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 かつての東京駅地下で起きた、エリスへのトラウマ。

 それと同じ事態が、静岡県下田市でも展開されようとしている。

 卓の上で、仰向けにされたあやめの眼に入るのは、野獣と化した倉田。

 手にしたガラス片が、彼女の頬に当てられる。

 見開いた目に、歯を見せて笑みを浮かべる口元。

 その表情を例えるなら、“マーズ・アタック”の火星人が妥当だろうか。違いと言えば、脳みそが丸出しではないことと、人間の言葉を話せることくらいだろう。

 その場面を見て、渡部が口を開く。

 「おい、倉田。やめないか?

  こんな場所で、みっともないぞ」

 「渡部。こいつは、僕と彼女の話だ。引っ込んでろ!」

 一人称が僕に変化した。

 恫喝に負け、渡部は隣の部屋へと消えた。

 「僕は楽しくて仕方ないよ。こんなに綺麗な女に、罰を与えられるんだからな」

 「罰?」

 あやめは冷静に、氷のように冷たく、倉田の言葉を返した。

 「そう、罰だ!僕を罵り、軽蔑した罰だ!」

 「・・・」

 「地元じゃないからだなんて、もう言わない。容赦はしないからな!

  僕の手で、その体に教えてやる!」

 頬に当てられたガラス片が、首へ移動する。さらに鎖骨を抜けて、胸の近くへ。

 倉田の笑みは止まらない。あやめの表情も、変化はなし。

 「どうした?叫べよ」

 「・・・」

 「ああ、そうか。レディには、こうしなくちゃね!」

 彼は、ガラス片を捨てたかと思うと、スーツとシャツを一気に剥いだ。

 ボタンが畳に飛び散り、雪のように白い肌と胸の下着が、露わになる。

 「あやめ!」

 一瞬眼を瞑り、しかめた表情を、大介は見逃さなかった。

 あやめは、無理をしている。

 「クラタ!やるなら、私にやれ!

  アヤは、関係ない!」

 「ああ、そうさせてもらうさ。

  でも、一番好きなものを最後にいただくのが、僕の主義なものでね」

 赤い爪が光る手を開き、今にも襲いかからんエリスを止めているのは、後頭部に突きつけられた銃だけだった。

 大介はというと、ただ前を見ていた。

 胸元にしまった、CZ75を出すタイミングを、ここぞとばかりに見ながら。

 しかし、倉田は指示を出す。背後が視えていないにも関わらず。

 「よお。大介だったか?

  胸元に銃があるのは、分かっているぜ。

  抜けるもんなら、抜いてみな?その代わり、この女を盾にしてやる」

 「さあ、何のことだ?」

 「とぼけるな。

  賭けたっていいんだ。俺の背中に穴が開くか、彼女のランジェリーが赤く染まるか。

  銃を、こっちに放れ」

 大介はスーツの中に隠したショルダーホルスターから、CZ75を取り出した。

 悪用されないよう、弾倉を外し、スライドをホールドオープンさせて、畳の上に置いた。

 とたん、後ろにいた2人の兵士に脇を掴まれた。

 「おいっ!何をする」 

 「そこにいる男を、外へつまみ出せ。変な動きを見せたら、射殺して構わん」

 「そんな・・・ダイスケッ!」

 「エリス!あやめを・・・あやめを頼んだぞ」

 脇を抱えられ、大介は強制的に、その場を離脱した。

 エリスに銃を突き付けていた兵士は靴を脱ぎ、こちらへと上がってきて、襖を閉める。

 「そうか・・・ダイスケに妨害されないように、私達を隔離したって訳か」

 「お望みなら、2人が無理矢理されるのを、彼に見てもらうってのもあるけど、どうかな?」

 「変態!」

 「姉ケ崎君は、どう思うかな?」

 倉田は、あやめを見た。

 表情に全く変化が無かった。

 「どうしたんだい?怖くて、声が出ないのかい?

  僕は抵抗して大声で叫んでくれた方が、盛り上がるんだけど」

 すると、あやめが吐き捨てた。

 「だったら?」

 「なにっ?」

 「私が声を上げないのは、あなたの下衆さに呆れ果てているだけ。

  倉田。あなたは偉くも強くもない。

  自分の気に入らないことは、他人の力を使って押さえる、ただの幼稚なお坊ちゃま。

  しかも、内弁慶がおまけに付く、ね」

 刹那、あやめの顔面を、倉田は殴った。右頬が赤くなる。

 その場面を見たエリスの怒りは、頂点に達した。

 殺気に満ちた眼で、倉田を睨む。

 「テメエ!」

 「エリス。いいの。押さえて」

 「だけど―――」

 「お願い!」

 強い口調のあやめに、エリスは黙った。

 (雪女のDNAが強い状態の強硬姿勢。あやめは、何か考えている!?)

 倉田は続ける。

 「どうだ?自分の力を使ったぞ。もう、お前に―――」

 「だから、幼稚なのよ」

 「んだと、テメエ!殺すぞ!」

 「今の拳は、私が同じ状態に置かれた女性たちと違う行為を取ったことに対する葛藤の解決。

  自分の力を行使した証明にはならないわ。

  もしかしたら、あなたは私に、殴られた恐怖で泣き叫んで、外にいる大介の名前でも叫んでほしかったんでしょうけど」

 「・・・」

 「図星ね。その幼稚さに、何人の人生が狂ったのやら」

 彼の顔から笑みが消えていた。

 拳を構え、捨て台詞を吐く。

 「このアマ!それい―――」

 「それ以上殴ったら、あなたを公務執行妨害で逮捕しますよ」

 倉田の言動を押さえつけ、あやめが優位に立った。

 「できるのかよ。

  渡部に証言させようたって、そうはいかないぜ。コイツは僕サイドの人間だ」

 「しなくても、エリスがいるし、外には大介がいる。

  誰かが一部始終を話せば、それまで」

 「馬鹿が!全員殺せば―――」

 「それに、あなたには事件の容疑がかかっているしね」

 「容疑?」

 「3年前のバス転落事故・・・いえ、故意に起こされた事件の方が、正しいわね」

 倉田が狼狽の表情を見せた。

 「どうして・・・ぼ、お、俺が?」

 「あの事故を、本部の方で再度検証してみたのよ。そしたら、事故現場にはもう1台の車がいたことがわかったの。それを踏まえて捜査をしたところ、事故の直後、現場から少し離れたコンビニで回収された防犯カメラの映像に、あなたの会社のタクシーが映っていたのよ。逆算して現場の道路を通過した時間とバスの転落事故発生の時間が、ほぼ一致」

 「そのタクシーの運転手が、犯人って訳か」

 「そうとも限らないわね。

  映っていたタクシーを調べた結果、車両は湯煙国際タクシーの215号車と判明したわ。会社に問い合わせたら、交通部の部長さんが答えてくれたわ。納車した翌日に廃車扱い。乗車した運転手は1人もいないのに、よ」

 「それで、俺が犯人と?」

 「あなたが社長を務める会社よ。何か知っているかしらって」

 「知る訳がないだろう」

 「でも、そうなると、おかしな話ですよね。

  バス転落事故と同時刻に、あなたの会社のタクシーが現場を通過。それだけじゃなく、事故の前に起きた熱海大火災で焼失したホテルも、湯煙国際観光が買収したばかりだった。さらに、バスには、あなた達にいじめられていた小林リョウが乗車していて、一命を取り留めたにも拘らず、謎の突然死。

  これって、偶然でしょうか?」

 すると、倉田は笑った。

 「警察は、偶然だけで、小市民を容疑者扱いにするのか?

  バスもホテルも、誰かのミスで、大勢が勝手に死んでいった。それだけの事じゃないか!」

 「勝手に死んでいった?」

 「そうだ。誰が死のうと、何人死のうと、俺には関係ない」

 「ということは、あなたの友達が死んでも、関係ないと?」

 「国木田や里菜が襲われようと、所詮は他人」

 「随分冷たいわね。

  あなた、彼等や自分の会社の社員を“友達”って言っているらしいけど、その言葉と矛盾しないかしら?」

 そう、あやめが言うと

 「Friend」

 そう、倉田は言い、続ける。

 「この言葉を、同じ意味を持つ、別の言葉に言いかえるとしたら、何を当てはめますか?

  must=have to、if=i wishといった具合に」

 「・・・」

 「私は、こう定義するんですよ。

  friend=human or tool。つまり、“ヒト”か“モノ”か。

  humanヒトとしての友達は、私に更なる人間関係の発展とコネを約束してくれる。

  一方でtoolモノとしての友達は、いわば駒。人生という盤上で優位に動いてくれる。相手に取られるその瞬間までね」 

 「じゃあ、篠乃木里菜は、どちらかしら?」

 「難しいが、モノ寄りのヒトだ。

  彼女のお陰で、少し弱いが、アニメ業界にパイプを作ることができた。

  だが、ペインシープロジェクトの枠内で見れば、彼女はタイアップアニメで声を演じた、新進気鋭の声優であり、看板の役割も担った使える奴という訳だ」

 あやめは、笑みを作った。

 「それが、あなたの宗教って訳ね。悪くはないし、本質としては正解でしょうね。

  友達は、ヒトかモノか。大いに同感ね」

 「アヤ!」

 エリスが不意に叫んだ。

 そんな言葉が口から出るとは思わなかったから。

 「でもね、私の経験が正しいなら、その方程式を唱えた人間は、必ずと言っていいほど、ある言葉を口にせずに死んでいったわ」

 「ある言葉?」

 「歌にある通りよ。

  I think to myself. What a wonderful world.

  何と素晴らしい世界、ってね」

 その瞬間、倉田は大笑いし、あやめの上からどいた。

 久しく解放された彼女は起き上がり、倉田を見た。

 「あなた達は、今まで出会った中で、一番面白い人たちだ。

  ・・・おっと、人間以外が1人いましたが。

  また、会いましょう。

  その時は、逮捕状でも土産に持ってきてくださいな」

 笑みを作ったまま、部屋から立ち去ろうとする彼に、あやめは卓から降り、言う。

 「倉田さん。最後に、私の決意でも話させてもらいますわ」

 「決意?」

 「私は、この事件を、何が何でも解決します。

  誰が犯人だろうと、どんな真実が待っていようと。

  そのためになら、どんな手段でも取りますから、そのつもりで?」

 「そんな事、女のお前ができるのか?」

 「私は、いつでも馘首覚悟で仕事していますから。

  ・・・それと・・・いえ、何でもありません」

 兵隊に指示し、靴を履いた倉田。

 彼は、最後に、といって付け加えた。

 「君の答えを、聞いていなかったよ」

 「そう・・・私は単純ですから。

  Friend=Tomodachi。ただ、それだけです」

 彼は、アクションを見せることなく、料亭を後にした。

 その姿が完全になくなるのを見届けると、あやめは右頬を押さえた。

 「・・・痛い」

 「大丈夫かよ、アヤ」

 「顎が外れていないから、大丈夫でしょうね。

  まさか、殴ってくるとは思わなかったわ」

 そして、倉田が消えた方向から走ってくる足音。

 「あやめ!エリス!・・・っ!」

 大介は、あやめの仕草で、大体を察した。

 「まさか?」

 彼女は頷く。

 大介は、首を振り

 「冗談だろ?

  服を剥いで、顔を殴って・・・女の子にすることじゃないぜ、全く」

 「ダイスケ。氷を貰ってきてくれるかしら?」

 「分かった」

 再び大介がいなくなると、エリスは言った。

 「どうして・・・どうして、我慢したの?

  あんな奴、私が押さえることが、出来たのにさ」

 「エリス。あの場面で彼が要求していたのは、ソレよ」

 「えっ?」

 「あの時の倉田の目、表情、頬の高揚感。まるで怪獣映画を観ている子供の様だったわ。

  彼が見たかったもの、それは、あなたの妖怪としての姿。

  正体を知っている今、その力を使って兵隊と倉田を倒し踏みつける“ゴジラ”を、あなたに演じさせたかったのよ」

 エリスは舌打ちで、彼女の言葉に答えた。

 「完全に血がのぼっていたぜ。

  もし、吸血鬼の力を使っていたら、間違いなく死人が出ていた・・・流石、雪女クールビューティーね」

 お互いに微笑みあう中、大介が袋に入った氷を手に、戻ってきた。

 「ありがとう」

 彼の手から氷を受け取り、頬に当てたあやめに、そっと大介が、自分の上着をかけた。

 「そんな格好だったら、風邪、引いちまうだろ?

  ごめんな。何もしてあげられなくて・・・」

 「そんな・・・自分を責めないで。大介は何も悪い事なんてしていないんだから。

  私も、肝が冷えっぱなしだったわ。

  もし、対応を間違えたら、2人の命がない・・・そう、思うと」

 そこへ、渡部が現れた。

 「大丈夫ですか?

  すみません。こんな事になって」

 「いえ。私は何ともありませんから」

 すると、エリスが強い口調で言う。

 「どうして、すぐに立ち去ったんだ!アイツを説得するとか、止める方法はあったハズでしょう?」

 「無理ですよ。

  彼の一人称が、俺から僕に変わったでしょ?アレは、倉田が完全にプッツンしたって合図でもあるんです。

  公にはなっていませんが、以前あの状態になって、1人半殺しにしたんです」 

 「半殺し?」

 「新設したレストランに、ショバ代を要求してきたヤクザです。

  眼も鼻も、完全につぶれていました。

  報復を恐れて、その数時間後には“レッド・スパルタ”が、事務所に車上射撃を」

 その話を聞いて、3人は震えあがった。

 さっきまでの問答は、奇跡かもしれない。

 でなければ、今頃、この部屋には・・・。

 「でも、これではっきりしたわ」

 「何が、分かったんだ?あやめ」

 「大介。あなたが部屋からつまみ出された後、バス転落事故の話をしたら、倉田は狼狽して、一人称が俺に戻ったわ。 

  彼は間違いなく、バス転落事故と熱海大火災に関与しているわ」

 

 一通りの始末を終え、彼らは外へ出た。

 駐車場には、彼らの車しか、いなくなっていた。

 他の客は、既に食事を終えたか、倉田達に追い出されたか。

 「渡部さん。今日は、ありがとうございました」

 大介は、一礼をする。

 「いえ。警察に協力するのは、市民の義務ですから。

  それより、良かったんですか?倉田のお詫びに、ここの食事を、私が支払おうと思ったんですが」

 大介は、苦笑する。

 「気持ちだけ、ありがたく」

 「それでは。早く、犯人を捕まえてくださいね」

 「全力を挙げます」

 渡部は車へと向かいながら、キーの赤外線を向ける。

 黒のベントレー コンチネンタルGTのハザードが点滅し、ドアに手をかけようとした時

 「オコナー・クラフト」

 あやめの声を聞いた途端、その手が止まった。

 「誰です?」

 「ご存じありませんか?ビスタ大学の教授なのですが」

 「少なくとも、医学部にはいませんでしたよ」

 「そうですか?

  アメリカの警察に問い合わせたところ、彼はあなたを知っていると」

 そう言われ、渡部の顔が引きつった。

 「悪い冗談は、止めてくださいよ」

 そう言って車内へもぐると、エンジンをかけ、やや強引なハンドルさばきで駐車場を後にした。

 「あやめ?」

 「エリス・・・彼は間違いなく、オコナーと接触している。

  リオさんに、そう伝えて」

 「分かったわ」

 「で、これから、どうする?」と大介

 「とりあえず、報告書をまとめないとね。

  でも、疲れたし、こんな格好じゃあね・・・」

 「俺が、やっておくよ。せめてもの、罪滅ぼし程度に。

  2人は先に、ホテルに戻って休んで。また、敵の攻撃があるかもしれないし」

 あやめは、微笑んで

 「そうさせてもらうわ。

  ところで、車の運転できる?」

 「まあ、免許は持っているけど?」

 「それなら、安心ね」

 そう言って、エリスは大介に、インプレッサのキーを投げ渡す。

 「ついでに、返しておいて」

 「了解」

 「大介。明日は忙しくなるわ。休息を取ってね」

 3人は、それぞれの車に分乗し、料亭を後にした。


 10分後、エリスの運転するZ33が、ホテルに到着した。

 部屋へと戻ると、既に布団が敷かれていた。

 2人は大浴場で湯に浸かり、すぐに布団へ入った。

 だが、あやめは寝付けない。

 雪女状態での長湯が原因か。

 それもあるが、最大の要因は、あの顔だ。

 目をつぶると、浮かんでくるのだ。

 布団から起き上がると、月光差す窓際へ。

 いつでも出動できるようにと着ていた白袴が透け、綺麗な体のラインを映し出す。

 眼下に、下田の海が広がり、港では観光用の黒船が眠っている。

 時折、車の走行音がする以外、何も聞こえない。

 椅子に座り、外を眺める彼女だったが、ふと目線を室内へ移した。

 その先には洗面所、袋に包まれたサニタリーグッズ。

 瞬間、何かが憑りついたみたいに椅子から立ち上がると、洗面所へ向かい、剃刀を手にした。

 袋から、それを出そうとした時

 (ダメよ。傷つけたら)

 声が聞こえた。あやめ自身の声。

 昼の姿、烏天狗の自分が発した声。

 我に返ったあやめが辺りを見回し、フッと笑った。

 「そうね・・・私が傷つく必要なんて、ないものね」

 足元のゴミ箱に剃刀を捨てた。

 と同時に、彼女のケータイが鳴る。

 大介から。

 光源を頼りに、洗面所から出て、ケータイを手に取った。

 「もしもし、どうしたの?・・・何ですって!?」

 

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