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「へえ。エリスさんって、箸の使い方、上手ですね」
「アリガトウ。
私、ニホンショクが大好きなんです」
まろやかなムードが、4人に流れる。
食が進むのもいいが、肝心は渡部。
気づかれてはいないだろうが、彼が最重要容疑者だ。
あやめは、箸を置いた。
「渡部さん。今回の事件を、どう見ていますか?」
「どう、とは?」
「そのままの意味です。
自分が思った、ありのままを、話してください」
3人の向かい側に座る渡部は、ビールを小さいグラスに注いだ。
「そうですね・・・やはり、過去の私たちに恨みを持つ誰か。
刑事さんたちは、もう知っている筈ですよね?
倉田達が高校時代、大変なワルだったことを」
「あなたは、どうなんですか?
倉田と仲が良かったと、聞いていますが」
「姉ヶ崎さん。
正直言って、私は早く、彼らと縁を切りたかったんです。
学校で、やれG6だ、やれエリート学生だと言われるのは、はっきり言って不愉快だった。
何の躊躇も無く暴力をふるい、女子供も関係ない。
あんな野獣と、同類にされるのは嫌だ。
こんな形になるとは思わなかったが、縁を切ることになって、ほっとしているのが、今の気持ちですよ」
「しかし犯人は、そう思っていないんじゃないんでしょうか?」と大介
「でしょうね。
あなた達は、私が殺される前に、犯人を逮捕してくれると思っていますよ」
渡部は微笑みながら、あやめを見た。
彼女は続けて質問した。
「では、犯人像は、どんな人物だと思いますか?」
すると、一瞬だが、彼から笑みが消えた。
「どうして、それを?」
「いえ・・・地元じゃない私達が、この人物と断定するのは、危険かと思いまして」
「それは、あなた方の専門でしょ?
犯罪心理学を応用したプロファイリング、それと関係者リストを照合すれば、容易ではありませんか?」
「では、質問を変えましょう。
あなた方の周辺、特に親しい人物の中で、倉田達に殺意を持っている人物に心当たりは?」
「そりゃあ、たくさん―――」
「言い方が、悪かったわね。
特に親しく、G6全員の動向を、全て把握している人物・・・では?」
「まさか、我々の中に、犯人がいると?」
「そうは言っていません。
ですが、今までのケースを総合すると―――」
「姉ケ崎さん。
その条件に合致する人間は、私と岡田、倉田の3人しか、いないじゃなですか。
・・・まさか、私を疑っているんですか!?」
「いえ。
今までの状況をあらゆる角度で見た場合、そういう答えが出てもおかしくはない、ということです」
「だとするなら、一番怪しいのは、倉田悠介に他ならない」
「どうしてです?
命を狙われる立場に最も近い人間が、自分の周りにいる人間を殺害する。
そのメリット―動機は何です?」
渡部は、ビールをまた一口。
「彼の会社、湯煙国際観光だ。
あそこは、三津沖に新しいレジャー施設を建設中の上、アニメとのタイアップ企画―ペインシープロジェクトを進行中だ。
この計画には、伊豆観光の再生という全国規模の意味もある。
だが、倉田が小林にした過去のいじめが公になったら?
過度のいじめ。そして、その標的が謎の事故死。
彼の信頼は失墜する。
そのために、自分の秘密を知る、周囲の人物を次々と抹殺しようとしている。
どうだい?」
あやめは、微笑んだ。
「流石ね。でも、その推理は無理があるわ。
まず、プロジェクトの進行を目的とした犯行ならば、なぜアニメキャストに篠乃木里菜を採用し、イベント列車襲撃という、自分の計画に泥を塗る行為を行ったのか?
この事件で篠乃木里菜は昏睡状態となり、アニメの放送は見合わせ。
アニメ制作サイド、JR東日本にも迷惑をかけることになったわ」
「篠乃木里菜の採用は偶然で、列車の襲撃はイカレたファンの犯行―――」
「採用が偶然だったとしても、デビューして間もない彼女が、ファンに命を狙われるとは思えない」
「・・・」
「それに、私達の捜査によると、学校関係者は全員、小林リョウへのいじめを認知していた。
あなたの言うとおり、自分の秘密を知る人物を抹殺したいのなら、わざわざ1人ずつ殺す必要なんてないわ。
かつて起きた事件のように、同窓会でも開いて一ヶ所に、関係者を集めた方が、効率がいいわ。
でも、人の噂ってのは、細菌兵器よりも広範囲に短期間に拡大するものよ。いじめの事実を知る人間が、伊豆各所にいるとすれば、抹殺なんて不可能に等しい。
まだあるわ。最初に提示した、被害者全員の動向を把握している人間という条件。
どうして、倉田は持田が大阪に行っていないという情報を入手できなかったの?」
渡部は狼狽する。
「ならば、岡田の線は?
大阪の一件は、自分を捜査線上から外すためのフェイクだったとしたら?」
「彼には、動機がありません。
大阪でのケースは、友人とのカラオケを優先したためと分かりました」
「嘘をついている可能性は?」
すると、あやめは冷たい眼差しを、渡部に向けた。
ここで、鎌をかける!
「あなたは、どうなんですか?」
「私?」
「渡部さん、以前アメリカの大学に在籍していると言っていましたが、どこの大学に?」
「ボストンのビスタ大学医学部ですが?」
「現在も在学中?」
「そうです。
ですが、向こうは夏休みが長くて―――」
「おかしいですね?」
グラスに伸ばした手が止まった。
「な、何がですか?」
「あなた、もうビスタ大学を卒業なさっているではありませんか?
飛び級制度を使ってね。
それに、アメリカの大学は一般的に、秋が始業式。もう向こうに飛んでいないと、新学期に間に合いませんよ?」
「そ、そんな出まかせは、いけませんよ」
「正規の手筈で得た情報です。出まかせじゃありませんよ」
渡部の額を、冷や汗が滴る。
グラスのビールを飲み干すと
「そうです。
私は、飛び級制度を使ってビスタ大学を卒業しています。
ですが、私は隠していたわけではありません。日本では、飛び級は一般的ではありません。ごく最近になって関東地区の国立大学が試験的に導入したばかりですからね。
あなた達に話したところで、理解されないと思いましてね」
すると、エリス
「ビスタ大学医学部と言えば、世界中のエリートが集まる場所ですよね?
そこを飛び級で卒業した人間なんて、私は聞いたことありませんわ。
つまり、それだけ天才なんですよね?」
「ええ」
「では、どうして父親に知らせなかったのです?」
「親父だと!」
渡部は狼狽と共に、顔をひきつらせた。
怒り?怨み?
「そうです。
私は今日、韓国から帰国したあなたの父親に会いました」
「知ってますよ。それで、この会食を」
「その時、彼は自分の息子が、飛び級で卒業したことを言いませんでした。
子供の幸せは、親の金と権力と主張する学力コンプレックスの塊。
私には、そう見えました。
そうならば、どうしてあなたのお父様は、あなたが飛び級で卒業したことを伝えなかったのでしょうか。
彼なら、私達と違い、すんなりと理解してくれると思うのですが」
「それは、あの親父の勘違い―――」
「そうそう、お父様は確かに、こう言っていました。
“今は、まだ夏休み期間ですが、しっかりとアメリカの大学に通って、医学を勉強していますよ”。
随分な勘違いですこと」
エリスの言葉に、渡部は卓を拳で叩き、憤慨した。
「何なんですか!これじゃあ、俺が犯人じゃないか!不愉快だ!」
顔を赤くし、突然上げた大声。
「犯人が私ならば、その動機は何なんだ!
持田と同じで、俺にはあいつらを殺す動機は無い!
変な憶測で、モノを言うんじゃねーよ。ガキ刑事が!」
あやめが、冷静に返す。
「あなたが言ったじゃありませんか?
倉田達と縁を切りたい、と」
「それが動機か?
じゃあ姉ケ崎さん。あなたが言った言葉を返しましょう。
なぜ、1人1人殺していく必要があるのか?
もし俺が犯人なら、下田へ向かっていたイベント列車“スーパービュー踊り子”でしたっけ。それを倉田達もろども爆破しますよ。その方が効率が良い。
俺は帰る!この件は病院を通じて、県警に抗議しますから!」
立ち上がろうとする渡部。
すると、エリスも強く出た。
「お父様の話によると―――」
「親父の事を話すな!」
「あなたは、小学生の頃いじめられていた。いじめなど学校教育上の通過儀礼だと。
もしかして、小学生の時、いえ、高校の時かもしれない。倉田達の標的になったのでは?」
手が一瞬震えた。
「俺が、標的だと?」
「小林リョウに行われたいじめは、認知する限り犯罪レベルです。
エスカレートする暴力的、ないしは心理的攻撃が、ある日突然止まったり、弱まることは、第三者の介入なしにはあり得ない。
それに人体が、精神が、過度の攻撃に堪えられるとは到底考えられない!
倉田だって馬鹿じゃない!このままエスカレートすれば、小林はいつか死ぬ。しかし、倉田を止める人間は、伊豆半島内には最早存在しない。
小林というサンドバッグがなくなった場合を、彼は想定していたハズ。
だったら、小林リョウの代わりは?」
「くだらない!」
「いじめを深刻に受け止めないお父様の教育理念を、あなたに近い存在の倉田は知ることはできる立場にある。
攻撃しても、誰も助けの手は伸びない。
小林リョウの変わり身。
あなたは小林をいじめる加害者である一方で、倉田達の次の玩具として用意されていた、いえ、された被害者である。
それが、犯行動機。
非効率なやり方をしたのは、死人の復讐をちらつかせ、彼らに恐怖を味合わせるため。
違いますか?」
敵意を剥き出しにする渡部。
動じず彼を見る2人の姫。
張りつめた空気は、突然の来客で更なる嵐を巻き起こした。
「何だよ。折角、静かに飯を食いに来たってのによ。
誰だよ。騒ぐ馬鹿は―――」
その声と同じタイミングで、ふすまを開けたのは
「な!?」
「倉田・・・」
話題に出てきた、倉田その人。
「おっとお?
これはこれは、エリスにあやめさんじゃありませんか?
夕餉が楽しみになってきた」
(厄介なのが入ってきたわね)
下唇を舐める彼を見て、あやめとエリスは、そう思わずにはいられなかった。




