61
本庁は静岡県警に対し、全機動隊、警ら部隊の出動待機命令を発令。さらに防衛省に協力を要請。御殿場にある陸上自衛隊駐屯地に所属する、2つの普通科連隊に出動命令が言い渡される。
一方のトクハンメンバーの車は東名を同じく西へ。隼は、先に静岡市内に入ったあやめ達に、三保半島に向かうよう指示を出した。
あやめは県警本部に写真を提出すると、更衣室で巫女装束に着替えた。Z33を駆け、市内を走り清水区へ。
晴れていた空が、暑い雲に覆われ始める。
「なんだって、そんな危険な物を密輸入したんだ?1人で戦争でも始めるつもりか?」
「かもね。ああいう奴は、壊れるときは周りを巻き込んで大爆発ってのが、お決まりだから。いろんな奴を憎み過ぎて、何を憎んだらいいのか分からない。だから」
「あやめ・・・」
すると、助手席でエリスが言う。
「でも、三保半島が戦場になるかもしれないとしたら、そこに住む人はどうするんです?
戦車の存在を大々的に言うことは」
「ええ、出来ないわ」
あやめはカーナビの時刻を見る。
「もうじきね」
「何が?」
「三保半島を封鎖し、かつ自衛隊普通科連隊を違和感なく配備できる、とっておきの方法。
さっき、県警本部のお偉いさんと話して、無理矢理こうさせたわ」
エリスと大介には、さっぱりわからなかった。
あやめは、カーナビのテレビをつける。毎週土曜夕方にやっているローカルグルメ番組の再放送が流れていた。すると、画面が切り替わる。
―――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。
先程午後2時過ぎ、静岡市清水区、三保半島にある中部電力新清水火力発電所拡張工事の現場において、大型爆弾が複数発見されました。この爆弾は太平洋戦争の際に投下されたアメリカ軍の不発弾とみられ、信管が無く劣化が激しいため、直ちに爆発する恐れがあります。静岡県警と県防災担当局は、三保半島および清水港沿岸に住む住民に対し、避難指示を発令しました。当該地域にお住まいの方は、警察の指示に従い、速やかに避難してください。繰り返します・・・―――
「なっ!」
「どうかしら?」
大介は面食らった。
「ぶったまげた・・・偽のニュースで三保半島を隔離するって訳か」
「ええ、もし戦車が移動されていないとすれば、三保半島内にいる可能性が高いからね。これを見て」
あやめは、カーナビをタッチする。
「清水港沿岸、特に旧清水市サイドは大規模な埠頭やレジャー施設があって、安易に戦車を隠せる場所は無いわ」
「それで三保半島に?」
「そう考えて、いいんじゃないかしら?」
「だけど、大げさじゃないか?」
「これだけしないと、半島封鎖なんてできないし、不審に思われるでしょ?」
彼女らが向かう間にも、事は進んでいた。
清水区役所から全広報車が出動、住民に避難を呼びかける。人々は着の身着のまま、あるいは大急ぎで荷物をまとめて車に押し込む。住処の岩をひっくり返された蟻の如き大混乱。指定場所となった学校には警察の輸送車や私鉄バスが待機、高齢者や車を持たない住民を乗せて半島を離れる。また、駿河湾岸を走り静岡市へと延びる清水バイパスは、半島から避難する車で大渋滞が起きていた。
周辺の埠頭、道路が警察によって通行規制。清水駅を有するJR東海道本線は静岡~興津で、静岡鉄道清水線も全線で運転を見合わせ。
一方、東名高速を南下してきた陸上自衛隊普通科連隊は、清水インターを降りると車列は市内を走行。部隊は複合観光施設、エスパルスドリームプラザに拠点を構えた。また実働部隊を三保半島の付け根にある県立三保第二小学校に配置した。
警察のパトカーと、陸自の73式小型トラックが住民の避難誘導と共に、倉田、渡部、ラセツを捜索。
三保第三高校から、避難民を乗せた最後のバスが出発したのを最後に、三保半島は完全な無菌室と化したのだった。
あやめのZ33が到着したのは、そんな最中。
清水駅前の愛染町交差点は、パトカーと高機動車で塞がれ、物々しい雰囲気を醸している。
警察手帳を見せると、彼らは中へ。
「まるでゴジラ映画だぜ」
「これが映画の撮影だったら、どれだけいいものか・・・」
直後、避難民を乗せた静鉄バスとすれ違う。
店は閉まり、駐車場に車はいない。港に鎮座する船も倉庫も工場も、眠ったように静か。
その時、隼から無線が入る。
―――特01へ。
「こちら特01。只今封鎖地域に入ったわ」
―――トクハン本部からの入電だ。羽衣団地に設置されたセンサーが、おびただしい妖気を検出した。
「ラセツ?」
―――可能性は高い。大至急清水文化ランド跡地へ向かって、作業を開始してくれ。
海洋科学館駐車場に、陸自が展開している。駿河大学側には、こちらから話を通した。
「了解」
あやめは通信を終えると、サイレンを鳴らし半島へ一直線に走る。
大通りを走る73式大型トラックの車列を追い越し、駒越東交差点を左折、三保半島へと入っていく。
ここから駿河大学の博物館群までは、ヤシの木が並ぶ一車線の細い道が続く。
平屋建てにビニールハウス、錆びついた廃屋。そういった中を進んでいくと、フェンスで囲まれた一角にたどり着く。
そこには駿河大学社会教育センターの文字。このフェンスの中に清水文化ランド跡地がある。
鬱蒼とした街路樹の間から、腐敗した落ち葉と赤錆が支配するプールが見えた。
Z33は傍にある駐車場に。進行方向奥手には、海洋科学館入口。
広大な駐車場には、パトカーが2台と高機動車だけ。
車を降り、3人は自衛隊員に近づく。
「様子はどうですか?」
「住民の避難は完了し、周囲には我々だけです」
「分かりました。ここは我々に任せて、倉田悠生捜索に当たってください」
「え?」
自衛隊員は驚いた。無理はない。
「妖怪犯罪に対しては、こちらがプロですから」
「ですが、万が一襲撃されたら・・・」
「彼らには、通常兵器が通じない場合があります。被害者をむやみに増やすことは、あなたも私も望まないはず」
「了解しました。気を付けて」
「それから、シャベルを貸して頂けるかしら?」
自衛隊員はトラックに積まれていたシャベルを3人に渡すと、駐車場から退散した。
後にはあやめ、エリス、大介。
「OK。早速、芋掘りと行きますか。麦わら帽子と握り飯を忘れるな」
大介の冗談を合図に、ランド跡地へ。
大きな建物の裏側を回って、目に入ったのは。
「こいつは驚いた」
東京タワーに、赤レンガの東京駅を中心とした丸の内界隈。サンシャイン60、羽田空港、東京湾と、首都東京が小さく凝縮されていた。
しかし、どれもこれも古い。丸の内界隈は80年代の低いビルが連なり、東京駅のホームでは0系新幹線の模型がちんまりと停車している。そして、至る所が雑草に支配されんとしていた。閉園から3年、あまり雑草の影が無いことから、手入れはされていたみたいだ。それなら、すぐに解体した方がコストは安かったろうに。
「まさに、リトルトーキョーね」
「あれか、永遠に飛び続ける飛行機は」
大介が遠く指差す。アルプスをイメージしたであろう山脈の上を、ジャンボジェットが飛んでいた。といっても、金属の棒で固定されているだけだが。
「で、例の場所はどこ?」
「この先だ。右側のルートを通って、森の先に」
大介は気付いた。彼の前では、妖力による擬態化は通用しない。
彼らの左手、羽田空港滑走路にラセツが現れた。
「ラセツ!」
『!?』
彼は擬態を解き、3人の前に姿を見せる。
鋭い目つき、手にした妖刀。熱川の列車内を思い出す。
「どうしてここに?」とあやめ
「清水駅で下車したら、てんやわんやの大騒ぎ。そこに、あんたの車が現れたってところです。
・・・犬馬も同じ質問を返そう」
あやめは黙った。だが
「当てて見せようか?倉田に関する重要証拠。大方、小林殿が書き記した遺書が、この廃墟に隠されている。違うか?」
彼女は狼狽の色を隠せない。
「図星・・・ですかい?」
「残念ながらね。そうよ、ここに埋められているわ」
「犬馬の要求は、ただ1つ、その手紙をこっちへ寄越しておくんなまし」
そう言って、右手を差し出す。
「あの手紙は、倉田の悪事を決定づけるモノですよ?
倉田への復讐を望んでいるなら、我々と、彼を裁く法を信じてください!」と大介
しかし、ラセツは首を縦には振らない。
「信用できませんなあ。倉田を守ってきた警察と、それを裁けなかった法になんて」
「それは、所轄が彼らの傀儡に―――」
「これ以上の話し合いは、時間の無駄ですぜ。早くこちらへ」
すると、あやめは足首程の高さのフェンスを越え、ミニチュア内に。モノレールの線路をまたいで、彼女は止まった。
スコップを、ゆっくりと足元に置いて。
「こちらも、1つ当てて見せようかしら?あなたは、倉田がどこにいるのか知っている。だけど、突入するにしても、まともに会ってくれる確証はない。そのために、小林君の遺書を手土産に、彼の元へ行き夜刀で両断する」
ラセツは、一瞬視線を逸らした。
曇天の空に、雷鳴が響く。
「図星・・・ね?倉田はどこ?」
「黙秘いたしやす」
「今の彼は、危ない玩具を手に入れた餓鬼よ。手に負える相手じゃなくなったわ。
最悪の場合、この半島は戦場と化すでしょう」
「犬馬には、関係ないこと」
「大勢の命が失われるでしょう。
多くの生死を見てきた、あの震災を経験したあなたに問うているんです。これ以上、無駄な殺生を止めましょうよ。あなたも、それは望まないはず」
あやめは、彼の元へ歩み始めた。しかし
「人間に、学習や反省なんて能力、あるんでしょうかね?」
「え?」
「先の震災で死んだ仲間を見つけた時、その変わり果てた姿を見て、初めて涙が流れました。犬馬は思い知らされたんです。こんなにも命は儚いと。その横では津波に流されたのでしょう。片腕の無い遺体を抱きしめる母の姿がありました。命の大切さは人間も妖怪も、しっかりと知っている筈。なのに、この違いは一体なんだ?」
「・・・」
「自分の周りを取り巻く生命、その残酷な事象をモニターの中に閉じ込め、自分たちは無関係さを装う。
街を歩けば、若者は容易く「死ね」と口にし、飛び込み自殺で電車が止まる。
悲惨な殺人事件も、キャストを変えてエンドレスに繰り返される。
最早、人間に命の尊厳など、語る資格は無い。自分たちが現実から目を背けているだけで、基本的な倫理や法は既に崩壊している。そうは思わんかね?」
「・・・」
「犬馬は、倉田を見ていてそう思う。奴らは、命を何とも思っていない。法も彼らの見方だ。ならば、小林の恨みは天誅として彼らに向けなければならない」
「そのために、復讐を?」
「イズミ氏の部下が殺され、その機会が来たと悟った。だが、先を越されたのは計算違いだったがな」
するとあやめは言う。
「ラセツさん。あなたが言うことは最もでしょう。人間は死を感じる機会が少ない。特に日本のような平和な場所は特にそう。
だからと言って、今からここで自分の政治信条や思想を開かせ、論争をする気はないし、そこまで語れるほど学は無い。何せ、妖怪であって妖怪でない、人間であって人間でない、そんな存在なのですから。
でもね、これだけは分かりますよ。あなたは間違っている」
「何だと?」
「矛盾していませんか?キャストを変えてエンドレスに続く殺人を悲観しながら、自分も、その坩堝に身を投じようとしている。確かに妖怪は復讐という感情を持たない。人間界に溶け込む段階で、その感情に混乱し罪を犯した者を何人も見てきた。
人間は命という単語の前では愚かな生き物でしょう。ですが、あなたはどうなんです?
命について語りながら、あなたがしようとしていることは命を奪う行為に他ならない。倉田達は殺されてもいいように見えるでしょう?しかし、彼らにも家族があり、友がいる。ラセツさん、あなたがしようとしている、いえ、していることは、震災で目にした母親を量産することに他ならない。
・・・もう、終わりにしましょう」
あやめの説得で、ラセツは下を向いた。
どうやら成功みたいだ―――と思った。3秒前まで。
「まだだ。全てを否定されても、まだ犬馬には仁義がある。路頭に迷った犬馬に、仕事と住いと飯を与えてくれたイズミさんへの仁義が」
「やめなさい!イズミさんが悲しむだけよ。彼の気持ちは―――」
「もう御託はたくさんだ。
最後の警告だ、死装束!こちらに手紙を渡せ。犬馬の側に付き、倉田に天誅を与えるのだ!」
「いやだ!あなたの側に付いたら、私は本当に、妖怪でも人間でもなくなってしまう!」
「交渉決裂か。ならば、剣を抜くまで!」
ラセツは鞘から、濁り輝く刃を抜いた。
あやめは下を向いて、呟いた。
「・・・よくも、その名前を口にしたわね」




