32
その頃
現地時間 AM8:04
アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
米国首都。
そこに世界的に有名な、警察機構の本部がある。
FBI-米連邦捜査局。
ここにも、妖怪犯罪などを扱う部署は、存在する。
URD-未確認事件調査室。
妖怪、魔術師関連の犯罪以外にも、アブダクションやミューティレーションといった、UFO関連の事件も捜査する。
しかし、某海外ドラマの様に、地下の薄暗い場所ではなく、上層階の、結構日当たりの良い所に、部屋を構える。
朝日が差し込む中、アッシュブロンドの女性―リオが、パソコンに向かっていた。
相棒のハリーが、出勤してきた。
「どうしたんだ、リオ。
こんな早くに呼び出して」
ハリーは、右手に提げた紙袋から、コーヒーとサンドイッチを取り出し、リオに渡す。
「ごめんなさいね。
早速、本題に入るわよ。
アヤから、緊急のメールが来たの」
「アヤから?
どうしたんだ?」
「日本国内で、走行中の列車が、ゴーレムに襲撃される事件が、発生したわ。
乗車していた、ジャパニーズアニメのボイスアクター1名が、意識不明の重体」
「まさか!」
「それだけじゃないわ。
日本各地で、ゴーレムを使った、連続殺人事件も発生しているそうよ。
今回の襲撃は、その連続殺人の延長線上にあると、日本警察は、考えているわ」
ハリーは、手にしている、コーヒーのカップを傾ける。
「じゃあ、イラクで行方不明になったアレが、日本にあるのか!?
でも、どうやって発見し、日本へ」
「それを調べてほしいって、言ってきたのよ。
アヤの話だと、ガバラ基本書に反したゴーレムも、出現したそうよ」
リオは、コーヒーを、一口含む。
「じゃあ、正統派ではない、別の魔術系統の、言わば“ゴーレムもどき”が現れた?」
「今のところ、その答えは出ていないし、早急に出すのは、危険よ。
そうであったとしても、ゴーレムを最初に生み出した、ガバラ基本書の流れを避けて通ることは、出来ないわ」
「ISPは?」
「日本警察からの連絡で、既に関知済み。
やはり、あなたと同じことを言ったわ。
事件に、Lash-B1208 “セーフェル・イツェーラー”初版 2-17が関連していることが確認された場合のみ、ISPは、捜査協力を行うそうよ。
国際的には、この初版は、イラク戦争の空爆で焼失しているという見解が、出されているからね。
エリスとあやめが、捜査中なのも、大きいみたい」
ISP-国際特殊警察。
ラッシュによる犯罪に対処するために、ICPO-国際刑事警察機構内に組織された、別名“影のインターポール”。
世界中の警察機関に組織された対ラッシュ部隊と、横の関係でつながっているが、その組織構成や内容は各国警察上層部しか知らない、トップシークレットの事案。
故に、国際“秘密”警察と呼ぶ者も、少なくはない。
「カオス・プリンセス頼み・・・か。
それで、君は、どうする?」
リオは、パソコンに、とある人物の顔写真を出した。
「オコナー・クラフト 46歳。
元ビスタ大学教授で、考古学者。
西洋から東洋まで、様々な魔術に精通し、自身も魔術師。
難波事件3日後、ノースカロライナ州で起きた、第2級危険魔術書取引の現行犯で逮捕。
現在、ワシントン中央刑務所に収監中」
「俺たちが留守中の事件か」
「URDニューヨーク別室に、本部機能を委託していたからね」
リオは、サンドイッチを平らげる。
「ビスタ大学と言えば、医学と考古学で、世界的に名の知れた名門大学だ。
国内でも、サンダーバード大学、ルメール大学と肩を並ばせる、トップ3。
そんな、名誉ある学校の先生が、どういう?」
朝食を飲み込み、手についたパン屑を払いながら、話す。
「開戦後、正確には、フセイン大統領の処刑直後に、先の3大学が組織した、考古学保護調査団の一員としてイラクへ渡航しているわ。
3年前の帰国時には、中型小包2つを、手土産に。
この1つが、セーフェル・イツェーラーではないか、ということで、イラク国内からLash-B1208を持ち出した、第1級の容疑者として、ISPが密かにマークしていたのよ。
現に、ISPにとって、今回の逮捕は、Lash-B1208の奪還と抹消を目的とした、別件逮捕に過ぎない」
「成程。
フランスのISP本部に移送して、ミッチリと吐かせるつもりか。
まさしく、影のインターポール」
「でしょうね。
それに、最近判明した、謎の組織・・・」
「ああ」
ローマの土蜘蛛騒動、大阪での妖怪による大規模交通事故、そして“ファントム”による難波事件。
一連の事件には、裏で暗躍する、謎の組織の影がある。
バチカン、及びISPの見解は、一致している。
帰国後、国内で起きた、ファントム関連の事件の事後処理を行っていた矢先、情報が入った。
「オコナー・クラフトが難波事件の直前、正体不明の連中と、コンタクトを取っていたというもの。
その会話には、“日本”、“ファントム”、“カオス・プリンセス”という単語が登場した。
しかし、どこの誰なのか、分からない。
ただ分かっているのは、組織名と思しき名前だけ。
そいつは、こう呼ばれていた」
「ミスカトニック」
「もし、この2つが一気にわかれば、何者かの陰謀を打破できるかもしれないな」
リオは、微笑んだ。
「そう、事が上手く運んでくれれば、良いんだけどね。
じゃあ、行きましょうか。
向こうが夜のうちに、面倒事を片づけないと」
2人は部屋を出て、外へ。
ガレージで、申請した車両を受け取り、出発。
朝の庁舎街を、フォード社製の青いセダンが、走り抜ける。
ワシントン中央刑務所は、州南部に存在する。
アメリカ国内で逮捕されたラッシュは、全て、ここに収監されるのだ。
ここから、ISP本部のあるフランスに移送され、詳しい取り調べと、特殊裁判が行われる。
割と、小奇麗な面会室で、2人は、オコナーと会った。
顎髭とオレンジの囚人服が、教授としての威厳さを、打ち消していた。
「オコナーさん。
私は、FBIのリオです。
こちらはハリー捜査官」
横にした、2つ折りの手帳を開いて見せる。
「今日、ここへ来たのは、魔術書取引の尋問では、ありません」
「というと?」
「セーフェル・イツェーラー、ご存知ですよね?
ゴーレムを生み出すことのできる、ガバラ基本書」
「それくらい、知っている。
私の経歴を、調べずに来たのではないだろう?」
「そのゴーレムが、日本に現れたわ」
「で、どうしろと?」
オコナーは、頭を掻いた。
「セーフェル・イツェーラーに関する、全ての情報を、教えてください。
かつて、ソレを持ち出した容疑をかけられたあなたです。
何か知っているんじゃないかしら?
それでなくても、古今東西の魔術に精通したあなたなら、情報が入ってきているハズ」
「・・・」
「イラクで、何があったんです?」
「・・・」
「では、話を変えましょう。
あなたとコンタクトを取った、“ミスカトニック”と呼ばれる人物、ないしは組織
これについては?」
「・・・」
「何か、言ったらどう?」
すると、彼は
「答えたくもない」
「え?」
「私は、かつて、いや、現在も混血児反対派だ。
イリジネアの掟を破った者に、妖怪を語る資格は無い。
リオ・フォガート。
君も、混血児―98年のキリングフィールドで生き残った、カオス・プリンセスの1人だろう?
汚らわしい混血と話すなら、死んだ方がマシだ。
できるなら、ナイフで切り刻み、その死体に、唾を吐きたいくらいだよ」
「お前!」
「ハリー、押さえて」
リオは、小声で、ハリーを制止させた。
オコナーは、顔色一つ変えない。
「無論、彼女らを擁護する人間も、だ。
ハリー捜査官。
帰ってくれ。話は以上だ」
オコナーは看守を呼び、房へ戻ろうとした。
すると
「では、こちらから、語らせることにしましょう」と、リオ
「どういうことだね?」
「先程の沈黙を、私は、肯定と見なします。
それを前提に捜査し、結果を、あなたに突き出す。
もし、私の捜査が合っていた暁には、オコナーさん、あなたの口から、真実を話してもらいますよ」
「面白い。下等生物が。
やってみたまえ。
もし、間違えていたら、その時は、どうする?」
「無罪放免で、あなたを、釈放して差し上げましょう」
「リオ!」
オコナーは、ニヤリと笑った。
「契約完了。
予言しよう、君は、州知事の恩赦状を土産に、再び、私の前に現れると」
リオは、表情一つ変えずに、オコナーを見送った。
刑務所を出て、ハリーは、リオに話しかける。
「どうするんだ!
もし、釈放されることになったら」
「テレス副長官を巻き込んで、独立記念日顔負けの盛大な花火を、職場に打ち上げてやるわ。
でも、安心して。
そうなることは、絶対ないから」
「当てでもあるのか?」
2人は、車に乗り込む。
助手席に座るリオが、話し始めた。
「オコナーは、イラクから帰国後、ビスタ大学のあるボストンから、一歩も出てないそうよ。
地元警察とFBIの捜査だと、誰かに小包を出した記録もないし、帰国後は連日、自宅には帰らずに研究室に入りびたり。
そんな彼が、1年前を境に、外へと行動を開始した。
逮捕後、押収された証拠品や、所有物の中に、セーフェル・イツェーラーは、無かった。
もし、彼が、イラクから持ち出しに成功し、第三者に渡したとしたら?」
「まさか、大学内で、他の魔術師に接触した!?」
「いえ。
私の推理はね、ハリー。
オコナーが、学生の誰かを教育して魔術師にし、その人物に委ねた」
突拍子な推理に、ハリーは驚く。
「まさか!?」
「そうすれば、目を付けられている魔術師と、連絡し接触するリスクを冒すことはないし、その魔術師をきっかけに、捜査の手が自分に及ぶことを防げる。
育てられた学生は、ラッシュ指定はおろか、私たちの目にも、入ってこない。
あのビスタ大学は、世界中から、天才が集まる大学の1つ。
学生が、ガバラを理解することは、そう難しくないはず」
「もし、その推理が合っていたら」
「その学生が、日本に入り、行動している。
それとね、もう1つ、面白い情報があるの。
あの男、短期間だけど、イラクから、インドへ飛んでいるの。
そこで、何かを購入した」
「金額は?」
「46万USドル」
「おいおいおいおい!
大統領の年収より高いじゃないか!!
何を買ったんだ!?」
「今までの話から推測して、恐らく、魔術書の類。
でも、それだけする書物なんて、想像もつかない」
「まずは、ビスタ大学に行こう。
考えるのは、それからでも遅くはない」
「もしかして、アヤは、とんでもない敵と、戦っているのかも」
キーを回し、ハリーは、車をスタートさせた。
ハイウェイは、朝のラッシュで、どこもかしこも渋滞。
2人は、車を戻し、ワシントンD.C.のユニオン駅から、アセラ・エクスプレスに乗車することにした。
ワシントンから、ニューヨークを経由し、ボストンを結ぶ、アメリカで唯一の新幹線だ。
しかし、これでボストンまで行くとしたら、6時間以上かかる。
次のワシントン国際空港駅で下車すると、ボストン行の国内線に搭乗。
新幹線より先に、一路ボストンを目指した。




