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PM4:33
都古大学 部活棟
釘宮と半井、要は、最上階である3階へ。
東側、一番端に、トレインサークルの部室がある。
中へ入ると、壁には列車の方向幕や、時刻表。
テーブルを、国内外の列車のNゲージが、シャーという音を立てながら、走っている。
そこで、カメラをいじくっている男子こそ、釘宮の探していた人物。
「おっす。銀河」
「何だ。釘宮じゃないか」
銀河望。心理学科1年。
所謂“撮り鉄”で、“関西の私鉄補完計画”をモットーに、活動中だ。
「お前さん一人か?」
「今日は、活動日じゃないからね。
先週末撮ってきた写真を、まとめていたとこさ。
で、一体どうしたんだ?」
「この写真、どこで撮影されたのか、分かるかい?
見たところ、富士山が写っているから、東海道新幹線みたいなんだけど」
釘宮は、スマホの画像を、銀河に見せた。
しばらく無言で見ていたが、スマホを返すと
「確かに、これは東海道新幹線で撮影されたものだよ。
場所は・・・そう」
彼は、鉄道路線図を取り出すと、指差した。
「掛川~静岡を走行中の上り列車の、海側の席から撮影されたものに間違いない」
その言葉に、要は驚く。
「待ってよ!
私、この間試合で、新幹線を使って東京へ行ってきたけど、富士山は、山側席に座らないと、絶対見れないわ!」
「ええ、その通りです。
東海道新幹線の線路は、東京~大阪を直線に、つまり、東西に走っています。
富士山は北側、上り列車から見て、進行方向左手、山側でしか、見ることはできません。
普通ならね」
「何か、裏があるって事だな?」
銀河は、頷いた。
「そう、ある一定区間、東西に走る東海道新幹線の線路が、南北に走る区間があるんです!」
「南北に!?」
驚く要。
「それが、掛川~静岡ってわけか」
「それも、静岡市駿河区を走る、約2.5kmの区間だけ」
「どの辺りなんだ?」
銀河は、さらに詳しい地図を棚から出し、彼らに見せた。
東名高速との立体交差から、JR東海道線安倍川駅付近まで。
確かに、線路が南北を向いている。
「ここから、北北東の方向に、富士山。
県西部南側を走る線路が、駿河湾を迂回する形を取るから、こんな状態になっているのね」
「それに、富士山は、駿河湾の向かいに位置していると言っても、過言ではない」
そう言うと、半井の計算タイムが、始まった。
「仮に、時速230kmで走行する列車から見たとするならば、理論的には、シャッターチャンスは、約40秒」
「でも、実際に見れる範囲は、大体1kmくらいです」
「となると・・・約10~15秒。
ケータイのカメラで撮影できるものなのか?」
すると、釘宮が言う。
「もし、撮影者の乗っているのが“ひかり”か“こだま”だったら?
いくらか時間を稼げるハズ。
それに、このスポットを知っていたら」
「恐らく、撮影した人も、この場所を知っていたに違いないよ」
良く見ると、このスポットの先には、安倍川橋梁。
それを超えたら、すぐに静岡駅だ。
この駅には、のぞみ以外の全ての種別が停車する。
「撮影は、可能って訳か。
ありがとう。銀河」
「何、お安い御用よ。
今度、久しぶりに、メシでも行こうぜ」
「おう、ベビフェ辺りにでも、繰り出そうや」
3人は部室を去ると、大介に連絡した。
「大介!あの写真、分かったぜ」
あやめは、大介伝いに、東海道新幹線の写真トリックを聞いた。
「あの写真は、静岡駅より西側で撮影されていたのか。
まさか、こんなスポットがあったなんて」
「でも、ラセツのアリバイを、崩せるわ!」
「崩すったって・・・」
「この写真の事実を交えると、こういう推理ができるわね。
ラセツは、イベント列車が襲撃されたあの日、京都駅9時16分発の“のぞみ4号”グリーン車に乗車した。
グリーン車に乗車した理由は、乗車券を拝見しに来た車掌に、自分が、その列車に乗っていたと、証言させるためにね。
その後、9時52分に名古屋駅に到着したのぞみを降り、後続列車となる“こだま642号”に乗り換えた。
勿論、進行方向右側、海側の窓際席に座って。
“こだま642号”が、各駅に停車している間に、“のぞみ4号”は、次々と駅を通過し、次の新横浜駅目指して疾走する。
そして、ラセツが再び動いたのは、11時10分過ぎ。
多分、静岡駅停車の車内アナウンスが、合図だったんでしょうね。
前以って購入していた週刊誌を窓辺に置き、富士山の写真を撮影した。
“のぞみ4号”の新横浜駅着は11時14分、“こだま642号”の静岡駅着は、1分後の11時15分。
ラセツは、確かにイズミさんに送ったのよ。
新横浜駅に到着した旨を伝えるメールを、静岡駅のホームに停車中の、こだま号の車内からね!
あの富士山の、写真を添えて」
「腹痛は、写真を怪しまれないための、伏線という訳か。
この写真だと、富士山は遠く、山頂が覗く、ちっぽけな存在だからな」
「メールを送信し終わったラセツを乗せた“こだま642号”は、11時58分に熱海駅に到着。
その後は、車掌を襲い、変装して、12時18分に到着した、スーパービュー踊り子号イベント列車に乗り込んだ」
「完璧だよ!」
「後は、物的証拠ね。
今、市川警部の信頼する刑事が、熱海駅の切符を調べているところよ。
切符まで偽装する時間が無かったのなら、あるはずよ。
京都~新横浜の“のぞみ4号”グリーン車の切符がね!」
無事、下田署に戻ったあやめは、取調室で、ラセツに、自分の推理をぶつけた。
すると
「やはり、日本一の妖怪の血を引く娘、か。
左様。私が、車掌を襲い、あの列車に乗り込んだ犯人だ。
切符も、直に、見つかるだろう」
「どうして、こんな事を?」
そう言うと、ラセツは、黙り込んだ。
だが、しばらくすると
「彼奴らを、この手で始末したかった!」
両手の拳を握り、嗄れ声で話す彼に、あやめと大介は、瞠目も眼差しを向けた。
それから、ラセツは、淡々と話し始めた。




