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スイセイムシ  作者: 小角
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高1・春

 放課後、長文メールに嫌気の差す鉱山だった。送り主は当然、松林である。夜に送られていたようだが、自転車登校もあって朝に確認しそびれていた。校内では携帯使用禁止なので仕方ない。一応「許せ」と空に謝る。

 メールの内容は昨日鉱山が先に帰ったことへの怒りと、その後砂子先輩との進展についてだった。幸せに満ち溢れた文字がつらつらと記されていた。しかし鉱山の存在をまるでないかのように扱った件に関してはいっさい触れられていなかった。


「まぁ空気扱いについては水に流しておこう。にしても、もしかしてあの先輩のこと好きになったのか」


 とりあえず、よかったな、とだけ打って送信した。

 自転車にまたがり漕ぐ。

 校門を抜けようとしたとき、おかしなことが起こった。

 知らない男がこちらをきっと鋭い目で見てきたのだ。誰かに似ているような気がした。

 いくつか門が用意されており、どこから出入りしようが勝手だが、ここからやってくる生徒は一年生の駐輪場が近いため比較的自転車組が多い。電車組はこことは真反対の門に入る。バス組はまた別のところ……。そして徒歩組は、さまざまだ。

 誰か友人と帰るために待っているんだろうと、すぐに視線を逸らした。


「……君が鉱山早苗か」


 されどまた彼に目を向けた。自然、鉱山の足は漕ぐのをやめていた。その男には何かオーラがあった。


「はじめまして。僕は(とも)(はる)という。君は鉱山早苗で合ってるか?」

「そうですけど……」

「なら良かった。話がしたいという人がいてな。会ってもらえないかな」

「いいですけど」


 けど、できれば帰らせてほしいという言葉は一度も出せなかった。黙ってついていくしかない。

 やがてやってきたのは真反対の門、電車組の多いところにやってきた。


「筑紫さん?」

「やぁ、陽花」


 入部申請届の締め切りは残り一週間。こんなにも早く攻められるとは、予想していなかった。


「鉱山くん。お忙しいなら仕方ありませんけど、きちんと返事を聞いておきたいです」

「放送部の入部について、だよね?」

「そうです。入る、入らないにせよ、返事がいただけないのは困ります」


 しょんぼりとした筑紫に、鉱山はなだめるつもりで言う。


「別に筑紫さんが入ってるわけじゃないんだし、そんな困らなくてもいいんじゃ……」


 そう言われた彼女は丸めた背を伸ばし、鉱山の目を直視する。そしてきれいな顔にしわを作り、たった一言が校門周辺に響いた。


「困ります!」


 威厳のある発言に驚いた。どう言えばいいかわからず、黙って頭を垂れた。

 彼女は俯き、くぐもった声でぶつぶつと話す。頬には赤みが差している。


「ところで私、今朝話をしようと思って校門でずっと待っていたら全然来なくて、もうダメかと思いましたけど、よく考えたら鉱山くんは自転車通学だったんですね。……恥ずかしい」


 頬を赤らめていた理由が怒りじゃないとわかると、力む肩が緩んだ。


「仕方ないよ。入学してまだ間もないし。あと放送部の入部はまだ悩んでて返事を先延ばしにしようとしてたんだ。ごめん」

「そうでしたか。ならよかったです」

「どうして?」

「嫌われてるのかと思ってたんです。階段で会ったときもなんだかすごくまずそうな顔をしてましたから」


 筑紫の微笑が鉱山を責めたてる。正直に〝放送部に入る気はない〟と言わなかったお前がこの笑顔を見るに値するのか、と。


「……あの日はちょっと急いでてね」


 あながち嘘ではないぎりぎりの返答をする。それでも鉱山の内心では焦燥と罪悪感がわだかまっている。

 先ほどからずっと黙っていた男がようやく口を開いた。


「それでね。本当に話があるのは、実は僕のほうなんだ。でも君が陽花の知り合いだって聞いて、だから陽花に面会できるように頼んだのさ」


 鋭い目をしていた理由がわかったところで、この男にはオーラ、冷たい空気が流れているみたいだった。筑紫が太陽であるなら、この男は湿気た地面の土だ。

(逆だからこそ仲良くなれるとかいうやつか)

 自己完結した上で話に応える。


「筑紫さんの知り合い?」

「鉱山くん。筑紫と呼ぶとややこしいので、できれば下の名前で呼んでください。こちらは私の兄、筑紫知治です」

「男が女子を下の名前で呼べるのは大学からだよ、陽花。それも限定されてるけどね。というか僕が先輩と呼んでもらえばいい話じゃないか」

「それは盲点でした」


 淡々と話す二人に呆然とする鉱山に、知治は気遣う様子もなく校舎へ引きずり戻す。筑紫は付き添うかと言ったが、知治は「すぐに終わるよ」と言ってそのまま鉱山の肩を掴んで行く。

 家に帰る生徒がすでにいなくなったところ、グラウンドでは部活に励む姿が見受けられた。そのグラウンドの隣にあるゴミ収集する場所近くで知治は足を止めた。建物で影ができ、少し涼しい。


「放送部入る気はないんだろう?」


 単刀直入だった。


「まぁ、向上的ではないですかね」

「でもなぁ。できれば入ってもらいたいんだよ」


 入ると言わないと帰さないよ、という圧を感じた鉱山は建物に壁をそっと預けた。ひんやりとした冷たさに体の懲りが癒える。

 知治の思いがどこからきているのかわからないから、断るのが難しいのである。


「実のところ君じゃなくてもいい。正直放送部は重いもの運ぶことが多いし、君みたいな細い体じゃないやつに誘ったほうがいいと思ってる」


 散々な言われようだ。


「けど陽花が君を誘ったらしいじゃないか。君が断れば少なからず陽花は悲しむ。だから入ってほしい」

「たんなるブラコンだったか……」


 この兄妹は相思相愛なのかと若干のめまいを覚えると、彼は断固否定した。


「僕は陽花のことを好きだと思っていない」

「それってつまり嫌いだとも思ってないってやつですか」


 首を振って知治は再度否定した。鉱山がしばらく彼の目をじっと見たが、目を逸らす、あるいはきつく睨まれることもされないので、本当に妹である筑紫を好意には思っていない気がした。


「じゃあなんで彼女の悲しむ姿をみたくないんです?」

「道徳心だ」


 変わった人間だと思った。妹を思う気持ちと道徳心のいったい何が違うというのか。しかし知治にはそういう線引きがあるらしい。


「何言われようが、俺は入りませんよ。忙しそうですし」

「忙しくないよ。少なからず僕が部長の間はね」


 どうだか、と手をひらひらさせれば、知治は鉱山に詳細を話した。


「確かに大会の間は忙しいかもしれないけど、必死にやろうと思わなければ練習もさほど参加しなくていい。昼の校内放送は基本二人以上で構成するし、やりたくなければ相手に押しつければいい」

「そこまで入らせたいのは道徳心が強いからですか。それとも人数が足りないんですか」


 知治は気難しそうな顔をするだけで、答えなかった。

 彼の提案することは、本来部活に入る意義から逸脱している。

 部活は自分自身のさらなる磨きをかけることや、部員と協力してコミュニケーション能力、社会適応能力を備えるなどといったものが目標になるだろう。

 しかし彼の提案を飲んだら、そういうものを身につけるのはまず無理だ。鉱山はそういう真面目なことを少し考え、それから思考を捻る。

(でも入っとけば内申点はあがるし、真面目に取り組まなければいいというのも一理ある。だいたい学校の方針を心から守ってる生徒なんているかって話だ)

 こうして鉱山はとりあえず数か月、放送部に入部してみることにしたのだった。ようやく帰れると校門に行ったとき筑紫に会った。放送部に入る旨を伝えると、どうしてか少し悲しそうな表情を浮かべた。

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