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「ワタナベ、あなた・・・」
エリスの前で不気味な笑みを浮かべる渡部。
「そうだよ。ゴーレムを操って土橋たちを殺したのは、この俺だ」
「岡田は?」
「彼ならもう死んでるよ。そこで」
エリスと大介は、2人の脇を通り、次の世界建築ゾーンに向かう。大雨が降りだした。
世界中の建物が再現された一角だが、そこに建つエッフェル塔に、人間が腹から串刺しにされていた。
顔面の皮膚は剥がされ、真っ赤な血と筋肉が露わになっている。その体を雨が舐める。
体は泥とあざで一杯。ゴーレムにリンチされたんだろう。
「すごいだろ?
大変だったんだぜ、顔の皮膚を剥がすのって。アンコウを裁くのより難しい」
エリスは口を手で押さえ、言葉を失った。
「何て、むごいことを・・・」
「そうだね。ごめんね、嫌な思いをさせて」
そう言うと、エッフェル塔に近づき力任せに倒すと、岡田の死体を引き抜いた。
肉と金属がこすれる鈍い音、血が渡部のズボンを汚す。
「こんな泥人形は、こうだ!」
ハンマー投げの要領で振り回された死体は、アルプス山脈を飛ぶ旅客機の模型に激突し、向こうへと消えた。
その光景に、エリスは思わずうずくまり吐く。
「可愛いよ。エリス」
雨の中、怒りに燃える大介は、彼女の頭をなで、笑みを浮かべながら倉田の元へ戻る渡部に叫んだ。
「どうしてだ?同じ学び舎を出た彼等を、どうして簡単に殺せる?」
すると倉田が前へ出て言った。
「俺のためさ。全てな」
「何だと?」
「全ては“ペインシープロジェクト”を成功させるが故の、小さな犠牲だ。考えてもみろ、俺が小林にしてきたことが、あるきっかけで外部に知られてしまったら、それこそ俺は破滅する。まあ、どこかの阿呆が余計なことをしてくれたもんだから、逃避行をする羽目になったんだが」
「じゃあ認めるんだな?駿河新聞のスクープ記事を!」
「どこの誰がやったか知らないけど、余計なことを・・・まあ、いい。予定通り、あの県議は殺すつもりだったし」
「何っ!」
「今頃県庁は、大変な騒ぎだろうよ」
同時刻 静岡県庁
駿府公園内にある静岡県庁。正面玄関にサイレンを鳴らしたスパシオが水しぶきを上げ急停車した。
県議の記者会見は、大幅に遅れて、先程スタートしたそう。
だが、玄関では騒動が。悲鳴をあげながら、人々が出てくる。
「どうした?」
宮地が、中から出てきた記者に尋ねた。
「鉈を持った奴が、県議に切りかかったんだ。警備員3人が負傷している」
「県議は?」
「まだ、会見場じゃないか?」
それを聞き、宮地はショットガンを手に車を降り、会場へと向かった。
エントランスでは血まみれの警備員が倒れている。
階段を上り、2階の会議室へ。
「助けてくれー!!」
部屋から左腕を押え、足をひきずりながら出てきた男。
咄嗟にショットガンを構えたが、すぐに降ろした。
「日下県議ですね?」
「そうだ・・・鉈を持った男が、突然・・・」
「他の人は?」
「既に逃げた。
なあ、助けてくれ。倉田の事なら、何でも話す」
宮地は部屋から、何者かの気配を感じる。
「買収されて、県議会で条例を改正させた話は本当だったのね。見返りは、幾らくらい?」
「俺は脅されたんだ、ちょっとした出来心をカメラに撮られて」
「出来心?・・・売春ね。
お役人によくあるパターンなのよ。そんな感じじゃあ、相手は未成年ね」
「それで仕方なく・・・なあ、助けてくれ!!」
「身から出た錆。同情の余地はないわ。でも」
銃口を上に向け、フォアエンドを引く。
「その話、県警本部でちゃんとしてくれるわね?」
「ああ、するさ。約束する」
「最後に。襲ってきた奴に、顔はあった?」
「そう言えば・・・無かったような」
その時、扉の向こうから人影が現れた。手には鉈。
「OK!」
鉈を持った人影は、やはりゴーレム。
宮地は照準を頭に合わせ、引き金を引くと、すぐにフォアエンドを引き、もう一発。
文字が削れ、頭が吹き飛んだゴーレムは泥となって倒れる。
彼女は大きく息を吐き、銃を下ろすと、駆け付けた警官に県議を引き渡す。
その足でスパシオに戻ると、ワイパーを作動させながらスピンターンを決め、清水方面へと走る。その後ろを、サイレンを鳴らして機動隊の特別遊撃車、小型護送車が随行。
大介のケータイが鳴る。
「もしもし・・・そうですか」
彼は倉田を見る。
「県議の暗殺は阻止させてもらった。彼は辞職を発表して今、県警本部の取り調べ室だ」
倉田はそれを聞き、歯ぎしりする。
「まだだ。まだ終わってない!」
「いいや、終わったんだ。君も、君の会社も、ペインシープロジェクトも。
潔く白旗を振りなさい。そうすれば楽になる」
「いやだ!」
倉田は子供の様に駄々をこねる。
「渡部!やれ!」
「倉田・・・お前は勘違いをしている。俺は、お前の操り人形じゃない」
彼は倉田の頭に銃を突き付ける。
「銃を捨てろ。早く!」
倉田は動揺し、彼に言う。
「何故だ?」
「はっきり言うとな、ウザいんだよ。何でもかんでも、自分の思い通りになると思ってやがる。そういうのがな癪なんだよ。
葛城山の時も、列車の時も、料亭の時も。
あやめの車の時だって、彼女の弱みを掴んで思い通りにしたいってアンタが言ったから、仕方なく行動したまでだ。」
「じゃあ、どうして・・・どうして、あのゴーレムを俺に提供した?」
すると、大介が言う。
「最大の目的は、復讐」
「!?」
渡部の動きが止まった。
しかし、大介の推理はおかしい。エリスが告げる。
「ワタナベがクラタと縁を切りたがっていたのは知っているわ。それが、どうして復讐に?」
「多分、あのバス転落事故の時、小林と何か話があったんでしょう?彼が搬送されたのは、あなたの父親が運営する病院だ」
「そして勘だけど、そこには篠乃木里菜もいた。違う?」
「あやめ!」
2人の後ろから、あやめが現れる。
「大丈夫か?頭から血が・・・」
「もう止まってる」
「ラセツは」
「察して」
そう言うとボロボロの巫女装束を纏った彼女は言う。
「小林リョウが人工呼吸器の事故で亡くなった時、何があったか話して頂けますよね?」
渡部は唐突に笑い出した。
「あれは事故なんかじゃない。小林自ら、人工呼吸器を外したが故の結果さ!」
「何ですって!?」
「そして、その現場に俺と里菜が立ち会った」
彼は最初から、事の顛末を話し始めた。
「話の始まりは、倉田が持ち出した小林殺害計画が始まりだった」
「熱海大火災の告発を阻止するための殺害、だな?」
「もし逮捕されれば―――」
「激発物破裂罪に現住建造物等放火罪。少年法を適応させても、なかなかの量刑になる事は間違いないわね。ある意味“優秀な”弁護士を雇って、責任能力無しによる無罪でも勝ち取れば別だけど」
「そうなる前に、何としても口をふさぎたかったのが、彼等だった。
だが、俺は無関係だし、そんな馬鹿馬鹿しい理由で人命を奪うことに反対だ。塾があると適当な理由をつけて逃げたさ」
「テメエ、あの言い訳は!」
「黙ってろ」
銃を頭に再度押し付ける。
「そんなに怒らなくても、お前は俺にプレゼントを送ってきただろ?」
そう言われ、倉田は狼狽した。
「事故で瀕死の重傷を負った小林リョウだ。彼の死後、俺はおかしいと思ったんだ。どうしてあれだけの重傷患者を設備の整った伊東市の病院に搬送しなかったのか。そうでなくても、事故現場は伊東市に近い。調べて、ようやく分かったよ。あの現場には、倉田の息がかかった悪徳救急隊員がいたんだ」
「警察だけでなく、消防機関にまで手を出していたのか!?」
「そうさ。伊豆で起きたひき逃げにも関与していたみたいだが、彼が無理矢理、うちの病院に小林を運んだ。彼を殺し、その責任を俺と富士見病院になすりつけるために」
倉田はまた叫ぶ。
「でたらめ言ってんじゃねえ!」
「本人から聞いたんだよ?」
「本人って、奴は2年前に川でおぼれて―――」
「そうさ、丁度帰省していてね。準待機中の彼を呼び出して洗いざらい吐かせた後に殺したさ。クロロフォルムで眠らせた後、大量のアルコールを注射器で投与して、川に落としたのさ。
あの時も警察は無能だった。結局、泥酔して川に転落したとして、事件にすらならなかったんだ。
最も、こいつの力が働いたとも考えられるからな」
「・・・」
「話がそれたな。戻そうか。
手術が行われ一命を取り留めた。峠を越えずとも、彼は助かったんだ。俺は一段落した彼を見舞うため、深夜の病棟に向かった」
「見舞った?虫が良すぎないかしら?」とエリス
「小林に暴力を振るった事実は否定できない。でも、俺はしたくなかった。俺の家は大会社の倉田と違って、地元のコミュニティ的な病院。自分が標的になる可能性は十分にあった。そのために断れなかった。自分が生きるために、小林を殴り続けたんだ!!」
渡部が感情的に叫んだ。
「病室に入ると、泣き崩れた篠乃木里菜と、穏やかな目で、それを見る小林がいた。
里菜は、倉田に脅されていたんだ。小林の人工呼吸器を外すように。そうしなければ、裏から手を回して、声優プロからの推薦を破棄すると。あの当時から、こいつは自社製のアニメを作ろうとしていたからね。だが、当然だが彼女はできなかった。彼女もまた俺と同じだった。小林に暴力を振るいたくなかった」
「会社や病院といった確固たる地盤が無いから。だから、葬式ごっこの時、小林に死装束を着させた後、姿をくらました」
あやめの言葉に、渡部は頷いた。
「トイレで泣いていたそうだ。彼女は小林をいじめる度、愛犬を近所のワルガキにリンチされて殺された光景がフラッシュバックしていたと。
彼女は号泣して小林に謝った。すると、小林はこう言った。
“もしかしたら、僕も暴力から抜けるために、君にそれ以上のコトをしたかもしれない”と」
「どういうことだ?」
「小林は倉田から、いじめを止める条件をたった一つ課していたんだ。その条件は、篠乃木里菜をレイプした後殺害し、その写真を倉田のケータイに送る事」
それを聞いて3人は、倉田を睨んだ。彼は表情を変えない。
「そうすれば今後暴力を振るわないし、事件はもみ消すと・・・でも、彼はしなかった。人間が持つ理性がそうさせた。殺しても、それをネタに倉田が脅してくる可能性だって捨てきれない」
「彼はいじめられ続ける事を選んだ」
「それ以外に、選択肢がありましたか?姉ケ崎さん?
俺たちの目の前にいたのは、いつでも“絶望”の2文字・・・俺は、小林に県警本部に告発しようと伝えた。病院の救急車を使えば、この伊豆を脱出できる。そう伝えて。でも、彼は首を横に振って、3枚の便箋を着ていた服から取り出すように」
「それが、遺書だったのね」
「彼は言いました。最近、暴力を振るわれても痛みを感じなくなってきたと、篠乃木里菜をレイプして殺したい願望を持ったことも事実だと。このまま生き続ければ自分は取り返しのつかない事をしでかすかもしれない。その前に自分をこの手で葬ると・・・」
「じゃあ、小林君は自分で人工呼吸器を!」
「ああ・・・ああ、そうだ!2人で息絶えていく小林を見送った!
そして、心に誓ったんだ!必ず、倉田に復讐してやると!」
止む気配のない雨の中、それは小林の胸中を代わりに吐露しているかのようだった。




