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場所は、再び戻って
伊豆長岡温泉
ホテル マインバレー伊豆長岡
午後7時。
3人は、夕食会場で、合流した。
新鮮な海の幸や、伊豆牛のステーキ、地産の野菜などを堪能できる、バイキングディナー。
自然に話は、事件から離れ、明るい世間話がメインに。
しかし、気になってしまうのが、刑事の性。
「ねえ、今日のニュース、どうだった?」
「何が?」
エリスは、そう答え、刺身を口に運ぶ。
「事件のコトよ」
「それね」
大介が、代わりに答えた。
「結論から言って、トップでは、流れなかったよ。
あの事件から1時間後に、敦賀市中心部で、通り魔事案が発生したそうだ。
犯人は、現在も逃走中。
このニュースが、各社速報で流されていたよ」
「そう。
今頃、関西の各県警は、大騒ぎね。
物騒な世の中」
「ところが、だ。
地方ニュースでも、あまり詳しく、長時間は流れていなかったんだ。
イベント列車と、パトカーの襲撃は、篠乃木里菜の熱烈なファンの犯行、ということで報道。
各局、時間にして、約2分。
あれだけの被害が出たのに、短すぎるよ」
「多分、倉田が、地方局に圧力をかけたのね」
「まさか。
アイツの顔が利くのは、伊豆半島だけじゃないのか?」
「静岡県のNHKと、民放各局は、沼津市に支局を持っているわ。
伊豆や熱海のニュースは、沼津支局が取材して、静岡の本社に送るようになっているの。
そして静岡の地方局から、東京の本局へ。
伊豆半島の付け根に当たる、あの街なら、倉田の勢力内と見なしても、いいんじゃないかしら?
おそらく、新聞も、相当の圧力を、かけられている」
「自分の沽券のため」
「今回の“ペイン・シー プロジェクト”の発案者と、進行役は、湯煙国際観光よ。
もし、大々的に今日のニュースが流れれば、会社のイメージダウンにもなるし、伊豆の観光業への打撃も考えられる。
もしかしたら、現在建設中のニューリゾート計画も、一時停止を余儀なくされる」
次いで、エリス。
「あの男は、自分の思い通りに事が運ばないと、癇癪を起す、極めて幼稚なタイプ。
そのためには、何でもやる。
今日1日でも、これだけのことが言えるわ。
だから、報道の世界に、圧力をかけた。
事件を、小さいものにして、伊豆への、表面的なダメージを、軽減するために」
「完全に、倉田の独裁・・・か」
「まあ、私達の姿が、全国に放送されなかった事は、感謝ね」
と、あやめは言った。
「ニュースによると、襲撃された伊豆急行線は、突貫作業による復旧工事を行って、明日始発から、平常運転をはじめるそうだよ。
捜査本部は、下田署に設置。
イベントは中止し、アニメの放送も、現在検討中との事。
多分、里菜さんの」
「でしょうね。
まだ、全ての作品が完成していないとすれば、彼女の代役を、見つけなきゃいけないからね。
残る問題は・・・」
「事件の背景、襲撃してきた用心棒、里菜の告白、そして犯人の正体」
エリスは、ナイフで、ステーキを一口大に切り分けながら、言う。
すると、あやめが箸を置いて、話す。
「さっき、情報提供者から、連絡が入ったわ。
朝に言っていた、踊子高校関係者と明日、コンタクトを取れる事になったわ。
場所は、伊豆シャボテン公園の、高原竜の像の前。
時間は、正午過ぎ」
「とすると、明日は」
「葛城山で聞き取り後に、大室山へ向かうわ。
そのシャボテン公園、大室山に隣接しているの」
「里菜さんが襲われた場所も、ゴーレムの原材料も、大室山だったわね」
「そうよ」
すると、大介。
「なあ、その情報提供者って、一体何者なんだ?」
「アズキアライ?」
「そっ、小豆洗い。
名前は、イズミ」
深夜近く。
大浴場には、エリスとあやめの2人だけ。
フロントからも見えていた、大きなドーム
その下にある、六角形のヒノキ風呂に浸かりながらの、ビジネストーク。
「小豆を洗う、彼の特技を生かして、人間社会に溶け込んだのよ」
「特技?」
「洗う音で、小豆の良し悪しが分かるそうなの。
所謂、利き小豆?
それを生かして、モナカの販売会社を起業したのよ。
いろんな所に、看板が立っていたでしょ?
“伊豆見もなか”」
「ああ!あれ」
7年前、元小豆洗いのイズミが、一発奮起で始めたモナカ販売。
粒あんをモナカで挟んだ、シンプルな菓子だが、たちまち「おいしい」、「絶品」と噂になり、4年前には、モンドセレクションを受賞。
今では伊豆の人気土産の1つとして、各種メディアで取り上げられる程、名が知られている。
伊豆各所の土産屋、道の駅、ホテルに品物を卸す関係で、イズミは、県東部域に、広大なネットワークをもっているのだそうだ。
「確かに、これだけの短時間で、重要人物を特定できる訳が、頷けたわ」
「それから、小林リョウと、関連事件の資料。
私の車に載せてある、携帯端末に送られてきたわ。
便利よね、これ」
そう言って、タオルに包んだ、小型の携帯端末を取り出した。
「そう言えば、小林リョウについて、まだ何も、知らないわ。
バスの事故で、死んだ以外に」
「篠乃木里菜と、イベント列車襲撃対策を急いだからね。
それじゃあ、露天風呂に移動して、過去の顛末を、見てみるとしますか」
「いいわね!
月明かりの下で・・・風情あるわ」
「ただ単に、長湯がきついだけ。
半分、雪女だし」
2人は、ヒノキ風呂から出て、外へと、移動した。




