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リトルトーキョーの死闘と、ほぼ同時刻
同期の公安捜査官を待つJR静岡駅で、宮地は何者かからの通話を受け取っていた。
FBIのリオからだった。
宮地は新幹線改札口から、スパシオを停めた北口ターミナルへと出て、話す。
―――アヤに電話しても通じなかったから、こっちに電話したの。
「ごめんなさいね。今取り込んでて」
―――オコナーが魔術師に仕立て上げた大学生が割れたわ。
「やっぱり?」
―――リュウスケ・ワタナベ。昨日やっと裏が取れてね、今日の早朝に彼と対決するわ。
そっちは、どう?
宮地は今までの状況を、簡潔に話す。すると、リオは
―――待って、メイコ。おかしくない?
「何が?」
―――武器商人が逮捕されているのに、取引を敢行するかしら?それに、武器と金の交換は同時に行うのが裏社会のセオリーってもんよ。
言われてみれば確かに。
宮地は、嫌な予感に囚われた。
「まさか、クスタの話は嘘!?」
その時、スパシオの無線が鳴る。
―――市川だ。東名富士川SAで不審なトレーラートラックを発見したんだが、こいつが驚きでな、湯煙国際観光が購入した蒸気機関車を輸送していたんだ。
「そんな・・・荷物は確認したんですか?」
―――間違いない。西部劇に出てきそうな、図体のデカい緑色の蒸気機関車だ。
トラックは正午近くに清水港を出発したんだが、あの不発弾騒動で渋滞に巻き込まれて、身動きが取れなかったそうだ。30分前に静岡インターから東名に乗って、ここに。
湯煙国際観光が購入したのは、間違いなく蒸気機関車だった。
じゃあ、シャーマンは?
考えられるシナリオは、倉田から話を聞いたレイか、武器商人クスタのどちらかが嘘を付いている。
レイの場合、性的暴行を彼から受けている。それをネタに嘘の情報を流した可能性があるが、だとしてもエリス達に倉田のいじめの事実を暴露したり、ラセツ逃亡の手助けをした事実に矛盾が生じる。
「となると、クスタが嘘を付いた。なぜ?」
考えられるのは―――。
「まさか!!」
宮地は車に乗ると、アクセル全開でターミナルを後にする。それと並行して、知り合いの公安捜査官に連絡を取る。
「クスタの証言は嘘よ。恐らく本来の目的は、警察の目を静岡県庁から逸らすため」
公安捜査官、西園警視は言う。
―――だとすると、倉田の行動は?
「機関車が輸入される今日に、この茶番劇を敢行されるよう口裏を合わせていたのよ!」
―――でも、どうして・・・あの県議会議員!
「そう。金で買収された県議を抹殺するため。新しいリゾート施設がオープンした後に告発でもされれば、会社どころか彼自体の地位すら危うい。その前に口を封じたいといったところかしら?
でも静岡県庁は県警本部に近い位置に建っている。殺害しようにも警察が来ればそこまで。そのために戦車が密輸されたという嘘の情報を流した。清水港は国際港でもあり、周辺には観光施設や火力発電者がある。県警が周辺を封鎖し、全ての力をこちらに集結させる事態は安易に予想できたでしょう」
―――その間に、県議会議員を殺害する・・・と?
だが、県庁舎にはマスコミが殺到しているだろう?
「そう、倉田にとって一番の誤算は、駿河新聞のスクープ記事」
―――奴は諦めるか?
「いえ。倉田が渡部とグルだとすると・・・この先は、トクハンの出番よ」
―――よし、そっちは任せた。こっちは、クスタを締め上げてやる!
宮地は続けて、隼に連絡を入れ、倉田の目的を話した。
「警部、静岡県庁に捜査員を!」
―――わかった。道理で戦車が見つからないわけだ。
だとすると、本命はどこにいるんだ?
すると、宮地は叫ぶ。
「3人が危ない!」
「あったぞ!」
大介が叫んだ。
沼津を掘り進み10分、中から錆びた平たい缶が出てきた。
それを開けると、中に防腐剤と一枚の封筒。
中に入っていた便箋を取り出すと、文章を読む。
「そ、そんな・・・こんな理不尽なことって・・・」
その時だった。
「動くな!」
声のする方向、倉田が岡田のこめかみに銃口を向けていた。
「倉田!」
「やっと見つけたぜ。あのクソ野郎が残した遺書ってやつを」
「どうしてここが分かった?」
「篠乃木里菜の言葉が、どうしても引っ掛かってな。
国木田の足元って言ったら、この三保しか思い浮かばなかったってところさ」
「岡田は?」
「偶然ここにいたから、拳銃向けて人質にしたんだ。
さあ、早く遺書を渡せ!!」
倉田は開いた手を、こちらに伸ばす。
大介は続ける。
「しかし驚いたよ。自分たちのフラストレーションの発散のために、熱海のホテルを吹き飛ばしたなんてな。この遺書は、完璧な証拠になるぜ」
「ほう」
「当時、会社の経営権に関して親父ともめていたそうじゃないか。だが、フラストレーションの発散に使っていた小林リョウは傷だらけ、もしかしたら死ぬかもしれない。買収していた所轄署も殺人までは隠せない。
そこで渡部、篠乃木2名を除いた君達で、父親が買収した熱海のホテルを破壊する計画を立てた。
相当ストレスが溜まってて、親父が憎らしかったんだろう。
国木田もサッカーの交流試合で惨敗、土橋は志望校への偏差値不足、岡田は中学校時代からの恋人との失恋。それぞれもまた、欲求不満を持っていた。
原案倉田、構想土橋、実行犯4人で行われた悲劇は、大勢の死傷者を出し、熱海一美しいホテルは焼失。君の父親はそのショックで倒れ、認知症を患った。
これが熱海大火災の真実だ。
そして、これを知った小林君は、事件を告発する決心をした。だが、地元伊豆の警察に持って行けば必ず真実はもみ消される。そこで、県警本部へ向かう事を決め、これを含んだ3つの遺書を残した」
「ああ、そうさ!
ゴミがしゃしゃり出て・・・だから殺したのさ!俺の会社のバスが、俺の会社のタクシーにぶつかって海に転落した。ただそれだけの話さ」
「それだけ?あのバスには、無関係の乗客が大勢乗っていたんだぞ!」
「いいだろ、そんな事」
「ふざけるな!!」
大介は大声で叫んだ。
「うるさいな。もういいだろ?」
「もう1つ。戦車はどこ?」とエリス
「戦車?そんなもんは無い」
「何ですって?」
「あの情報は、俺が買収した県議会議員を殺害するために、俺が仕向けた罠さ。
県警本部の目を、この三保半島に集結させ、その間に雇った殺し屋で議員を殺害する。そのためにあの女に聞こえるように言ったのさ、戦車の車種名を」
「富樫さんが警察にタレコミをいれることを前提としていたわけか・・・」
「ああ、今頃は県庁舎が大変な騒ぎだぜ」
その時だった。エリスは違和感を感じた。
(すべてが出来すぎている・・・)
広島と大阪でおきた殺人ではゴーレムの痕跡を残さなかったのに、伊豆ではその痕跡を至る所に残した。列車の襲撃もそうだ。
戦車のタレコミにしたって、彼女たちが接触しなければ、こんな事にはならなかった。
そして、これだけの大事件なのに、解決まで一週間も要さなかった。
(始めから私たちは誘導されてきたの?)
瞬間、エリスの鼻がピクンと動いた。
この臭い、間違いない。
「ダイスケ、そいつはオカダじゃない!」
「はあ?どう見ても―――」
「ドラキュリーナの鼻が騒ぐのよ。死臭がするって!」
「そんなっ!」
エリスは岡田目掛けてシャベルを投げた。
その時、彼が動いたと思うと、顔面が体から離れた。渡部琉輔。
「ワタナベ!」
その顔は可笑しくも無いのに笑っていた。
「バレちまったな」
「そうだね」
2人は顔を合わせた。
「渡部、やっぱり」
「そうだよ。君たちが探していた犯人は、俺だよ。
ね、エリス?―――いや、カオス・プリンセスさんよぉ!」




