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PM6:54
下田市
西から東への移動は、楽じゃない。
伊豆半島なら、尚更。
故障車による渋滞で、下田への到着が、幾らか遅くなった大介とあやめ。
だが、その間に、エリスは動いていた。
渡部と、連絡が取れ、市内のレストランで、この後7時から会う手筈を取った。
ラセツの取り調べを終え、あやめと大介は、ひとまず宿泊するホテルへチェックイン、着替えて、エリスと合流した。
レストランというよりも、料亭と言った方が正しいだろう。そのような外観だ。
茅葺の木造平屋建て。周囲を、四季の樹木が彩る。
駐車場に停車する、黒のスバル インプレッサ。
その車内で、いつもの戦闘服に着替えたエリスが、二人の到着を待っていた。
ハンドルにもたれ掛かる彼女を、Z33のヘッドライトが照らす。
「ようやくか。待ちわびたわ」
バックし、横付けした車から、スーツ姿の大介とあやめが。
「遅かったわね」
「ドレスコードに迷ってしまって。
いつも、巫女装束しか、着ないから」
「確かに、アヤのスーツ姿は、久しぶりだよ。
それにしても、ここ、本当にレストラン?
全体的に、ジャポネスクな匂いが」
「彼は、そう言っていたけど、これは相当高級ね。
着替えて、正解だったわ」
「でも、密会には、打ってつけ。
行きましょ?
もうすぐ7時よ」
3人は、駐車場から門をくぐり、玄関まで伸びる石畳を歩く。
伊豆近海で採れた、海の幸を提供するレストランだという。
女将に案内され、建物奥の個室へ通された。
「なかなか、風情ある場所じゃない」
「まさか、ヤバい事でも、起きるんじゃないか?」と大介
「あら?
うら若き乙女を守るのが、紳士の勤めでしょ?」
「エリスたちの場合は、若きの前に“混沌”が入るからね。
それだけで、完全無双だよ」
話しながら、彼女らは座布団へと腰を下ろしたが、何の苦も無く、正座するエリスの姿に、大介は驚いた。
日本庭園が見える、8畳の和室。
3人は、メインディッシュを待った。
無論、料理の事ではない。
その間に、話をする。
「ラセツの方は、どうなった?」
そうエリスが聞くと、あやめは
「新幹線のアリバイは、認めたわ。
熱海駅からも、彼の切符が見つかった。
でも・・・」
「?」
「謎が深まったわ」
少し前
下田警察署で、ラセツが話始めた。
「ということは、小林リョウが、倉田らにいじめられている事実を、知っていたんですね?」
「ああ」
「それは、いつ?」
「3年前、小林殿が、体中に傷を作って帰ってきた時から、何かあると気が付いていた。
だが、犬馬には何も話さなかった。
それを、初めて告白したのは、バスが事故を起こす、ほんの1時間前だった」
2人は驚いた。
「事故の前に、小林は、何を話したんです?」
「あれは、学校から、家に帰ってきた時だった。
蒼白な顔をしていたため、犬馬は、何があったのかを問うた。
すると、しばらく自室に籠り、何かをした後、犬馬を食卓へ呼んだ。
卓上には、箱と通帳が、置いてあった。
犬馬が来ると、小林殿は、全てを告白した」
「今までのいじめ、を」
あやめの言葉に、ラセツは頷いた。
「小林殿は、その証拠にと、部屋から持ってきた箱を、犬馬に見せた。
中は、血の付いた車のミニカーで一杯だった」
おそらくそれが、証言の中で出てきた、倉田らが小林に投げつけたミニカーで、4ヶ所に置かれたブツと相違ない。
「“葬式ごっこ”の話も、御存じだった?」
「左様」
ラセツは続ける。
「その話が終わると、小林殿は、こう続けた。
“自分は、倉田達の犯した、大きな事実を知ってしまった。
このまま放っておけば、大変なことになる。
しかし、この伊豆の警察は、全く信用できない。
これから、県警本部に、直談判をしに行く”と」
「倉田達の犯した、大きな事実?
それは、何ですか?」
「犬馬にも、よく分からん」
すると、あやめ。
「でも、警察沙汰になる、何か。
それを、小林は掴んだ。
バスに乗ったということは、熱海へ行き、そこから電車で静岡市へ行くつもりだったのでしょう」
卓上の通帳は、その資金を引き出すために。
「犬馬は、止めなかった。
自分の正しい道を、自身を持って進め。そう、彼に言った。
もし、あそこで、犬馬が止めていれば・・・」
ラセツは、声を詰まらせた。
鼻をすすり、彼は、さらに続ける。
「そして、出ていくときに、ある頼みごとを任された。
もし、自分に何かあったら、部屋の机の引き出しに入っている、3枚の封筒を“倉田についての重要な話”として、警察ないし、新聞社に持って行ってくれと。
そう、犬馬に告げて去ったのが、最後」
「3枚の便箋?」
「もしかしたら、その中に、倉田の過去が!?」
2人は目を合わせ、質問した。
『その便箋は、どこにありますか?』
ラセツは、首を横に振ると、言った。
「おそらく、彼らに盗まれた」
「盗まれた?」
「犬馬が事故を知ったのは、3時間後だった。
イズミさんから、搬送されたのが富士見病院だと知らされ、大急ぎで行くと、個人病室から誰かが出てくるのがみえました。
咄嗟に妖力を使い、姿を隠してやり過ごしましたが。
いざ病室へ入ると、人工呼吸器を外され、既に息絶えた小林殿が・・・」
「その人物は、誰なんです?」と大介
「犬馬にもわからなかった。
病院から抜け出し家へ帰ると、小林殿の机が散らかされ、便箋はなくなっていました。
小林殿から便箋の存在を聞き出した何者かが、家に侵入し、盗んでいった。
でも、誰なのか見当もつかない。
家も何者かに燃やされ、イズミさんを頼り、会社に派遣社員という形で採用してもらい、静岡市にある借家で再出発をしました。
そんな時です。深夜に眠れず、ふと付けたテレビに、あの日病室を抜けだした人物が、映ったのは」
あやめは、察した。
「まさか、篠乃木里菜!?」
人気となった深夜アニメで、一躍脚光を浴びた彼女なら、テレビに映ってもおかしくない。
今は声優が、裏方ではなく、アイドルのように注目されるご時世だからだ。
「そうだ。
そこで、やっと分かった。
倉田達、いじめグループが小林殿を、バス転落事故に見せかけて殺したと。
犬馬に殺意が芽生えた瞬間でした」
大介は天を仰ぎ、息を殺して、強く言った。
「どうして、警察に相談しなかったんです!」
するとラセツは
「大介殿。誰かに裏切られた経験は?」
「・・・」
「一度裏切られれば、分かるはずだ。
誰も、信用に値しない。特に初対面の連中と、権力を持つ輩はね」
それを聞いたあやめは、冷たく
「たいそうなことね。
事実を知らせても、誰も聞いてはくれない。
だから、殺したの?」
ラセツは微笑した。
「殺意はあった。
だが、犬馬は殺してはいない」




