タイドプール
その日、海はキラキラしていた。
多くの家族づれで賑わっていた。
女性と子供が手を繋いでいる。
そのシルエットは、眩しかった。
僕は2人を写真に収めた。
「美鈴。」
声が聞こえる。
今、写真に収めた女性がその声の方向に振り向く。
みすず?
ずっと探しもとめていた名前だ。
僕は息をのんだ。
彼女だ。
彼女も僕に気がついたようだ。
「こ、こんにちは。」
ぎこちない挨拶。
「こんにちは。」
「結婚してたんだ?」
結婚していたとは、思ってもいなかった。
「えっ。この子。兄貴の子。」
「美鈴、知り合いか。」
「うん。」
「そうか。陸人、こっちにこい。」
「義姉さん、風邪で。陸人、すっごく楽しみにしてたから。義姉さんの代わりに。だって、このタイドプール(潮だまり)を薦めたの、私だし。」
彼女がはにかむ。
「そうなんだ。」
「ようやく会えた。」
「うん。」
「ずっと探していた。」
「うん。」
「2年間、ずっと探していた。」
「うん。」
「去年の5月、何度もここに来たんだ。」
何度もこの海にやってきたのに、会えなかった。
あの小説で、季節を特定しているのは、この場所だけだ。
それも、海を歩ける時間は限られている。
5月が過ぎて。
他の場所にも行ってみた。
でも会うことはできなかった。
他の場所は、季節も時間も特定していない。
場所すら特定していない「葉山の海と小径」のような場所もある。
季節も時間も特定できない中、会うことのできる確率なんて、砂浜に落としたコンタクトレンズを見つけるよりも低そうだ。
3度もあった偶然。
4度目の偶然はないのか。
期待していないうちは会うことができて。
追いかけ始めると会うことができない。
「ごめんなさい。去年の5月は、ずっと入院していたの。来たかったんだけど。」
そうか、どうりで去年の5月は、会えなかったわけだ。
彼女の携帯がなる。
「うん。うん。わかった。」
「兄貴からだった。陸人、調子悪そうだから、先に帰るって。私の荷物、階段のところにまとめておいておくからだって。」
「陸人君、大丈夫なの?」
「たぶん、陸人は元気だと思う。陸人が調子悪いっていうのは、兄貴のうそ。うそっていうか、兄貴のやさしさ。」
2人は陸にあがり、ビーチサンダルのまま、歩き始めた。
大崎公園に向かっていた。
「富士山みえるかなあ。」
「どうかな。」
タイドプールは、太陽の光でキラキラとしていた。
「この道、この場所知ってる?」を「タイドプール」に改題。




