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「くっ・・・ううっ・・・」
笑みを浮かべる倉田の腕の中、エリスは苦悶の表情を浮かべながら足元に血だまりを作る。
「倉田ぁ!」
怒りの銃口を向けるあやめ。
「動くなよ。動いたらこの女を殺すからな」
「私の仲間を傷つけて、ただで済むと思ってんじゃないわよ!!」
「それは、目の前の状況を言ってからにしてくれ。俺はここでさよなら、だ」
「逃げられやしないわ!」
「そいつはどうかな?」
その時、プロペラ機の音が聞こえてくる。
「いつの間に!」
「まだ捕まっていなかった兵隊に指示をして、小型機を用意させたのさ」
「無駄よ・・・着陸できる場所が・・・どこに」
エリスが苦しみながら反論する。
「教えてあげるよ、獣人さん。この駿河大学教育センター裏手、つまり三保半島の先端には小さな飛行場があるんだ。だから、飛行機は着陸できるって訳」
「逃げられても、警察が空港を封鎖したら、それまでよ!」
「この日本には腐るほど飛行場がある。閉鎖された空港や農業空港もな。
そんなことも知らないのか?バーカ!」
より一層、銃を握る手に力が入る。
「今すぐに、エリスを放せ!」
「大事な人質を手放せって?」
「彼女を殺したら、私、ただじゃおかないわよ!
警察官辞めてでも、アンタを嬲り殺してやる!」
「アヤ・・・」
鋭い目で倉田を睨む。
「エリスから離れなさい!」
すると、彼は言った。
「ねえ、どうして殺しちゃあ、いけないの?」
あやめは呆気にとられた。
その質問をする彼は、まるで無垢な子供の様。
瞬間、倉田はナイフをあやめに向けて投げると、エリスを引きずって茂みの中に消えた。
避けたナイフは、背後にいたゴーレムの頭部に。
「エリス!」
だが、同時に大介の事も気になった。
岡田のゾンビに負けている。傍にはゴーレムが集まってきた。
このままじゃあ、確実にやられる。
死を覚悟した大介。最後の力を振り絞り、彼の手から凱旋門を取り上げると、集まってきたゴーレムを叩き割る。だが、敏捷な岡田には敵わない。
ザシュ。
鈍い音が響いたと思いきや、岡田の体が縦に真っ二つ。血の噴水を上げた。
そこに血を浴びたラセツ。夜刀を一振りし血を拭うと、彼は言った。
「案ずるな。刀の能力は、屍には通用せん。親も一族は無事だ」
「ラセツ・・・」
「友を武器とするなど、最早、血の通う生き物の所業ではない。
行きなさい。ここは犬馬1人で十分だ」
見回すと、既に渡部はいない。ゴーレムも残りわずか。
2人に選択の余地は無かった。
「お願いします。気をつけて」
エリスの血痕を追って、茂みの中へ。
走りながら、あやめは隼に連絡する。
「倉田がエリスを人質に逃げているわ」
―――何だって!?彼女は?
「瀕死の重傷よ。今、三保半島に小型機が着陸しようとしているけど―――」
―――ああ、こっちからも見えている。どうやら、静岡空港でレッドスパルタの残党がハイジャックしたらしい。乗っているのは全員、彼の兵隊だ。
「大至急、こっちに部隊を送って!」
―――大丈夫。今そっちに、陸自と県警のヘリが着く頃だ。
同じタイミングで、複数のプロペラ音が。小型機のモノではない。
飛行場に着陸した小型機、それをサーチライトで照らす陸上自衛隊と静岡県警のUH-1Jヘリコプター。
そこへ、半島内で待機していたパトカーが駆け付ける。
その様子を見た倉田は、引き返して三保の松原へ。だが、エリスが転倒、動かなくなる。
「おい・・・死んじまったか」
倉田は血まみれの彼女を置いて、一目散に逃げる。
そこに追いついた2人。すぐに大介がエリスを抱きかかえた。
「エリス!エリス!答えてくれ!」
叫ぶ彼に、エリスは弱弱しく答えた。
「ダイスケ・・・よかった、まだ天国じゃないのね」
目頭に溜まっていた涙をぬぐい、彼は言う。
「縁起でもない事、言うなよ」
エリスの無事を確認すると、あやめは銃を構えた。
「大介、エリスを病院へ。傷口はほぼ止まっていると思うけど、出血がひどいわ」
「あやめは?」
「倉田をひっ捕らえる!」
その眼は血走っている。
大介は叫ぶ。
「殺すなよ!奴を殺せば、お前もアイツと同類だ」
あやめは無言で松林の中へと消える。
三保の松原は、国の名勝にも指定されている静岡県の有名な観光スポットの1つだ。浜に天女が舞い降り、地元の青年が羽衣を持ち去った「羽衣伝説」の舞台ともなっており、その場所は羽衣の松として保存されている。この伊豆事件の翌年、三保の松原は富士山と共にユネスコの世界文化遺産に登録された。
陽が沈み、潮風の冷たさに一層の深みが増す。
海岸を歩いている中、そこに静岡県警機動隊の特別遊撃車と小型護送車が乗り入れてきた。
中から警官と宮地が出てくる。
「倉田は?」
「見失いました。渡部は・・・」
「今、静岡県全域に特別警戒態勢を敷いたわ。報道管制も解除。倉田は終わったも同然ね」
「そうですか・・・捜索、お願いします」
宮地と機動隊員は、2手に別れて松林の中へと消えていった。
あやめは遊撃車にもたれかかり、ワルサーP99の弾倉を抜いた。
「後3発・・・か」
弾倉を中に戻そうとした時だった、不意に肩を掴まれた。
「え?」
車両の影に倉田がいた。
銃を取り上げると、右手の拳をあやめの顔面に。
1発、2発、3発、4発。止まらない。
その時、倉田を後ろから掴む人物。
「ラセツ?」
彼に殴られた倉田は、向かいに停車した護送車に叩きつけられる。
口についた血を拭うと、ラセツに殴りかかろうとするが、彼は夜刀を抜いて威嚇。
「もう止めろ」
「るせえ!クソジジイ!」
倉田はナイフを取り出す。
ポケットにもう1本、小型ナイフを仕込んでいたのだ。
それを見ると、ラセツはあやめを見た。
「これで、彼を破滅させられる」
「まさか・・・やめて!」
夜刀が空気を切り裂く。
沈黙の後、倉田の右腕に切り傷が。
それを見て、ラセツは刀を下ろす。だが
「ってーだろーがよぉお!オラあ!」
ヒステリックな声を上げ倉田は、ナイフをラセツの腹に突き立てた。
その攻撃は倒れても尚止まない。
ナイフが突き立てられる度、血が噴き出し体が揺れる。穏やかな目をしながら彼は絶命した。
そんな様子を、あやめは見ているしかなかった。
「やっと死んだか」
あやめの中で、何かが壊れ始めようとしていた。
刹那、血まみれの倉田を掴むとその場に押し倒し、顔面をぶん殴った。
彼にとっては易しい力加減。
馬乗りになったあやめを投げ飛ばし、遊撃車に当たった彼女を無理矢理起き上がらせると、顔面を掴み後頭部を車体にぶつけた。
頭から出血する彼女。額を血が伝う。倉田は攻撃の手を緩めない。
顔を覆う手を噛んだ。怯んだところで右ストレート、左アッパー、急所蹴りを間髪入れず披露すると、背負い投げ一本。倉田の体は海へと着水。
あやめは投げ飛ばされた銃を拾い、海へと入る。だが、倉田は不意に襲いかかった。銃を握る手を掴まれ、振りほどけずに再び銃を落とす。
巫女の腹に一発入れると、今度は倉田があやめに覆いかぶさり、その細い首を両手で絞め上げ始めた。




