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 ラセツは、刀を素振りした。

 瞬間、傍に駐機していたジャンボジェットの大型模型が、木端微塵に四散する。

 脅しなのだろう。だが、あやめには通用しない。

 「アヤ・・・」

 すると、ラセツは話す。

 「貴様を斬る前に、1つ問おう。何故、死装束を身に纏う?」

 それは、大介も気になっていた。

 神社では白袴を、ちゃんと右前で着ている。しかし、これから戦おうとするときには、彼女は左前に袴を着直す。

 いつぞやか、この話に触れたが、その答えは出ていなかった?

 「知りたいですか?そのわけを」

 彼女は顔を上げ、堂々と直立し、手に胸を置いて高らかと言った。

 「私と、私がこれから殺すかもしれない相手への、ささやかな弔い。そのための死装束よ!」

 大介は驚いた。

 「私はね、死んでいるも同然なのよ。98年のキリングフィールド、そしてカオス・プリンセスとしての人生。妖怪とも人間とも認められていない私は、もう、歩く死人よ!

  事件を解決するために氷の剣を振う、巫女の姿をした死神。そのためのトレードマーク、それがデス・クロスの本当の理由よ。そして今、こうしてあなたの前に死装束を着て立っている。

  ・・・あなたも、小林君と同じ場所に送ってあげるわよ」

 「あやめ」

 呆然とする大介とエリスに、あやめは言う。

 「行って」

 「でも・・・」

 「私は、大丈夫だから。早く」

 「・・・分かった。死ぬなよ」

 大介へ振り向き、微笑みを投げる。

 2人が奥へ消えるのを確認すると、あやめはラセツの方を向く。

 「さあ、始めましょうか?私の場合、一族は滅んでいるから、斬られても痛くないわ」

 ラセツは声高らかに笑った。

 「たわけ。氷花を使えないお前が、何をほざくか。

  ここには展示用の池がある。だが腐葉土やら虫の死骸やらで、水は腐りきっている。かといって、傍の駿河湾の水も使えまい。

  犬馬は知っているのだぞ。氷花を司る雪女は、穢れた水と海水には無力だと」

 途端、あやめは革製ブーツを履いた右脚を上げ、目の前のモノレール駅を踏みつぶした。ガラスの天井は割れ、ひしゃげた赤い車体が芝生に転がる。建物からは歯車や見たことも無い部品が散らばり、オイルも漏れている。

 「私を、そんな風に見ていたら、痛い思いをするわよ」

 右脚を引き抜くと、足元のシャベルを持ち上げた。


 一方、エリスたちは深い森を抜け、東海道五十三次へ。

 東京地区と打って変わって、こちらは荒れ放題。雑草の中から、天守閣が無い大阪城がお出迎え。その反対側には清水寺が。

 京都の部分から、問題の静岡県に入る。足元には、宿場町なのだろう小さな家屋や、飛脚、町人といった人形が転がる。

 ただ、上空からならともかく、地上からだと、どこに静岡があるのか分からない。

 「ねえ、今どこら辺?」

 「そこにあるのが、多分名古屋城だから・・・」

 「よく分かるわね」

 「ウチの大学、そういうの詳しい連中がゴロゴロいるから」

 「Oh! I see・・・」

 名古屋城を抜けると、雑草だらけの盛り土が見えてきた。その傍には池。恐らく、この土が富士山を表しているのだろう。

 お膝元には駿府城。間違いない。

 この先、池へと突出している場所が、伊豆半島だ。

 全く、何が好きで江戸時代の追体験をせにゃならんのか。

 グシャ!

 「あっ!」

 エリスが声を上げる。

 「どうした?」

 「・・・城ふんじゃった」

 見ると、エリスの足元で駿府城が。

 「びっくりしたじゃないか」

 「だって・・・」

 「伊豆半島はすぐ先だ」

 ようやくたどり着いた。その付け根、駿河湾寄りが沼津。

 大介はシャベルで、そのあたりの土にマーキングし突く。

 「ここらへんが、沼津だ。いいか?」

 「OK」

 「来週の小テストに出すからな、よーく覚えるんだぞ」

 「ふざけてないで、早く掘るわよ」

 大介渾身のギャグも通じず、シャベルを突き立てるエリス。彼も「へいへい」と、続く。


 あやめとラセツの戦闘は、今、火蓋が切って落とされた。

 滑走路を走ってくるラセツ。振り下ろした刃を、シャベルで受け止め交わす。剣先が離れ再度攻撃。シャベルの先が触れ合い、金属音を響かせる。

 あやめは一心不乱にシャベルを振り、最凶の妖刀とぶつかり合いながら、ラセツを空港へと押し戻す。

 「貴様。こんな力を?」

 「火事場の馬鹿力ってやつかしら」

 あやめは、ラセツの隙を突いた。刀を振り上げた!自身が横に逸れ、ラセツは振り下ろした自重に従って前へバランスを崩す。立て直して背後を振り向くと、あやめがシャベルの先で刀を握る手を叩く。

 「痛っ・・・のあっ?」

 「てやああああっ!」

 怯む間を与えず、シャベルを捨て服を掴むと、相手を引き寄せ、体重の乗っている右脚を斜め後ろから引っかけ、背中から地面へ叩きつける。羽田空港の建物が崩壊した。

 敵意を剥き出しに起き上がったラセツ。滑走路へと距離を置いたあやめは、彼が空港管制塔に手をかけるのを見る。襲ってくる!

 身構えた瞬間を、ラセツは見逃さなかった。凄まじいスピードで起き上がったと思いきや、彼女にタックルを決める。吹き飛ばされた華奢な体は、通路を挟んだ隣の都心ゾーンへ。サンシャイン60を大破させ、土煙の中に消えた。

 「うぐっ・・・ううっ」

 がれきの中で苦悶の声を上げる巫女。その額から血が。

 ラセツは近寄ると、夜刀の刃先をあやめの胸に。

 「殺すなら・・・早くやりなさい・・・」

 しばらく、弱った彼女を眺めると、ラセツは言った。

 「やはり、母親似だ。その顔も、度胸も」

 あやめは驚く。

 「母を、知っているのか?」

 「昔、一度だけ剣を交えた。まだ、貴様の母親が越後にいて、今の貴様と同じくらいの年齢だった時だ。

  あの大豪雪の中、彼女は凛々しく犬馬に立ち向かってきた。あの時の冷たくも炎のような瞳は、今でも犬馬の脳裏に焼き付いている」

 昔聞いた、母の言葉が蘇る。

 新潟が大豪雪に見舞われた年、とある事情で1人の雪女が殺し屋から命を狙われた。その際、全員が彼女を見逃す中、あやめの母だけが果敢に立ち向かった。そこで初めて使ったのが、越後の雪女本家の血が受け継いできた能力、氷花。

 彼女はそれを、氷花の練習中に聞いた。新雪積もる山の中腹、休憩、塩煎餅を頬張りながら。

 こんなところで、亡き母の思い出を聞くことができるとは。

 (私に、死期が迫っているのかしら?)

 目を閉じると、薄らながら母の面影が浮かぶ。

 (もう、頑張ったよね?お母さん)

 その瞬間、耳元で声が聞こえた。

 「死ぬなよ」

 (大介?)

 不意に再生された、彼の声。

 そう、大介と約束した。あの時、大介は「死ぬなよ」と言った。

 まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。

 そう思った時、瞼に冷たい感触。

 雨だ。恵みの雨だ。

 「犬馬が唯一負けた相手。それが、貴様の母だった。どうやら貴様は、母親を越えられなかったみたいだな」

 あやめはそれを聞き、高らかに笑った。

 「まだ、勝負は終わってないわ」

 「何だと?」

 「妖刀ってのはね、夜刀だけじゃないってこと!」

 刹那、横に体を転がせ、刃から逃れたあやめは、立ち上がると天高く右手を突き上げた。

 「氷花!刃!」

 その声に呼応したのか、雨脚が強くなった。

 雨粒が凍り、ゆっくりと刀を形成する。

 村雨―氷花が生み出す妖刀。

 夜刀に対抗できるのは、この刀しかいない。

 ずぶ濡れの巫女は、刃先をラセツに向けた。

 「ほう、村雨か。気休めのシャベルより、よっぽどいい」

  しかし、まだ戦うのか。諦めた方が楽になるぞよ?」

 「そうしちゃいけないって叫ぶのよ。私の中に流れる雪女の血が!」

 「フン・・・小癪な!」

 ラセツが電光石火、彼女へ一文字に刀を振る。ふわっと舞い上がり避けた彼女は後方、旧東京都庁舎を破壊しながら着地。

 「ちょこまかと・・・」

 「私の中に烏天狗の血も流れていることを、お忘れなく」

 今度はこちらの番。村雨の刃がラセツへと向かうが、これを一振りで避ける。

 幻想世界の2つの妖刀がぶつかり合う。研ぎ澄まされた神経、真剣が雨粒を吹き飛ばし、ミニチュアのビルが次々と崩れ去る。

 そんな中でラセツは察した。

 (あの村雨、さっきより強さを増している!この雨のせいか?否、彼奴の妖力!)

 あやめの体から沸き起こる、果てしないパワー。

 生きる意志が、彼女を突き動かす!

 (強い・・・あの子の母親、いやそれ以上!)

 「ならば!」

 彼は叫ぶと、あやめに向けて夜刀と投げる。

 「うわっ!」

 呪われた刃が、彼女をかすめる。幸運にも怪我を負うことは無かったが。

 振り返ると、あやめは凍り付いた。

 怪力を振り絞り、東京タワーを根元から引っこ抜き、先端を向けて投げてきた。このままだと、串刺しにされる!

 「やるしかない!」

 巨大な赤い塊が飛んでくる。

 あやめは叫んだ。

 「氷花、鎖鋸!」

 瞬間、装束が含んだ水が村雨を握る右手に集まり、チェーンソーを形成した。

 「何っ!換装だと!?」

 あやめは素早く鎖を引くと、チェーンソーを振りながら、飛んでくるタワーへと突っ込む。

 「やあっ!」

 回転する刃が、タワーを横に、真っ二つに切断。国会議事堂を破壊しながら墜落した。

 その姿に、ラセツは狼狽。

 エリアに敷かれた4本の鉄道線路。濡れたそれの上を、そのままの勢いで滑った彼女はラセツの背後へ。東京駅のホームをクッションに止まると、いつの間にか再換装した村雨を彼に向けた。

 「そこまでよ!」

 「そんな・・・犬馬が負けるなんて・・・」

 「だから言ったでしょ?甘く見るなって」

 彼は、両手を上げるとフッと笑い、言った。

 「やはり、犬馬の感は正しかったか」

 「え?」

 「熱川の列車内で、あやめ殿との戦いを止めた事ですよ。

  匂いがしたんだ。生涯で唯一の黒星になった、貴様の母親と同じ匂いが。

  大介殿の友達思いを口実に、その場から逃げだした。

  正解だったんだ。逃げてね」

 そう話す間に、あやめは妖怪用手錠を取り出す。  

 「ラセツさん。貴方を再逮捕します」

 その瞬間、轟音が響く。

 「なに?」

 山脈から泥の塊が飛んできたかと思うと、旅客機をなぎ倒し、埠頭を再現したエリアに落下した。

 「あれは、ゴーレム!?・・・まさか!」

 「渡部殿か」

 「えっ!?」

 気が付くと、ラセツも地面に刺さった夜刀も無くなっていた。

 逃げられた。だが、探す時間は無い。

 あやめはガレキの中から遊歩道に戻ると、泥の飛んできた方向へ走る。

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