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AM11:43
静岡県伊東市 大室山
伊豆三津を後に、約1時間で大室山に到着した。
標高580m。約4000年前に噴火した火山で、現在は、伊東市のシンボルであると共に、国の天然記念物及び、富士箱根国立公園に指定されている。
特に2月に行われる山焼きは有名で、麓から豪快に、斜面を遡る炎の様は、絶景である。
まだ、そのシーズンではない故、山の表面は、青い芝生で覆われている。
Z33は、麓にある駐車場へ。
既に周辺で捜査をしていた高垣、神間刑事と合流した。
「お疲れ様。
報告は聞いたわ。なかなか突っ込んだ証言ね」
白のトヨタ クラウンから降りてきた高垣が、口を開いた。
「ええ、これが真実なら、メガトン級の突破口になるわ。
ダイイングメッセージの意味、犯人の動機の可能性も」
あやめがそう言うと、神間が話す。
「既に深津君が、踊子高校関係者と周辺住民に、聞き込みを開始したよ。
それから、市川警部は、国木田の腕時計に関して聞き込みに行っているそうだ」
「確か、国木田選手が所属しているチームって、県内の」と大介
「そうだ。まあ、静岡はサッカー王国だからな。
国内で唯一、サッカーチームを2つ持つ県だし、日本代表選手も何人も出している」
彼が所属していたのは、その内の1つ、駿河ネフィラーレ。
静岡市清水区にホームスタジアム、三保半島に事務所と練習場を構える。
「彼からの回答は、まだだ」
「そうですか・・・そちらは?」
高垣から、現在までの捜査本部の結果が話された。
篠乃木里菜の乗ったパトカーへ攻撃を仕掛けた人物と、乗っている車両が割れ、未明に7人が、公務執行妨害と殺人未遂の容疑で、西伊豆の松崎署に連行された。内4人が未成年だ。
倉田の息のかかった警官が、アクションを起こす危険があるため、現在、静岡県警本部の捜査官と、寺崎刑事が、取り調べを行っている。
さらに幸運なことに、逮捕された1人は“レッド・スパルタ”の3つある支部の内、西伊豆支部のボスであることが判明。
これで、彼らの弱体化が加速することは、まず間違いない。
だが、伊豆半島内には、まだ“レッド・スパルタ”の兵隊と、倉田の手中にある警察官、所轄がいくつもあるのが現実。
一方で、篠乃木里菜の意識は、まだ回復していない。
現在も24時間体制で、県警本部の刑事が付いている。
「そこまでは、表の捜査。裏はね・・・」
本題の妖怪犯罪は、全く進んでいない。
列車であやめと一戦交えた、カトーマスクの男は、周辺のオービス、監視カメラを検索しても、伊豆熱川から出た形跡がなかった。
と言っても、相手が妖怪で、妖術を使って自らの存在を消しているのならば、カメラにも映らない。
要は、どこへ行ったかすらも追跡できていない。否、出来ないのだ。
本部も、熱海大火災と、バス転落事故の再調査をスタートさせたが、まだ、有力な情報は、入っていない。
「じゃあ、捜査は進展していないって事ですか?」
「恥ずかしいが、そういう訳だ。
訳だった・・・が」
そう神間が言った。
「何か、見つかったですか?」とエリス
「アルペンコースから、見せてやるよ」
5人は、山頂へ向かうリフトに乗った。
所要時間は約3分。山頂へ向かう唯一の手段である。
すり鉢状に窪んだ巨大噴火口が、彼らを出迎える。
この噴火口周辺は「お鉢めぐり」と呼ばれるハイキングコースになっている他、内部にはアーチェリー場、浅間神社が作られている。
山頂からは、伊豆大島や天城山、天気が良好な日は、富士山も一望できる。
神間と高垣が、3人を、山の北側へ。
なだらかな高原と、小さな丘陵地群が広がり、麓には広大なゴルフ場。
「あれを、見て欲しいんだ」
神間が指差した先。それは、ゴルフ場の北側にある敷地。それを囲う、緑色のシートと、その中で作業するパワーショベル。
「建設現場みたいですが・・・」とエリス
「ああ、そうだ。
一体、何を建てていると思う?」
『?』
「富士見温泉療養病院 大室サナトリウム」
「その病院って!」
神間は、驚く大介に頷いた。
そう、G6の1人、渡部琉輔の家が経営している病院。それが富士見温泉療養病院である。
「すると、ゴーレムに使用された土は、ここから持ち出された可能性が高いって事かしら?」
「そう見るのが妥当だろうな。
ここ以外に、土が掘り返されたり、土砂が運搬されたという情報や形跡が、全くないからね。
でもな、ここの警備員、作業員に聞いてみると、工事現場に倉田が現れた事は、今までないと言っているんだ。
工事を請け負った会社は富士市の会社で、倉田の息がかかっていないんだが、万が一がある。
隼警部に連絡して、応援を要請したよ」
「そうね・・・。
渡部を使って、この中に潜入した可能性もあるわ」
「でもよ、あやめ。
渡部は、篠乃木里菜と同じで、倉田らと関わりたくない人間のハズだぜ。
そんな奴が、ホイホイと、彼らに従うかね?」
「リゾート施設建設の手本にしたい、とか、この会社に業務を委託したいから見学、とか・・・」
「倉田なら、息のかかった会社に、業務を全部委託するだろう。
岡田の父親が支社長をする彩京物産が、リゾート施設開発に関わっているのが、いい例だ。
それに、見学で来たなら、作業員の何人かが覚えていても、おかしくない。
見学なら、現場監督に聞かないと、分からない部分もあるしね」
あやめも、そう言われて、考え始めた。
「そう言われたら、そうね。
・・・じゃあ、不法侵入した可能性は?
深夜に、工事現場に進入して、土砂を運び出せば」
その質問に、高垣が答えた。
「近年、工事機材や、鉄筋なんかが盗まれる事件が、多発しているでしょ?
建設会社側も、防犯カメラやセンサーを設置したりして、セキュリティを厳重にしているの。
誰かが入れば、すぐに分かるのよ」
「・・・じゃあ、ゴーレムを操っている犯人は、倉田じゃない?
だとすれば、誰が?・・・!」
3人の答えは絞られた。
この建設現場に容易に進入でき、かつゴーレム精製の書物を完全理解できる、高度な頭脳という条件を満たす、G6のメンバー。
「渡部琉輔!」
「彼なら、実家が建設中の、この現場に、自由に出入りできても、おかしくない!」
「それに、アメリカの大学で医学を勉強している彼なら、高度な頭脳も持っているわ!」
3人の総括として、高垣が動いた。
「神間君、すぐ警部に連絡して、渡部の所在を確認。急いで!」
「分かりました!」
すぐに、神間がケータイを取り出し、隼へと電話をかけた。
「仮に、渡部が犯人として、残るは犯行動機と、書物の入手経路ね。
リオさん・・・後は、あなたの情報が頼りよ」
あやめは、静かに相模湾側を望んだ。
空と海は、どこまでも澄んでいた。




