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「・・・ス・・・リス・・・エリス!」
誰かが呼ぶ声。
目を開けると、そこには無機質な空間が広がっていた。
「エリス!気が付いた?」
声の主は横にいた。
安堵の表情を浮かべたあやめ。
「ここ・・・は?」
「救急車の中。
あなた、滝壺に沈んでいたのよ。大介が気付いて助けなければ、今頃・・・」
そこへ車のドアを開き、大介が乗り込んできた。
服は着替えたらしいが、髪はまだ濡れている。
「気が付いたか!」
「ダイスケ・・・」
「大分弱っているな・・・無理もないか。見つかった時、息していなかったし」
「息・・・していなかったって?じゃあ、人工呼吸を?」
「ああ、したけど。
大丈夫さ。マウスピースを使ったから」
すると、弱弱しく握った手を口元において、エリスは言った。
「ファーストキス・・・奪われちゃった」
だが、大介の反応は
「中学生のガキじゃないんだから。
第一、もうファーストキスはローマで済ませただろう?血の味のするな」
「もう!ダイスケには、ムードってものが無いの?」
担架から起き上がり、大介に怒る。
「生憎。今のところ入荷待ちだよ」
「病人をいたわる気持ちとかね―――」
「それだけ元気なら、病院行かなくても大丈夫だろ」
そう言うと、2本の缶コーヒーを出した。
「で、寒くないか?エリス」
「うん」
「そうか・・・飲むか?」
「頂くわ」
「私も」
エリスとあやめの手に暖かい缶を渡すと、救急車のステップに腰掛け、缶コーヒーのプルタブを開けた。
苦くも甘い味が、彼の喉を流れていく。
「さて、エリスも回復したことだし、ゆっくりと帰りますかね」
「そうだな」
大介が立ち上がった時、血相を変えて、膳場刑事がやってきた。
「検問中の警官から、緊急連絡です!
“レッドスパルタ”のクライスラー数台が、修善寺検問を突破し、こちらに向かっていると」
「何ですって!」
「倉田め。あやめの報復に出たって訳か」
すると、あやめはフッと笑って言う。
「ならば、受けてあげないとね」
「正気か?奴らはマシンガンで武装しているかもしれないんだぞ」
「大介、忘れたの?
あのZ33は、警察一頑丈な車なの。大丈夫よ」
そう言うと、あやめは膳場刑事に、この救急車をパトカーの護衛付きで、修善寺まで走らせるように指示を出し、エリスと大介をZ33に乗せる。
サイレンを鳴らし、パトカーに挟まれた救急車が出発するのを見送った。
あやめは、膳場刑事に話す。
「あれだけの護衛なら、引っ掛かってくれるハズ」
「まあ、気休めの時間稼ぎ程度にしかならないと思いますが、無いよりマシですよ。ウチの連中はタフですから。
それより、早く行った方がいい。ここの事は、私に任せて」
「ありがとうございます」
あやめは一礼すると、車に乗り込み、天城街道へのダウンヒルへと向かうのだった。
既に時計の針は、零時を指そうかという刻。
純白のZ33は、ヘッドライトを照らしながら、漆黒の森を駆ける。
「今、どの辺りかしら?」
運転しているあやめが、不意に言う。
「道の駅“天城越え”を通過したから、もうすぐ天城山に差し掛かるんじゃないか?」
「成程ね・・・」
目の前にワゴン車が見え、Z33は減速した。
夜だと言うのに、対向車によくすれ違う。
暫く走るも、何も起こらない。3人は後方を気にしながら、天城山へと走る。
その時
「来た!」
猛スピードでバックミラーに現れた光。
独特のエンジン音が、嫌というほど、聞こえる。
「予想よりも早かったわね」
「アヤ、どうする?」
「無論・・・逃げるが勝ち!」
あやめは対向車線に出ると、アクセルを踏み、前を走るワゴン車を追い抜いた。さらに、その前を走る別の車も1台、2台。
カーブを次々に抜けていく。
「見えなくなった」
「撒いたのか?」
エリスと大介は安堵を口にするが、あやめは違った。
(おかしい。
私達を本気で追いつめたいなら、バックミラーからヘッドライトが消えるわけがない)
次の瞬間
「アヤ!」
「しまった!」
前方の道を2台のクライスラーが塞いでいる。周囲にはEM-2を手にした若い男が数人。
咄嗟に、左に見えた脇道に、Z33は進入する。
しかし、その道は、街頭が無いどころか、アスファルトさえ整備されていない荒れた道路。
「しまった。アルペンコースだ!」
車内は揺れ、車体がスクラッチと浮遊を繰り返す。
「インプやランエボなら、もう少し、まともに走れるのに」
「それはあっちも同じだ。ハマーH2ならともかく、クライスラー 300ときている。
不利なのは、俺達だけじゃない」
「でも―――」
「弱音を吐くな。あやめ。
この車の頑丈さ、スピードは、あやめが良く知っている。そうだろう?
行けるさ!」
Z33は、狭い上り坂を、出来るだけ速いスピードで上っていく。
この先は、あの「伊豆の踊子」にも出てきた旧天城トンネルがある。
バックミラーに、ヘッドライトは依然映らない。
坂を上りきり、目の前に苔の生えたアーチ形のトンネルが現れた。
ガス灯を模した仄暗い証明に照らされた、石造りの内部は、いかにも幽霊が出そうな雰囲気を醸し出していた。Z33は、トンネル入口で一旦停車。
「これが、天城トンネル?何か、嫌な感じ」
「まるで、カタコンペみたいだ」
「観光は、昼が絶対お勧めって訳だ。
どうこう言っても仕方ない。進まないと、すぐに追い付かれる」
「だよねぇ」
あやめは、ため息を吐いて、車を再び発進させる。
トンネル内は、車1台すらギリギリ通過できるか不安になる狭さ。
減速しながら、遠くに迎える闇へと突き進む。
エンジン音が、不気味に反響する。
ビデオカメラでも回していたら、いるはずのないものでも映り込みそうだ。
やっと出口が見えてきた。瞬間!
「しまった!」
あやめが叫んだ。
その理由は考えずも、前に提出された。
前方を照らす無数のライト、そこに浮かび上がるシルエット。
既に“レッドスパルタ”の連中が待ち構えていたのだ。
「バックするわよ!」
ギアをバックに入れた時、後ろから迫るエンジンの唸り。
突然照らしたヘッドライトは、衝撃と共に消える。
「体当たりしてきやがった!」
「分かってる!二人とも大丈夫?」
エリスと大介は、頷いた。
「マーチ!」
人影は徒党を組んで、トンネルを塞いだ。それを操る怒号。
聞き覚えがある。
「よう。あやめちゃん」
図体のデカイそいつは、兵隊の背後から、読んでいた。
呼ばれたからには、答えなくては。
無線を引っ張り、外部スピーカーに切り替える。
「何時間ぶりかしら?」
矢部ケン。
彼が出てきたということは、伊豆を牛耳る暴力部隊の勢力が集中したと言っても過言ではなかった。




