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同時刻
大阪府 枚方市郊外
日暮れの大阪北部。
とある空き地の一角が、警察によって封鎖されていた。
数名の、科捜研の研究員が、せわしく動いている。
赤いパイロンで形成されたコースを見るのは、1人の女性。
大介の母、隼の妻であり、大阪府警科捜研の研究員である亜門沙奈江。
大介の育休で、一線を退く前は、関西一の研究員と呼ばれていた。
他の研究員と作業する中、トクハンの峰野刑事と横山刑事が、覆面車で乗りいれた。
青の。
前方両側のドアが、同時に開く。
「沙奈江さん」
そう峰野が言いながら、近づく。
「ああ、来たわね」
「何なんです?
見せたいものがあるって?」
横山の言葉を聞いてか否か
「ねえ、1つ確認させて。
君たちが持ってきた、伊豆のバス転落事故。
地元では、“ダイアナ”って呼ばれているって、本当なのね」
「ええ。それが?」
「そう。これで解決したわ」
「だから、何がです?」
苛立つ横山を、沙奈江はなだめる。
「まあまあ、慌てない。
話を、順序立てて話すわね」
彼女の説明が始まった。
「トクハンから送られた、バス転落事故の調書を改めて調べてみたの。
そうしたら、おかしな点が出てきたのよ。
見て!」
そう言って、タブレットを出す。
「調書によると、バスは時速約50kmで走行、当時の天候は、終日雨。
海沿いの道、左カーブを曲がりきれず、ガードレールを突き破り、海へ転落」
「そうですよ。調書によると」
「だとすると、変なのよ」
「何がです?」
「図を見ると、このバス、大きく右に回り込んでから、左にカーブを切っているの」
「だから、どうしたんです?」
「これが真実なら、バスの前に1台、別の車がいたことになるわ。
それが、“ダイアナ”の真実」
すると、峰野が何かを思い出したようで、目を見開き叫ぶ。
「そうか、ダイアナ!」
「誰だよ、それ。
お前のカノジョか?」
「知らないのか、横山。
ウェールズ公妃ダイアナ。
交通事故で亡くなった、ダイアナ妃の事だったんだ」
イギリスの名門貴族の家に生まれ、1981年、時の皇太子、チャールズと結婚。現在もファッションセンスや、慈善活動の取り組みが高く評価され、国内外で高い人気を誇るダイアナ妃。
彼女は、1997年8月31日、フランス・パリ市内で、自身の乗る車が交通事故に遭い、亡くなっている。
「確かに、彼女も事故で死んでいるけど、それがどうしたんだ?」
「あの事故には、ある疑惑があるんだ」
事故当時、ダイアナ妃の車は、執拗に追ってくるパパラッチを振り撒くため、市内を猛スピードで走行し、ルート上のトンネル内で、側壁に激突したのだ。
一見すると、単独事故だ。
しかし、一部の専門家が、車のタイヤ痕などを鑑定した結果、1つの疑惑が浮かび上がった。
事故当時、ダイアナ妃の車以外に、もう1台、別の車が、トンネル内を走行していたのではないか。
不確かではあるが、事故の少し前、トンネルに白い軽自動車が進入するのを見たとの情報もある。
が、真実は・・・定かではない。
「地元県警の所轄が言う“ダイアナ”が、この事を指した隠語だとしたら?」
「事故車以外に別の車がいた。
にも関わらず、単独事故として処理された、車両事故!?」
「それを、今から確かめるのよ」
言い終わると共に、敷地に、バスとトラックが進入。
バスは、典型的な路線バス。
トラックは、車を運搬するタイプのもので、荷台には、カバーのかかった車が。
「沙奈江さん。準備できました」
「はーい」
研究員の声に答えると、沙奈江は、歩き出した。
「事故報告を見ると、カーブ前で右にハンドルを切った後、すぐに左にハンドル。
車体後部が横滑りしながら、海へ転落ってことになるわ。
つまり、前方に車がいたのなら、ブレーキを踏んだのは、カーブ手前」
「ですが、夜の雨天の道路を差し引いても、バスが車の存在に気付かなかったってのは」
「テールライトを、故意に消していたとすれば」
峰野は頷いた。
しかし、横山は
「では、犯行に使った車は、どうなったんです?」
「まあ、手っ取り早いのは、スクラップでしょうね」
「そんなことをしたら、足が付いてしまう危険がありますよ!
対向車が来ない可能性も、ゼロではないし、あの道の8km先には、コンビニだってある。
だが、誰も不審車両を見ていないし、防犯カメラにも映っていなかった」
「でしょうね。
それでも、犯人は、やってのけた。
誰にも気づかれずに逃走し、犯行に使用した車を廃車にした。
まあ、私の今まで取り扱ったケースでは、有り得ない話ね。
かといって、静岡県警も馬鹿じゃない。
当時、全国的なニュースになった大事故よ。
県警が、その気になって調べれば、車の所在を突き止めることも、容易なはず」
話しながら、トラックの荷台へ。
「でね、我が息子たちの意見を、取り入れてみたの。
仮に、3年前の事故も、倉田とかいう人物によって、人為的に引き起こされていたら。
半島内で権力を誇る彼なら、無理を言わせて、どこかのスクラップ工場で、車を簡単に解体できるでしょう。
所轄にも、顔が利くそうですしね。
でも、県警本部が出てきたら、捜査されてしまう。即アウト。
だとすれば、車を合法的に処分したとしか、考えられない。
ちゃーんと、手続きを取ってね」
「でも、そんな事って・・・」
「湯煙国際観光は、公共交通事業も、手がけているそうね」
「まさか、自分の会社のタクシーを犯行に!?」
「さっき、ネットで調べたら、そのコンビニの横に、湯煙国際観光の営業所があるじゃない?」
沙奈江は、トラックに積まれていた車のカバーを剥がした。
現れたのは、赤色灯の無い、セダンタイプのパトカー。
「廃車置き場から、まだ動けるのを失敬して来たわ。
ニッサン セドリック。
全国で使用されているタクシーの、典型的な車種よ。
幸運なことに、テールランプ以外は、異常なし。
これと、バスを使って、実験をするわ」
「日も暮れてきましたしね」
「って事で、どっちかが、この車を運転してね」
『えっ!?』
「そのために、呼んだんだから」
困惑する2人だったが、目を合わせると、すぐにジャンケン。
峰野のガッツポーズ。
負けた横山が、ハンドルを握る事となった。
パイロンのコースに、水が撒かれ、上からもホースで水が絶え間なく、降り注ぐ。
レインコートを来た研究員が、カーブ手前のパイロンに、黄色い旗を差した。
車の窓越しに、横山と峰野、沙奈江が話す。
「いい、横山君。
その旗が視えたら、ブレーキを踏んで、バスの進路を妨害して。
あ、後ね、バスが衝突する可能性があるから、気を付けて」
「了解」
「大丈夫だ、横山。
宮地達には、名誉ある行いをしたと、言っておくよ」
「俺が、今から死にに行くみたいに言うな!」
その時
「あっ!」
「どうしたんだ?」
横山は、ニヤリと笑い、沙奈江に言った。
「やっぱり、運転は、峰野にしてもらいましょうか」
「はあ?」
本人は、大声で叫んだ。
「ほら、俺、医師免許持ってますし、万一何かあったら、応急処置ができる人間が、必要でしょ?」
「そう言われたら、そうね」
沙奈江は、しばらく空を見上げて考えていた。
「分かったわ。
峰野君。申し訳ないけど」
「分かりました」
峰野は、ため息交じりに、セドリックの運転席へ。
「大丈夫た。峰野。
宮地達には、名誉ある行いをしたと、言っておくよ」
「何かあったら、覚悟しとけよ。
化けて、出てやるからな」
まあ、どうこう言ってても、始まらない。
2台は、スタートラインに、並列に並んだ。
バスは、大型免許を持つ、警察官が運転する。
沙奈江が、2台から離れたテントで、拡声器を使い、指示を出す。
傍らでは、研究員が、機材をいじくっている。
「いい?
まず、峰野君が時速60kmでスタート。
それから、両者の距離が、約20メートルになった時点で、バスを同じ、時速60kmでスタートさせます。
両車両は、この速度、距離を守ってください。」
現場に、緊張が走る。
峰野がハンドルを握る手が、横山の心拍数が、沙奈江の眼差しが、どんどん強くなる。
全てが、臨界点に達しそうな時―――
「スタート!」
沙奈江の声で、セドリックが、リアを沈めながら発進した。
加速する車の背後で、バスも走り出した。
一定間隔で、2台は、濡れた路面を走る。
ヘッドライトが照らす中、両脇をパイロンが抜けて行く。
旗が見えた。
峰野は、ブレーキを踏んだ。
停車した、その刹那、フェンダーミラーギリギリに、バスがすり抜けていった。
「うおっ!」
彼が、自然と声を上げる程に。
外にいた横山と沙奈江は、その一部始終を見ていた。
セドリックが停車し、バスは避けるように右にハンドルを切り、すかさず左へハンドルを切った。
すると、バスが車体後部を振りながら、滑り始めた。
ハンドル操作は、最早意味を持たない。
運転手は、サイドブレーキを引いた。
ゴオオオと、タイヤが低い唸り声を上げ、カーブ状に設置されていたパイロンを、一気になぎ倒した。
やっと停車した時、車体は、道路に対して、ほぼ直角のポジションにて沈黙。
シューという、空気の抜ける音が、バスから響く。
「はいOK!すぐに、調べるわよ」
研究員が、機材へ車両へと、散開していくなか、横山は真っ先に、車へ。
「大丈夫か?」
ドアを開けると、前を向いて呆然とする峰野が。
「畜生・・・もう、やらねえからな!」
「確かに、外から見てても、凄いスレスレに、バスが通って行ったからな。
ケガは、無いか?」
「おかげさまでな。先生よ」
峰野は乱暴に、シートベルトを外すと、沙奈江の方へ。
「どうでした?」
「今、鑑定中よ」
彼女のそばで、パソコンを操作していた、若い研究員が、言う。
「照合結果出ました。
99.6%!
事故発生時、他の車がいたことは、ほぼ間違いありません」
「これで、バス転落事故の真実は、分かったわね。
後は、トクハンの出番よ」
2人は頷く。
「早速、警部に報告だ。
ありがとうございました」
「こちらこそ、スタントをしてくれて、ありがとうね。峰野君」
すると、横山は言う。
「峰野、ここ3年間で廃車になった、湯煙国際観光のタクシーを探し出すんだ!
それと、県警本部にも連絡するよう、岩崎さんに伝えてくれ。
拘留中の刑事が、何か歌ってくれるかもしれん」
「了解」
乗ってきた車に乗り込み、現場を後にする2人。
「帰りは、お前が運転しろ」
「言われなくても」
それを、見送った沙奈江は、拡声器で、指示を出した。
「はい、撤収。
日も暮れてきたから、早く片付けましょ?」




