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PM12:27
伊豆シャボテン公園
約束の時刻が迫っていた。
山頂から戻った時、隼から無線が入った。
伊豆マインバレーのスタッフが目撃したトラックのナンバー照会が終わり、これもまた、事件の核心を突く内容であった。
盗まれたトラックは、三津沖に建設中の、湯煙国際観光の新しいリゾート施設。そこの建設を委託されている建設会社の車両と、判明した。
さらに、捜査を行うと、トラックは、広島の事件が起こる3日前、リゾート施設と土肥を結ぶ、連絡橋建設現場から盗まれていたことが判明。
作業の遅れを挽回するため行われていた、昼夜突貫の工事を、警察の介入で邪魔されたくないため、盗難届を出していなかったそう。
それだけではなく、そのナンバーを付けたトラックが一昨日、つまり、Z33とラ・セードがカーチェイスを展開した日、東名高速厚木インターと、小田原厚木道路の交通管制カメラに捉えられていた。
盗まれた車両は、伊豆の国市内にある本社から、小型ショベルカーを運搬してきた、日野自動車製のトラック。幌を取り付けることも、可能であるという。
「これらの情報を総合すると、犯人が、このトラックを盗み、どこかで幌付きに改造。
ここ大室山近くの、富士見病院のサナトリウム建設現場から、土を積み込み、伊豆長岡へ向かう。
まだ断定はできないけど、渡部琉輔がゴーレムを精製し、国木田を殺害。再び土に戻して、トラックへ保存・・・じゃあ、あのラ・セードに乗っていたのは、誰だ?」
大介の総括が、新たな謎を呼んだ。
しかし、あやめは、言う。
「言えることは、あの車は、ゴーレムが運転していたわけでは無いって事ね。
それだけの妖気に、私もエリスも気づかないなんて有り得ない」
「あの車は倉田が乗っていたのは、間違いない。
パーキングで脅されたときに、実感したわ。
彼は、私達を脅すために、アヤメの車を煽った。そう・・・間違いないわ」
「待てよ・・・じゃあ、ゴーレムを操る犯人は、やはり倉田?
トラックをゴーレムに運転させて、鮎沢PAに先回りさせた?
でも、それなら、大室山での行為は・・・」
神間も混乱する中、大介は。
「なあ。もし、倉田と渡部が、繋がっていたら?」
「まさか?
あなた達が聞いた話だと、渡部は、倉田と関わるのが嫌だったそうじゃない。
そんな、人間が、どうして協力なんて―――」
「いえ、高垣刑事。
倉田が、渡部を脅したのだとしたら、どうです?
つまりは、倉田が、“あやめとエリスを脅すネタを作るために、暴走運転の事実を作るから、その先の逃走手段の手筈をつけてくれ。断れば、小林リョウのネタで、渡部あるいは、病院側を脅迫する”とでも、言ったんだろう」
「成程・・・それで?」
「動くことはできるが、問題は、トラックの荷台に積まれている土だ。
厳戒態勢が敷かれている伊豆の国市内で捨てれば、気付かれる。かといって、安全な場所まで行っていたら、時間がかかる。
そこで、渡部は、この問題を解決する方法を、見つけた。
まず、倉田の運転するラ・セードが、沼津市内でZ33を煽って、暴走。
その間に、渡部は、トラックを運転して、東名高速鮎沢PAに先回りする。
明日、東京発のイベント列車の警護をするなら、必ずZ33は東京へ向かう。そう、見ての計画だったんだろうし、倉田の車の対応に精一杯のあやめ達に、妖気を探られることなく、沼津を脱出できる。
沼津、東名高速で目的を達成した倉田は、車を飛ばし、鮎沢PAへ。
一方で、渡部も、準備を始める。
恐らく、東名高速に乗ったら、連絡するように手筈を取っていたんだろう。
荷台の土を、再びゴーレムに形成し、それに服を着せると、PA脇のドッグランへと歩かせたんだ。
そして、Z33を撒き、パーキングに入ると、ラ・セードをトラックの荷台に載せ、東京方面へ」
「だけど、大井松田ICには、既に検問が敷かれていたはずよ。
どうやって・・・それが、厚木インターに、トラックがいた答え?」
「そうだよ、あやめ。
俺たちは、追われた犯人が、あらかじめPAに用意していたトラックに乗り換えて、次のインターで降りると考えていたんだ。
だけど、実際は違った。
トラックは、大井松田を通過すると、次の厚木インターで東名を降りると、接続する小田原厚木道路を走行し、小田原へと引き返す。
そこから一般道を通って、伊豆へと戻ったんだ。
これなら、犯行に使った土を処分できて、倉田の欲望も満たせるし、俺たちの視点を、PAに集中できる」
あやめは、大介の推理を聞いて、下唇を噛んだ。
「確かに、これなら辻褄が合うわ・・・まんまと、してやられた訳ね」
「ただ、これは、推測の域を出ない。
渡部に、話を聞く必要がありそうだ」
神間、高垣は3人と別れ、渡部に話を聞くため、下田市外にある、富士見温泉療養病院へと向かった。
一方で、エリス達は、そこからすぐの場所にある、伊豆シャボテン公園へと向かう。
動物とサボテンをテーマとした動植物園で、園内には、世界各国のサボテンを集めたピラミッド状の温室や、ラマ、カンガルー、ペリカンといった動物・鳥類、アメリカ古代文明の石像がおり、特に、特設会場でのチンパンジーの学習発表会や、冬に行われるカピバラの温泉は、テレビを通じて、全国的に有名となっている。
ちなみに、先程述べた、カピバラの入浴は、この園が、元祖と言われている。
広大で、自然豊かなパークを満喫したいが、3人に、そんな時間は無い。
園内のレストランで、軽い昼食を取る。
このパークの名物料理でもある、サボテングリーンカレー。
サボテンの色素のため、見た目緑色のカレーは、酸味があって、辛さをいい具合に相殺している。
腹を満たし、待ち合わせ場所へ向かう。
大室山を背景に、突如現れる、茶色の巨大生物。
大きなくちばしが特徴の、鷲に似た4本足の羽の生えた生物が、スフィンクスの如く鎮座している。
これが、待ち合わせ場所に指定した、荒原竜である。
サボテンが飼育されている温室へ入るための入口なのだが、その大きさ、存在感から、様々な特撮作品に登場している。
特に「ウルトラマン」に登場した怪獣 高原竜ヒドラのモチーフとなった事で、一躍有名となった。
温室入り口前に到着した時、あやめの腕時計は、12:27を指していた。
「遅れてきたかと思ったけど、私たちが早く着いちゃったみたいね」
「でも、早いに越したことは、ないわ」
そんな2人を横に、大介は、荒原竜を見上げた。
青空に、威厳高いくちばしが、伸びている。
「・・・ヒドラか。まるで、今回の事件みたいだ」
そう呟いた。
「どういうこと?」とエリス
「この像はな、「ウルトラマン」っていう特撮ヒーローもののテレビ番組に登場する、怪獣のモチーフになったんだ」
「それなら知っているわ。海外でも人気ですからね。
でも、それが、事件と関係あるの?」
エリス、そしてあやめも、荒原竜を見上げた。
「怪獣ヒドラはな、ひき逃げ事故て死んだ少年の魂が乗り移った怪獣で、無念を晴らすかのように、事故があった国道を走る車を次々と襲って、犯人に復讐しようとするんだ。
まるで、同じじゃないか。
かつて傍若無人を働いた、エリート卒業生を襲う犯人と」
『・・・』
「もし、その目的が、いじめを受けていた小林リョウの復讐なら、尚更」
沈黙の後、あやめが口を開いた。
「無念を晴らすために、復讐する存在。
そうならば、私たちに、逮捕できるのかしら。
無限増殖の様に、繰り返し生み出される、復讐という怪物を」
「しなきゃいけないんだ。
その怪物が暴れれば、また新たな怪物を生み出す。
良くも悪くも、犠牲者たちは、その未来を、閉ざされたんだ。
大阪では、関係のない人間が巻き込まれ、死んだ。
“死んで当然”と呼ばれるような存在でも、その死を悲しむ者は、絶対いる筈。
止めなきゃ。例え、人間だろうと、妖怪だろうと・・・」
「でも、怪物に憑りつかれた者が、怪物を倒すなんて、出来ると思う?」
その言葉に、大介は黙ってしまう。
両親を殺された過去を持つ、エリスとあやめ。
目の前で、友人と、その婚約者を殺された大介。
復讐という感情が、湧かなかったと言えば、それは嘘になる。
確かに、私たちは憑りつかれているのかもしれない。
復讐という、強大な怪物に。
「私は、そうは思わない。
怪物だから・・・怪物だからこそ、見える視点がある。
そこから生み出されるものは、目の前に広がる、公園の色とりどりの植物の様に、生き生きして、美しい。
私は、そう信じたい!・・・そう、生きていきたい!」
ふと、エリスが言った一言。
その言葉に、あやめと大介は、微笑んだ。
そんなやり取りの間に、時計は12:30を過ぎていた。
「遅いわね」
「なあ、あれじゃないか?」
大介が、指を差した。
遠方から、やってくる人影。
1人は、背が低く、ワイシャツに半ズボンと、かなりラフな格好の中年。
もう1人は長身で、着物を着ている。
「あっ、来たわ」
「あれが、イズミか?」
「そう。背の低い方ね」
大介とあやめが会話する傍ら、エリスは、険しい眼差しを、むこうに向けていた。
「どうしたんだよ、エリス」
「ねえ、気付かない?」
「何が?」
あやめは、首をかしげた。
「同じ匂いがするのよ。
昨日、列車にいた、車掌と同じね!」
『!!』
となると、あの長身の、正体は。
2人は、段々、こちらに近づく。
「よお!あやめちゃん!
久しぶりだねえ。
5月にあった、箱根の一件以来だ」
イズミは、そう言い、手を振りながら、3人に近づく。
「そうね。会社の方は?」
「おかげさまで、上々ですわ。
近々、新商品を、売り出そうとして・・・って、それはいいわ。
あやめちゃんが、探していた、踊子高校の関係者。連れてきたよ」
その人物が、長身の着物男。
右目の上にある、一文字の傷跡と、顔つきが、堅気ではないことを、周囲に悟らせる。
「高校とは、どういう関係なんですか?」
「それなんだが・・・少し、訳アリでね・・・」
奥歯に、物が詰まったような言い方。
着物男は、イズミに言う。
「イズミさん。
犬馬から、説明させて頂きますわ」
犬馬。
この言い回しに、全員が、反応した。
「まさか、あなた!」
「久しぶりですね。
デス・クロス、いや、姉ケ崎あやめ」
動揺するあやめだったが、気持ちを抑え、彼の目を見た。
「こちらこそ、初めまして・・・に、なりますかね?
元安達組用心棒であり、妖怪一の剣豪、ラセツ」
2人の間に、緊張感が流れる。
武器が無くても、まるで刃物を向け合っている様な、恐怖感。
エリスと大介、イズミは、互いに顔を見合わせた。
「あの震災で、亡くなったって聞いていたけど、まさか、生きていたとはね」
「なかなかの挨拶で。
どこの、誰かは、知れませんが、そういう噂が、独り歩きしているようで」
「まあ、いいわ。
突然だけど、ラセツ。あなたを、逮捕しなければいけないの」
「容疑は?」
「殺人未遂。分かるでしょ?」
あやめは、右手を、近くのスプリンクラーへ、向けた。
それを見て、ラセツは言う。
「心配しなさんな。
夜刀は持ってきておらんし、大介めに、主を殺さないと約束している」
彼女は、右手を下ろす。
「それを聞いて、安心したわ。
あなたを逮捕する理由は、もう1つ。
ラセツ生存の一報を聞いた妖怪が、この伊豆に集中するのは必至。
これ以上、捜査が混乱するのは、正直、御免なの」
「身柄保護という訳か。
折角だが、修羅場を潜り抜けてきた犬馬に、そのような心配は、要らん」
「そう言わずに、しばらく、一緒にデートして。
まあ、その先は、事の成り行き次第だけどね」
3人は、ラセツを囲むようにしながら、園の出口へと、向かった。
「ねえ、聞いていいかしら?」
あやめが、引き続き話す。
「あなたと、踊子高校の関係って?」
すると
「犬馬は、その高校の寺子に、世話になっていた」
「寺子?
して、その名前は?」
「小林リョウ」
『!!』
2回目の驚き。
「まさか!?」
「犬馬が、嘘を付いているとでも?」
「・・・」
事件から、もうすぐ24時間。
何もかもが、急速に動き出している。
そう思わずにはいられない、否、現実に、そう進行しているのだった。




