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 今日も平和だわー。


 うららかな午後、私は美味しい紅茶を楽しみながらしみじみと穏やかな日々を噛み締めていた。

 私の名前はリーズシェラン。とある王国の王女で、前世の記憶があるだけの、ごく平凡な女である。

 つい先日までは王位纂奪の余波で騒がしかったこの国も、ようやく落ち着きつつある。悩みといえば私自身の嫁ぎ先と、新王である弟、アランの正妃を探すくらいだ。

 ……まあ、それが難しいんだけどねー。


 二杯目の紅茶をおかわりしたところで侍女の一人がそっと話し掛けてきた。


「陛下がお見えになられました」


 ……またか。

 王族の教育を受けた私だけど、げっそりとした雰囲気を出すくらいは許して欲しい。

 新しい王である弟のアランは、シスコンだ。頭が良くて格好いいけどシスコンだ。基本的には穏やかで有能な王様だけどシスコンだ。

 それさえなければ、というくらいのシスコンで、ちょっとヤンデレなのである。

 ……本当に、どうやって正妃を見つけさせたらいいのかしら。



「姉様、お久し振りです」

「久し振りって……昨日も会ったわよ?」


 秀麗な美貌に笑みを浮かべて現れた弟は、開口一番に意味不明な事を言った。

 昨日どころか、一昨日もその前も更にその前も会ってる。毎日会いに来られてる。むしろ来ない日の方が珍しい。


「昨日の夜は一緒に食事をとれませんでしたし、今朝もご機嫌伺いに来れませんでした。ね? 久し振りでしょう?」


 ……それはごく普通の事であって決して“久し振り”ではない。

 でも、それを言って聞く弟なら苦労はしていない。


「……ええ、そうね。アランにとってはそうなのね」

「はい。僕にとってはそうなんです」


 にこにこと微笑み合う。

 ああ、本当になんとかして正妃を探さなきゃ。見つけても逃げられそうな気もするけど。

 椅子に座り幸せそうに紅茶を啜るアランの姿に、私はこっそりと溜め息を噛み殺す。


 そんな、ちょっとした問題はあるけど平穏な日々が壊されたのは、それから暫く経ってからだった。




「――え。ユーリ様が?」


 耳にした情報が信じられなくて私は声をあげた。

 隣国アッシュベルの第二皇子にして私の元婚約者であるユーリ様。彼が、もう一度私との婚約を望んで書簡を送ってきたのだという。

 ええ?

 はっきり言って、意味がわからない。

 婚約を破棄したのはこちらが先だ。政変のゴタゴタに紛れての事だからあまり問題になっていないが、本来なら大事だ。

 一方的に破棄されて、向こうとしては顔に泥を塗られたも同然だろう。なのに、なんでまた。


 でも、驚くのはこれからだった。


「――えっ? この城にいらっしゃるの? ユーリ様が?」


 いくら皇太子じゃないからといっても、第二皇子が、政変が起こったばかりのこの国に?


「しかもアランが断らなかった?」


 あの、アランが?

 私が他国に嫁ぐ事になった事を王位を纂奪してまで嫌がったあの弟が、嫁ぎ先だったユーリ様が来るのを、認めた?

 そんな、ありえない。


「いったい、何がどうなっているの……」


 人間、許容範囲を大きく越える問題にぶち当たると頭が真っ白になってしまうらしい。


「 ……今日もいい天気ねー」


 情報を持ってきてくれた侍女や護衛騎士を放置して、私は思わず空を見上げ現実逃避してしまった。そんなことをしても何も変わらないのはわかっているけど、束の間の平穏を求めて。



 隣国からの使者としてユーリ皇子がやってきたのは、その数日後だった。

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