表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/72

69

 

 PM8:38

 静岡県警本部 第4取調室


 服を着替えた大介が、高垣の運転するスパシオで乗り付けた。

 あの後、あやめはエリスが搬送された静岡総合病院に送られた。エリスは切り付けられた傷が、妖怪が持つ治癒力で塞がっていたが、出血がひどかった。すぐに東京の日本赤十字社医療センターから妖怪用輸血、別名イリジネア・ポーションが送られ回復した。全治1日。

 一方であやめは両手の重大出血の上、肋骨3本と右腕にひびが入っていた。最も、よくそんな状態で戦っていたと、本人が一番驚いていたのだが。こちらも治癒力が功を奏したのか、並の人間なら全治半年と言ったところだが、彼女の場合全治4日。

 「何をすれば、そんな頑丈な体になるんだ?」

 「うーん。毎朝飲んでた静岡茶のお蔭かな?」

 「良く言うぜ。伊豆長岡じゃあ牛乳飲んでいたくせに」

 「へへっ。後、頼むわね」

 とまあ、病室での会話の後、大介は病院を去り、今に至る。

 取調室から隼が出てきた。

 「親父」

 「取り調べは終わった。後はご自由に。

  ああ、宮地がいるから大丈夫だと思うけど、暴力はやめろよ」

 大介は取調室に入った。顔にガーゼを貼った倉田が笑みを浮かべて迎えた。

 「どうでした、2人の様子は」

 大介は無言で椅子に腰かける。

 「思ったんだけどさ。あのあやめって刑事?巫女?

  まあ、どうでもいいんだけどさ、頭狂ってるんじゃない?」

 傾聴を続ける。

 「俺の急所を蹴ってきたんだぜ。信じられるか?男の大事な部分をよぉ。

  いくら下田の料亭で服を剥いだからって、こんな仕打ちあるかよ」

 「・・・」

 「それに、エリスさ。黙って俺に抱かれてりゃあ、こんな痛い目を見ずに済んだのに」

 大介は横目で宮地を見た、震える手が沈黙を代弁する。

 「そう言えばさ、篠乃木里菜はどうなった?」

 ようやく大介は口を開いた。

 「ついさっき意識を取り戻したよ。回復次第、3年前のことについて話をするそうだ」

 「ふーん。あっそう・・・あのラセツとかいう奴は?」

 「死んだよ。お前のせいで」

 「身寄りないでしょ?見た目で分かるからさ」

 そんな訳ない。三保半島近くの病院、その霊安室で泣き崩れるイズミの姿は、見るに堪えられない。

 「まあ、捕まるのは仕方無いけど、会社が優秀な弁護士を立ててくれるでしょう」

 そう笑う倉田に、大介は体を乗り出して言った。

 「言いたいことは、それだけか?」

 「え?」

 「今日は、お前に最後の伝言を伝えに来た。

  もうお前に手を差し伸べる者はいない、社員も、肉親も、神すらもな」

 すると、倉田は大笑いし机を叩いた。

 「こいつは傑作だ。中二病の刑事とは・・・片腹痛いぜ」

 「これが冗談に見えるか?」

 どすの利いた声が、彼を正気にさせた。

 「ラセツの持っていた刀はな、最凶の妖刀だ。斬られた者は、その一族まで跡形も無く滅びる。

  彼が死ぬ間際、アンタに傷を負わせただろ?」

 倉田は腕の傷を見て狼狽した。

 「そ、そんな作り話、俺は信じないぞ!」

 「そうか。でも、もう効力が出始めているんだけどな」

 「何だと!?」

 「ついさっき、三津沖に建設中のリゾート施設が大規模な爆発を起こした。沿岸警備隊すら手の付けられない状況で、このままだと後3時間で人工島は水没するらしい」

 彼はスマホを出すと、ニュースアプリを見せた。

 速報、伊豆のリゾート建設現場が爆発。沈没か。

 これが見出しだった。

 「そんな・・・俺の島が・・・」

 「こんなのは手始めだ。お前の会社も、お前の父親、兄、親戚!全員仲良くあの世行きだ。

  無論、お前もな」

 倉田は体を震わせ怯え始めた。

 「いやだ、死にたくない。死にたくない!

  なあ、助けてくれよ!俺は死にたくない!」

 「ようやく答えが出たじゃないか。

  どうして、人を殺してはいけないか・・・そう言うことだ、そう言う事なんだよ!!」

 大介は叫んだ。

 「人は、死に直面すると生への執着が大きくなる。何故か分かるか?単純だよ、もっと生きていたいからだ。人間には生きる権利がある。定められた法律なんかじゃなく、本能としての権利だ。こいつは、どんな法律よりも重大だ。一度侵されれば両親、恋人に友達、恩師。数えきれない悲しみを生み出す。永遠ともいえる悲しみをな。その権利を侵すことは、絶対にしてはいけないんだよ。だから、人は殺しちゃいけないんだ!!

  お前より年下の俺・・・俺だけじゃない、エリスもあやめも分かるのに、アンタは何も分からなかった」

 「分かっていれば、小林君を殺すどころか、こんな事件は起きなかったでしょね」と宮地

 「嫌だよぉ。死にたくないよぉ!その呪いを解いてくれよ!」

 「解けたら、あの刀は妖刀じゃなくなっちまう。

  刀の最後の犠牲者だ。恐らく裁判は不可能だろうな・・・大丈夫だ。懺悔の時間は残ってる。

  その時が来るまで考えることだ。“死者の沈黙”ってやつをな」

 そう言い残して、大介と宮地は部屋を出た。すぐに倉田は泣き出した。子供の様に声を上げ「死にたくない」と連呼しながら。

 「終わったわね。何もかも」

 「いや、まだ渡部―リュウスケが残ってる。

  奴と、謎の組織“ミスカトニック大学”の正体を突き止めなければ、この事件は本当の意味で解決しない。恐らく、これが始まりなんだ。長い長い闘いの」

 大介は歩き去ろうとした時だった、宮地は止めた。

 「待って。エリスもあやめも、倉田に対して感情を露わにしたのに、どうして君は、今までアクションを起こさなかったの?」

 大介は言った。

 「精一杯だったからです。自分を抑えるのに。

  このメンバーの中で、一番倉田を殺したかったのは、この俺ですから」

 「!!」

 「重なるんですよ、倉田の姿が。初恋の女を殺した、あの野郎と」

 再び大介は歩き始めた。その背中を宮地は無言で見送った。

 「強いわね。大介君」



 その後、警戒態勢に引っ掛かることなく、渡部琉輔は逃亡した。あの呪われた魔導書と共に。

 トクハンはISP経由でバチカンに報告。彼はLash-2247として登録された。

 そしてせーフェル・イツェーラーとルルイエ異本の手配は解除され、代わりに魔導書がLash-D9999に指定された。Dコード、つまり“危惧すべき災厄”と位置づけられたのである。

 ラセツの夜刀は、トクハン本部で保管されることに。


 倉田逮捕とペインシープロジェクトの失敗で、湯煙国際観光は経営破たん。伊豆で多くの失業者が出るのではと危惧された不安は、伊豆観光に手を出す各大手企業の傘下に、解体された各部署が吸収される形で生き残った。その企業には彩京物産の名前も。だが、伊豆観光への打撃や、沈没したリゾート施設の事後処理など、課題は山積みである。

 彼に買収された議員は逮捕され、その後辞職。条例も廃止されたのだが、不幸にも議員は1週間後、拘置所で首吊り自殺を図った。


 イズミは情状酌量され書類送検。レイとケイゴも同じく。

 釈放されたイズミはラセツの葬式を行った。荼毘に付された彼は、下田郊外にある小林リョウの墓に一緒に埋葬されることとなったのだ。


 篠乃木里菜は、倉田のしてきたことを洗いざらい話した。声優を引退しようと考えていたが、堀井に叱咤激励され留まることに。その後、凍結されたアニメ「ペイン・シー」が、湯煙国際観光に関するシーンをカットしたうえで放送されることが決定。それに合わせて、里菜は他の声優やアニメクリエイターたちと、いじめ啓発キャンペーンを行うことを発表するのだった。


 で、肝心の倉田はどうなったのか?あの事件の翌日未明、父親が施設から脱走、徘徊中にタクシーに撥ねられて亡くなった。皮肉にもタクシーは、元湯煙国際交通所属の車両だった。海外出張中の兄は、父の死から半日後、帰国のために乗った飛行機がトランジット先の上海国際空港で着陸失敗。乗員乗客が全員死んでもおかしくない程の大事故だったが、亡くなったのは倉田の兄、ただ一人だった。

 今までの悪行で死刑が確定とされた本人は、外へ出ることも面会も一切断った。事件から3日後の実況見分のために連れ出そうとした時は、大いに騒ぎ喚いた。

 「外に出れば、死んじまう」と言って。

 彼の言うことは当たった。

 三保半島での実況見分後、清水港付近を走行中だった護送車に、工事現場のクレーンが風に煽られて倒れたのだ。周りには多くの人や車がいたのに、クレーンは確実に倉田だけを直撃。即死だった。

 イリジネア最凶の妖刀は、最後の仕事でも伝説を残してしまったのだ。


 事件の翌日、エリスは退院。その足でローマへと帰って行った。

 そして事件から4日後、あやめも無事退院。大介と共に、ある場所へ向かった・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ