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 しばらくして・・・

 下田警察署

 

 伊豆高原から下田へ、ラセツとイズミが任意同行ニンドウという形で、送られた。

 椅子と机だけの、殺風景な部屋で、ラセツの聴取が始まった。

 まず始めに、小林リョウと、彼の関係から。

 「小林リョウの世話になっていたって、言ったわね?

  どういう事か、話して頂けます?」

 彼の対面に座る隼。その間に座る、あやめが話す。

 ラセツは、抵抗もなく、淡々と話し始めた。

 「長くいた故郷、会津から、追われたのは、そなたらも知ってよう」

 「原因は、何だったんです?」

 と大介が、部屋の隅で、壁にもたれながら、聞いた。

 「単純な、誤解ですよ。

  組の金が、金庫から無くなって、犬馬に、容疑がかかったんです。

  丁度、仕事で、金がなくなる直前に、事務所を離れたもんですから・・・」

 「それで、安達組に、命を狙われる身に」

 彼は頷いた。

 「追われ、追われて、流れたのが、この伊豆だったのね」

 「当時、彼は、そこに住み始めたばかりだったそうで。

  小林は、傷を負った犬馬を、何も言わずに、匿ってくれました。

  手当の上に、寝食まで・・・。

  とても優しい人間だった」

 「しかし、あなたを血眼で探す、組の刺客が、それを見逃すことはしないでしょう。

  妖怪と人間が、同居しているなんて、目につきやすい。

  どうやって、切り抜けたんです?」

 隼の問いに、初めてラセツが、黙った。

 その表情から、あやめは悟った。

 「震災ね。

  あの北関東・東北大震災で、安達組が解散した・・・そうね?」

 「そうです。

  下田に流れて暫く。やっと犬馬が信頼する仲間と、連絡ができたんです。

  気仙沼の漁港で、何度か世話になった、とある妖怪の兄弟ですわ。

  話をつけて、そこに匿ってもらうことになったんです。

  これ以上、小林には、迷惑をかけられない。

  しかし、それから2日後、尋常じゃない揺れを感じて、テレビを見てみると・・・見慣れた北の街が・・・」

 ラセツは、時折、声を詰まらせる。

 3人にも、あの時の光景は、目に焼き付いている。

 この世にある絶望を、ありったけ集めたかのような映像が、連日、全国に、全世界のブラウン管に流れていた。

 仲間を失った彼にとって、その絶望は、我々が口に出すのもおこがましいくらい、悲惨なものだったろう。

 「兄の方は、それから5日後に、遺体で発見され、弟は難民となって行方不明・・・。

  あの日、あの瞬間、仲間どころか、帰る家も失ったんです。

  それでも、小林は言ってくれました。

  “あなたには、まだ、この家があるじゃないですか。

   私も、久しぶりに、家族が増えて、とっても嬉しいんです。

   人間だろうと、妖怪だろうと、関係ありません。

   貴方が、いいと言うまで、いえ、ずーっといても、構いませんよ”」

 「そう・・・だったのですか」

 隼は、静かに言った。

 「それから、彼と一緒に暮らしました。

  家族、と言うと変ですが、親子のような絆が、そこに生まれていたと、今振り返っても、感じます。

  一緒に釜の飯を食い、海辺を歩いて、いろいろ語り合って・・・。

  組にいた時より、楽しかった・・・」

 ラセツは、邂逅の眼差しを、向けた。

 そこで、あやめは、確信を突く。

 「小林君が、いじめを受けていたことは?」

 「・・・」

 「知っていたんですね!」

 「左様。

  犬馬が気付いたのは、2年生の冬頃から、

  傷だらけで帰ってくることが多くなった。

  まるで、戦車に砲撃されたかの如く、そういった格好で」

 すると、あやめは言う。

 「いじめは、少なくとも、2年の春には始まっているわ。

  どうして、気付かなかった―――」

 「おそらく、陰湿に攻撃していたんだ。

  傷を付けるにしても、一見して見えない、腹部とかな」と大介 

 ラセツは、話を続けた。

 「それでも、小林は、犬馬の前では、笑顔を絶やさなかった。

  何があったか、問い詰めても、話してはくれなかった。

  ただ“心配しなくていいから”と。

  その内、額や腕に、傷を増やしていきましたが、それでも、彼は笑っていました。

  その夏でしたよ。小林が事故で死んだのは」

 部屋の中が、沈黙と悲壮に満たされた。

 あやめは、ただ黙り、左手首を、右手で力一杯握っていた。

 

 次いで、昨日の事件の取り調べが、始まった。

 熱海駅で、車掌を襲撃、拘束して、伊豆急下田行きの、団体臨時列車に乗り込んだ容疑だ。

 あやめに送られてきた、イズミのメールが正しければ、ラセツは当日、京都駅9時16分発の、のぞみ4号に乗車している。

 この列車は、京都を出発すると、名古屋、新横浜、品川、終点東京の順に、停車する。

 停車駅、時間は、以下の通り。

  

  名古屋 9時52分着

  新横浜 11時14分着

  品川 11時26分着

  東京 11時33分着

 

 「京都へは、どういう理由で?」と隼

 「震災で、音信不通となっていた、犬馬の知り合いが、京都にいることが分かってな。

  それで、一目会いに、京都へ行った次第で」

 その知り合いは、人間化し、京都府宇治市の、大型ショッピングモールで、働いているという。

 隼は、大介を呼ぶ。

 「本部に連絡して、裏を取るように」

 「了解」

 大介が部屋を去り、取り調べ続行。

 あやめが、話し始めた。

 「確か、列車襲撃事件の日、横浜に用事があったとか。

  仕事の取引先、ということですが」

 「・・・刑事さん。済まんが、犬馬は黙秘権を使わせてもらう」

 ラセツは、椅子に深く座り直し、目を閉じた。

 「では、話を変えましょう。

  ラセツさん。あなたが、のぞみ4号に乗車していた事を、証明できますか?」

 「どういう、意味かな?」

 「そのままですよ。

  あなたが、新横浜まで、その列車に、乗っていたのか」

 すると、大介が、帰ってきた。  

 手には、携帯電話。

 「本部に、連絡しました。

  今、岩崎刑事と、横山刑事が、向かっているそうです。

  それから、イズミさんの聴取をしている、高垣刑事から」

 「何だ」

 「どうやら、ラセツさんが、のぞみ号に乗っていたのは、事実みたいです。

  すぐに、JRに問い合わせたようですが、彼、京都駅の、みどりの窓口で、のぞみ4号の指定席の切符を購入していました」

 「それは、確か?」

 「ああ。府警が裏を取ったよ。

  8号グリーン車、進行方向、向かって左側、山側の席。 

  車掌からも、彼が京都駅で乗車し、切符を拝見したとの証言を取れたと、先程、愛知県警から」

 「そうか」

 「これで、分かったろう。

  犬馬は、シロだ」

 そう、ラセツが言った時だった。

 「そうかしら?」

 あやめが、ケータイを操作し始めた。

 「大介、名古屋から先、車掌の証言は、取れたかどうか、分かっているの?

  グリーン車なら、停車駅出発後に、車掌が、切符を拝見するはずよ」

 「いや・・・そこまでは・・・」

 「分かっていないのね」 

 「高垣刑事から、そこまでは・・・」

 委縮しながら話す大介を横に、あやめは、ケータイを動かす手を止めた。

 「ラセツ。

  あなたは、まだシロじゃない。

  方法次第では、犯行は可能よ」

 「どういう事だ?」

 「2時間ドラマでお馴染、鉄道ダイヤを使ったトリック。

  さっきまで、ケータイで調べていたのは、そう言う事よ。パパ」

 あやめは、隼に、ケータイの画面を見せた。

 時刻表を、検索できるサイトだ。

 「ほう。分厚い時刻表がいらない時代・・・か」と感嘆する隼

 あやめの立てた、推理は

 「あなたは、名古屋で乗り換えたのよ。のぞみから、停車駅の多いひかりか、こだまにね。

  あの日は、土曜日のダイヤ。そして、イベント列車―特急スーパービュー踊り子5号が、熱海駅に停車する午後12時18分までに間に合う新幹線で、大分絞れるわ。

  調べてみると、のぞみ4号は、9時52分に、名古屋駅に到着する。

  のぞみ4号の次に、名古屋駅を発車する、東京行こだま642号に乗車すると、熱海着が、11時58分。

  標的のイベント列車到着まで、20分。本物の車掌を捕え、変装する時間は、充分にある。

  この方法を使えば、あなたでも、犯行は可能なのよ」

 「もし、そうだとして、どうやって証明する?」

 「方法なら、いくらでもあるわ。

  2つの列車の車掌から、証言を取る。駅ホームの防犯カメラを確認する。

  何より、熱海駅から、京都~新横浜までの、あなたのグリーン車チケットが発見されれば、完璧な物証よ!

  さあ、どうする?」

  すると、大介が、あやめの肩を叩く。

 「あのー」

 「どうしたの?」

 「すごーく、言いにくいんだけど・・・」

 「ん?」

 「イズミさんの、ケータイに、これが・・・」

 彼の手の中にあった携帯電話は、イズミから拝借したという。

 そこには、ラセツのメールと共に、写真が。

 車内から、車窓を撮ったもので、防音壁と架線の向こうに、住宅街が広がる。

 「これ、富士山?」

 写真には、住宅街の屋根のはるか遠く、ひょっこり頭を出す富士山が。

 のぞみ号から、撮ったのだろう。

 あやめと隼は、一瞬そう思った。

 だが、冷静に考えて頂きたい。

 推理通りなら、ラセツは、こだまに乗車している。

 後続列車のこだま、しいて言えば各駅停車に乗っているのなら、まだ、富士山の見えるポイントに、到達していないのだ。

 「昔取った写真を、メールで送った可能性も―――」

 「写真の端を、よく見てくれ。

  週刊誌が、写っているだろ?

  この週刊誌は、事件のあった日に、発売が開始された号なんだ」

 「じゃあ、これって」

 「正真正銘、事件のあった日に、撮影されたものだよ」

 「時間は?」

 次いで、メールの内容。

 

 イズミさんへ。

 無事、新横浜駅に着きました。

 車中で撮影した、富士山です。

 ギリギリで、お腹が痛くなって、こんな写真になってしまいましたが。

 奥の、顔を出しているのが、そうです。


 時間は、11時15分

 のぞみ4号が、新横浜駅に到着して、1分後。

 「その時間、こだま642号は?」

 隼に言われ、あやめは、時刻を確認。


 浜松 10時39分着

 掛川 10時55分着 

 静岡 11時15分着

 新富士 11時31分着

 三島 11時45分着


 「こだま号は、静岡駅に停車しています」

 「東海道新幹線から、富士山が見える区間は、静岡~新富士だったな?

  有名な、富士川鉄橋辺りから、愛鷹山に隠れるまでの時間」

 「仮に、のぞみ4号から、この写真を撮影したとすると」

 大介は、あやめのケータイ画面を、覗き込む。

 「のぞみ4号の、静岡駅通過は、10時36分頃。

  富士川通過は、約5分後の、10時41分。

  その時間、こだま642号は、浜松駅に停車中。

  ・・・静岡県西部にいるこだまから、富士山は、撮影できない!」

 「のぞみ4号が、新富士を通過すると思われる推定時間まで粘っても、まだ列車は、浜松市内だ。

  完敗だよ。あやめ」

 ラセツは、あやめを見て、口を開く。

 「御嬢さん。納得できましたか?」

 「いいえ。写真なんて、状況証拠に過ぎないわ」

 「殺さずに生かした恩を、仇で返すのかい?」

 「私は、姉ケ崎あやめとしてではなく、一警察官として、この部屋にいます。

  今の私に、あなたとの仁義は、関係ない。

  貴方が、完全なシロと断定できるまで、私は、どこまでも調べますよ」

 語気を強めながら、あやめは、ラセツの目を見る。

 彼は、どこか勝ち気の、余裕ある雰囲気で、再度、椅子に深く座り直した。

 後の取り調べを、隼に任せ、2人は、部屋を出た。

 「大介、ラセツはクロよ。

  あの口調は、間違いなく、熱川で襲ってきた奴と同じ」

 「でも、行先も乗っていた列車も、全て虚構だとして、あの写真は、紛れもない現実だ。

  どうする?」

 「探すのよ。

  静岡県西部を走行する新幹線から、富士山を撮影できる方法を!」

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