「銃は貴重な武器よ。強力であれば強力であるほど貴重であり、希少なの。だけどあんたは、マグナム弾を惜しげもなく発砲した。それも、機鋼化(ハイブリッド)の体を貫く威力のあるやつを。だから、あんたにはパトロンとかスポンサー的な何かがいるはず」

「ふん……少しは頭が回るようだな。馬鹿ではない。が、そうやすやすと武器が手に入ると思うか? 『武器を下さい』と言われて『はいどうぞ』となるか?」

「あたしには理由がある。武器を手にして、戦う理由が」

 ジョンはリオンの目を見る。その青い目には尋常ではない決意が(みなぎ)っていて、並々ならぬ思いがこもっている、とジョンは感じた。

「そうか。じゃあ後でゆっくりと聞こうかな」

 そう言って、ジョンはリオンに顎で示す。その先には、大きな崖を背にして、小ぢんまりとした建物があった。古臭い土気色の建物は、背後の崖と同化しているように見える。

「ここは……」

「お前の言った通りだ。ここが、俺に色々と提供してくれるところだ」

 小さな建物には似合わない厳重なゲートと警備員が、二人を出迎える。ジョンは手続きを済ませてから、鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)の死体を預けた。その不釣り合いなほどの厳重さに首を傾げるリオン。だが、しばらくしてゲートが開き、もう一つある扉の奥に進むと、その理由を知る。

 そこには、広大な空間が奥までずっと伸びていたのだ。一直線に広がる空間には左右が壁で仕切られていて、まばらに扉がある。通路だと思われる空間は広く、左右の壁際にはテーブルが置かれていて、白衣を着た人達が何やら話をしている様子だ。

「ひ、広い。ほとんど白で統一されているってのもあるけど……あんな建物がこんなにも広いはずない。どうなっているの?」

 ジョンは真っ直ぐ歩きながら「簡単だ」と答える。

「建物は張りぼてのようなものだ。この広い空間は、建物の背後にある崖を掘削して作られた。だから広いのは当たり前なんだよ」

「へー、そういうことだったんだ。納得。でも、何のために?」

 ジョンについていくように歩きながら、更に質問をするリオン。

「お前がここに来た目的を考えれば自ずと答えは出てくる。まあ、まずはあいつに会ってもらう必要があるけどな」

 そう言ってジョンは、一番奥の部屋にノックもせずに這入(はい)る。そこは大量の本や紙が散らばっている部屋で、リオンは一目見て汚いと思った。見渡すと、同じく乱雑な装いの机に、一人の少女が腰かけているのに気付く。

「帰ったぞ」

「ん……何だ、誰かと思ったら実験体一号もといジョンではないか」

 その少女は白のブラウスに黒のタイトスカート、黒のタイツという服装で、先に見た者達と同じく白衣を着ていた。一見して科学者といったイメージをリオンは抱いた。

「むむむ。ジョン、誰だその部外者は」

「クリノスで助けたらついてきてな。何でも戦う理由があるらしい。リオン、そのことについて聞かせてくれ」

 急に、まだ科学者風の少女と自己紹介も済ませていない内に話を振られた。ただ、恐らくは話をしないと始まらないのだろうと思ったのか、リオンは語り始める。

「あの、あたしは家族を殺されました。今ここら辺を支配している神郷のグループのやつらに。親兄弟や、町の自警団であたしを娘のように育ててくれた家族と呼べる仲間達を。もうこれ以上あたしの周りにいる人を失いたくない。クリノスに残っている人を守るために、あたしは力が必要なんだ。強力な武器が。ジョンの戦いを見て、銃を見て――これが希望だと思ったの」

「ふうん。大した志ね。じゃあ帰ったら」

「えっ! 何で!?」

 あっさりとした断り方に、リオンは納得がいかない様子で言う。

「私は自分の研究以外に興味はないわ。私が開発した物は、そんな大義や人助けのために存在しているわけではないわ」

「そんな……」

「でも、ここの場所を知っているから帰さないけどね。まあ、死んでちょうだい」

「お、おい。ちょっと」

 ジョンが科学者風の少女に声をかけようとしたが、ジョンにかぶせるようにして少女は言う。

「ジョン……貴様が連れてきたからどんなやつかと思えば、とんだハズレだぞ」

「待って!」

 と、リオンは俯いていた顔を上げて、少女に言った。

「あなたの開発品を、あたしのためじゃなくあなたのために提供して。開発した物なら、実験が必要でしょ? あたしがあなたの開発品のモニターになる」

 一瞬の静寂の後、少女は笑みを浮かべる。

「……その言葉が聞きたかったのよ」

 そして、少女はリオンに近付く。歩く度にプラチナブロンドのポニーテールが右に左に揺れて、きらきらと輝きを見せる。

「私の名前はエーデル・アイブリンガー。総合開発研究基地の特級博士よ」

 縁無し眼鏡の奥に光る赤色の目が、リオンを隅々まで見ている。病的なまでに白く透き通った肌の色は、少女の美貌をより際立たせていた。

「……リオン・サンラムルです。よろしくお願いします」

「んー、別段興味はないが、リオンは何故そんなにも乳房が発達しているのだ?」

「へっ!? ちょっ、い、いいいきなり何を訊くんですか!」

 リオンは、大きめの服からでも目立つ豊満な胸を隠すように、腕を胸の前でクロスさせた。

「リオン。気にするな。エーデルはたまにわけのわからんことを言うから」

「わけのわからないはずがないだろう、ジョン。れっきとした好奇心だ」

「お前がただ単に嫉妬しているだけじゃねえのか。お前のはほら…………防弾だし」

「黙れイモムシ」

 エーデルが声のトーンを落として言うと、ジョンは反論できずに黙り込んだ。

「まあ、それはともかく……リオンには、私の実験体になるにあたって色々とすることがあるから、ちょっと別室に行ってもらうわ。私は少しだけジョンと積もる話があるから、部下を呼ぶわね」

「は、はい。わかりました」

 エーデルは机の上に置いてある電話を取って一、二言話すと、すぐに受話器を戻した。


  ■    ■


 リオンが部屋から去ってから、ジョンは思う。

(少ない会話からエーデルの性質を見抜いた。リオンには素質があるかもしない)

 ジョンは口出しをせずにリオンを試したわけだが――結果は上々だ。

 観察力や洞察力は申し分ない。それを、どんな風に使うのか。

 それは全てエーデルが決めることであり、エーデルしか知り得ない。

「ジョン。貴様がどこかから誰かを拾ってくるなんて……どういう風の吹き回し?」

「俺にもわからねえ。ただ、ギャングとの戦いで生き残って、しかも機鋼化(ハイブリッド)を一人殺している。よっぽどの強運の持ち主だ。試してみる価値はある」

「貴様がそれだけで判断するとは思えんがな。まあ、いい。人は誰だって気まぐれを起こすものだ。今は報告を聞こう」

 机の上に座ったままで、エーデルはジョンを見る。ジョンは「ああ」と言ってコートの内側から拳銃『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を取り出す。

「まずはこのロングコート。防弾性は最高だ。九ミリ程度の弾なら繊維を傷付けることすらなかった。体にかかる衝撃も少ない。内側のホルスターもいい。『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を楽に取り出すことができた」

「当然ね。実験では5.56x45mm NATO弾まで防げる結果が出てるんだから」

「あと試したのは、『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』だ。.500 S&Wマグナム、弾頭JHP(ジャケッテッドホローポイント)。この銃弾は問題なく機鋼化(ハイブリッド)の装甲を貫通した。ダブルカラムマガジンだから装弾数も十三発と申し分ない。鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)含め二十五人を一回のリロードだけで殲滅(せんめつ)できた」

一撃必殺(ワンショットワンキル)か。全長四百四十四ミリで重量六・六キロ。銃身が長くてグリップも太いから扱いづらいはずなんだけど……射撃技術は流石ね」

 エーデルは紙にメモを取りながらおざなりにジョンを褒めた。

「まあ、この義手が普通よりも大きいからな。重さや反動も気にならなかった」

 そう言ってジョンは、拳銃を持っているのとは逆の、空いている手を前にかざす。

 赤黒い手を反転させ、手の平や甲を眺める。

「それはよかった。でも、次からは他の武器も使って欲しいわね」

「今日はたまたま持っていくのを忘れたんだからしょうがないだろう。それに、ブタ相手にはこいつだけで十分だったしな。まあ、次からは所持する」

 拳銃『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を左右に振ってジョンは応える。

「初めての実戦だったけど、どう? 何か感じることでもあった?」

「戦闘自体には慣れている。ただ、俺は狙われる立場が多かったからな。こっちから獲物を狙う感覚は新鮮だな」

「そう。それはよかったわね。これでようやく貴様の復讐が始まるというわけだな」

「復讐なら一年以上前から始まっている。今日は戦争を始める前のあいさつ代わりだ……神郷壊人(かいと)へのな」

「四天王の一人、鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)がやられたんだ。向こうはあんたが死んでいると思っているけど、きっと警戒レベルを引き上げてくるわ。次戦う時は、今日みたいに楽勝だとは思わないでね」

「舐めてかかって勝てる相手はブタだけだってのはわかっている」

「貴様はこの基地の稼ぎ頭になる男だ、死なれてもらっては困る。貴様に投資した金額は決して安くはない。あのブタにかけられている賞金は百万グラスよ。純金百グラムにしかならないんだから。全然元が取れないわ」

「はいはい。俺の研究開発費を思えばはした金ですね」

 口うるさく言うエーデルに対して、聞き飽きたと言わんばかりに生返事をするジョン。

「それ以上に、私が開発や研究をした物が試されるんだから、お金よりもデータをちょうだい。いいわね?」

「それも十分にわかっている。俺なんかお前のおかげで今ここに立っているようなもの。感謝や恩返しをしたい気持ちで一杯だ」

「私は貴様を実験体にしただけだ。そのことで私に恩を感じる必要なんてない」

「ふん、そうかい」

 ジョンはそっけないエーデルの返事に相槌を打ってから、エーデルの部屋を出ようとする。その時「ジョン」と後ろから声がかかり、足を止めて振り返る。

「明日は、ここから南西の町オルテンシアに行ってもらうわ。今日みたいにやつらが税の徴収に来ると思うから、そいつらを殲滅してくること。ついでに四天王の一人も狩ってきなさい」

「四天王の一人が来るって確証はあるのか? あのブタは来たけどよ」

「必ず来るわ。何故なら、税の徴収の他にパトロールのような意味も持っているからよ。その町の住人が反乱を起こさないようにしたり、他の場所から賊が襲ってきた時に町人を守ったりと……抑止力のために四天王は同行するように決められているの」

「お得意のデータから導き出した答えか」

「データは嘘をつかない。だからまともに対話ができて、信じることができる」

「なるほど」

「ああ、そうそう。明日はリオンもついて行かせるから。貴様ほど金をかけていないとはいえ、将来的には貴様の後釜に据えることになるかもしれない。教育してやれ」

「はあっ!?」

 エーデルの思いがけない言葉に、ジョンは心底驚いたのか口を大きく開けた。額に手を置いてうなだれるジョン。すぐに反論する。

「ちょっと待て。俺はあいつの保護者か? 冗談じゃない。ピクニックに行くのとはわけが違うんだぞ。戦場で面倒なんて見られるか!」

「私の言うことが聞けないんだ。へえ……ジョン。自由に動けなくなってもいいの?」

 痛いところを突かれたのか、ジョンは何も言い返せずに(うめ)くだけだった。

 そして「勝手にしろ」と降参するように手を振る。

 ジョンには、エーデルに逆らえない決定的な理由があるようだ。

「それじゃあ、よろしくね」

 エーデルは作ったような笑顔で見送る。

 ふてくされたジョンはそれに応えず、さっさと踵を返して部屋を後にした。


  ■    ■


「……さい。朝ですよ、起きてください」

 混濁する意識の中、男は温かい声によって徐々に覚醒していく。寝ている姿勢から起き上がり、声のする方を見る。

「やっと起きましたか。もうご飯ができていますよ、お兄様」

 男の目には、一人の女性が映っていた。(からす)の濡れ羽色の髪は背中までストレートに伸びていて、褐色の瞳は優しい眼差しで男を見ている。端正な顔立ちの彼女は、今は男に向けて輝くほどの笑顔を見せていた。

「ああ、わかった。すぐに行くよ……アンネ」

 お兄様、と呼ばれた男は、手を振って彼女に返事をする。

 ベッドから立ち上がり、男はふらふらと歩きながらアンネについて行く。

 扉を開くと――いつの間にか男は外に出ていた。

 服装も寝間着とは違うものに変わっている。そして、男の手には拳銃が握られていて、前方に構えている。それは、リボルバー式拳銃S&W M500だ。

「お兄様!」

「アンネを放せ、神郷!」

 男は、アンネを捕らえている神郷という男に向けて怒鳴った。

「断る。今からアンネは俺のものだ。そして、これからお前を殺してお前の国もいただく……覚悟しろ!」

 神郷は腰に差している日本刀を抜いて、男に迫る。

「やめてぇえええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 アンネの悲痛な叫びが、辺りに木霊(こだま)する。


「うおあああああああああああっ!」

 ジョンは自分でも信じられないほどの大声を出して、飛び起きた。状況を確認するために周囲を見渡し、しばらくして溜息をつく。

「………………………………夢か」

 ジョンはうなだれて、黒く無機質な手で顔をつかむように覆った。

「ぐっ! うわああああああああああああっ! ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!」

 突然、ジョンは苦悶(くもん)の表情を浮かべてベッドの上でのたうち回る。歯を噛み締めて、何かしらの痛みに耐えているような様子だ。しばらくするとジョンは悲鳴を上げなくなり、今は荒々しく肩で息をしている。

「まだ痛むのか……ジョン?」

 いつの間にそこにいたのか、ジョンの部屋の扉を背にしてエーデルが立っていた。

「エーデル、ノックしてから這入れ」

「あら。聞こえなかった? まあ、あれだけ(わめ)いていれば聞こえないわよね」

「……何か、俺に用でも?」

「もう昼が近い。昼食を済ませたらオルテンシアに行ってもらう。それだけだ」

 エーデルはそう言うと、ジョンの返事も聞かずに踵を返して部屋を出ていく。

 それを見て、ジョンは「了解」と扉に向けて言った。


  ■    ■


 オルテンシアは歩いて行ける距離ではない。

 そのため町の近くまで車で行くことになったのだが、基地の駐車場で信じられないものを見てしまう。

「あっ、ジョンだ。なーに辛気臭い顔してんのよ。ちゃんと寝た?」

 駐車場には、先にリオンがいた。白い長袖タートルネックに、黒のミニスカートとニーソックスという姿で、車の近くに立っている。

 クリノスで出会った時のリオンは地味な格好だったが、そっちの方が戦場には向いていた。今のこの姿は、とても戦場へ行く服装とは思えない。

 故に、ジョンは呆然としているのだ。

「リオン……お前その服どうした? 本気でピクニックへ行こうとしているのか!」

「えっ? これかなり動きやすいわよ。それに、これはエーデルさんが開発したものよ。だから全て防弾仕様。これもモニターとしての仕事ってわけ」

「エーデルの趣味か、ちくしょう。それにしても……いきなりガキのお守かよ」

「ガキって言わないでよ。あたしはこれでも十七歳なんだから」

「はあっ!? お前が俺の一つ下だと! サバ読んでんじゃねえだろうな?」

「失礼ね! 後ろから撃たれても知らないわよ」

「何だと? ああ、そうだ。お前はエーデルからどんな得物を渡されたんだ?」

 その質問に、リオンは車のトランクを開けることで応えた。

 そこには、車のトランクの幅全てを占めている頑強そうなケースが置いてあった。そのケースをリオンは開ける。

「ジョン、リオン、何をぐずぐずしてる! さっさと戦ってこい!」

 瞬間――後ろからエーデルの声が飛んできた。その声を聞いたリオンは体を強張らせて「は、はい!」と返事をし、すぐにトランクを閉める。

 ジョンが後ろを見ると、腕組みをしたエーデルが無表情な顔で二人を見ていた。

 暗に『命令されたことをきちんとやれ』と言われているように感じたジョンは「わかっているよ」と返事をする。

 二人が後部座席に座るのを確認してから、運転手がエンジンをかけて車を発進させた。

 大仰なゲートをくぐって荒野に出ると、数分はがたがたな道が続いた。これは、基地が主要道路から外れているためだ。ただ、車はSUVなのでそう苦にはならず、すぐに舗装がされている主要道路に着いたので、ジョンとリオンがストレスを感じることはない。

「……ジョンは」

 と、移動中で暇なのか、リオンがジョンに話しかけてきた。

「どうして戦っているの? クリノスでは賞金稼ぎとか言っていたけど……」

「けど、何だ?」

 ジョンはあまり話したくなさそうな雰囲気だが、暇潰しのためか無視はしない。

「あ、うん。何か、それだけじゃなさそうな感じなんだよね。神郷率いる組織はこの国で一番強い。それだけ治安組織から多額の懸賞金が出されるわけなんだけど、普通の賞金稼ぎなら神郷の組織は狙わない。個々の力が強過ぎるから、どれだけ懸賞金が出ようとも、リスクが高くて割に合わないんだ。だから、あんたには命を賭してでも狙う理由がある」

 ジョンは「そうだ」と素直に頷く。

「俺の目的は神郷壊人の抹殺。そのために今、戦っているんだ」

「あんた、もしかして神郷と何か因縁でも?」

「ああ。俺とあいつはかつて仲間だった。だが、俺はあいつから何もかも奪われた。だから復讐をすると決めたんだ」

「な、仲間……じゃあ、その両手は神郷に奪われたものなの?」

「そうだ。この両手もその一つだ」

「ねえ、ジョン。あれだけの力を持っているなら、直接、神郷がいる場所に行って殺せばいいんじゃない?」

「それができりゃあ苦労はしねえ。生憎、基地が把握している情報はクリノスとこれから行くオルテンシアだけだ。他の町や神郷が居を構えている都は、ただ存在しているという事実しかわかっていない」

「そんな……それじゃあどうやって復讐をしようっていうの?」

「だから、これから情報収集に行くんだよ。クリノスでの鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)との戦いは、ただの実験に過ぎない。今度は実験プラス情報収集だ。オルテンシアにいる四天王かその部下に他の町の情報を吐かせる。そして、皆殺しだ」

 なるほどね、とリオンは一度納得したように手を叩いて、すぐに首を傾げた。

「ちなみに、オルテンシアに来ると思われる四天王って、誰なのかわかるの? いや、何かクリノスであのブタが来ることを知っていたかのように聞こえたから」

「そうだ。四天王にはそれぞれ管轄(かんかつ)する町がある。だから、把握しているクリノスとオルテンシアの内、一番弱いブタを最初の標的にしたんだ」

 何度か頷くリオンに、ジョンは続けて言う。

「で、これから向かうオルテンシアに来る四天王は――名を銅象(キュイーヴルエレファン)という」


  ■    ■


 オルテンシアの一キロ手前で車は停止した。

 ジョンとリオンはトランクに積んである荷物を取り出す。ジョンの武器は携行できるものが多いので、トランクに積んであるのは二振りの刀だけだ。

「うわ~! かっこいい! ジョン、これって日本刀だよね?」

「ああ、そうだ。だが、普通の日本刀じゃあない。マッドサイエンティストのエーデルが作ったチタンと超硬合金の日本刀『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』だ。刃渡り一メートルの直刀で、俺しか振り回せない」

 ジョンは全長が一メートル以上ある二振りの日本刀を、腰のベルトに左右一本ずつ差して、柄を握って刀を抜く動作をしながら位置を調整した。

「リオンの得物は……って、こいつはバレット?」

 ジョンは、リオンがケースから取り出した細身の狙撃銃を見て、驚いた様子で訊く。

「ええ。バレットM95レディースカスタム、名前は『百花繚乱(ブルーメンブルート)』。装弾数四発、軽量化されてあたしでも楽に取り扱える――そうエーデルさんは言ってたわ」

「ふむ……確かに、これはいい銃だ。俺は使わんがね」

「ジョンは名前の通りマグナムしか使わないっていうの?」

「まあな。昔からそうだ。俺のポリシーであり、存在意義でもある」

「哲学的だね。でも、こだわりってかっこいいよ。あたしなんて()り好みできないから、あるやつを十全に使いこなすって感じなんだ」

「…………」

(本気で言っているのか? だとしたらその適応力は何気にすげえけど……)

 ジョンはリオンがさらっと言ったことを鵜呑(うの)みにはできなかった。

 それは戦場で、しかも複数の武器を使って戦う時を見なければわからないので、証明がしづらいからだ。一つ試金石になると言ったら――今から赴く戦いでリオンがどれほどの活躍を見せるかだ。

「ん? どうしたの、ジョン? 黙り込んじゃって」

「いや、何でもない。それよりも……俺は行くぜ。リオンはここで待っていろ」

「えええっ? どういうことよ。一緒に戦うんじゃないの?」

「心配すんな、お前は俺と一緒に戦うことになる。待っていればすぐにわかるさ。お前はそれまで車の上で日向ぼっこでもしてろ」

 ジョンの言葉に余計混乱したリオンは「はあ?」と言って首を傾げる。そんなリオンを尻目に、オルテンシアに向けて歩き出したジョン。

 ただ、リオンはジョンの背中を追いかけることも、声をかけることもしなかった。何か考えがあるのかもしれない、ジョンが何も考えていないわけがない、と、リオンは感じている。なので、その意図を理解するためにも、リオンは待つことにしたのだ。

 ――数分後。

 ジョンは何事もなくオルテンシアに辿り着く。

 第一印象は、まるでゴーストタウンだ、とジョンは思った。クリノスよりは大きい町なのに、外にいる町の人が誰もいないのだ。

 クリノスと同じく荒野に家を集めたような感じの町だが、どの家もぼろぼろで、どれも廃屋だと言われれば納得してしまうほど、町は荒廃していた。偶然誰もが家にこもっているだけかもしれない。しかし、ジョンはこの尋常じゃない雰囲気に、敵の罠かと警戒してしまう。

「……エーデルのやつ、情報合ってんだろうな? だ――――れもいねえぞ」

 まるで西部劇の時代にタイムスリップしてきたような感覚を味わうジョン。町の風景も西部劇のそれに酷似しているので、変な緊張感がある。

「おい、そこの黒い兄ちゃん」

 町を歩いていると、ちょうど十字路に差しかかったところで声をかけられる。

 左の道に人がいたらしく、そっちの方を見ると、赤銅色(しゃくどう)で統一された服装の男がジョンを睨んでいた。

「てめえ、徴税中は家の中にいろって規則を知らねえのか? 俺達への反逆は、そのまま神郷様への反逆と看做すぞ」

 息巻いているこの男は、神郷の組織の者と思われる。ジョンは男の赤銅色の服装から、銅象(キュイーヴルエレファン)の部下だと推測した。

「いやあ、すまん。俺は旅の者でな。たまたまこの町に着いたんだ」

「はあん、そっかそっか。じゃあ通行料をよこしな、黒い兄ちゃん」

「わかった、くれてやるぜ」

 ジョンはそう言うと、男との距離約三メートルを一瞬で詰めて、腰に差している左側の『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』で居合斬りを繰り出した。ジョンの刀は男の右脇腹から左肩を走り抜け、男の体を真っ二つにする。斬られた男は自分が置かれた状況を理解できないまま、二つに別れてその場に倒れた。

「ただし――地獄への片道切符だがな」

 試し斬りをしたジョンは、その手応えに満足していた。

(すげえ。ナイフでバターを切るように、何の抵抗もなく機鋼化(ハイブリッド)の装甲を斬れた)

 刀身を()めつ(すが)めつしてから、ジョンは血振りして刀を(さや)に納める。

「そこのお前、動くな! 何をしてい――」

 男が最後まで言うことはなかった。右側から他の男の声がした瞬間、ジョンは銃をコッキングした音を聞き、反射的に『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』で男を撃ち殺したのだ。

 見ると、倒れた男は心臓を貫かれており、手にはAKを持っていた。

(このコートがAKの連射に耐えられたかどうか……まあ、試す気はないが。ただ、これであいつらがこの町にいることは確かだな)

 ジョンが考えていると、町中が一気に騒がしくなった。

 それも当然だ――静寂の中、いきなりマグナム弾の爆音が鳴り響いたのだから。

 ただ、ジョンに焦りはない。こうなることは予想済みだし、どの道皆殺しにする予定なのだから、全員集まってくれれば助かるとさえ思っているのだ。

 そこでジョンは次なる行動に出た。それは、踵を返して来た道を戻る、だ。

 辺りの様子を見ながら小走りをする。と、後ろから怒号と足音が聞こえてきた。それは大地が震えるくらいで、振り向くと、屈強な男達が軽く三十人以上は見える。

「ふん……馬鹿どもが群れていやがる。それでもこの数……一人ではちと手が焼けるな」

 やがてジョンは、敵の部隊を引き連れて村の入り口まで来た。

「ようやく観念したか、この野郎。ちょこまかと逃げやがって。お前、ひょっとしてクリノスで鋼鉄部隊を全滅させたやつだろう。そうじゃなくても俺達は『疑わしきは殺せ』と命じられている! つまり即刻死刑だ!」

 隊長格の男がAKを構えると、同じく部下五、六人が先頭に出てAKを構えた。

 銃口が全てジョンに向けられる。しかし、ジョンはその様子を見ているだけでまだ動こうとしない。

「まあそれも……一人ではの話だがな」

 ジョンは右手を高々と上げて、一気に振り下ろした。

 その瞬間――隊長格の男の頭が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 数秒遅れて銃声が聞こえ、それが合図となった。

 ジョンは『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』をコートの内側から取り出して、銃を持っている者に次々とマグナム弾を撃ち込んでいく。隊長格の男が死んで動揺している部下が、落ち着きを取り戻してAKをジョンに向かって撃とうとした時には――既に謎の攻撃で頭を吹き飛ばされていた。そして、少し遅れて銃声が聞こえる。

 結局――銃を持っていた者は、一発も撃たずに全滅した。

 期待以上の結果に、ジョンは満足するように笑みを浮かべる。

(間違って俺が撃たれないか心配していたが……なかなかやるじゃねえか、リオン)

 ジョンは一キロ離れたところにいるリオンを、心の中で褒める。


 そのリオンは。

 一キロ離れたところで、車の上にうつ伏せになっていた。

 狙撃銃『百花繚乱(ブルーメンブルート)』のスコープを覗きながら、ジョンの後ろ姿を見ている。

(……こういうことだったんだ。でも、無茶苦茶よ、こんなの)

 ジョンは、リオンに具体的な指示を出していない。ただ、暗に狙撃をするように言ったことは、今の状況を見れば明らかだ。リオンは、ジョンの言ったことを理解して、自らの意思で狙撃を行った。

 一キロも離れていれば、敵からの反撃はない。おまけに、ジョンが狙いやすい位置まで敵をおびき出してくれたのだ――リオンがやることは、狙いを定めて引き金を引くだけになる。ただ、『百花繚乱(ブルーメンブルート)』の射程圏内と言っても、一キロの先の人間を正確に狙撃することは難しい。

 しかも、スコープを(のぞ)いて状況を判断し、打ち合わせもしていないのにジョンの合図で先制攻撃を行った。それも、始めに隊長格の男を狙撃して部下達を混乱させたのだから、リオンの戦闘センスはずば抜けていると言える。落ち着きを取り戻して反撃に移ろうとした者を狙撃したのも、ジョンの銃撃が間に合わなかったただの一人なのだ。

(だけど……これであたしも戦える。やつらを一方的にこの手で殺すことができるんだ)

 リオンは口元が緩むのを我慢することができなかった。

 そして、再びスコープを覗き、一キロ先の標的に向かって狙いを定める。


 ジョンは、リオンの二発の狙撃を見て安心していた。

 狙撃しないのならまだいい。一人でもこれくらいなら()れる。ただ、下手に手を出して自分が撃たれることだけは怖い。と、ジョンは思っていた。

 しかし、それは杞憂に終わったのだ。

 ジョンを動きやすくするために行う、サポートとしての狙撃。リオンは、ジョンが想定していた中で、最良の働きをしたと言っていい。

「これで、気兼ねなく実験ができる」

 銃を持っている者を始末すれば、後は剣とか斧などの武器を持った者だけになる。

 ジョンは『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を仕舞い、代わりに『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を両方抜いた。

「くそぉ! 怯むな! 束になってかかれ! 狙撃される前にこいつを殺すんだ!」

 誰かが言ったその一言で、一斉に屈強な男達がジョンに襲いかかってくる。

「――おおおっらあああああっ!!」

 ジョンは咆哮と共に、右手に持つ大太刀を真横に振る。すると、その大太刀の間合いにいた男三人の胴が真っ二つになり、上体は横回転しながら地面に落ちた。

 横薙ぎ一閃で、横一列に並んでいた三人が薙ぎ倒される――その事実は、接近戦でなら死ぬはずがないという敵の自信を打ち砕いた。

 機鋼化(ハイブリッド)を施した人間は金属を体に取り込み、ほぼ全身に装甲をまとってるのと変わらない。限度はあるが、それでも銃撃戦での生存率は倍増、近接戦闘では無類の強さを誇る。が、ジョンの『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』による斬撃は、それをいとも簡単に斬り裂いた。

 男達は、純粋な人間であった頃に感じた死の恐怖を、今再び感じることになったのだ。

「ひっ、ひぃいいいいっ!」

「どうした、機鋼化(ハイブリッド)ども! 俺を殺すんじゃなかったのか! ええっ!?」

 ジョンは自ら敵の中に突っ込んでいき、二振りの大太刀で斬りかかる。

 袈裟に斬り、逆袈裟に斬り、右に薙ぎ左に薙ぎ、首を()ね、頭から股まで斬り下ろし、股から頭まで斬り上げ――次々と疾風の如く敵を斬り捨てていく。

「この化物め! こいつを喰らえ!」

 最初に撃ち殺された者から取り上げたのか、男がジョンにAKを向けていた。

「はあっ!」

 しかし、ジョンはAKが発射される前に近くの男に大太刀を突き刺して、その男の体を盾にしてAKの銃弾を防いだ。そして、そのまま連射している男に向かっていき、盾にした男ごと貫いた。

 ジョンは串刺しにした二人から大太刀を引き抜き、

「うわっははははははははは! 次だ、次! もっと斬らせろ! もっと斬られろ!」

 全身に返り血を浴びながら笑っている。

「後ろががら空きだ! 死ね!」

 一人がジョンの背後を取って剣を振り下ろすが、ジョンは片方の大太刀を真上に掲げて防ぐ――と、もう片方の手があり得ない方向に曲がり、真後ろにいる敵を斬った。

「な、何で……」

 断末魔の声を上げながら倒れる男。すると、ジョンは両手を自在に回転させたり、後ろに手を曲げて構えたりして見せた。

「俺の義手はどんな複雑な駆動でもする。死角はない」

「ちくしょう、囲むんだ! 同時に攻撃しろ!」

 誰かの号令によってジョンは囲まれ、八方から同時に剣が振り下ろされる。が、ジョンはこれを真上に飛んで避けた。一瞬溜めを作ったかと思うと、五メートルほど跳躍したのだ――普通ではあり得ない垂直跳びに、敵は唖然としてジョンを見上げていた。

「そんな馬鹿な……こばちっ!」

 男は言っている途中で体を大太刀に貫かれる。それは、ジョンが空中で二振りの大太刀を投擲(とうてき)したからだ。その男の正面にいる男も同じく大太刀に貫かれていた。

 そして、ジョンは着地と同時に大太刀を引き抜き――右手で前方の三人、左手で後方の三人を大太刀の円運動で薙いだ。

 瞬く間に八方にいた八人が『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』の(さび)になった。

「……くっくっく」

 ジョンは辺りを見渡す。敵を見つけると、狙いを定めるように大太刀の片方を真っ直ぐ向け、再び突進して斬りかかりに行く。

 一騎当千の人間離れした戦いぶりに、敵の士気は下がる一方だ。その強さに圧倒されるのだが、敵は何より――恐れをなしている。

 笑いながら敵を斬り捨てているジョンの狂気に。

「お前らそれでも機鋼化(ハイブリッド)の兵士か! これじゃあただの燃えないゴミじゃねえか! いいだろう、ならばこの俺が解体してくれる! うわっはははははははははははははは!」

 ジョンの荒々しい暴風のような斬撃は、あっという間に、その場にいる赤銅色の兵隊を皆殺しにしてしまった。

 両手をだらりと伸ばして一息ついていると、ジョンは地面の揺れに気付く。短い揺れが断続的に起こり、徐々に揺れが大きくなっている。

「そこの小僧」

 地鳴りにも似た声が聞こえ、ジョンは声のした方を見た。そして、目を見開く。

「…………」

 そこには、上半身裸で、異常なまでに隆起した筋肉を曝している男がいた。三メートル以上はある巨体で、服の色から肌の色まで全てが赤銅色で統一されている。

 男が一歩踏み出すと、地面から振動が発生した。

 ジョンは、断続的な揺れの正体が、この男が歩くことで起きる揺れだと理解し、また、男の姿を見て納得する。

 背が低い方ではないジョンから見ても、その男は倍くらいの大きさなのだから。

「ともすれば見逃してしまうところだったぞ。何せ小さい。あまりにも矮小(わいしょう)過ぎる。その小ささ……原人か、それとも新人類なのか?」

 十メートル離れた位置から、男はジョンを見下ろしながら話しかけてくる。それに答えるジョンも、当然ながら男を見上げる必要がある。

「新人類はてめえだろう、このデカブツが」

「ふうむ。それに細い。小僧、そんな筋肉で大丈夫か? そんなのでは己を守ることができない。見よ、俺の筋肉を!」

 男は勝手にポーズを取り始め、ジョンに自慢の筋肉を見せびらかしている。

「笑わせる。所詮お前も機鋼化(ハイブリッド)だろう。その筋肉もいわば偽物。それにな……どんな筋肉だろうと、銃には敵わねえんだよ」

「それはどうかな。やってみなければわからんだろう。来い。三巨頭が一人、銅象(キュイーヴルエレファン)が――神郷様に仇なす貴様を(ほふ)ってやる」

「やはり、てめえが……だが、三巨頭? 四天王じゃねえのか?」

 ジョンの問いかけに、男は「ふはは!」と一笑した。

「その物言い……貴様、鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)とその部隊を全滅させた者だな? 自らを四天王と名乗っているのはあやつだけだからな。貴様がそう言っているということは、あやつと接触しているということ。そして、この惨状とクリノスの惨状を見ればわかるというものだ」

(隠す気なんて毛頭ないが……それでもこの男、脳まで筋肉ってことはないみたいだ)

 それでもジョンには動揺の色は見られない。まだこの程度にしか届いていないのか、と呆れているくらいだ。ただ、ジョンはそれについて突っ込むことを避ける。

「……だったらどうした?」

「あやつの首を取った程度で自惚(うぬぼ)れるな。誰もあやつのことなど認めてはいない。神郷様直属は三巨頭のみ。あやつと俺を同列に見れば……死ぬぞ」

「上等だ。だけど、それは生き延びてから言いやがれ、デカブツ」

 ジョンは『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を鞘に納めて、コートの内側から『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』を取り出した。目の前にいる三メートル以上の男に照準を合わせるが、それでも、男は自信に満ちた笑みを湛えたまま、ジョンを見下ろしている。

 一歩も動かない巨人男に対して、ジョンは鼻で笑うだけだった。

(てめえも、俺を甘く見ているんじゃねえかよ)

 ジョンは遠慮も容赦もなく巨人男の心臓に狙いを定めて、引き金を引いた。

 爆音と同時に銃口から火を噴き、マグナム弾が射出される。

 次に聞こえたのは――金属と金属がぶつかる鈍い音。

 ぐらりと後ろに体を仰け反らせた巨人男は、しかし、そこで踏み止まり、倒れることはなかった。

「……んん~、なかなかいいパンチを持っているじゃないか、小僧」

「なっ!?」

 巨人男は死ななかった。よく見るとひしゃげた銃弾が胸のあたりに付いているが、それでも、胸板を一ミリだって貫いていない。巨人男が胸を()でると、潰れた銃弾がぽろりと取れて地面に落ちた。まるで、体に付いたホコリを払うかのような所作である。

 ジョンは驚きを隠せないでいた。『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』が発射する.500 S&Wマグナムは、間違いなく拳銃の弾の中では世界一の威力がある。これまでに貫けなかった機鋼化(ハイブリッド)は一人もいなかったのだが――銅象(キュイーヴルエレファン)が、その初めてになる。

「じゃあ、今度は俺のパンチだ。虫けらのように潰れろ!」

 巨人男が地響きを起こしながら走り出し、十メートルの距離をすぐに縮める。その間、ジョンは手に持つ拳銃を連射し続けるが、高い金属音を出すだけで巨人男の進撃を止められなかった。

 一際大きく足を踏み込むと、巨人男が右腕を振りかぶって腰の辺りから拳を繰り出す。ボディーブローのようなパンチは、身長差があるため真っ直ぐにジョンの顔に向かっていく。が、顔どころかジョンの上半身が隠れるほど大きい拳に、ジョンは直撃を喰らう。

「ぐっ、あああっ」

 とっさに両手をクロスさせて防御したジョンだが、巨人男の拳はそのまま振り抜かれ、二十メートルくらい吹き飛ばされた。まるで解体工事の鉄球を喰らったかのような、それほど強烈なパンチだ。

 だが、ジョンは生きている。拳の衝撃は吹き飛ばされたことで和らぎ、ダメージは地面に激突した時の衝撃だけだ。その勢いで『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』が手から離れ、『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』も腰のベルトから抜け落ちたが、全く動けないということはない。

「んん~、よく耐えたな。だが、貴様の武器はもうない。次で幕だ」

 ジョンは手ぶらで何も持っていないが、それでも、その双眸(そうぼう)は巨人男をきつく睨んでいて、諦めてはいなかった。

「ああ、そうだ。次で……お前がくたばって幕だ」

 そう言って、ジョンは腰のベルトに手をやる。腰のベルトはホルスターと一体の、西部劇でよく見られるガンベルトになっていて、ジョンはそこに収められている一挺の拳銃を引き抜いた。

 形はリボルバー。だが、そう形容していいのか疑問に感じる。

 目を惹かざるを得ないくらい長大な銃身。弾薬を込めるシリンダーは、手の平に収まり切らないほど太くて長い。グリップは最初から人間が握らないことを前提に作られているかの如く大きい。

 禍々しくもあり、畏れを感じさせる――そんなリボルバーだった。

 デザインはコルト社のSAA(シングルアクションアーミー)に似ているが、ジョンが持っている銃はその倍以上大きい。

 ジョンは落ち着いた動きで、巨人男にリボルバーを向ける。

「何を出すかと思えば……さっきの銃より少し大きくなった程度じゃないか。俺からすれば、それもまた矮小なオモチャに見える。そんなもので、この俺の無敵の筋肉を貫くことなどできない!」

 巨人男は地響きを(とどろ)かせながら、ジョンに向けて突進してきた。

 ジョンはリボルバーの撃鉄を起こして、引き金に指をかける。二十メートルを駆け抜ける時間は、巨人男からすればあってないようなものだが、それでも、照準を合わせるには十分だった。

 ジョンが引き金を引いた瞬間――爆発が起きたかのような音が響く。火薬が爆ぜるのだから当然だが、それでも、普通の銃声とは言えない全く異質な音だ。発射の反動でリボルバーは跳ね上がり、持っていた右手が背中に回って銃口が真後ろを向く。


 放たれた銃弾は――巨人男を貫いた。


 巨人男の胸の中心に命中した銃弾は、止まることなく巨人男の心臓を装甲ごと貫通し、巨大な風穴を開けて、その向こう側にある町の塀も破壊したのだ。

 リボルバーの銃弾によって心臓を貫かれた巨人男は、風穴から血を流す。

「……ごぼはっ。な、何故だ。何故、俺の筋肉が、貫かれたんだ? マグナム弾だって、俺の筋肉を凹ませることなど、できなかったというのに、がはっ!」

 膝を落とした巨人男は、大量の血を吐きながら疑問を口にする。

 堅牢な装甲を絶対的な自信と共に撃ち砕かれ、驚きを隠せないでいるのだ。

 ただ、それは撃った本人であるジョンも同じで、目の前に広がる結果を見て驚く一方、安堵の気持ちもあった。

(これが駄目だったら、本当に俺が死んで幕だった。焦ったぜ)

 手に持つ巨大なリボルバーを眺めながら、ジョンは一息つく。そして、死にかけている巨人男に目を向ける。

「こいつは.577 T-REX SAAカスタム。名を『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』。.577 T-REXとは狩猟用に使われるライフルマグナム弾で、生きていればティラノサウルスだって一撃で殺せるという世界最強の弾薬だ。それを拳銃で撃てるようにしたのが、これだよ」

「そんな銃、人間が撃てるはずない……貴様、一体何者だ?」

「俺はただの賞金稼ぎだ。銅象(キュイーヴルエレファン)……皮肉にも、象撃ち銃でお前を殺すことになるとはな。象牙はないようだが、首はもらっていくぜ」

 苦悶に歪めた表情でジョンを見る巨人男だが、力尽きたのか、地面に倒れ伏せる。

「……その、マグナムへのこだわり。まさか貴様……サー・マグナム」

 その一言を最後に、巨人男は息を引き取った。

 ジョンはそれを確認してから、『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を腰のガンベルトに仕舞う。

 それから、ゆったりとした足取りで歩き出す。

 辺りを見渡して、地面に落ちている『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』と『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』を拾う。

 大太刀を片方だけ持って巨人男に近付くと、

「ふん!」

 気合いの声を上げ、ジョンはその首を刎ねた。

 指名手配されている者は生死不問。故に、首だけでも十分証拠になり、賞金はもらえるのだ。鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)の時は頭を吹き飛ばしたために証明が難しかったが、今回はそうならないだろう。

(まあ、武器の性能実験も色々やったし、四天王の首も取ったし……ん? 何か忘れているような気がするけど、何だ?)

 何かが足りない気がすると思っているジョンだが、後ろから聞こえてきた車のエンジン音でそれを思い出す。

「お~い、ジョン。大丈夫? 何か吹っ飛ばされてたけど」

 車から降りてきたリオンが、心配そうな顔でジョンに声をかけてきた。

「そうだ、リオン! てめえ二発撃ってからどうした? 全然撃って来なかったじゃねえかよ」

「あ、ああ~、はいはい。えっと、『百花繚乱(ブルーメンブルート)』ってボルトアクション式なんだよ。で、三発目を装填しようと思ったらジャムを起こして、ガチャガチャやったら壊れちゃった」

「馬鹿か」

「ええっ!? 酷くない? いきなり馬鹿って言って。それよりも、撃った二発を褒めてよね。あたし、がんばったんだから」

「あれ、俺の背中に当たりそうだったような……」

「嘘! あたしちゃんと見てたんだから! 適当なこと言わないでよ!」

 リオンは手を振りながらジョンに怒鳴る。ジョンは「はいはい、よくできました」と、それこそ適当に言って更にリオンを怒らせた。

 ジョンは銅象(キュイーヴルエレファン)の生首を見せることで、リオンを完全に黙らせる。が、それも一瞬のことで――今度は恐怖で泣き出してしまった。

「あ~、俺ってガキのお守に向いてねえわ」

 ジョンは対処し切れず、逃げるように車に乗り込んだ。


  ■    ■


「あたし、ジョンのこと嫌い。違った……大嫌い……いや、超嫌い」

 車中にて。

 後部座席に座っているリオンは、隣にいるジョンに向けて辛辣な言葉を放っていた。

「随分嫌われたものだ。だけどよ、あの生首には五百万グラスの価値があるんだぜ。そう邪険にするな」

「それとこれとは話が違うわよ! 女の子に生首見せるとか、考えられない!」

「戦場に男女も老若も関係ない。敵対するなら誰であろうと敵だ」

「……うう」

 人道的には間違っていても、これまでの経験でそれを嫌というほど思い知らされてきたリオンは、ジョンの言葉に反論できずに沈黙してしまう。

 結局――四天王の一人銅象(キュイーヴルエレファン)の首は、トランクにも入らず、空いてる助手席に乗せるわけにもいかず、運転手が布にくるんで車の屋根に固定した。

 現在、ジョン達はオルテンシアを離れ、帰路に就いている。

 リオンは沈黙したままジョンに話しかけておらず、ジョンも車窓から荒野を眺めているだけで、何もしゃべろうとしない。重苦しい雰囲気が車内に漂い出した時、突然携帯電話の着信音が鳴る。

「だあっ~! びっくりするな、この野郎」

 ジョンは本気で驚き、悪態をつきながらコートの内側――『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』があるのとは反対側――に入っている携帯電話を取り出した。

 エーデルの発明品であるそれを、ジョンは慌てながら操作する。

「もしもし」

『ジョン。貴様今オルテンシアからの帰りか?』

 電話口の相手はエーデルだ。というより、ジョンは携帯電話でエーデルとしか話したことがない。そもそも所有者が少ないからだ。

「ああ、そうだ。土産に銅象(キュイーヴルエレファン)の首を持っていくぜ」

『だったらちょうどいい。基地に帰らず、そのまま真っ直ぐ道を走ってクリノスに行ってちょうだい。クリノスには今保安官が向かっているはずだから、保安官に会って懸賞金をもらってきなさい。そこでついでに今持っている首も渡せばいいわ』

 エーデル・アイブリンガー擁する総合開発研究基地は、クリノスとオルテンシアの間のどこかにある。が、それは基地に所属する者以外には知られていない。故に、物資の調達や情報のやり取りは全てクリノスの町を経由しているのだ。

 その事情を知っているジョンは、

「わかった。向こうにも俺達が行くことは話してあるよな?」

 すんなりとその指令を了承する。

『もちろん。そういう手筈で約束をしてある。わかったらさっさと行け』

 エーデルはそう言うと、すぐに電話を切った。あまり長話をしないようだ。ジョンはそれに気を悪くすることなく、携帯電話を仕舞う。

「よし……運転手、クリノスに行ってくれ」

「わかりました」

 ジョンは車の運転手に行き先を指示し、運転手は前を見たままで答えた。そのやり取りを聞いたのか、リオンは「えっ?」と声を漏らす。

「何? 今からクリノスに行くの?」

「そうだ。そう言えば、クリノスはお前の生まれた町だったか?」

「うん。だけど、自警団が全員死んで、あたしだけ生き残って……町の人にどんな顔すればいいんだろう」

「知るかよ。ただまあ、生きてて喜ばれるか疎まれるかでそいつの人間性がわかるがな」

「じゃあ、とりあえず会ってみろってこと?」

「それを決めるのは俺じゃない。お前が、自分の意思で決めるんだ」

「…………」

 リオンはしばらくの間、何かを考えているかのように黙り込んだ。


  ■    ■


「あたし、町の人に会ってみるよ。会って話がしたい」

 リオンが答えを出した時には、クリノスが遠くに目視できる位置まで来ていた。

「……そうか。じゃあ行くか」

 ジョンは頷いて、近くに迫る町を見る。

 町のすぐ近くで車を降りると、ジョンとリオンは少しの距離を歩いて町に辿り着く。

 そこは、ジョンが先日訪れたクリノスとは違った様相を見せていた。

 外に人がちらほらといて、市場にはたくさんの人が集まっている。

 閑散としていた光景とは比べ物にならないほど、人で賑わっていて活気があった。

「何だ……ここ、クリノスなのか?」

 ジョンは一瞬、違う町に来たのかと思う。昨日の今日でここまで変わったのが信じられなかったのだ。

「そうよ」リオンは頷く。「あのブタがいた頃は、こんな活気なんてなかった。多分、あのブタが死んでみんな喜んでいるの」

「これが、本来のクリノスの姿ってわけか。なるほど、いい町だ」

「当然よ。あたしはここで生まれ、ここで育ったんだから」

 リオンは胸を張って言う。だが、ジョンは相槌を打たずに歩き出す。リオンも後に続いて歩くが、すぐに、

「ああっ! り、リオンちゃんじゃない! 生きてたの?」

 と、町の人に声をかけられた。そして、その一声がきっかけで、一斉にジョンとリオンの周りに人が集まった。

「もう死んじまったかと思ったぜ。よかった~。しかもかわいい服を着て帰ってくるなんてな」

「今までどこ行ってたの? 心配してたんだよ、リオンがいなくなって」

 リオンは次から次へと町の人に声をかけられる。

「メアリーおばさん、スミスおじさん、レベッカ……みんな、心配かけてごめん」

 リオンは一人一人に返事をして、今までの出来事を話している。

(町のみんなは、お前のことを大事にしているんだな。いい人達だ)

 ジョンは何となく居づらい雰囲気を感じた。

 自分だけ他所者なので、この温かい輪に入り込むのがためらわれる。入ってはいけない気がするのだ。

「それで……あのブタ共をやっつけてあたしを助けてくれたのが、ジョンなの」

「ん?」

 リオンに指さされたジョンは、一斉に注目を浴びる。

「すごいじゃない。リオンちゃんの恩人で、町の英雄様だよ」

「大した男だ。ずっとこの町にいてみんなを守って欲しいよ」

 リオンの一言でジョンにまで関心が高まり、町の人が次々と言い寄って来る。何の抵抗もなく受け入れたことに、ジョンは面食らう。

 人波にもまれ、町の人と話をしていると、

「すみません」

 と、人混みの外から声がかかった。ジョンがその方向を見ると――テンガロンハットを被っている男が手を振っている。

「おお、保安官ではないですか。どうしたんですか、こんなところで?」

 町の人もその存在に気付いたのか、声をかけた。そしてその人は、ジョンが探していた保安官だったのだ。大方、この騒ぎに駆けつけたのだろう。ジョンとしては手間が省けて助かる登場だった。

 ジョンは人垣をかきわけて、保安官に近付く。

「お前がジョンだな。エーデル博士から話は聞いている。ほら、賞金だ」

 そう言って、保安官は足元に置いてあった麻袋を持ち上げて、ジョンに渡した。がちゃりと金属音がして、ずっしりとした重みが腕にかかる。念のために紐を緩めて中身を確認すると、大量のグラス貨幣が詰まっていた。

「……確かに」

 それは、この町の人から税を(むさぼ)っていた鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)の懸賞金。

「お前には感謝している」

 保安官はジョンに言う。

「この町は、神郷の重税に苦しんでいた。まるで、税を払うために生きているかのようで……人々は生きる目的を失いかけていたんだ。自警団が勇気を持って戦っても、昨日のようなことになる。だが、そんな絶望的な状況を、お前が救ってくれた」

「俺は、ただ賞金首を殺しただけだ」

「悪党の駆逐こそ、今最も必要とされているんだ。お前はそれをやった。見てみろ、町の人の笑顔を。あれを最後に見たのは一年以上も前の話だ」

「……一年以上、前」

 ジョンは保安官の言葉に何か引っかかったのか、目を細めながらなぞるように言う。

「ああ。神郷に支配される前の方がずっと平和だったよ。神郷の前にこの国を守ってきた人は優しくて義侠心が強く、民のことを思う素晴らしいお方だった。だが……神郷がそのお方を殺して、武力による支配を始めたのだ」

「ねえねえ」

 ジョンと保安官に割って入るように、リオンが口を挟んだ。

「あたし、そういうのに興味ないからわかんないんだけど……王って言うのかな? 神郷の前にこの国を治めていた人って誰なの?」

「ああ、結構長い名前だったから、みんなこう呼んでいたよ……サー・マグナム、と」

「…………」

 その呼び方は、銅象(キュイーヴルエレファン)がジョンに向けて最後に言った呼び方でもある。リオンもまた、保安官が言った名前に憶えがあるのか、「えっ?」と首を傾げた。

「それって確か――」

「保安官。昔話はいい。少し離れた場所に停めてある車に、銅象(キュイーヴルエレファン)の首がある」

「驚いたな。昨日の今日で二人目とは……わかった。案内してくれ」

 ジョンはリオンが何かを言う前に話を切り上げ、保安官を車に案内するために歩き出した。リオンも駆け足でその後を追う。

 町を去る二人に、町の人達の声がたくさんかけられる。感謝や感激、期待や希望、様々な声が二人の背中を押す。

 ジョンは、こういうのも悪くないな、と思いながらクリノスを去った。


  ■    ■


「ジョン……随分と汚い格好だな」

 それは、基地に戻ってエーデルに言われた最初の言葉だ。

「まあな。何せ巨人と戯れていたんだからな」

 場所はエーデルの部屋。机に腰かけたエーデルの正面に、ジョンとリオンが横に並んで立っている。

「ふむ。私としては色々なデータが取れそうで内心楽しみにしているのだがな。しかし、楽しみは最後に取っておく。まずはリオンだ」

「えっ、あ、あたしですか? わかりました。報告します」

 リオンはいきなり指名されて慌てた様子を見せるが、一度深呼吸をしてから、(かしこ)まった風に言う。

「『百花繚乱(ブルーメンブルート)』ですが……狙撃に問題はありません。軽量なので取り回しも楽です。だ、だけど……ボルトアクションをしていたらジャムが発生して、無理に動かしたら壊れました」

 リオンの報告を聞いて「そう」と頷くエーデル。平然としているように見えるが、ジョンはエーデルが体を震わせていることに気付く。

「なあ、ジョン。子供を殺される親の気持ちとはこんなものなのだろうか?」

「はあ? 何を言って……え、エーデル?」

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 エーデルが見せた突然の大笑いに、ジョンとリオンはドン引きしていた。

「――馬鹿者! 何をやっている! 何故壊れたんだ!」

 一転して、机を拳で叩きながら怒鳴り声を上げた。

「えっ、あ、ああ、う……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 その鬼気迫るエーデルに、リオンは目に涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にする。そのリオンに気付いたのか、エーデルはいつもの無表情に戻った。

「何を謝っているの、リオン。私は『百花繚乱(ブルーメンブルート)』に怒ったの。私の作った物なのに壊れるなんてあってはならないことだから。誰もリオンを責めてはいないわ」

「あっ、そうなんですか」

「ええ。次はもっと扱いやすく完璧に仕上げるから」

「ありがとうございます」

 リオンはほっとした様子で胸を撫で下ろしている。よっぽどエーデルが怖かったのだろう。ただ、感情の起伏がこうも顕著に出れば、それも無理からぬことではあるが。

「あと……その服は着てみてどうだった?」

「これは、すごく動きやすいです。防弾仕様とは思えないくらい軽くて着心地もよくて、何も問題はありません」

「ふうん。わかった。じゃあリオンは食事にしていいわ。ジョンとの話は長くなりそうだから、先に食事を済ませて、今日のところは早く休みなさい」

「はあ……わかりました。それじゃあ失礼します」

 リオンはジョンとエーデルに笑顔を見せて、それから部屋を後にした。

「さて……次は貴様の番だ。その様からすると、実験ははかどったと見るべきか?」

「そう捉えても構わない」

「では最初に『双子の皇帝(ツヴィリングカイザー)』の実験結果を聞こう」

 エーデルに言われてジョンは、既に基地へと預けてある二振りの大太刀を思う。

「ああ。振り回してみて、重いと感じたことはなかったな。普通の日本刀を振り回すような感じで振れる。切れ味は抜群だ。豆腐を切るように機鋼化(ハイブリッド)の装甲を斬ることができた。三百六十度自在に曲がる義手との相性もいい。接近戦では敵無しってところだな」

「あっそ。後で刃こぼれや歪曲について色々調べてみるとして……問題点はないってことでいいな?」

「ああ。ノーダメージで二十人以上ぶった斬れば上々だろう」

「ふん、流石だな化物。だとしたら、ジョン。『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』は撃ったのか?」

「撃ったさ。銅象(キュイーヴルエレファン)の装甲は.500 S&Wマグナムでは歯が立たなかったからな」

「四天王クラスにそれが効かないのは想定内だ」

 ジョンはそこで、クリノスで射殺した鋼鉄の豚(アイゼンシュヴァイン)を思い出す。一応四天王の一人ではあるが、あの時はヘッドショットだったから倒せたのだろうと、深くは考えなかった。

「だけど、『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』は簡単にやつの分厚くて硬い装甲を貫いた。間違いなく世界最強の拳銃だ。しかし……反動も世界最強だがな」

 ジョンはガンベルトに差してある巨大なリボルバーを抜いて、その重厚な外観を眺めながら言う。その後は、トリガーに指をかけてくるくると回している。

「そうか。.577 T-REX、弾頭FMJ(フルメタルジャケット)。全長六百六十六ミリ、重量十三キロ。それでも反動はきついのか?」

「かなり酷いぜ。『煌々たる地獄(ヘレグランツ)』の反動をほぼ完璧に抑えられるこの義手の力をもってしても、銃口が半円を描いて背中を向いたんだ。俺じゃなかったら銃が後ろに吹っ飛んでいるか、肩が外れて腕が一回転するだろうな」

 銃を回すのをやめ、ジョンは腕を伸ばして構える。それから、撃った時の反動を再現するように腕を背中に持っていく。

 エーデルは「ほう」と漏らし、腕を組んだ。

「不満か? その割に貴様はさっきから嬉々として語っているように見えるが?」

「こんなにもぶっ飛んでてイカれた銃は初めてだからな。まるで、ロケットのエンジンを積んだ軽自動車だ」

「まったく……私が開発した物をイカれているとはよく言ったものだ」

「最高の褒め言葉だぜ。この銃なら神郷だろうと殺せる」

「貴様の復讐になど興味はない。実戦を積んでさえくれればいい」

 きっぱりと言うエーデルに、ジョンは「わかっている」と答えた。自分が作った物にしか関心を持たない性格は、ジョンも既知のことなのだろう。

「……そうだ、エーデル。今日の戦闘で銅象(キュイーヴルエレファン)の攻撃を両腕で受け止めたんだけど、壊れていないか?」

 ジョンはコートの袖をまくり、赤黒い義手をエーデルに見せる。

「んー、どれどれ」

 エーデルは腰かけていた机から立ち上がり、ジョンの義手に触れた。手を腕のラインに沿って動かしたり、ノックするように叩いたりして、隅々まで見ていく。

「いや……別に。どこも凹んでいないわ。どんな攻撃を喰らったか知らないけど、これは特殊合金で作られた義手よ。貴様が鉄球で潰されようとも、この義手は凹みすらしない」

「それを聞いて安心した」

「ふん。今日は面白い結果が多くて嬉しいぞ。私もこれから忙しくなる」

「それじゃあ、もういいか?」

 ジョンが親指で後ろを指しながら訊く。それに対してエーデルは「あと一つ」と人差し指を立てた。

「今日の実戦……リオンはどうだった? 使えそうか?」

 まるでこれまでの道具の感想を訊くように、リオンについて訊いてくるエーデル。

 ジョンは即「使える」と答えた。

「一キロ先からのヘッドショット、自己判断、行動力……どれも申し分ない。育てればすぐに脅威となり得る狙撃手になる。大事な人材だ」

「ならお前がリオンを育てるんだな」

「はあっ!? ずっとお守をしろって? ふざけるな!」

「話は以上だ。わかったらさっさと出ていけ」

 エーデルは、話は終わりだと言わんばかりに後ろを向いて、書類の整理に移った。

「…………」

 ジョンは手に持っている『六天を穿つ満月(ゼクスフォルモント)』を振り上げる。撃ってもいいが、十三キロもある鉄の塊なのだ――鈍器にもなり得る。しかし、それを振り下ろすことはなく、大人しくガンベルトに仕舞った。

 ジョンは踵を返すと、はあっと溜息をついてエーデルの部屋を後にする。

 これからも続く気苦労を思うと、ジョンは憂鬱(ゆううつ)な気分になるのであった。


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