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インスピレーションを受けたサスペンス小説に敬意をこめて。
難波事件から8日後
PM9:36
大阪府大阪市北区 梅田1丁目
ヒルトン大阪 24階
JR大阪駅南側に広がるビル群―通称“ダイアモンド地区”
その1つ、ヒルトン大阪ビルは騒然としていた。
殺人事件発生。
だが、その異様さを、捜査員は目の当たりにする。
「どういうことだ?」
大阪府警捜査一課の加護警部の第一声はそれだった。
被害者は、このホテルに宿泊していた会社員の西崎淳平。
死因は、首の骨を折られたことによる窒息死。
室内には争った形跡はあるものの、物色された形跡はない。
ここまでは、彼が経験してきた殺害現場と大差ない。
だが、彼を驚かせたのは、遺体のそばに線香の刺さった香炉と鈴が置かれていた事だった。
「犯人が、この仏具を置いて行ったというのか?」
「そうなりますね」
部下の内藤刑事が言う。
「何かのダイイングメッセージか、それとも・・・。
第一発見者は?」
「このホテルの従業員です。
ルームサービスを被害者から頼まれ、部屋へ行くと」
「成程な。
それ以前に、怪しい人物を見たという話は?」
「今、防犯カメラの解析と、聞き込みを行っています」
すると、鑑識員の1人が叫ぶ。
「警部!
ちょっと来てください」
加護はシングルベッドの方へ移動する。
「どうした?」
「こんなものが、ベッドの下に」
そう言って渡したのは、トラックのミニカーだった。
100分の1スケールの小さなもので、黄色い車体に世界大手の運輸会社の名前が塗装されていた。
「ミニカーか」
「前にここに宿泊した家族連れの忘れ物じゃないっすか?」
若手の置鮎刑事はそう言うが
「いや、それならホテルの清掃員が気付くはずさ。
これだけの国際ホテルだ。
見落とすとは考えにくい。
それに、家族連れがシングルベッド1つにどうやって寝るんだ?
“シャ乱Q”じゃないんだぞ」
「警部、古いっす。
まあ、言われてみれば確かに・・・」
「それから警部、コレ」
鑑識員が指摘した部分を見る。
血だ。
運輸会社の文字が赤いので分からなかったが、荷台の角に血の跡がついていた。
「誰かのプレゼントにしちゃ、不気味だな」
「それに、見てくださいよ。
運転席のあたり、塗装がハゲてます。
相当の年紀もんじゃないっすかね?
リサイクルセンターでも、あまり売れませんよ」
すると内藤が言う。
「犯人が、置いて行ったのか?
だとすると、あの仏具は、どう説明すれば」
「不可思議犯罪・・・トクハンの専門じゃないっすかね?」
「とにかくあらゆる可能性から調べるしかない。
内藤は仏さんの身辺を、置鮎はこのミニカーを洗ってくれ。
ガイシャの親友関係、トラブル、葬式関係、ミニカーのメーカー、車種、記載されている運輸会社、何でもいい。
とにかくピースを集めろ。
推測はそれからでも遅くはない。
鑑識さん、このミニカーを科捜研の沙奈江さんに送ってくれ。
彼女の腕なら、信用できる」
『了解』
内藤と置鮎は部屋を出た。
加護の感じた異様な雰囲気。
いつもと違う現場。
そして、あることから、この事件はトクハンにお呼び出しがかかるのだが・・・。