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 河津から天城峠を越え、修善寺を結ぶ天城街道。

 沿道には旧天城トンネルや河津七滝かわづななだるといった観光名所、道の駅が点在する伊豆屈指のドライブコースである。

 夜も更けたこの道を、青いシングルランプを点滅させ、サイレンを鳴らしながら、Z33が北上していた。

 「確かなの?」

 巫女装束に身を包んだあやめが、後部座席の大介に言う。

 「十中八九間違いない」

 彼らが急ぐ訳、それは数十分前に入った通報が理由だ。

 街道北側、修善寺寄りの場所に位置する浄蓮の滝。その駐車場で車が爆発炎上していると、通りかかったドライバーから通報があった。

 炎上しているのは、黒のベントレー コンチネンタルGTだという。

 「ベントレー コンチネンタルGTは、高級外車だ。

  そう簡単に、誰でも手に入れられる車じゃない」

 「だとしたら、渡部が犯人に?」

 すると、エリス

 「待ってよ!

  この事件が、一連の事件の犯人の仕業だとしたら、ゴーレムを操っている犯人は、彼じゃないって事?

  そうじゃないと、彼が命を狙われる理由が、分からないわ」

 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

  結論は、現場で出そう」

 

 下田を出て、30分強。

 現場に近づくにつれて、空が明るくなってきた。

 夜が明けたわけでは無い。

 駐車場には、たくさんの消防車とパトカー。

 車から降りると、けたたましいサイレンと、熱風が彼らを包む。

 黒い車体の上で、狂ったダンスを踊る炎。そこに注がれる大量の水。

 時折、小爆発を起こしている。

 消防士は、懸命に小さい標的に一斉放水をしている。

 周囲の樹木に引火しないように。

 「おい!化学剤、持ってこい!」

 消防士の1人が叫んだ。

 取り巻きとして傍観する3人も、炎の強さに言葉を失う。

 炎の上げる、不気味な声。

 熱さが、まるで針のように、皮膚へと突き刺さる。

 「凄まじい炎だ。渡部が乗っていたとすれば、生存は限りなく絶望だ」

 「確かに・・・やはり、雪女の状態は、きついわ。体が溶けそうなくらい、しんどい」

 あやめが、地面にしゃがみこんだ。

 「車に戻った方がいい。情報収集は、俺とエリスに任せて」

 「その言葉に、甘えさせてもらうわ」

 Z33の車内に戻ったあやめは、クーラーを全開にして、ハンドルにもたれかかった。

 炎上する車を睨みながら、彼女は思った。

 (下田からここまでは、法定速度で走ったなら1時間かかるわ。

  どうして、こんな場所に来たのかしら?命を狙われている立場なら、尚更)

 結局、炎が鎮まるまで、それから30分を要した。


 日本円で2000万円以上する高級スポーツカーは、炭化した骨組みとなって、消防の照明車の光源内に横たわっていた。

 ナンバープレートから、渡部の車であることが判明。

 やはり、車内から1人の遺体が見つかった。

 「ひどいわね・・・」

 エリスは、鼻を押さえながら言った。

 夜の天城を照らした自動車火災は、事件と事故の両面で捜査されることとなり、修善寺南署の膳場ぜんば刑事が担当することになった。

 こちらも、深津刑事と親交のある刑事だ。

 「第一発見者は、ここを通りかかった青年で、通報者と同一人物です。

  話によると、この駐車場に見慣れない高級車が停車しており、不審に思った通報者が駐車場に乗り入れたところ、突然爆発、炎上したとのことです」

 あやめ、大介に話す膳場。

 「自殺?」と大介

 「まだ、断定はできませんが・・・。

  死亡したのは、体の表面的特徴から、男性の可能性が高いですね。

  ただ、遺体の損傷が激しく、詳しく調べてみないと・・・」

 「炎上した車のナンバーから、所有者の渡部琉輔の可能性がありますが、彼の家族と連絡は?」

 「それが・・・」

 膳場刑事は、言葉を濁す。

 「父親が、行方不明だと」

 『!?』

 「自宅に連絡したところ、誰も出なかったので、病院に連絡をしました。

  すると、院長室から姿を消した、と」

 「腹壊してトイレに籠ってるんじゃ」

 そう言った大介のスマートフォンが振動する。

 隼から。

 「もしもし、親父?」

 ―――さっき、富士見病院に寺崎と宮地を向かわせたんだが、病院のどこにも、父親の姿は無い。

 「トイレにも?」

 ―――勿論。

 「1人肝試ししているって可能性は?」

 ―――アホッ!そんな事して何が楽しいんだ!

  だが、本当に幽霊にでもさらわれたみたいだと、寺崎は言っていたな。

  専用駐車場に、彼の愛車が停まっているにも関わらず、見当たらない。

  ここを出るバスは、地元路線、コミュニティーバス両方とも、今日の運行は既に終わっている。

  徒歩だとしても、ここから市街まで約20分だし、フロントで業務するスタッフが気付いていないのも変だ。

 すると、あやめがスマホを取り上げた。

 「彼を、最後に見た時間は?」

 ―――待ってくれ・・・宮地君の話だと、午後7時前後だと。

  怪しい人物を見た人間も、1人もいないと。

 午後7時前後。それは、3人が料亭で会食している時間だった。

 「渡部琉輔は?」

 ―――そっちも、確認は取れていない。

 「分かりました」

 あやめはスマホをタップすると、膳場刑事に言った。

 「至急、この遺体を、司法解剖に回してください。

  その際、胃の内容物も調べるように」

 「胃の・・・内容物ですか?」

 あやめは、頷いた。

 「まさかアヤは、この遺体が、渡部か父親のどちらかと睨んでいるの?」

 「そうよ」

 「でも、どうして胃を?」

 「忘れたの?渡部琉輔は、ついさっきまで、私達と食事をしていたのよ。

  あの火災で、ただでさえ損傷が激しい遺体よ。どちらの人間か、すぐに判別するのは不可能。

  だけど、胃の内容物は、そう速やかに消化吸収されるものじゃない。

  すぐに解剖して、その内容物を、あの料亭で出されたお品書きと比較するの。

  そうすれば、おのずと答えが見えてくるわ」

 膳場刑事は、ケータイを出した。

 「この近くで司法解剖を行えるのは、伊豆の国市にある常盤ときわ院大学附属静岡病院ですが」

 「成人の食物吸収にかかる時間は、約4時間半~5時間。

  会食から3時間だから・・・なんとかセーフってところね。膳場さん、お願いします」

 「分かった」

 すぐに遺体が、警官数人の手で車に載せられ、駐車場を後にした。

 赤色灯を点け、北へと走る。

 大介が、話し始める。

 「膳場さん。出火原因は、分かりましたか?」

 「鑑識が、調べているが―――」

 その時

 「膳場刑事!」

 鑑識員の1人が、叫んだ。

 4人は、そちらへ移る。

 「見てください」

 車の助手席側、足元に部品が散乱していた。

 リード線に、破裂した乾電池、焼けた電子回路。

 「明らかに車のパーツではありません。恐らく、遠隔操作式の爆弾かと」

 「珍しいですね」とあやめ

 「ええ。遠隔操作式なんて、鑑識をしていて初めて聞きましたよ」

 「私も、あまり見ませんね」とエリスも。

 この中で納得していないのは、大介だけだろう。恐らく、読者も。

 「珍しいか?」

 すると、エリスが話し始める。

 「まあ、映画とかじゃあ、犯人がケータイを操作して、車だとかビルが吹き飛ぶってのは、お約束だけど、現実じゃあ、まずあり得ない。起爆のための電波と、それ以外の電波の周波数が同じだった場合、誤爆し、爆発による犯人の目的を達成できない場合があるからね」

 「となると、爆弾は俺たちと別れてから?」

 「半分正解、半分不正解ね」

 「どういうことだ?・・・そうか、俺たちと別れてから仕掛けられたとしても、ここに来るまでに爆発していない保証はない。何せ電波が飛び交うご時世だ。

  じゃあ!」

 「そう、爆弾は、この駐車場内で仕掛けられた可能性が高い、といえる訳で」

 瞬間、エリスとあやめは、気配を察した。

 「アヤ?」

 「ええ。妖気ね・・・富戸や熱川で感じたのと同じ」

 「すぐ傍よ。どうする?」

 2人は、目配せを交わし、動いた。

 「この駐車場を封鎖してください。犯人が潜伏している可能性があります」

 「分かりました!」

 膳場刑事が、警官に指示を出す間、エリスら3人は、浄蓮の滝へ向かう入口でスタンバイ。

 大介は懐から出したCZ75の装弾を確認、あやめも銃を手にし、ペンライトを取り出す。

 ライトが、傍の「伊豆の踊子像」を照らす。

 少し遅れて大介のライトも。

 「行きましょうか?」

 「ちょっと待て。エリスは?」

 「吸血鬼の状態なら、暗闇で目は冴えわたっているし、武器も」

 そう言って、血の様に赤い爪を彼に見せた。

 頷いた大介を見て、全員は暗闇へと飛び込んだ。

 森の中を貫く一本道。木のざわめきと、水の音。

 煌煌と照らす紅い灯も、遠くへ。

 川と並行する遊歩道に出ると、涼しく心地よい風が、彼女らを包んだ。

 しかし

 「大介、ライトを消して」

 「え?」

 彼は、言われたとおりに、ペンライトの明かりを消した。無論、あやめも。

 「すごい妖気・・・5体・・・10体・・・いやもっと!」

 あやめは銃を袴に挟み、右手を川へ。

 「氷花。じん!」

 流れに逆らった水が、彼女の手の中で凍り、刀を形成した。

 その刹那!

 森の中、川の向こう岸から、幾多の生物が。

 肌の色や、目の数から、どう見ても動物じゃない。

 「しまった!モウリョウだ!」

 モウリョウ―それは、バイオテクノロジーで量産された妖怪の事である。

 大軍となって行動するも、その耐久性は脆い。

 大介は、以前の難波事件で初めて交戦している。

 「大介、視える?」

 「暗闇に、順応できたばかりさ!」

 「そう・・・なら!」

 鞘を抜き、川へ投げ捨てると、水の下たる刃が、向かい来るモウリョウを両断する。

 その背後では、大介のCZ75が、錫杖の音を奏でながら聖弾を撃ち出す。

 「大介!」

 「しまった!」

 彼の死角から、牙を剥き出しにしたモウリョウが飛び出してきた。

 (ヤバい!)

 だが、瞬きする間なくエリスの赤く尖った爪が、絶叫と共に切り裂く。

 「大丈夫か?」

 「ああ・・・!!」

 エリスの背後に、それは見えた。

 先にある茶屋から飛び出す影。

 「エリス!」

 大介の指差す人影を、振り返り確認すると頷き、そちらへと走る。

 長い遊歩道をひた走り、茶屋を横に上流へ。

 遊歩道の終点には、月明かりに照らされた大きな滝。崖から豪快に落下するそれは、高さ25メートルと伊豆最大級を誇る浄蓮の滝。

 エリスは遊歩道を乗り越え、足元に広がる河原の岩を華麗に飛びながら、滝の傍まで来た。

 滝からかなり離れているハズなのだが、ここまで水しぶきが飛んでくる。

 だが、肝心の人影は消えた。

 (この滝が、終点デッドエンドのハズ。どこへ・・・)

 刹那、凄まじい妖気が!

 (背後!)

 振り返りながら後方へ飛ぶ彼女に、ゴーレムの拳が飛んでくる。

 岩に着地すると、自らの意思で鋭利に尖らせた爪を振るいながら、ゴーレム目掛けて飛びかかった。

 顔面にかかれたEmithの文字が消え、ゴーレムは唯の土に。

 (左に2体。後ろに1体!)

 間髪入れず、エリスは舞いながら赤い爪の一撃を、左から現れた2体のゴーレムに、すかさず後ろ回し蹴りを残る1体に入れた。

 2体は消え、残る1体も、滝壺へと消えた。

 「所詮は泥人形・・・か。

  やっぱり、奴は死んでいなかったってことか?」

 そうなると、1つ疑問が残る。

 (それにしても、どうやって私たちに気付かれずに、モウリョウを?)

 その思考は、一瞬で止まった。

 滝壺から、ゴーレムが襲いかかってきた!

 「チッ!」

 低めの体勢で交わしながら爪を伸ばし、自分の上を通過するゴーレムを真っ二つに切り裂く。

 だが、彼女は更なるゴーレムに気が付かなかった。

 「!!」

 河原の岩が集合し、巨大な人形を作り上げていた。

 気づいた時には、鉄拳が腹に入り、その反動で滝壺に飛んでいく。

 水中に沈んだ彼女が水面に上がると、先程のゴーレムが待ち構えていた。深い滝壺にまで足が届いている。

 泳いで逃げようとしても、出来ない。

 両腕を後ろに回され、濡れた長い髪を掴まれると、頭を水の中へ押し込まれる。

 口からあぶくを吐きながら、足をばたつかせ抵抗する。

 目の前が霞みそうになった時、頭が上げられ、水中から帰還した。

 咳き込み、大きく息を吸う彼女の視界に、人影が見えた。

 大きな岩の上に座り、両手で頬杖をついている。

 (ワタ・・・ナベ・・・か?)

 だとしても、体形が小さい。

 どう見ても・・・。

 「ねえ、きもちいい?」

 声で、確信した。あの人影は少女のそれだ。

 でも、こんな山奥にどうして?

 考える暇を与えず、再び頭を水中に。

 息を止めていても、苦しい。

 水からあげられ、息継ぐ間に少女の声。

 「ねえ、きこえてる?きもちいい?」

 (何を言っているの?この子は)

 三度、水中へ。

 抵抗する気力も無くなってきた。

 それどころか、フワフワと浮遊する感覚が、体を包み込む。

 (これか・・・確かに、どうしてだろう?とても、気持ちいい・・・)

 引き上げられ、同じ質問が。

 エリスは、何度も頷いて答えた。

 「そっかあ。きもちいいんだね。

  よかったね。死んじゃう前に、きもちよくなれて」

 (今、何て言った?死んじゃう前に?)

 「じゃあね。エリスちゃん」

 「あなt―――」

 今度は水中深く、体が引きずり込まれた。

 頭が、ぼうっとしてきた、気道に水が入ってくる。

 ゆっくりと沈む、エリスの体。

 (私、死ぬの?

  アヤ・・・ダイスケ・・・)

 霞んだ瞳は、月光に照らされる水面を最後に、ブラックアウトした。

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