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両者に緊張が再び。
あやめが、刃先を相手に向けるが、カトーマスクの車掌は、刀を床へと付けていた。
(隙だらけじゃない・・・)
そう思った時
「今、犬馬を、隙だらけと思ったであろう?」
「!?」
「図星・・・。
どこからでも、かかってきなさい」
「・・・やあっ!」
飛び上がり、刀を振り下ろす。
瞬時に彼は、左脚を後ろへ引き、刀を、頭の斜め上で構えた。
(柳の構え!?)
両者が接触、離れたと思いきや、車掌が、攻撃に回った。
態勢を立て直す暇を与えず、あやめ目掛けて、一直線に振り下ろされた!
「早い!」
金属が接触する音が、何回も、車内に響く。
再び、刃が!
攻撃を回避した刹那、脇から、新たな攻撃。
巫女の腹を捉えた。
そこは、彼女。
烏天狗譲りの敏捷さで、後方に飛ぶ。
刃が、空気と共に、あやめの周囲にあった座席を、両断した。
「何て、破壊力だ・・・」
大介は、呆然と立ち尽くす。
しかし、あやめは
「空気をも切り裂く剣、敵に攻撃の予断を与えない振る舞い。
・・・まさか、あなた」
「その先は、言わないことを薦めましょう。
犬馬は、女子供を殺さない主義だが、仕方ない。
巫女さん、あんたの命、この妖刀“夜刀”が、貰い受けよう」
「夜刀―イリジネアに伝わる、最強の妖刀。
その由来は、かつて常陸にいた蛇神、夜刀ノ神を一振りで両断したため。
毒牙にかかった妖怪は、現世から跡形もなく消滅し、その一族まで呪う」
「左様・・・」
『!!』
2人は、何かに気付いた様だ。
それぞれ、感覚を尖らせる。
「大介、この列車から逃げて!」
「何っ!?」
彼が、気配を察知して振り返った時。
向こうの車両のドアが開き、カラフルなスポンジブロックの塊が、現れた。
それは、人型を形成し、無音で這い寄る。
「おい!これも、ゴーレムか?」
「そんな・・・泥以外のゴーレムなんて・・・。
形成不可能よ!!」
「でも、ゲームで―――」
「あれは、創作よ!
現実には、泥以外のゴーレムなんて、出来っこない!
ガバラの作法に、反しているわ」
そんな中、両断された座席が動きだし、人型を形成した。
「どうやら、想像じゃないみたいですぜ」
「その様ね、どうするの?」
「鹿の十・・・とは、行かないみたいだ。
ここは、ひとまず休戦としましょう」
2人の利害が一致。
カトーマスクの車掌は、ゆっくりと、ブロックのゴーレムに近づく。
「大介さん・・・でしたね。
ここは、犬馬に任せなさい」
「分かりました。
・・・でも、私の友達に手を出したら、その時は」
「友達ねェ・・・」
カトーマスクの車掌は、口元で微笑した。
「気が変わった。
あの巫女さんには、今後一切、手は出さんよ。
しっかり、守りなさいな」
彼は刀を、大介は銃を、構えた。
しかし
「無ェ」
「は?」
「額に、文字が無ェんだ」
大介も気づいた。
文字どころか、羊の皮も、聖書の一片も。
「おいおい、どうすりゃいいんだ?」
「怖気づくなや、少年。
こんなものはな―――」
車掌は、一文字に、ゴーレムを切り裂く。
胴体のブロックが分断し、体は、バラバラに。
「想像するよりも、単純に倒れるもんだ」
あやめも同様だった。
座席のゴーレムは、縦に裂かれ、車内に散った。
「脆い・・・どこの魔術師が作ったかは知らないけど、泥のゴーレムより貧弱」
そこへ、高垣と神間が戻ってきた。
エリスと宮地も、だ。
「無事か?」と神間。
「何とかね。
そうだ、この―――」
あやめが気付いた時には、カトーマスクの車掌は、消えていた。
逃げたか。
彼女は、村雨を蒸発させ、水分へ戻す。
「里菜さんたちは?」
「脱出したよ。
最も、バスは出払っていたから、パトカー3台に分乗してもらったけどね」
「やはり、下田か?」
「いや。
下田での襲撃も、あり得る。
リスクはあるが、県警は、身代わり作戦を敢行したよ。
伊東へ行くと見せかけて、一行を富戸港で船に移す。
車は、そのまま伊東に。
船は熱海に向かい、そこで各自の車に乗り換えて、東京へ戻る、って作戦。
既に、港には、深津と寺崎が待機している」
「成程ね。
ところで、パパは?」
「下田に着陸して、事後処理中。
そっちは?」
「偽車掌と新種のゴーレム出現」
するとエリス
「ゴーレムに、新種とかいるの?」
「私も驚いたわ。
もしかしたら、せーフェル・イツェーラー以外の魔導書にも、ゴーレムを精製する能力が?」
「まさか・・・」
「エリス。
確か、ガバラ系統の西洋魔術に長けた魔術師が、アメリカにいたわね。
イラク戦争にも参加していた・・・」
「ミス・リオに、連絡するわ」
その時、高垣が言う。
「待って。
この音、何?」
「音?」
全員が耳を欹てるが、何も聞こえない。
彼女は、その音源を、突き止めた。
「・・・あのブロック」
カトーマスクの車掌に断たれ、バラバラになったブロック。
その一片を、高垣は持ちあげた。
「流石、絶対音感」
「でも、こんなブロック、どこに?」とエリス
「最後尾の車両の1階、キッズルームになっているんだ。
多分、そこの」
大介も、近づいて、その音が分かった。
デジタルのカウント音。
「まさか、爆弾?」
「冗談でしょ?」
「分からないよ、神間君。
でも、犯人の最終手段として、列車に爆弾を仕掛けていたとしても、おかしくはない」
しかし、問題は、これをどうするか。
駅を封鎖し、周辺旅館から宿泊客を避難させたはいいが、ここで爆発すれば、被害は甚大だ。
が、駅から海まで、直線距離で約200メートル。
残り時間も分からない上、物は一辺が、50cmの正方体。
「考える前に、行動だ!」
大介は、ブロックを高垣から奪うと、駅改札口へと走った。
ロータリーへ出るが、車も、バイクもない。
辺りを見回すと
「ラッキー」
隣接する、熱川温泉資料館。
源泉の場所をを示す、櫓状の塔の近くに、バイクが1台、置いてあった。
ホンダ スーパーカブ。
出前などに使われる、サスペンション式の荷台が付いているタイプ。
そこに、ブロックを縛り付け、エンジンをスタートさせた。
バイクは、無人の温泉街を、颯爽と走り抜ける。
すぐに、海が見えた。
だが、その手前には、遊歩道と石垣が。
大介は、お構いなしと、アクセルをふかした。
バイクに走る衝撃。
石垣手前にあったベンチを使い、石垣を飛び越えたのだ。
すぐにサドルから手を離し、滑空するバイクから、砂浜へとダイブ!
波打ち際に墜落したバイクは、ぬかるみにはまり、転倒する前に爆発した。
まさに間一髪。
それから少しして、砂浜にエリスたちが降りてきた。
「ダイスケ!」
「大介っ!」
「大丈夫か!大介君!」
それぞれが叫びながら、彼に近づく。
大介は、無事だ。
立ち上がりながら、口に入った砂を吐いていた。
「あーっ、畜生。
マジで、危機一髪だぜ」
「やっぱり、爆弾だったのね」
「あれを見りゃ、完全にな。
あんなダイナマイトバディと一緒に、伊豆までデートしていたと思うと、血の気が引くよ」
「でも、いつの間に爆弾を?
俺は今日、尾久の車庫から、ずっと一緒にいたんだぞ。
細工する暇なんて」
「もしかしたら、大宮の車両センターに、何らかの死角があって、そこから犯人が進入して工作したんじゃないでしょうか?」
高垣が言う。
その時、宮地のケータイが鳴った。
「もしもし・・・どうして!?」
通話の終わった、宮地の顔は、蒼白そのものだった。
「深津君からよ。
声優陣一行の車列が、ぐらんぱる公園付近で、ゴーレムに襲撃されたわ」
「そんな!」
「で、彼らは?」
神間が聞く。
「付近にいた、伊豆高原署と、“レッド・スパルタ”が交戦したそうなんだけど・・・」
宮地が、黙った。
「どうしたんだ!」
「・・・篠乃木里菜の乗ったパトカーが、レッド・スパルタの車に、相次いで衝突され、横転したわ。
病院に搬送されたけど、救助された時点で彼女、意識不明だったそうよ。
他の3人は、富戸港から熱海へ、海上保安庁の小型船で」
全員に絶望が襲った。
犯人に、襲撃を許してしまったのだから。




