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「概要は分かったわ」
エリスは、露天風呂で、あやめに、言った。
長湯で火照った体に、夜風が心地いい。
湯煙の中、重たいガールズトークは、続く。
「これを聞く限りでは、3年前のバス転落事故には、何か裏がありそうね。
それが、今回の事件の、根底にある。
だけど、何者かが、小林リョウの復讐を行っているとして、それが何者か。
親族や、かつての同級生という線は、この報告を見る限りじゃあ、可能性は低い。
あるとすれば、彼の死後、家に出入りしていたという存在」
「もし、現場に置かれていた仏具が、堀井さんの指摘するように、いじめを指しているとするなら、踊子高校の同級生が、小林に代わって、加害者への復讐を行っているという仮説が、立てられるけど」
「それは、低いと思うわ。
アヤやダイスケの様に、何者かが、自らの正義感で行動したとしても、既にクラタが感付き、兵隊を使って、その人物を消していてもおかしくない。
1人で戦うには“倉田悠生”という力は、大きすぎる。
それに、どうして3年経った今なのか。ゴーレムを操れるほどの秀才が、あのG5以外にいたのか。死装束とミニカーは、何を示しているのか」
「そうよね・・・」
あやめは湯船から立ち上がり、傍の岩にもたれかかった。
その時、携帯端末が鳴った。
隼からだった。
新たな報告だったが、それは2人を驚かせた。
―――伊豆長岡の現場で発見された腕時計なんだがな。
「何か、分かったの?」
―――裏に掘られた刻印を頼りに捜査したら、この腕時計は20年前、浜松市にある楽器製造会社が、創業60周年を記念して製作し、従業員に記念として配った物だと判明した。
「殺害された国木田選手は、旧清水市生まれの下田育ちですよね?
チーム側が公表している情報も、そのように。
どうして関連の無い、浜松市の企業の記念品を?」
―――調べてみると、3年前に事故死した小林リョウの父親が、この会社に勤務していて、記念品の腕時計を貰っていたんだ。
時計に刻印されたシリアルナンバーも、彼に渡されたものと一致した。
「つまり、あの時計は、小林リョウの父親の形見だったんだ。
じゃあ、犯人が置いて行った・・・」
―――ああ、俺も、そう思っていた。
でも、真実は、違ったよ。
2年前の3月、国木田が、所属チームと契約を結んだ事を伝えるスポーツ紙に、その答えがあったんだ。
添付資料を、そっちに送ったから見てくれ。
あやめは、画面をタップし、資料を出す。
“Jリーグ期待の新人 国木田の大きな一歩!”という見出しの、新聞記事。
国木田が、チームオーナーと握手している写真。
その手首を、拡大すると。
「あの腕時計!」
エリスは叫んだ。
「確かなの?」
「この目で見たもの。間違いないわ」
隼も、話を続けた。
―――それだけじゃない。
バス転落事件後に行われた、高校サッカーの記事にも。
再び、添付記事をタップする。
“踊子高校イレブン 初快挙!”という見出しの、高校サッカー静岡県大会決勝の記事。
この試合で、長年県内高校サッカーの、頂点に君臨した、浜松勇輪館高校を破り、県内1位の座を、踊子高校が勝ち取った。
国木田が、プロに目を付けられるキッカケとなった試合でもあったのだが、その写真でも、国木田は腕時計をしていた。
あの、小林父の形見の。
―――県警本部の聞き込みでも、あの腕時計を、国木田がつけていたと、所属チームの選手全員が証言した。
周囲が時計の事を聞いても、アンティークものが趣味、と答えていたらしい。
最新のファッションを取り入れ、新型スポーツカーで駆ける彼が、そんな趣味の持っているとは思えないと、周囲は見ていたそうだがな。
「待ってください。
つまり、殺された国木田選手は、小林リョウの父の遺品を、自分のモノにしていたって事ですか?」
―――今のところ、そうなる。
死亡した小林リョウの遺品から、それらしい腕時計は発見されていない。
とすると、国木田は、小林が死ぬ前に、彼から手に入れたと思われる。
でも、自分の親の形見を、簡単に、他人にあげるとは考えにくい。
「ええ。有り得ない。
・・・パパ。もしかしたら、堀井さんが指摘した仮説は、当たらずとも遠からず、かもしれないわ」
―――つまり、あの高校で、G6が小林リョウを標的に、いじめ行為を行っていた。
ダイイングメッセージは、その際行われたであろう“葬式ごっこ”を指している。
「時計は、いじめの過程で取り上げられ、国木田の所有物となった」
「もしそうなら、スポーツマンシップの風上にも置けやしない!」
「しかし、これは仮説の域を出ないわ。
突破口・・・そう、小さくてもいい!
何か、彼らを謳わせられる突破口を、見つけることができたら・・・。
今、全員は?」
―――倉田は、東京駅に駐車していた車を引き取って、今、東名高速を西進中。
例の、ラ・セードだよ。
尾行中の車両によると、現在、厚木付近だ。
岡田は、沼津市内の社宅に戻った。今、県警本部が張っているよ。
渡部は、篠乃木里菜のいる病院で、経過を見守っている。
「病院には」
―――深津と、伊東署の警官が。
「そうですか・・・」
―――こっちは、引き続き下田周辺を洗ってみる。
君達は、妖怪犯罪方面で、さらに調査を続けてくれ。
「了解、気を付けて」
―――そっちもな。
無線連絡を終えた。
「まだ、全てが、闇の中か・・・」
そう、エリスが、湯煙の中で、呟いた。
次いで、携帯端末に、連絡が入る。
大介からだ。
―――今、部屋にいるんだが、このホテルの前の道に、赤いクライスラー 300が2台。
「・・・そう」
「やっぱり、倉田が、仕向けたのか。
でも、どうやって?」
「多分、ここへ向かう途中、尾行されていたんでしょうね」
「明日の葛城山での聞き込みは、少し危険ね」
―――そう言うと思ったぜ。
幸運にも、さっき、市川さんから、葛城山ロープウェイスタッフの1人から、重要な話があるとの連絡を受けたと、こっちに知らせてきたよ。
そこで、別の場所で待ち合わせて、話を聞くことにしたよ。
場所と時間は、既に、相手と相談して、決定したよ。
「分かったわ。
場所は・・・午前10時・・・伊豆三津シーパラダイス」




