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AM11:06
品川駅
小休止した特別列車が、再び動き出した。
次の横浜まで、Non stop。
「品川、定時発車。
車内、異常ありません」
―――“れいせん”、了解。
現在、蒲田駅上空。
異常なし。
―――特01、了解。
現在、国道15号。
JR鶴見線 国道駅付近を南下中。
異常なし。
「深津さん、“レッドスパルタ”の動向はどうです?」
―――さっき、目の前を走っていた1台が、右折していったよ。
「待ってください。
朝、頭に叩きいれた沿線図が正しければ、その付近に陸橋がありましたよね?」
―――心配ない。
パトカーを1台、そっちへ回した。
「よかった」
あやめは、胸をなでおろした。
車窓からの風景が、ビル街から住宅街へと変わっていく。
蒲田を通過すると、列車はすぐに、多摩川橋梁を渡った。
ここから、東海道本線の線路は、神奈川県に入る。
車内では、乗客が会話したり、車内の様子をカメラに収めるなどしていた。
2両目1階部分は、3つの個室となっており、その3番個室に、倉田、渡部、岡田が乗車してる。
その前に、宮地が現れ、倉田を呼び出した。
やはり、倉田の顔は涼しい。
「あれ、エリスでも、あやめでもありませんね」
「それでも、同じ警察官には、変わりありませんよ」
「一応、名乗ってもらいましょうか」
「宮地。宮地メイコ。
階級は警部補」
「ほう。
もしかして、あなたも人間じゃなかったりして」
彼の言うことは、完全に当たっている。
宮地の正体は、ヤマネコだ。
しかし、彼女は無視。
「本題に入るわ。
あなたの兵隊、つまりは“レッドスパルタ”を、撤退させてください」
「どういうことかな?」
「この列車の通過ルート沿線で、多数の赤いクライスラー 300が目撃されているんです。
あなたが、東京駅に集結させた、あの車が。
もしかして、攻撃の指示を・・・」
「ああ、出してるよ。
君達だけじゃ、不安だからね。
それがどうした?」
「もし、彼らが、何らかのトラブルを起こした場合、この列車は、最寄駅に緊急停車し、運行を中止します。
そんな事、あなたも、乗客も、望んではいないでしょ?」
「それは、警察の意向かな?」
「いえ。
警察と、JR東日本の意向です。
私たちが受信する緊急無線一本で、この列車は、例え貨物駅だろうと、停車します」
すると、倉田の表情が消えた。
カクンと、まるで能面のように。
「ふざけるな。
この計画も、ラッピングも、俺の会社が企画したんだ。
スポンサーを無視した行為は―――」
「勝手言ってんじゃないわよ」
そう言いながら、エリスが降りてきた。
宮地は、一瞬で理解した。
姿は、獣人―昼の姿と変わりない。
しかし、彼女は夜の姿、ドラキュリーナ状態を、精神的に、故意に引き出している。
防衛手段なのか。
だとしても、精神的にキツい行為であることには変わりない。
「アンタのせいで人が死んだら、もう、そんなことは言えなくなるのよ。
・・・やっぱり、バカ?」
「突然何を言い出すかと思えば・・・。
俺に耳を舐められて、変になっちゃったのかな?」
「黙れ、変態」
すかさず、宮地が言う。
「倉田さん。
この列車は、JRの所有物。
あなたは、それを失敬して、イラストを貼っている。
協力してもらって、このイベントを開催しているに過ぎない。
列車が、JRの指示に従って停車することは、必然なんです!」
「それに、アンタのせいで、人が死んだら、それこそ企画どころじゃなくなる。
言っている意味、分かる?」
そう吐き捨てた時、倉田が、エリスの獣耳を掴んだ。
エリスは、表情を変えない。
「手前の秘密、今、ココでバラしてもいいんだぞ!
お前らが昨日、沼津で暴走した事も」
「やれるもんなら、やってみなさいな。
その代わり私も、アンタのしたこと一部始終、マスコミにでも、匿名で話してあげるわ。
最も、そんな勇気が、あなたにあるなら・・・ね」
「ふざけ――」
「よせ、倉田!」
彼の背後で、渡部が叫ぶ。
「暴力は良くない。
それに、彼女たちの言うことも、一理ある。
すぐに、あいつらを撤退させるんだ」
「だが――」
「もうすぐ、イベントも始まる。
ここでトラブルを起こすなんて、御免だ」
数秒の沈黙の後、倉田はエリスを離すと、スマートフォンを取り出し、全車を伊豆へ戻るように命令した。
「これで、満足か?」
「とっても」
「今に見ていろ。
この列車が襲われて、1人でも死んだら。
その時はエリス!
手前の体を、死ぬ程味わってやるからな」
「beast!」
吐き捨てると、倉田は個室に戻った。
渡部は、2人に謝ると「信じていますから」と、言い部屋へ戻った。
「エリスさん・・・でしたっけ」
「ええ」
「・・・面白いですね」
「はい?」
「いえ、それでは」
扉を閉める前に、エリスは聞いた。
「1つだけ。
倉田は、ワインレッドのラ・セードを持っているかしら?」
「ラ・セード?
・・・分からないが、多分持ってるんじゃないかな?
あいつ、車好きで、何台も持ってるから」
渡部は、個室に消えた。
周囲を確認し、2人は一旦、彼らから離れた個室へ入る。
宮地が息をつく。
「ふう、ひと段落ね。
それにしても、あの倉田って男、どういうつもりかしら?」
「獣人の私が言うのも何だけど、あれは正真正銘のケダモノ。
完璧な自己中心のカタマリよ
もし、被害者が他にも大勢いるって言われても、驚かないわ」
「確かに」
「あの男の事さ、どうせ兵隊に、怪しい人間は無差別に襲えとでも、言っていたに違いないわ。
・・・ああ、もう!
掴まれた耳と、舐められた耳が同じだから、余計ムズムズする!」
「それより、大丈夫?
夜の状態で」
「今、解除した。
3分もあれば、元に戻る。
まあ、夜には影響が出ると思うけど」
そう言うと、エリスは座席にもたれて、目を閉じた。
「・・・それにしても、犯人は、どう攻めてくるのかしら?」
宮地が喋る。
目を閉じたまま、エリスは答えた。
「確信とまでは行きませんが、1つ、言えることが」
「何?」
「もし、この列車に乗り合わせている、高校卒業生の誰かが、ゴーレムを操る犯人の場合、ダイスケが最初に行っていた、列車の脱線転覆は、起こり得ない。
最悪、操り主が死んでしまいますからね」
「だったら、襲撃のチャンスは、どこになるのかしら」
終点まで、ドアは開かない。
沿線と、その上空は、しっかりとした包囲網。
(既に爆弾でも?・・・いえ、列車はしっかりと点検されているのよ。
じゃあ、乗客に紛れて?・・・それなら、私も、この子も反応している。
第一、今回の犯行で、ゴーレムを使うのかしら?)
宮地は、エリスが穏やかな目を開くまで、傍で考えていた。




