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PM3:02
大阪府吹田市豊津町 江坂
「雲雀塾」ビル
市営地下鉄御堂筋線と北大阪急行の乗り入れ接続駅である江坂駅。
この江坂という場所は、地下鉄江坂駅周辺を指すことが多い。
周辺には繁華街やオフィスビルが並ぶ。
駅から歩いてすぐの場所にある7階建てのビルに「雲雀塾」が入っている。
2階と3階が事務所、それより上が教室となっている。
ここで声優の卵たちが、日々そのノウハウを学んでいるのだ。
事務所で聞くと、篠乃木里菜は5階にいるという。
向かうと、控室で書類に目を通す彼女がいた。
「篠乃木里菜さんですね?」
ロングヘアーの清純派という表現が合う彼女は顔をあげる。
「そうですけど・・・。
あなたたち塾生さん?」
「いえ・・・警察です。
私は姉ケ崎、彼は亜門捜査官です」
あやめは警察手帳を見せて言う。
「あらあら、こんなに若い刑事さんが?」
「いるんですよ、実はね」
「そんな刑事さんが何の用かしら?
塾の見学じゃないですよね?」
「無論、仕事ですよ。
ここ数日、県立踊子高校の卒業生、ないしは伊豆に建設が予定されているレジャー施設関係者が相次いで襲われているんです。
現場には仏具と、3年前のバス転落事故で死んだ、これまた卒業生の血が付いたトラックのミニカーが放置されていたんです。
里菜さんも、伊豆の出身で、3年前に踊子高校を卒業なさっていますよね?
その卒業を契機に、仮契約だったひばりプロダクションと正式に契約を結び、直後、メインヒロインを演じた深夜アニメ「浪人生でも恋がしたい」が大ヒット」
「ええ。
広島で功君が殺された事件は、ケータイのニュースで知りました。
昨日も、梅田で彩京物産の社員が殺されたことは知っています。
沼津支社長息子の代わりに犠牲になったとか。
確かに、功君も支社長子息の椋太郎君も、高校3年間は面識がありました。
ですが、その間に恨まれるようなことがあったとか、そういうこともありませんでしたし、バスで死んだ生徒とは面識がありません」
「ちなみに、昨日の会社員が殺されたとされる時間、つまり死亡推定時刻の午後9時前後、あなたはどこにいましたか?」
あやめが聞くと、里菜は少し声を荒げた。
「私を疑っているの?
何も知らないって、言ったじゃない!」
「いえ、関係者に聞く、形式的なものです。
事件関係者全員に聞いていますから」
すると、彼女は意外な場所を告げた。
「品川の、JR東日本本社よ」
「JR?」
「明後日、私の出演するアニメ「ペイン・シー」のラッピング列車の出発式と列車内のトークイベントがあるの。
その打ち合わせを、JRの担当者と、声優さんたちでやっていたの。
それが終わったのが、夜の9時。
これから、その最終打ち合わせで、東京に行くのよ」
すると大介が言う。
「ああ、JRのリゾート特急 スーパービュー踊り子と、伊豆急行の特急 アルファリゾート21を使ったラッピング車両。
終着の伊豆急下田駅では、その2列車と共に、レジャー施設開発元の湯煙国際観光のラッピングバスもお目見えするって、アレですよね?」
「その通りよ」
あやめが小声で聞いてくる。
「どうして、そんなに知っているのよ」
「釘宮に聞いたんだ。
あいつ、このアニメに結構期待しているみたいで」
さっきの資料は、そのイベント関係だったのだろう。
里菜が席を立った。
「そろそろいいかしら?
新幹線の時間もあるし、乗る前に事務所に寄りたいのよ」
「では、移動しながら」
そうあやめに言われた里菜の表情は、不機嫌そうである。
誰だってこういう状況を、心地いいなんて思わない。
控室を出て、廊下を歩く。
「我々は、現段階では、あなたも犯人の標的となっているとの見方を強めています」
「まさか。
何もやっていないのに?」
「相手はそう思ってはいないかもしれません。
まして、明後日のイベントが狙われでもすれば・・・」
「だから、無関係って言ってるじゃない!」
無関係を強く主張する彼女に、大介は言った。
「既に2人の人間が殺されているんですよ!
それも、会社社長子息に有名国立大学生と、エリート卒業生ばかり。
その線から見れば、アニメ業界の第一線で活躍している、あなたが狙われる危険性は十分にある。
もし、あなたが狙われれば?
それも、イベントの途中に?
相手は何者か、次に何を仕掛けてくるのか、まだ見えていません。
この後すぐにナイフを持って襲ってくるのか、それともイベント当日、あなたの乗った電車を脱線転覆させるのか、それさえもです。
でも、これだけは断言できます。
後者が現実になれば、大勢の無関係な人間が犠牲になることは避けられません。
無論、あなたのファン、このアニメを待ちに待っている人々も、そこには含まれる。
そうなれば、もう無関係では貫き通せませんよ!」
それでも、声を荒げる。
「じゃあ、どうしろって言うの?」
「本当に、心当たりは無いんですか。
何でもいい、思い出してください。
高校、声優関係、地元レジャー施設・・・」
「分からないわよ!
そんな大昔の事なんて。
もういいかしら?」
「わかりました。
ですが、事務所まではご一緒させていただきます。
万が一ということがありますから」
里菜は反応せずに、外へ出た。
タクシーに乗り込むと、事務所へ。
2人の車も、その後を追う。
移動する間に、大介は本部と連絡を取る。
里菜のアリバイ確認のためである。
事務所に到着すると、2人は受付で待たされた。
里菜は、そこで宅配荷物を受け取ると、奥へと消えていった。
そこで、あやめが口を開く。
「ねえ、一連の事件の犯人が篠乃木里菜を狙っているとして、明後日のイベント列車で襲ってくると思う?」
「可能性としてはある。
電車なんて、走る密室だ。
逃げも隠れも出来ない。
前回の難波事件を見てもそうだ。
そんな絶好の機会を、犯人が逃すと思うかい?」
「そりゃあ、まあ。
でも、さっきの脱線転覆は少しオーバーじゃない?」
「考えてみろ。
イベント列車に使われる特急は、東京駅と、静岡県の伊豆急下田駅を結んでいる。
その間の停車駅は、全部で11ないし7。
団体の臨時列車なら、その停車駅は通常運転より制限されるし、停車したとしても、ドアを開くことはない。
つまり列車内で、ナイフなりロープなりで直接彼女を殺したら、途中下車して逃亡できないんだ。
じゃあ、出発前の駅で殺したら?
人が多いし、目撃されれば、そこまで。
そんなリスクを冒すとは、考えられない。
だとすれば、彼女を列車もろども葬り去れば、直接手を下すこともなく、どこへでも逃げられる。
線路に障害物を置く、もっとぶっちゃけて言えば、列車を爆破したっていいんだ。
その方が楽だ。
車両基地に進入して、爆弾を仕掛ければ」
「そう言われると恐ろしいわね」
「俺だって、考えて話す自分が怖いよ。
こう話す以前に、彼女への攻撃が空振りであればいいんだけど・・・」
その時だった!
フロアに響く悲鳴。
里菜の声だ。
まさか!
あやめと大介は、すぐに控室へ向かった。




