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 翌日 

 AM 5:34

 静岡県下田市 ペリーロード


 朝も白けてきた。

 下田に上陸したペリーが歩いたと言われるペリーロード。石畳広がる沿道には情緒あふれる木造建築や漆喰の壁。

 自転車に乗った青年が、一軒一軒を回っている。新聞配達のアルバイトだ。

 新聞をポストに入れ、自転車を走らせ、またポストに。

 いつもの日課。

 その新聞を読むのも、その住民の日課だ。

 だが、この日課が下田を、伊豆を騒乱に巻き込んでいく。



 AM 6:43

 同市 ホテル黒船


 大介は、チャイムの音で起こされた。

 昨日は天城山で乱痴気騒ぎ。寝たのは翌日、つまり今日の深夜2時だ。

 眠い目をこすりながら、ドアへと向かう。

 どうせ、あやめが食事のために呼びに来たんだろう。

 大介はドアを開く。やはり、あやめがいた。

 「ゴメン。朝のバイキングは2人で―――」

 「今日の駿河新聞朝刊よ!見て!」

 あやめは朝刊を大介に手渡した。静岡県で発行されている地方新聞だ。

 その見出しを見て、大介は目を見開いた?

 「どう?」

 「一瞬で眠気が吹き飛んだよ。どうなっているんだ!」

 その一面の見出しは、こう書かれていた。

 ―――湯煙国際観光に粉飾決算疑惑―――

 ―――リゾート施設建設でも、黒い影―――


 「あの会社に、粉飾決算があったって事か?」

 「それだけじゃないわ。三津沖のリゾート施設建立に当たって、条例改正のために県議会議員を買収した事や、施設や橋の耐震偽装が取り上げられているわ。

  どれも、駿河新聞のスクープだそうよ」

 3人は、大介の部屋で話し合う。

 エリスは両手でリモコンを持ち、テレビをつけた。 

 どこもかしこも湯煙国際観光。

 この間のイベント列車出発式の映像が流れていた。倉田の顔にモザイク処理が施されて。

 「朝のニュースも、大騒ぎですね」

 「伊豆観光の起爆剤と言われたリゾート施設なだけに、今回のニュースは全国レベルだ。

  倉田が、自分の力で押さえつけられるような代物じゃないぜ。

  それに、これがキッカケで、彼の悪事が表にさらされたら」

 「でも、そんなことしたら彼が―――」

 「忘れたかエリス。もうレッドスパルタはいないんだ。誰が喋ろうと制裁を受けることは無いんだ」

 「!!」

 すると、あやめは言う。

 「問題は、ゴーレムを操る犯人が、この状況でどう出るか」

 その時、あやめのケータイが鳴った。隼からだ。

 8時に、捜査本部に来るようにとの事。

 3人はすぐに食事を済ませると、ホテルをチェックアウト。Z33を下田署へと走らせる。

 捜査本部は慌ただしい戦争状態。

 まず、隼は3人に事件の経過を誰かに喋っていないかを聞いた。

 「話していないどころか、粉飾決算とか県議会議員買収とか、もう寝耳に水ですよ」とあやめ

 反論するように、大介が口を開く。

 「もし俺たちが喋ったのなら、記事の見出しはバス転落事故の話になるはずだ!」

 「そうだよな・・・いや、悪かった」

 「一体、だれが駿河新聞に?それより、この話は本当なんですか?」

 「新聞社には市川警部が行っている。踊子高校の関係者が告発したことも視野に入れて、今、高垣と深津、地元刑事が聞き込みに行ってる。

  今分かっていることは、この話がタレコミとして新聞社に持ち込まれた事くらいだ。編集部がスクープとして朝刊の記事を締切寸前ですり替えたらしい」

 「そんな、週刊誌ならともかく、新聞だぜ?事実関係を調べないで掲載するなんて」と大介

 「それだけの証拠も、添付されていた可能性が高い。

  この記事にも、具体的な数字や名前が載っているしな」

 すると、エリスが言う。

 「で、クラタは?」

 「報道陣が湯煙国際観光本社と、自宅の豪邸を取り囲んでいるが、依然沈黙。こちらが電話しても、回線を切ったのか不通だ。確実に言えることは、伊豆観光業回復の起爆剤となるはずの“ペインシープロジェクト”は完全に破たんした事だ。

  レッドスパルタは、構成員の9割を逮捕したよ。ほとんどが未成年で軽犯罪だから、恐らく」

 「少年法の適応で、少年鑑別所?」

 隼は頷いた。

 「名前が出ていた県議会議員は、この後正午に記者会見を行うそうだ。JRも会見を行って、プロジェクトからの撤退と、ラッピング列車の運行中止を発表する予定だ」

 「半年前の議員みたいに、号泣しなければいいけど」

 「この静岡を変えたいとか言われても・・・何か皮肉だな」

 「それと、昨日の自動車火災の仏さん。司法解剖の結果が出たよ」

 そう言って、手元の書類をあやめに手渡した。

 「胃の中の内容物は・・・金目鯛?」

 「確か、あの時のメニューにも金目鯛が」とエリス

 「ええ、下田は金目鯛の水揚げ高が全国一だから。

  じゃあ、あの遺体は渡部ってこと?」

 結論はまだ早い。更に読み進む。

 すると、米の他に、大豆や塩の成分。

 「これって、西京味噌の成分。つまり、金目鯛の西京焼き?」

 「あの料亭の金目鯛のメニューは、確か最後に出てきた茶漬けだ」

 「西京焼きは、お品書きに一切出てこなかったわ。仮にこの遺体が渡部琉輔なら、胃から西京味噌の成分が出てくることは有り得ない」

 「それに見てくれ、あやめ。チョコレートの成分も」

 「本当。かなり高純度のカカオね」

 それを聞いて、エリスと隼は目を合わせた。

 「ミスターハヤト」

 「間違いない」

 エリスは、2人に話す。

 「ワタナベの父親、渡部慎は、私達と会った時にスイス製のチョコレートを食べていたんです」 

 『!?』

 「あのラベルからして、高純度のカカオを使った高級チョコに間違いないわ」

 「じゃあ、あの焼死体は渡部の父親?でも、あの車は渡部の・・・まさか!!」

 あやめはゆっくりと書類を置くと、言う。

 「自分が死んだと偽装するために、父親を殺した。親子なら、DNAも偽装できるとでも思ったのでしょうね。

  それでも・・・残酷」

 「だとすると、ワタナベはどこに?」

 「兎に角、君達は一刻も早く渡部琉輔を逮捕してくれ。ゴーレム精製犯かどうかはともかく、何かを知っていることは確かだ。

  それから、残る標的、岡田と篠乃木の殺害阻止。倉田達による小林リョウ殺害動機。これも併せてやってくれ。

  私はこれから、宮地達と共に、ラセツを県警本部へ護送する」

 『了解!』

 解散後、あやめは車のタイヤ交換のため、最寄りの警察車両修理工場へ向かった。

 一方、大介とエリスは伊豆急下田駅へ。

 9時6分発の熱海行き普通電車に乗り込む。

 丸みを帯びた先頭に、車体を交互に包む赤と青の帯。休日には特急「アルファリゾート21」として運用される伊豆急行の電車だ。

 ボックスシートの普通座席に座るのと同じタイミングで、電車が走り出した。

 熱海まで各駅に停車する。

 電車は、かつて3人が戦った伊豆熱川や伊豆高原を経て、どんどん北上する。

 「もうすぐ富戸か・・・」

 車窓を眺める大介の肩に、何かがのしかかった。

 見ると、隣で眠ったエリスが彼の肩に頭を預けている。寝顔も柔らかく無防備。

 一瞬、心臓の鼓動が早くなったが、大介は落ち着き、微笑んだ。

 (昨日は大変だったしな。そっとしておこう)

 大介は、髪の中でピクンと動いた獣耳をひと撫ですると、彼もまた眠りについた。


 一方、あやめはタイヤ交換を終え、東伊豆沿岸を走る道路を北上していた。

 「思ったより早く済んだわね。

  でも、この事件が終わったら修理に出さなきゃ。車検もあるし」

 あやめは一旦、沿道のコンビニエンスストアに立ち寄った。

 見慣れたロゴは、茶色と白を基調としたオリジナル。この周辺には海水浴場があり、景観を損ねないようにとの配慮がなされていた。

 「へえ、京都だけじゃなかったのね」

 そう感嘆するあやめの背後に、デロリアン DMC-12が停車した。

 ハリウッド映画でタイムマシンに使われ一躍有名になった車だ。だが、スモークを貼っているのか、乗っている人の顔は見えない。

 (いけない。見とれてる場合じゃないわね)

 あやめは店に入ると、カフェラテを購入し、車に戻った。

 Z33を発進させると、少し遅れてデロリアンも走り出した。

 間に軽自動車を1台挟み、一定のスピードで走る両車。

 道路は沿岸を走り、山を縫う。

 (あのデロリアン、この車をつけてる?そんな筈はないわ、自意識過剰なのかしら?)

 自分の中で、自問自答するあやめ。

 しかし、あのコンビニでの不自然さに、やはり違和感を覚える。

 道の右手に海岸が見える。河津に差し掛かった。

 T字路で赤信号にぶつかる。左手は伊豆急河津駅。

 青信号。だが、デロリアンはずっと後ろをつけてくる。

 やはり、気味が悪い。

 その後も、交差点を曲がらず、コンビニにも寄らず、デロリアンは走る。Z33の後ろを。

 あのスモークには、恐怖を覚えずにはいられない。

 そこで、賭けに出た。

 稲取に差し掛かった時、途中に小さなガソリンスタンドを見つける。セルフではない、従業員のいる。

 Z33は、ここへ入った。

 ボックスから出てきた従業員に、レギュラーを注文する。

 車は何台も走ってくるのに、デロリアンの影が見えない。映画みたいに、異世界に消えたか?

 否、恐らくこの近くに隠れている。

 さらに時間を稼ぐため、支払いの際、さりげなく従業員に聞いた。

 「あの、伊豆アニマルキングダムって、どの道を行ったらいいんでしょうか?このナビ古くて」

 「それならですね、この道を真っ直ぐ行きまして・・・」

 話を聞くふりをして、サイドミラーを見る。

 ビンゴ。

 スタンド脇の道から、デロリアンが出てきた。

 待ち伏せに失敗したと分かると、本線に戻り、走り去った。

 「ありがとう」

 従業員の男性に礼を言うと、あやめはZ33を走らせた。

 この先は住宅街。隠れる場所は無い。

 Z33は道を外れ、稲取駅へ向かう道路へ。そこから側道に。海と線路に挟まれながら走り、小さなヘアピンカーブを超えて、再び本線へ。

 考えが甘かった。そのすぐ先の道の駅で、デロリアンが待ち構えていた。

 「冗談でしょ?」

 Z33が走り去ると、デロリアンが動き始めた。

 再び一定間隔で走る。

 「どうやら、このデロリアンは、スピルバーグ映画のファンらしいわね・・・追うのは、赤い車だけにしなさいな」

 カフェラテを一口含むと、アクセルを踏み速度を上げた。

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