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「ドヴィア?」
「そう。
人間社会では暴力団―マフィアに該当する組織よ」
3人は、Z33に乗り、伊豆長岡へ。
冷川峠から、伊豆スカイラインに入り、韮山へ出るルートを取った。
車は、カーブの多い峠を越え、スカイラインの料金所へ。
そこから、専用道路を飛ばす。
「麻薬、売春、違法賭博から、殺人まで。
まあ、実態は、マフィアと変わりないわ」
「そのドヴィアの関係者が、あのカトーマスクって事なのか?」
「ええ。あの、剣裁きからして・・・。
私が贔屓にしている、大阪の情報屋から聞いた話なんだけど、彼は、イリジネアでは、結構有名人なの」
「まさか、ケチな遊び人とか?」
「そんなんじゃない。
かつて、陸中に、日本妖怪一の剣豪がいたそうよ。
イリジネアに伝わる妖刀、夜刀を操ることができる程の腕前を持ち、挑戦を挑んだ者は、その一族まで滅んで行った。
最初は傍若無人に、悪行三昧な行いをしていたんだけど、それを咎められ、岩に縛り付けられ監禁される“事件”があって以降は、大人しくはなったけど、一方で、剣の鋭さには、一層磨きがかかった。
彼は、どういう風の吹き回しか、10年程前、当時、北日本で最大勢力を誇った安達組の用心棒になった、と」
「安達組?」
「ボスは、安達が原の鬼婆。
現在の福島県東部を拠点に、北は青森、南は茨城まで、巨大な勢力図を作り上げた暴力団よ。
珍しく、最高幹部が女性だったってのも、注目の的だったそうよ」
「ほう」
あやめは、ハンドルを切り、緩やかな連続カーブを進む。
「でも、ある裏切り行為を発端に組を追われ、いつしか命まで狙われるようになった。
話は、風に乗って伝わり、全国のワルが、血眼で彼を探したわ。
彼を殺せば、妖怪の間で、伝説になれる。
でも、1年が過ぎ、2年が過ぎ」
「見つからなかったのね」
助手席のエリスが、言う。
「そうしているうちに、ある噂が、流れ出したの。
用心棒は、あの北関東・東北大震災で被災し、死亡した、と。
確かめようとした者もいたそうだけど、甚大な自然災害と、悲壮の坩堝の前に、誰も成す術が無かった。
結局、彼が所属していた組も、会津原発の事故が引き金になって解散、事実は闇の中へ消えたわ」
「だが、長い年月を経て、用心棒は、現れた。
伊豆熱川駅に緊急停車した、スーパービュー踊り子号の車内に・・・。
何者なんだ?」
「彼の名は、ラセツ。鬼よ。
こう言えば、ピンと来るかしら?
“羅刹鬼”」
「そんな!彼が!?
じゃあ、さっきの“事件”が」
「流石ね。
許しを乞うて、彼は、岩に3つの手形をつけた。
これが、岩手という地名の由来になったのよ。
今のところ、ラッシュには指定されてないけど、平成に入って、既に人間は18人、妖怪は70体以上殺している。
日本警察も必死に追っていた、第一級の妖」
すると、エリスが言う。
「でも、彼が、今回の事件と、どう関わっているのかしら?」
「そこなのよ。
あるとすれば、彼が安達組に追われ、姿を消した頃。
確か、今から約4年前・・・」
「流れて、この伊豆までたどり着いた可能性は、大いにあるわね」
「そして、何らかの形で踊子高校、ないしは3年前、伊豆で続発した2つの事故に関わった。
後、突然に、あやめとの戦いを止めた理由も、気になる」
「止めた?」
「そうなんだよ、エリス。
あの変哲なゴーレムが襲ってきた時、“戦闘中、俺の友達に手を出すな”って言ったら、“あやめと戦うのを止めた”って」
「どうしたのかしら?」
「なんにせよ、エリス、大介。
ラセツの話は、当分口外しないで。
その噂で、伊豆に妖怪が押し寄せたら、ややこしくなるから」
「分かったわ」
車は、韮山峠で、スカイラインを降り、西へ、伊豆長岡方面へ走り続けた。
そんな中、大介とあやめの、大学での友人、釘宮から、電話が入った。
熱海市と三島市に隣接する、函南町にある、駿河大学地質学研究所。
そこにいる彼の旧友から、連絡が入ったという。
―――あの泥なんだがな、調べた結果、とある場所のサンプルと一致したそうだ。
「勿体ぶるなよ。どこなんだ」
―――大室山だ。
そこのサンプルと99.7%の確立で、一致したそうだ。
大室山と言えば、今日、イベント列車と、篠乃木里菜の乗ったパトカーが襲撃された地点の近く。
―――それとな、泥の水分から、長岡温泉の源泉と、同じ成分が検出されてる。
こりゃ、どういう代物だ?
「悪いな。
後日、あらためて、礼はするよ」
通話を終える。
「つまり、大室山の土に、長岡温泉の源泉を含ませて泥にし、それをゴーレムに形成した。
それが、葛城山のふもとで国木田選手を殺し、東名高速で、私達とカーチェイスを繰り広げた」
あやめが言い、続いてエリス。
「推論としてはそうなるし、ゴーレムの精製には、もってこいの条件ね」
「山で掘り出してきた、生のままの土を、新しい泉の水で練る・・・か。
でも、どうして犯行現場の傍の葛城山じゃなく、わざわざ大室山なんだ?」
「犯人のこだわりにしちゃ、七面倒ね。
・・・大介、パパに連絡して、富戸と熱川で襲撃したゴーレムの、泥の成分を、大至急分析するように伝えてくれないかしら?」
「了解」




