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控室にあやめ、大介と同じタイミングでエリスが飛び込む。
2人が江坂に行っていた間、ひばりプロの関係者に話を聞いていたのだった。
部屋に入ると、里菜が一点を凝視していた。
そこには段ボール。
大介が先に中身を確認するため、近づく。
「あやめ、エリス。
どうやら読みは、悪い意味で正解だったよ」
そう言われ、あやめが側へ。
エリスは里菜の介抱をしていた。
段ボールの中身は、一本の線香がささった香炉と鈴、そしてトラックのミニカー。
それぞれ個別に真空パックに入れられていた。
ミニカーは幼稚園児などが遊ぶ、プルバック式の中型サイズで、バンパーの辺りに血痕が。
「やっぱり」
大介は箱の表面を見る。
そこに貼られた宅配表の送り主欄には、山田一郎の名前。
間違いなく偽名だ。
送り主の住所は
「熱海市?」
その地名が出たとたん、里菜の顔色が一瞬変わった。
「どうしたの?」
「いえ、何も」
エリスの質問に平然と答える。
「時間指定されているな。
3時から4時。
犯人は、彼女がここに来る事を知っている人物なのか?」
「彼女がひばりプロに所属している事は、ウィキペディアにも載っている周知の事実。
ここの住所も、ネットで検索すれば出てくる。
つまり、誰でもここに送れる訳よ。
別に、彼女を知る人物でなくても―――」
「だとすれば、どうして東京の本部に送らなかった?
アニメの仕事となれば、東京が中心になる。
しかも、時間指定。
彼女の動向なんて、そう簡単に流れる情報じゃないぞ。
最も、SNSを利用していれば話は別だが、それでも、ここまで正確にピンポイントをついてきたとなると・・・」
「犯人は、用意周到ね」
里菜は言う。
「私は、SNSなんて利用してないわ。
1日の行動は、その日の終わりにブログで更新するから、翌日の詳しい予定も、リアルタイムで何しているかも、私と周りの関係者以外知らないわ」
「なるほど。
・・・これは、何かしら?」
段ボール箱の底に敷かれた、白い布。
あやめがそれを持ち、広げる。
「白装束?
・・・結びが、左前!」
「まさか!」
「デス・クロス・・・死装束」
それを聞いて、里菜が悲鳴をあげ、両手で耳を塞いだ。
「私は、私は・・・」
「里菜さん!
どうしたんです?」
我に返ったのか、平然として
「いえ、何でもないわ。
ごめんなさい。
・・・それより、これって、私が狙われていると?」
「ええ。
これでお分かりになったでしょう?
明後日のイベントは、中止した方がいいです。
こちらからも、JR東日本をはじめとする関係各所に―――」
里菜は、手元の机を両手の平で思い切り叩き、あやめの言葉を遮った。
「はあ?中止?
いちいち、こんなことで仕事を取りやめられたら、それこそ迷惑だし、犯人への敗北宣言よ。
こんなの、狂ったファンの仕業に違いない。
イベントは予定通り行わせていただくわ。
なので、あなた達とはここまで。
これから、東京へ向かいます」
里菜の態度が一変した。
清楚とは程遠い。
「さっきも、亜門捜査官が言った通り、あなただけでなく、周りも―――」
「それを阻止するのが、警察のお仕事でしょ?
それとも、私が死なないと捜査ができませんか?」
あやめに、返す言葉がなかった。
「もし、イベントを中止したら、JRとひばりプロから、警察へ抗議の旨を伝えますので、そのつもりで」
里菜はそう言い捨てると、荷物を持って、部屋を出ていった。
沈黙する3人。
エリスが、あやめに言う。
「どうするのよ?
彼女まで殺されたら」
「分かっているわよ。
でも、ああ言われたら、中止するものも・・・」
すると大介。
「いや。
彼女は、ああ言っていたけど、JRに直接訴えるなら?
東京~伊豆急下田沿線、ないしは利用客を危険にさらすような真似はできないはず」
「確かに・・・。
早くパパに報告して、警視庁へ応援要請を出さないと!
だけど、里菜さんがあんな人だったなんて」
「あやめ、声優は“声の俳優”。
テレビタレントみたいに、ドラマの人物の性格=その人の人格じゃないって訳さ。
画面の中の役と、現実を混合しちゃ駄目。
そういうことなのかもしれない」
「あーあ。
あの姿をファンが見たら、絶望するだろうなぁ~」
あやめは首を左右に振りながら、ケータイを出し、隼にダイアルする。
すると、エリスがダイスケの傍へ。
「ところで、気にならない?
あの装束が出た時の、彼女の様子」
「ああ。
すごい怖がりようだった。
平然を装っていたが、手が震えていた。
何かを恐れているのか、それとも・・・」
「アタミって地名が出た時も、顔色を変えていたわ」
「熱海?」
「それと、もう1つ。
あの箱から、微弱だけど妖気を感じるの」
「何だって!?」
「もしかしたら、この一連の殺人は、妖怪が加担している可能性が高いわ」
「しかし、何故伊豆に関係がある人間ばかり。
それも、関係者は同じ高校」
「そのレジャー施設建設に反対するラッシュの犯行かも。
ハイスクールは、単なる偶然から」
「それだと、事実上最初の犠牲者が当てはまらない。
彼は、踊子高校の出身だが、レジャー施設とは何ら関係がない。
それに、さっきの犯行声明とも見られる段ボール。
何故、まどろっこしい行動を取ったのか?」
「謎が、謎を呼ぶわね」
「まだ何かあるはずだ。
俺たちも知らない、何かが。
とにかく、まずは篠乃木里菜殺害を、何としても阻止する方が先決だ」
「ファンが可哀想ね。
もしかしたら、“ブラッディ・トレイン”に乗る羽目になるかもしれないっていうのに・・・」
あやめの報告が終わった。
彼女も、箱から出ていた妖気に気付いていたようだ。
トクハンは、彼女の報告を通じ、大阪府警と警視庁に、捜査協力を要請した。
箱の中身は、大介の母 沙奈江が勤める科捜研へ回され、捜査のために両警察捜査一課が動いた。
だが、問題が1つ起きた。
JR東日本が、イベント中止にNOを突き付けたのだ。
鉄道会社への明確な脅迫が今のところ届いていないというのが理由だそうだが・・・。
確かに、イベント列車への攻撃を示唆するモノは、あの段ボールからは出てきていない。
まさか、里菜が圧力をかけたのか?
警察が恐れているのは、大介が話した最悪のシナリオが、そのまま実行されること。
兎に角、トクハンと列車が通過する沿線の各県警が協力し、起こりうるであろうイベント列車への攻撃に対処するしか方法はなかった。
連絡を受け、真っ先に動いたのは警視庁。
ラッピングを施したスーパービュー踊り子を収容している大宮総合車両センターに捜査員を派遣した。
かつて「大宮工場」と呼ばれた、明治時代からある巨大な車両工場だ。
これに対し、JRは抗議を行わなかった。
やはり、心の隅では、万が一・・・と思っているのだろう。
合わせて、爆弾処理班も出動した。
2時間の捜索の結果、不審物は発見されなかった。
品川にある本社にも、警官が派遣され、内部で最終打ち合わせが行われた。
後で知ることになるのだが、この時点で警察以外に篠乃木里菜への脅迫とイベント襲撃の可能性を知る人物は、里菜本人とJR東日本社員の一部のみだった。