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PM12:18
静岡県 熱海市
JR熱海駅
正午を過ぎ、列車は県境を超え、久しぶりの休息に入ろうとしている。
減速しながら、ゆっくりと熱海駅に進入した。
ここで、車掌交代の為、他の駅より長く停車する。
トークショーも前半の部が終わり、休憩に入っていた。
エリスとあやめが持ち場へ別れようとした時だった。
「やっぱり、分からんな」
「どうしたの、ダイスケ?」
「脅迫状さ。
昨日、里菜とJRに送られて来たろ?」
ここで、JR東日本に送られてきた脅迫状を、再び掲載する。
「篠乃木里菜の乗車を中止せよ。
乗車した場合、乗客の生命と列車の運行の安全は、恐らく保障できない。
私は無駄な殺生は望まない」
「これが、どうしたのよ」とあやめ
「今までの事件では、被害者に脅迫状の類は寄せられていなかった」
「そうね」
「ところが、どういう訳か、今回の事件だけは、脅迫状を送りつけてきている。
ひばりプロに届いた荷物に至っては、仏具にミニカー、死装束のオマケつきだ」
すると、エリスが言う。
「自分の存在をアピールしたかったからじゃないかしら?
丁度、このイベントは新聞やテレビで報道されるし」
「そうだろうか?
イベント列車の運行なんて、新聞なら3面、テレビニュースなら最低でヘッドライン止まり。
トップで扱われるニュースじゃない。
むしろ、今までの様に殺人事件について、何らかの脅迫状が送りつけられていたのなら、トップニュースになるし、世間の注目を浴びる。
現に、伊豆長岡で殺害された国木田選手のニュースは、3社を除いて新聞の1面を飾り、夜のワイドショーでは10分以上も流された。
だが、彼への脅迫状は無し」
「篠乃木里菜は声優よ。
脅迫されれば―――」
「世間の注目を浴びる?
確かに、昨今はサブカルチャーブームで、今まで隠れ役だった声優が、表舞台に進出しているが。
篠乃木里菜が担当したアニメは、ほとんどが深夜アニメ。
今回の「pain sea」で、その名前が、ある程度知られるようになったが、それでも認知度は低い。
脅迫の相手としては、役不足だと思うんだ」
「・・・」
「それに、この文面。
少し、おかしくないか?」
『?』
「どこか、他人事のような・・・」
『言われてみれば』
「さらにぶっちゃけて言えば、この脅迫文を送った人物が、篠乃木里菜へも荷物を送ったとは、考えにくい。
俺は、ゴーレム使い=一連の殺人犯=篠乃木里菜への脅迫主 という方程式が成立するとしても、その人物=JRへの脅迫状の送り主 とは思えないんだ」
「じゃあ、その送り主の正体と目的は?」
「それが分からないんだ」
謎はナゾのまま。
その時、あやめのケータイが鳴った。
篠乃木里菜からの電話だ。
「どうかしましたか?」
―――あの・・・大丈夫ですか?
「今のところ、異常はありませんよ」
―――良かった。
「まだ、安心はできません。
その言葉は、下田に着くまで取っておいてくださいね」
―――正直、怖いんです。
あやめさんに、あんな態度を取ってしまいましたけど、今、ここに座ると、怖いんです。
正直、下田まで、メンタルが持つかどうか・・・。
「あれだけの面白いトークができれば、大丈夫ですよ。
勇気を持って!
後半も、期待していますからね」
―――ありがとうございます。
あの・・・。
「どうしました?」
―――・・・いえ、なんでもありません。
どうか、何事もないように。
「お任せください」
あやめは、通話を終えた。
列車は、熱海駅を出発。
すぐに、トンネルが連発する。
特に来宮駅を通過後は、列車がすっぽり収まるトンネルが、幾度となく現れた。
列車を暗闇が包む度に、彼らに緊張が走る。
車内では、トークショーの後半。
それぞれの持ち寄った話題で、話が進む。
トンネルを抜けると、そこは網代。
カーブの続く線路を、ひたすら走る。
網代通過。
再びトンネル。
日光の下へ出て、宇佐美駅を抜けると、線路は、国道135号と共に、伊豆の海と並走する。
しばらくすると、白いビルが、進行方向左手に見えてきた。
伊東温泉の代名詞とも言える老舗 サンハトヤホテル。
その前を走行中、並走するZ33を追い抜いた。
「もうすぐ、伊東か」
大介は、腕時計を見る。
PM12:38
伊東駅到着。
この駅から、伊豆急行の線路に入り、終点まで走行する。
2分後、列車は出発。
次は、大室山最寄駅の、伊豆高原。
ついに、旅は、ラストスパート。
5両目、カフェデッキで、あやめと大介が落ち合った。
「どう?」
「平和そのもの。
つか、追い抜いたな、Z33」
「驚いたわ」
「なあ、あやめも、左前だよな?」
大介が、藪から棒に言いだした。
「何よ、急に」
「巫女装束だよ。
以前、なんばウォークでの戦いの時、着ていたよね?」
「ええ。
巫女装束は、私の戦闘服だからね」
「あの時、装束を左前にしていたよね?
死人が着る、死装束に」
「・・・」
「あやめが、間違えて着ることは有り得ない。
それに、記憶が正しければ、神社で着ている時は、右前で合わせている。
ねえ、どうして?」
あやめは黙る。
2人の背景を、南伊豆駅が過ぎる。
「・・・そうよ。
巫女装束は、戦闘服の前に、私のアイデンティティアイテム。
だから、左前に合わせているのには、意味があるの」
「左前で着る意味?」
「それはね―――」
その時!
―――乗車中の捜査員へ、“れいせん”より入電。
富戸~城ヶ崎海岸において、高い数値の妖気を観測。
トンネル頭上の、墓地が原因かもしれないが・・・。
至急、警戒態勢に入れ。
「こちらあやめ、了解」
「大介、了解。
富戸駅というと・・・2つ先か」
しばらく日光を堪能した車両は、再びトンネルへ。
願いもしないのに、予想より早くトンネルを抜け、川奈駅を通過、富戸駅へ。
「列車へ、通達は、行ったのかしら?」
「一般的に、緊急情報が入ってから、列車に情報が入るまで、約3分」
「もし、待ち伏せされていたら・・・」
その上、富戸駅の先には、トンネルが。
大介の予想が、現実になってしまうのか!!
カーブを曲がり、小さいトンネルを抜け、ついに富戸駅手前のトンネルへ。
出口が見え始めた時。
警笛が複数回鳴らされ、列車が急ブレーキをかけた。
進行方向に、体が持って行かれる。
列車は、前2両がトンネルから出た状態で、停車した。
すぐに、大介、エリス、あやめが先頭車両へ。
乗客は騒然としている。
「どうしたんです!」
あやめが、運転手に尋ねた。
「駅からの、緊急停止信号を受信したんです」
どういうことか。
景色が見渡せる、パノラマビューの造りから、状況は、嫌というほど鮮明に見えた。
駅高台にある道路。
カーブとなっているこの道を、中型のダンプトラックが、塞ぐように停車し、線路に、大量の土砂をぶちまけていたのだ。
宮地らも来た。
「どうして、ダンプが?」
「分からない。
兎に角、降りて、確認するしかないわね」
そう、あやめが言うと
「私が行くわ」
「エリス?」
「万が一のために、ポンプが必要になるわ。
一番扱いなれているのは、多分私。
だから、行かせて」
「分かった。
大介、エリスの援護を頼むわ。
残りは、各車両の安全確認。
最後尾も、心配だわ」
『了解』
そして、高垣が、無線で知らせた。
「上空を飛行中の“れいせん”及び、特01、警ら中の各移動へ。
伊豆急行富戸駅に於いて、列車往来危機事案発生。
ダンプが土砂を降ろし、線路を塞いでいる。
現段階では、車両は走行不能。
犯人の姿は、確認できない。
大至急、富戸駅へ急行し、関係者を確保されたし」




