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「殺していない?」
あやめの疑いにも似た、驚きの表情。
ラセツは話し続ける。
「復讐を誓った犬馬は、様々な情報網も使って、調べました。
土橋功。やっと最初の標的を見つけ、広島へ向かったのです。
小林への償いと憎悪の代行として、香炉と鈴、ミニカーをこさえて。
彼の家へ到着し、彼の自転車に香炉と鈴を置き、準備をすると、部屋へ飛び込んだ。
しかし、鍵は開いていて、室内で彼は既に殺されていました。
一瞬、何が起きたか分からなかったが、運悪く強盗にでも入られたのだろうと推測し、部屋の死角にミニカーを放り、現場を去った。
その日は、最終の新幹線で大阪へ行き、早朝の始発で静岡に」
「大阪での殺しは?」
「持田が、大阪へ旅行に行くと知り、宿泊先のホテルへ行きました。
事件当日に大阪入りし、そのままホテルに入りました」
「あの部屋に、入ったの?」
「はい。
妖力で姿を消して。
部屋に入ると、見ず知らずの男が死んでいました」
「それで、仏具とミニカーを。
でも、どうして?」
大介の質問は、ラセツよりも早く、あやめが答えた。
「広島と大阪。2ヶ所で類似した事件が起これば、警察は広域重要事件として捜査を開始する。
そうなれば、おのずと倉田達にも捜査の手が及び、良くば全ての悪行が、陽の元にさらされるわ。
仮に失敗しても、彼らに死の恐怖を、与えられる。
現に、篠乃木里菜は、相当怖がっていたからね。
それと、自分たちとは関係なく犠牲になった、彩京物産社員の弔いも兼ねて。
だからですよね?
あの現場の香炉にだけ、線香が刺さっていたのは」
「でも、どこから線香が?」
ラセツは言う。
「香炉を調達した仏具店が、オマケでくれた線香ですよ。
出すのを忘れていて、ほとんどが、ボロボロに折れていましたが。
全てを終わらせ、部屋を出たと同時に、ボーイが遺体を発見しました」
「で、妖力でホテルから脱出、と。
その後は?」
「大阪駅方面は、警察で封鎖されていました。
徒歩で淀屋橋駅へ向かい、地下鉄で新大阪駅へ。
最終列車が名古屋までだったので、一泊し始発で」
「じゃあ、篠乃木里菜に仏具とミニカー、死装束を送ったのも」
あやめの質問に、想定外の答えが
「あれは、犬馬ではない」
「何ですって?」
「犬馬は、どのような手を使っても、彼女の居場所を特定することはできなかった。
ところが、インターネットの情報で、篠乃木里菜が東京発熱海行きのイベント列車に乗ると知り、この列車内で、彼女を殺害すると決めた。
しかし、大勢の無関係な人間を巻き込む恐れがあった。
鉄道会社に送りつけた脅迫文は、無用な殺生をしたくない思いで送ったものだ」
すると、あやめ
「矛盾していない?」
「何がだ?」
「あなたは脅迫状で、篠乃木里菜の乗車の中止を謳っていたわ。
無用な殺生を望まないのであれば、イベントそのものの中止を要求するのが、セオリーじゃないかしら?」
「考えてもみろ。
あの列車から、篠乃木里菜を降車させたら?
他の大多数の乗客は、襲撃される心配も無く、楽しく列車の旅が楽しめる。
警察も、警護対象が1人に絞れて、負担が減るしな」
「そのための脅迫状ね。
だけど、あなたは熱海駅で、車掌に化けて彼女を襲った。
それは、どうしてかしら?」
「脅迫状を送ってから、気付いたのさ。
あの企画を立ち上げたのは、倉田が社長をする湯煙国際観光。
奴の性格からして、何が何でも篠乃木里菜付きの列車を走らせる。
こうなったら、敵地に乗り込み、玉砕するまで」
「それで、列車に」
「山間部に差し掛かった時、非常ブレーキをかけて急停車し、その混乱の中で殺そうとした。
だが―――」
「ブレーキに手をかける前に、別の襲撃が起きた。
列車は急遽、伊豆熱川駅で運転を取りやめ、彼女たちは避難」
「予定はくるっても、行動だけは変わらなかった。
もし誤算があったのなら、それは、あの列車に全標的が乗車していた事と、姉ケ崎あやめさん、あんただ」
「で、私に襲いかかった後、どうしたの?」
「一戦交えた後、近くにあったバイクを拝借し修善寺まで行き、伊豆箱根鉄道と東海道線を乗り継いで家へ戻りました」
「車掌の制服は?」
「バイクと一緒に隠しました」
「どこに?」
「修善寺の外れに、廃墟があります。
昔、精神病院だったと言われている場所です」
「分かったわ」
「しかし驚きですよ。
犬馬以外に、倉田らを襲っている連中がいたとは」
「じゃあラセツは、ゴーレムによる一連の襲撃とは、直接には無関係ってこと?」
エリスが驚きを口にする。
「そういうことになるわね。
ひとまず裏を取るために、トクハンと各県警に指示を出したわ」
「てっきり、行動が制限されているラセツに代わって、何者かがゴーレムを動かしているものだとばかり思っていたわ。
だとすると、動機は分からないけどエリート卒業生、まあ渡部が一番怪しいけど、彼が次々に昔の仲間を殺しているって構図?」
「でしょうね。
証言でもあったけど、渡部は倉田らと距離を置いていた」
「そうか・・・。
あ、そうそう。アヤ達が到着する前に、ミス・サナエから連絡が来たわ」
エリスは、バス転落事故が、人為的であった可能性が強くなったことを話した。
「自分の会社のタクシーか。盲点だな。
だけど、そこまでして隠したい事実って、何なんだ?
小林は、何を知ってしまったって言うんだ?」
「その答えなら、篠乃木里菜が教えてくれたわよ。大介」
「彼女が?」
「荷物が送られた住所、どこだったか思い出してみて」
しばらく考えた
「そうか、熱海大火災で焼失したホテル!
・・・おい、ちょっと待てよ!そうだとしたら!」
「ええ、考えたくもないわ」
「私もだ」
3人は、ある結論に達した。
「熱海大火災は放火事案で、犯人は倉田達?」
「ボイラーが出火元としたら、刑法117条、激発物破裂罪が適応されるわね。
ただの放火より、罪が重くなるわよ」
「小林は、それを知り県警本部へ直訴に向かった。
その最中、彼の行動を知った倉田らは、事故を起こして小林を殺そうとした」
「しかし、それでも生きていた。
今の状況じゃあミス・リナが疑わしいけど、多分クラタに指示されるかしたんでしょ。ミスター・コバヤシの人工呼吸器を外し、息の根を止めた。
まるで、調理前の七面鳥の如く、簡単に素早く」
「列車内で言っていた、篠乃木里菜の言いたかったことは、多分」
大介は、声を荒げた。
「倉田・・・奴は、人間じゃねえよ!
これだけの人間が死んで、罪悪感も無いのか?」
「ダイスケ。奴が礼拝堂に籠って、懺悔をするような人間に見える?
もし、そうだったら今頃、檻の中でウォーリーみたいな恰好しているでしょうね」
「エリス、大介。これで決まったわね。
明日は、熱海に行くわよ。何か掴めるハズ。
他に、分かった事ってある?」
するとエリスは言う。
「後1つ。
倉田の父親の居場所が、分かったわ。
今、河津町にある療養所にいるわ。
で、行ってきたんだけど・・・」
彼女は、横に首を振った。
「どうしたんだ?」
「熱海大火災の心労で倒れた後、若年性アルツハイマーを発症して、ここ数年の記憶どころか、自分の名前まで忘れてしまっているほど重症。
おまけに、心臓にも疾患が見つかって」
「見舞いには?」
「来たことも無いと。
毎月、お金は振り込まれるそうだけど」
「そう」
ある意味、親父さんは幸せかもしれない。
自分の息子が何をしているのか知ったら、自ら命を絶ちかねないからだ。
最も、本当のところはどうなのか、他人の視点では断言できないが。
「・・・ところで、遅くないか?ミスター・ワタナベ」
「確かに、もう7時を8分もオーバーしている」
3人のいる部屋のふすまが開かれた。
渡部が来た。
「済まない。思った以上に、信号に引っ掛かりましてね」
「そうですか。
わざわざ、時間を割いてくださって、ありがとうございます」
あやめが、軽く頭を下げた。
「いえいえ。あなた方とは、ゆっくりと話がしたかったので」
「そうでしたか。
ところで、お酒は飲めます?」
「いえ。私たちは未成年ですので」
「あらら、それは残念」
渡部は、女将を呼び、伊豆の地酒を、あやめたちは、ノンアルコールを頼んだ。
それと入れ替わり、彼らの元へ先付けが運ばれてくる。
次いで前八寸。
これらは、献立の前に出される、言わば前菜のようなものである。
今日の献立は順に、酢の物、造り、天婦羅、塩釜焼・・・。
色とりどりの料理が、視覚と嗅覚から胃袋を刺激し、味覚を通して、それを満たした。




