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翌日、あやめとエリスはひばりプロダクション大阪支社に来ていた。
改めて篠乃木里菜の話を聞きに来たのだ。
スタッフや出入り業者、声優に聞いて回るも、これといった収穫は無かった。
彼女の評判は悪くなかった。
デビュー時期から知っているという声優 中目和樹曰く、高校時代から結構な努力家だったという。
様々なオーディションを自発的に受け、スタッフの手伝いすら率先していた。
だが、時々その高いプライドからか、仕事で他の声優や監督とトラブルになることがあったという。
「でも、彼女と仕事したのは一度きりだからね、そこまで詳しくは知らないよ」
次に2人は雲雀塾へ。
江坂駅で大介を迎え、その足で。
繁華街を歩きながら、大介とあやめが話す。
「どうかしら?
パパの方は」
「昨日は帰ってこなかったよ。
まだ犯人の見当はついていないみたいだ。
もしかしたら、ラッシュは無関係かも」
「篠乃木里菜は?」
「仕事は昼から。
ドキュメンタリー番組のナレーションと夕方放送のアニメのアフレコ。
録音スタジオには、高垣刑事がいるそうだ
それと、朝一で宮地さんが東京へ向かったよ。
本庁出身の彼女なら、捜査協力が上手くいくとみてね」
「分かった」
「JRには?」とエリス
「神間刑事の報告によると、JR東日本への脅迫は今のところなし。
管轄の路線と施設、走行中の車両への攻撃もなし。
イベント調整は昨夜終了し、準備段階に入った。
午後にも、イラスト列車が大宮から品川の車両基地に移されるよ」
そう話すうちに、一行は雲雀塾ビルへ。
時刻は午前10時。
既に授業が始まっており、あまりスタッフに話を聞ける状態ではなかった。
少し、教室を覗いてみた。
20人くらいの生徒が、プロ声優からのレクチャーを受けていた。
話している声からして、国民的アニメに何本も携わった永沢五郎か。
生徒さんは若者から30代とみられる人物まで、年齢層が幅広い。
スタッフに聞くと、有名大学の現役生や、サラリーマンなんかも通っているという。
それだけ声優は、あこがれの対象ということか。
控室に1人の初老の男性を見つけた。
部屋に入ると、あやめは手帳を見せて、状況を話した。
やはり言われたのが
「こんな若い刑事さんがいるんですか・・・」
大介は、この声に心当たりがあった。
「もしかして、坂田巻さんですか?
劇場アニメ「イノセントポリス」のゴウ課長役の」
「そうですよ。
私がゴウ役の坂田です」
「あのアニメ、ものすごい好きなんです!
特に、どんな相手にも負けず媚びらないゴウ課長の姿には感銘を受けたぐらいです」
大介は熱く語る。
「あっはは。
あのアニメは君が幼稚園くらいの作品だろう?
でも、ファンに会えてうれしいね」
「ここへは仕事で?」
「そうだよ。
生徒に、発声方法やアフレコのイロハを教えているんだ。
声優は声が命だからね」
あやめが言う。
「すると、篠乃木里菜も、坂田さんの教え子になる訳ですよね?」
「彼女なら覚えているよ。
生徒の中で一番熱心だったからね。
誰よりも一歩前に出て、自分の存在をアピールしていたし」
「その時に、気になった事はありますか?」
「気になった事?」
「たとえば、生徒間のトラブルとか」
しばらく考えて、坂田は言った。
「そう言えば、着付け講習でトラブルがあったって聞いたな。
記憶が正しければ、大体3年前。
丁度、外部の先生と同席になるからね」
「3年前に着付けで・・・。
その先生は?」
「今日、来ているよ。
昼休みにでも会えるように、その人に伝えよう」
「ありがとうございます」
昨日の里菜の態度とは違う、協力的な彼を見て、どこか安心したあやめ達であった。
正午になり、あやめ達は着付けの先生の元へ。
先程彼女らが入った控室に、着物を来た中年女性がいた。
名前は新垣成美。
年に1回行われる着物の特別講習の先生だ。
話を聞いてみると・・・。
「篠乃木里菜?
そんな生徒いたかしら?」
とドライに返された。
「そんな、あなたの教え子でしょ?」
エリスがそう言うと
「いちいち覚えてないわよ。
だってそうでしょ?
私が見るのは、首から下。
顔も名前も正確に覚えるなんて、無理な注文だわ。
それに、今ここにはいないけど、もう1人の先生と協力して、生徒の着付けを完璧に仕上げないといけないの。
それも2日で」
「そんなに短いんですか?」
「だから戦争よ。
全員が自発的に練習してくれればいいんだけど、最近の生徒さんの大半は、は1つ1つ指示しないと動かないから、余計に時間がかかっちゃって・・・もう、くたくた」
「そうですか・・・」
3人が手掛かりをあきらめかけた、その時。
「ねえ、その子の写真ある?」
「ありますが・・・」
あやめが里菜の写真を見せた。
すると
「ああ、思い出した!
確かにいたわ」
「本当ですか?」
「着物の着方が上手だったし、結構自発的だったから、はっきり覚えているわ。
でも、ちょっと性格がきつかったかな。
・・・そうそう、あったわ!」
「トラブルですか?」
「そう、あれは初日の始まって1時間くらいよ。
他の生徒さんにひどく当たってね。
平手打ちまでして。
もう、修羅場寸前だったわ。
相手は、訳が分からなかったみたいだけど」
「原因は、何だったんですか?」
大介が聞く。
「さあ。
いざこざを止めたのは、もう一方の先生だったし、その原因も、知らないわ。
ただ、思い当たる節が・・・」
「?」
「その生徒さん、着物の着方は上手だったんだけど、左前に合わせる癖があったのよ。
もしかしたら・・・」
「左前というと、死装束の?」とあやめ。
「そうよ。
よく知ってるわね?
最近の若者は、ほとんど知らないみたいだから。
多分、身内に不幸でもあったんでしょうねえ」
大介の頭に、昨日送られてきた装束がよぎる。
まさか、その生徒も容疑者なのか?
「トラブルになった、もう一方の生徒さんは誰かわかりますか」
「待ってね。
確か、息子が好きなゲームに出ていたわ・・・」
新垣は頭に手を当て思い出す。
「えーと、「ダル・セーニョ」ってゲームの・・・。
・・・そう、ウイ・・・だったかしら?」
「ウイ?
もしかして、堀井初じゃありませんか?」
「それそれ!」
大介の思考回路が一時停止した。
「ちょっと待ってよ・・・。
堀井さんも、アニメ「ペイン・シー」に出ている・・・。
まさか、トラブルを起こした両者が、同じアニメに出演しているって事か!?」
「そうみたいだけど・・・ごめんなさい、もういいかしら?
着替えたりしたいもんで」
「ありがとうございました」
3人はそう言うと、部屋を出た。
あやめはすぐにケータイを出す。
「私です。
高垣さん、声優の堀井初の所在、分かりますか?
・・・はい・・・仕事で三島に?
新作アニメ関連で・・・わかりました!」
「死装束・・・篠乃木里菜の怯えよう・・・そして一連の事件。
伊豆を舞台にしたアニメとレジャー施設建設計画、踊子高校のエリート卒業生。
行こう、あやめ、エリス。
この事件を解決するキーは伊豆にある!」
あやめとエリスは頷いた。
3人は江坂駅近くに駐車していZ33に飛び乗ると、吹田から名神高速に乗って東へと向かった。
それと同時刻、JR東日本本社に、新聞を切り抜いて作られた脅迫状が届いた。
差出人不明。
脅迫状にはこう書かれていた。
「篠乃木里菜の乗車を中止せよ。
乗車した場合、乗客の生命と列車の運行の安全は、恐らく保障できない。
私は無駄な殺生は望まない」
ついに、トクハンが臨戦態勢に入った。




