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 小箱の中身は薔薇を模した髪飾りだった。


 淡い紫の水晶を削って作られたその薔薇は、非常に優美で繊細で、貰ってしまった事を後悔する品物だった。

 高価な品という点を除いたとしても、心がこもった物だと感じられるからだ。

 薔薇は私が好きな品種の形をしていたし、色は私の瞳と同じ菫色。……偶然じゃない、はず。


「これを髪に飾るのって……意味はあれよね」


 これだけ心のこもった品、しかも装身具。これを身に付けるのは、お礼とは別の意味を持つ。つまり、あなたの心を受け取りました、的な……


「あああーっ、もう!」


 部屋に誰もいないことをいいことに、私はぶんぶんと頭をふった。はずい、恥ずかしい!


「やることが気障ったらしい! 甘い! 砂糖山盛りの紅茶よりも甘い!!」


 恥ずかしさのあまりユーリ様に責任転嫁して散々に詰ってしまう。今、部屋の外にこの声が漏れてしまっていたら、すわ乱心か!? と疑われるレベルである。……ああ、もう。


「もう一度って……なんで私に言うのよ……」


 私は王女だ。前世の記憶は持っているけど、王族の一人として生まれて、そう育てられてきた。個としてではなく公としての私を求められたら、頷くしかない。それだけの生活をさせてもらってきたのだから。


 だから、以前の婚約も受け入れた。貴族相手ならともかく、他国との政略結婚だもの。悩む余地など無い、仕方ないんだと割り切った。

 今だって、変わらない。

 私は、アランが認めた相手に嫁ぐ。

 ……果たしてアランが認める相手がいるのか、とかそもそも本当に結婚を許してくれるのか、など。ハードルは格段に上がっている気はするけど、根本的には変わっていないはずだ。

 そこに私の意志は必要ない。

 なのに、なんで。

 ――まるで、私の意志が重要であるかのように、こんな事をするのだろう。

 私は小箱に入ったままの薔薇の髪飾りを見つめた。


 菫色の薔薇は何も答えてはくれない。




 ユーリ様が滞在して五日が過ぎた。

 その間、ほぼ毎日ユーリ様とお会いした。約束していなくても挨拶だけでもと来る辺り、少し前までのアランのようだ。

 アラン。今日、私はアランに会うために彼の執務室を訪れていた。




「……姉様」

「久し振りね、アラン」


 いつぞやの会話を逆にしたみたいだ。もっとも、私の言葉はちっとも意味不明じゃない。

 久し振り、といえるくらいに、アランは私に会いに来なかったのだ。

 アランは無言で周囲の者を下がらせ、私達は二人きりになった。


「……はい、久し振りです」


 アランの表情がゆっくりと綻ぶ。子供のような笑みが少し痩せた頬に浮かんだ。

 それを見て、私は内心ほっとした。


「良かった」

「え?」

「私が何かをして、それで怒ってるんじゃないかと思っていたの。だから、そうじゃないみたいで、良かった」


 もちろん、私に怒ってというのは軽い冗談だ。本当は、もっとなにか、会いに来る時間も取れないくらい大変な事があったんじゃないかと心配していた。

 アランは何も言わず、ひたすら耐える子供だったから、余計に。

 でも笑えるならまだ大丈夫、かな。


「……姉様」


 アランは藍色の瞳をまばたかせ、何かを堪えるような顔をした。でも、またすぐにいつもの笑顔に戻り、私の冗談に乗ってくれる。


「僕は大丈夫ですよ。姉様に怒るなんてとんでもない。何をされても姉様なら許します。たとえ殺されようとも逆に喜びますよ」

「え。ええー、いや、それはちょっと……」

「――姉様こそ」


 例えが怖い! 本気っぽいのが更に怖い! 

 ひきつりながら怖い冗談を流そうとしたところを、アランの静かな声音が止める。


「姉様こそ、僕に怒っているんじゃないですか」

「え、なんで」

「姉様に何も言わずにあの男を好きにさせていますから」

「あの男って……ユーリ様のこと?」

「……ええ」

「怒ってなんかいないわよ。むしろけっこう楽しく過ごしてるわ」

「……楽しく?」

「え、ええ」


 アランはゆっくりと椅子から立ち上がり、私を見た。


「――姉様」


 声が、低い。

 瞳が、虚ろだ。

 やばいやばい、なんかいきなりヤンデレ入ってるよ!? 怒っていないことを強調しようとしたのがいけなかったの!?


「ど、どうしたの、アラン」


 刺激しないように優しく話しかけながら、一歩後退る。だけど、アランが一歩踏み出すと距離は縮まる。

 壁際まで追い詰められて、距離はたったの三歩ぶんしかなくなり。

 さらに一歩、踏みこまれた。


「姉様」

「な、なあに?」

「……忌々しい約束を、させられたんですよ。あの男に」

「……約束? それで会いにこれないの?」

「いえ、それとは違いますが。あの男のせいで忙しいのは事実で……苛々します。納得はしてますけど、苛々する。僕は会いたいけど会えないのに、あいつは姉様と楽しく過ごしているなんて。……あの男ごと全部、滅ぼしてやりたくなる」


 いやいやいや、何を言いだしてるのこの子!


「だ、駄目よ! 短絡思考は駄目! 落ち着いて、ね?」

「……姉様」

「な、なあに……っ」


 アランの両手がゆっくりと上がり、私の喉にかかる。ひく、と喉を鳴らせて見上げると、アランは微笑んでいた。

 瞳はどこまでも暗いのに、微笑みはとても優しい。


「姉様は僕のものですよね? どこにも行かない。そう約束しましたよね。ずっと傍にいてくれる。――そう、ですよね?」


 喉にかかったままの両手に、僅かに力が入ったのがわかった。ひんやりとした指の冷たさに、一層鼓動が速くなる。

 私は一度唾を飲み込むと、あえて明るく言った。


「そうよ。ゆびきりしたでしょ? 私はアランのお姉さんだもの。傍にいて、助けてあげるわよ」

「……そう、ですよね」


 アランはひとつ瞬くとにこり、と笑った。

 無意識だったのか、両手も外れた。


「……えーと。でも、結婚はしたいわ」

「わかってますよ。姉様の好みに合う相手を選んでいますから、待っていて下さいね」

「嫁き遅れにはさせないでよね」

「たとえそうなっても大丈夫ですよ。僕がいますから」


 さっきまでの雰囲気を誤魔化すように軽口をたたいて、ようやく肩の力が抜けた。

 アランも今は落ち着いている、ように見える。……たぶん。


「……それとも」

「え?」


 落ち着かない心臓を抑えながら不安定な弟を心配していると、ふいにアランが呟いた。


「あの男がいいですか?」


 何故か心臓がどきりと跳ねた。


「……そんなこと、ないわ」

「そう、ですか」


 脳裏をよぎった菫色の薔薇の事は頭の端に追いやってそう答えると、アランは横を向いて何かを考えるように瞳を細めた。


 私は、どこか後ろめたい気持ちを抱えたまま、その端整な横顔を眺めることしか出来ずにいた。

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