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PM1:14
沼津警察署 第1取調室
レイとケイゴ、イズミの3人は沼津へ連行された。修善寺警察署では取調室が少なく時間がかかる上、沼津市にいれば、いざという時に迅速に行動できると考えたからだ。
下田で聞き込み中だった深津と高垣も、スパシオを空輸してきた“れいせん”の帰路に便乗して、沼津に入った。
ケイゴとレイに対しては、膳場刑事が取り調べている。
隼と宮地の前に、俯くイズミが座る。
彼女が口を開いた。
「レイとケイゴに、倉田移送と嘘を付いて、ラセツ護送班を襲撃させた。これに間違いはないわね?」
「はい」
「どうして、こんな事を?」
宮地の質問を、隼が遮る。
「その前に。駿河新聞本社に湯煙国際観光のタレコミを送ったのは、あなたですね?
県東部にネットワークを敷く上、会社経営者でもあるあなたなら、あれだけ正確な情報を入手できるはずだ」
イズミは頷いた。
「その通りですよ」
「でも、どうしてこのタイミングで?」と宮地
「恐らく、ラセツの護送を狙ったんだろう。彼に倉田を殺させるため。違うか?
そのためにタレコミを流して、伊豆を混乱させ、倉田をあぶり出そうとした。しかし、彼は予想より早く行動して行方をくらませた」
「ええ、あれだけは予想外でした。まさか、こんなにも早く奴に気付かれるとはね」
宮地は言う。
「理由は、彼への仁義?」
すると、イズミは声を震わせて言った。
「それだけじゃない。復讐だ」
「復讐?」
それは不可思議な単語。
ケイゴは体に一生の傷を、レイは性的暴行を加えられた。しかし、イズミは何を?
「一番信頼していた部下を殺されたんです、レッドスパルタの車に」
『・・・』
「土肥での営業中に・・・ひき逃げでした。後で聞くと、そこには倉田の高級車もいたというじゃないか。彼に人の心があったなら、部下は死なずに済んだ!」
「その復讐を、ラセツに託したのね」
「小林君を殺されたラセツは、すぐに承諾してくれました。
刑事さん、私は望みますよ。ラセツが倉田を一族まで根絶やしにしてくれることを」
震えた声でイズミは言うが、宮地は反論した。
「果たしてそれが、ハッピーエンドを呼んでくれるのか・・・私は、そうは思わないわ」
「ならば、我々はどうすればいい?今まで蓄積された怒り、悲しみ、無念、憎悪!
妖怪の掟を捨て、人間と同じ復讐の感情を持った時、我々は未踏の感情を、どう制御すればいい?」
宮地には答えられなかった。
いままで様々な事件を経験してきた。被害者、加害者両方の悲しみを見てきた。それでも、イズミの問いにしっかりとした答えを提示できなかった。
彼女は無言でドアを開き、部屋を去った。
「情けない・・・」
無人の廊下に、立ち去る足音が弱弱しく響いていた。
捜査一課では、全力を挙げて逃亡犯の行方を追っていた。三島駅まで行ったであろうことは確かなのだが、そこからの足取りがつかめない。倉田も同じく。
それと並行し、深津たちは篠乃木里菜の残した言葉の意味を解読する。全員がパソコンや資料と格闘していた。
「どう?」
宮地は神間に言う。
「ダメです。ここ3年、沼津市で行われた宅地開発や造成事業を隈なく調べたんですが・・・」
「湯煙国際観光や、彩京物産関係は?」
パソコンに向かう高垣。
「沼津市での大規模事業は行われていませんね。それより・・・」
「ん?」
「以前、レイさんの証言を、あやめちゃんたちが聞いたじゃないですか?その時、篠乃木さんが言っていた言葉が、どうしても引っ掛かるんです」
「確か、国木田に向かって足元にあるって、言ったそうだけど」
すると、深津が何か思い出したようで、パソコンをいじり始めた。
「まさか・・・」
「どうしたの?」
「該当する場所が、1つだけあります!」
そう言ってモニターに出したのは、上空から見た静岡県。だが、何かおかしい。県全体が鬱蒼とした草木に覆われ、三保半島が異様に突出、海すら緑色に濁っている。
さらに、その上の方に旅客機の機影が白く見える。
全員が、モニターに集まった。
「飛行機が飛び続ける場所」と寺崎
「これは?」
「旧清水市、三保半島に存在したミニチュアテーマパーク、清水文化ワールドの残骸です」
深津によると、三保半島には駿河大学が運営する4つの博物館があった。
駿河湾の魚介や水生ロボットを展示する海洋科学館。恐竜の化石を展示する自然史博物館。医科大学レベルで体の仕組みを説明展示する人体科学館。そして、東京や東海道五十三次、世界の名所をミニチュアで再現した清水文化ワールド。
だが、施設の老朽化やバブル崩壊による運営の悪化を受けて、人体科学館と清水文化ワールドの閉鎖と自然史博物館の規模縮小が行われた。
「それが発表されたのが、今から3年前。人体科学館はすぐに取り壊されたんですが、清水文化ワールドは傍にプールがあり、それと合わせて取り壊す方針に変更されたため、長らく閉鎖されつつも管理されていたんです」
「そのミニチュアパークに篠乃木里菜は忍び込み、この東海道エリアの沼津市付近に、小林の最後の告発文を埋めた」
「で、取り壊しはいつなんだ?」と隼
「待ってください・・・来月に敢行されます。再来年には工事を完了させ、緑地公園として再スタートを切るとの事です」
「この傍には、国木田が所属していたサッカーチームの練習場がある」と神間
「そうです。人体科学館の跡地が、このサッカー場です」
「篠乃木里菜の残した、全ての言葉に合致する!それに伊豆半島から離れたここなら、倉田達に感づかれる心配も無い」
全員が納得する中、宮地のケータイが鳴った。
電話に出ると、その顔が恐怖で引きつる。
「本当なの?・・・そんな!」
「どうしたんだ?」
「公安部からの情報です!武器商人、クスタ・エファルゴが口を割りました。それによると、本日未明に清水港に、倉田の最後の注文品を届けたと」
「それって、M4A3って銃か?」
深津の言葉に、首を横に振る。
「銃じゃないわ。M4A3シャーマン。第二次大戦末期に製造されたアメリカ軍の主力戦車よ!」
全員が凍りついた。恐らく日本犯罪史上前代未聞の事態だ。
国内に戦車が密輸された。
「そ、そんな・・・どうやって、そんなものを!?」
「半世紀前の戦車だぜ!どっから持ってきたんだ!」
高垣と神間の言葉に、宮地は冷静さを保ちながら答えた。
「シャーマンは、数十年前まで南米諸国で主力戦車として活躍していたの。クスタの行動範囲は南米」
「カタログ内の商品って訳か。それを、どうやって?」
「それは・・・」
その時、隼のケータイがなる。市川から。
「三島の湯煙国際観光本社の家宅捜索が終わったよ。社内のコンピュータから、今日届く荷物のデータがあったそうだ。税関に届けられた書類だと、リゾート施設に展示するため、南米某国から古い蒸気機関車を輸入したと」
「それがシャーマンだと?」
寺崎が言う。
「そう見て、間違いないな」
「倉田は戦車の金を支払うため、今日の午後、静岡市内でクスタの手下と接触するそうよ。もしかしたら、既に戦車を手に入れているかも」
「それに、清水港と三保半島は近い。こいつは、大変なことになったぞ!」
隼は全員に伝えた。
「よし!全員、静岡市清水区に急行!
篠乃木里菜の手紙の確保を行う。と、同時にラセツ、渡部琉輔の確保を行う。この2名が清水区内に潜伏している可能性は大いにある。絶対に捕まえるぞ!」
『了解』
彼らは飛び出し、それぞれの車に分乗すると、東名沼津インターへと走る。




