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 ホテル マインバレー伊豆長岡

 あやめ亭 206号室


 2人部屋の和室は、大介1人には、とても広かった。

 畳の上に寝転んで、考え事をしていた。

 今回の事件は、動機も犯人も、全く不明。

 想像以上に、過酷な捜査だ。

 だが、さっきのスタッフの話で、引っ掛かる点が。

 車一台分は入るトラックの荷台に、少量の土砂。

 (もし、土砂を運搬したトラックと、PAで車消失トリックに使われたトラックが、同一のものなら)

 あやめは、市川警部に、ナンバー照合を頼んだが・・・。

 「なんだかなぁ」

 起き上がった大介は、浴衣に着替えた。

 悶々と悩んでいても、しょうがない。

 今日の疲れを、温泉で流すことにした。

 食事は7時から、本館1階の大部屋。

 まだ、時間は、ある。

 部屋を出て、隣のエリスとあやめの部屋へ。

 205号室の扉を、ノックする。

 「あやめ、エリス。いるかい?」

 すると、浴衣姿のエリスが、現れた。

 その姿に、青年の鼓動が、早くなった。

 彼女には大きいサイズなのか、胸元がはだけ、全て見えてしまいそう。

 足元も、裾を引きずっている。

 「あれ、あやめは?」

 「もう、温泉に行ったわよ」

 「エリスは、行かないのか?」

 「私は・・・ね?」

 彼女は、頭の上を指差して。

 「ああ、そうか」

 大介は、部屋に入った。

 「だから、人が少ない食後か、深夜にでも、入りに行くわ。

  ローマと違って、夜は、伸び伸びとできるから。

  ダイスケも、一緒にどう?」

 「いいねえ。

  といっても、ここ、混浴じゃないから。残念!」

 彼女は微笑し、「エッチ」と投げ捨てた。

 大介も、頭を掻き微笑。

 だが、エリスは、言う。

 「本当は、今すぐにでも、思い切り洗いたい・・・。

  残ってるのよ。

  あの男に舐められた感覚が、耳に」

 「エリス・・・」

 「今まで、捜査中にあんな失態を冒したことは無かったし、耳を舐められたのも初めて。

  尻尾を触られなかったのが、不幸中の幸いだったかもしれない。

  胸を掴まれたのは、今までの事件でも、何回かあったから、そこまでは・・・。

  でも、耳だけは、分からないの。

  どうすれば、この感覚を、感情を、拭えるのか」

 エリスは窓辺にある椅子に丸くなると、両膝を抱えた。

 「思い出すだけで、寒気がする。

  いっその事、耳を、引き千切りたいくらいに」

 うずくまる彼女に、そっと近寄った大介は、傍にしゃがんで、髪に手をかけ、獣耳を見る。

 「あの男のために、君が・・・こんなに、可愛い耳を、引き千切るだなんて」

 「ダイスケ・・・」

 「言っちゃいけないよ。例え、冗談でも。

  悪いのは、アイツなんだ。

  自分を傷つけちゃいけないよ」

 「ありがとう」

 エリスは顔をあげ、窓から外を見る。

 眼下の日本庭園が、薄くも、オレンジ色に染まっていた。

 「もうすぐ、陽が暮れるわ。

  そうすれば、耳も、尻尾も消えて、代わりに、尖った犬歯と、真紅の爪と瞳が、姿を現す。

  夜の姿なら、あの感覚は、忘れられる。

  でも、また陽が昇れば・・・」

 涙声で、俯くエリス。

 それを見て、大介が取った行動は。

 「エリス」

 「ん?」

 「動かないで」

 彼女の耳に、KISS。

 驚いたエリスが、大介の方を向いた。

 「な、何するのよ!いきなり!」

 「―――てやる」

 「えっ?」

 「俺が、上書きしてやる。

  その耳から、アイツの感触を、消去してやる!」

 両者の顔が、赤くなる。

 特に、エリスは、より赤く。

 「嫌・・・だった?

  今、咄嗟に思い付いたのが、これしかなかったんだ」

 エリスは、首を横に振った。

 「ダイスケなら・・・いいよ。

  私、ちっとも、嫌じゃない。

  どうしてだろうね?

  会って、半年も経っていないのに」

 「吊り橋効果かな?

  異常な状況下に置かれた男女は、引きあうって、アレ」

 真剣な論理で答えた大介に、エリスは呆れる。

 「もうっ。ムードが無いわね」

 「へへへっ」

 「でも、考えたら、そうかもね。

  ローマにオオサカ、そしてイズ。

  ねえ、これからも―――」

 何かを言いかけた時、大介はエリスの口の前に、人差し指を立てた。

 「そこから先は、もっと、いろんな事件を乗り越えてから」

 頷く。

 「もうすぐ、日没だな。じゃあ」

 「うん」

 大介は彼女の後ろへ回り込むと、後ろから抱きつきながら、優しく、エリスの獣耳を、自分の口に含んだ。

 刺激が、彼女の体を包む。

 だが、彼女は、それを一切の抵抗なく、受け入れた。

 中指を噛むこともしなかった。

 ただ、ゆっくりと、目を閉じるだけ。

 1日中、エリスを支配した嫌悪感は、いつしか消えていた。

 外界の音は消え、部屋の時間は停止する。

 彼女の浴衣、肩がはだけている事すら、忘れるほどに。

 陽は沈み、エリスは昼の姿から、夜の姿へ。

 不思議なことに、変化の際に伴う動悸が、この時は、一切起きなかった。

 エリスが、ドラキュリーナに完全変化し、大介の役目は終わった。

 「ダイスケ」

 「ん?」

 「とても、暖かくて、幸せだったわ」

 椅子から立ち上がり、浴衣の着くずれを直す彼女を見て、大介は、内線電話を手にした。

 「フロントに頼んで、もう少し小さいサイズのを、持ってきてもらうよ」

 「そうね」

 「で、ドレスコートが終わったら」

 「ディナーと洒落込む、でしょ?」

 「その通り!

  まあ、ディナーより、夕餉の方が、しっくり来るがな」  

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