人を攫う竜巻
ママが死んだ時、一日中雨降っていた。
「さぁ、お家に帰るよミナ」
喪服のおばあちゃんが声をかける。
何も言わないわたしの手を取って、おばあちゃんは歩きだした。
これからおばあちゃんと暮らすことになるのだ。おばあちゃんの家は遠いらしい。
どこかの町で、竜巻が発生したと人伝いに聞いた。
おばあちゃんは表情を固くして、早く帰らなくてはと呟いた。
目指す家はまだ遠い。
山の向こうに巨大な竜巻が渦巻いているのが見えた。禍々しいほどに大きい。
「おばあちゃん、あれ」
わたしが指差すとおばあちゃんは顔を顰めて、
「あまり見るもんじゃない。攫われてしまうよ」と言った。
「さらわれるの?」
「あぁ、あたしの若い時に近所の叔父さんが攫われたんだ」
そう言って、おばあちゃんは口を閉ざして、歩く速さを少し上げた。
いつまでたっても家はまだ遠く、わたしはひたすら歩き続けた。
ふくらはぎはパンパンで、足の裏は痛かったけれど、わたしは泣き言を言わなかった。
視線の端に竜巻がちらついていたから。
見るなと言われれば言われるほど、見てしまう。
気にするなと言われれば言われるほど、気になってしまう。
「あ、」
わたしは声をあげた。
おばあちゃん、竜巻がこっちにくる。
わたしの言葉に、おばあちゃんは舌うちをして、
「愚か者、竜巻に気を取られてしまったね」そう言うや否や、わたしの手を取り走りだした。
すぐに息がきれた。喉をひゅーひゅーと鳴らしながら、身体に酸素を取り込もうと必死であえぐ。
「とりあえず、あそこに避難するよ!」
おばあちゃんが叫んだ。目の前には煉瓦造りの建物があった。
駅だ。
「さあ、早く中に入りな!」
できるだけ奥の方へ! おばあちゃんはそう言ってわたしの身体を突き飛ばす。
その時、すさまじい轟音と振動がわたしたちを襲った。
ふりかえると、おばあちゃんが吹き飛ばされていくのが見えた。
「おばあちゃん!」
叫び声さえかき消して、竜巻は全てをなぎ倒していく。
遠くで悲鳴が聞こえる。
ある日に見た夢がモチーフです。
2016.6.16
ラストを修正しました。