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エクストリーム・オーパーツ  作者: MIRAILIVE05
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女神の過ぎた贈り物 8

  第七章  DESTRUCT



 THORの正体を知ってから数日、驚天動地の事実に揺さぶられたものの、由たちにはこれ以上首を突っ込むことは出来なくなっていた。自分たちの巻き込まれた事件の原因であるTHORの謎を知りたいという思いは、想像を超えた、というか突き抜け過ぎた答えと共に満たされた。

 そして、仮にもし手に入れたとしても、世界の最先端に位置する科学者以上に、研究・開発出来るはずもなく、オーウェルに任せることが最も良い。何よりもあの人は、自分たちのためだけにPUを利用しようとはすまい。と、それが三人の導き出した答えだった。

 ただ、幸なら他にやれることがあるのではないか? と由は考えないこともなかったが。

 だがオーウェルに任せようと真っ先に言い出したのは、幸からだった。幸は古代の宝物や遺跡などに凄まじい関心を示すが、それは知的な面に偏っていて、利用にはそれほど興味がないらしかった。過去手にした宝物は、そのほとんど全てを博物館など公共施設に売却、または寄付してしまっていた。人目に付かないように隠された宝や遺跡に日の光を当てる。それが、幸の信念だった。

 その心の奥底に秘めた、狂おしいほどの情熱と意志がどこからくるのか、まだ由には想像出来ない。その幸がオーウェルに任せたいといっている。由にも小館にも依存はなかった。

 ただそれとは別に、幸には気になることがあるらしいと思ったのは、由の気のせいだろうか。


 何はともあれ。精神的な再建を果たした由たちは、すっかりとどこおりがちになっていた課題のレポートに取り掛かることにした。自分たちが如何様な境遇にあっても、締め切りはやってくる。真実などないようなこの世の中においてさえ不変な、森羅万象の真理だった。

 たっぷり十二畳はあるSF36号室に、三人が揃っていた。最も重労働な歴史のレポートを作成するために、幸から借りて、尚且なおかつ使い方まで習ったノートパソコンを、トタトタ叩いていた由は、一息つくことにして手を止めた。

 一足先にレポートを片付けていた幸は、由にはよく分からない何かの機械を分解整備していた。

 小館はヘッドホンでCDを聞きながら、同じくレポート。こっちは数学。をやっている。時折声を立てずに笑っているのは、好きな落語なのだろう。「談春もいいけど志らくも捨てがたい!」と力説されたことがあるが、由にはよく分からない。

 数度、自分で入れた紅茶をすすると、由は再びノートパソコンに向かった。ぐずぐずショックを引きずっていても、意味はない。意味のあることをやっつけよう! そう思える位には回復していた。


ドンッ!!


 鈍い振動と共に、行き成り部屋の明かりが落ちた。

「……」

 もう一息でレポートが完成する所だった由は、暗闇の中しばし呆然となった。普通の高校生にとっては大作の百ページにも及ぶデータが一瞬にして吹っ飛び、罠に落ちた獣のような呻き声をもらす。

だがすぐに現状に気付いて立ち上がろうとした時、明かりが向けられた。逸早いちはやく動いた幸がフラッシュライトを点けたのだった。ベタだが定評のあるシュアファイア社製のE2Dだ。更に二つ、ベッドの下の収納から取り出して、由と小館に放る。

 携帯を取り出してチェックする。不通だ。

 由がE2Dを点けて廊下を見ると、大半の生徒は寝ぼけているのか、人影はまばらだった。

「……後一息だったのに」

 由が愚痴るように呟く。

 小館は、「空は満天の星空、地には虫の鳴き声、手には一杯の酒。あ、お酒は二十歳になってから」などと、どこかで聞いたような詩の一節をうたっている。

「寮が停電になるなんて、よくある事のかな」

「ううん。少なくても学園全域がそうみたい」

 窓から外を伺っていた幸が、振り返っていった。寮は敷地の南側にあり、SF36号室からは中央の南側が見渡せる。東側の国道の方にも明かりがない。

「変電所のトラブルかな」

 隣にきて、由も外を見た。

「多分。でもただのトラブルじゃあ、ないわ」

 小館もきた。

「記念館」

「路さんは!?」

「間に合わないっ」

 幸は飛ぶように自分のベットに向かうと、マットレスを跳ね上げた。入寮時に自分で持ち込んだやつだ。

「外街!?」

「路さんがくるまで時間を稼がないと」

 脇に付いている電子ロックを解除すると、表面こそただの板だが裏はジュラルミン複合材のふたを開けた。中の物を次々に取り出す。防弾と装備収納を兼ねたモデュラー・タクティカル・ベスト、滑り難いビブラム・ソールを採用したマグナム・ブーツ、ノーメックス繊維グローブ、暗視ゴーグル、サイドキック・タクティクル・ホルスター。続々と並べる幸。

「そんな所に……」

 同室になって数ヶ月が過ぎたが、由はまったく気が付かなかった。幸はそんなものを隠しているなんて、素振りも見せていなかったからだ。

 幸は、由と小館に装備を整えさせると、自分も着替え始めた。

 初めて、そして一瞬だけ見えた幸の下着姿に、こんな時にも関わらず、由は驚きと困惑を覚えた。幸の体のラインは確かに胸こそなかったが、柔らかな丸みがあり、特に腰回りは細くくびれていて、とても男のものとは思えなかった。生物学的にありえるのかと疑問が出てくる程、男女の特徴が融合している。

 そんな由の視線を感じて幸が恥らったりするから、一層〈女の子〉を感じさせられて、由も恥ずかしくなってしまう。人が人を感じるのは外見ではなくて、仕草に現れてくる、その内面だということが分かる。また幸は性差を超えて美人なものだから、その部分が何とも色っぽくて、色々免疫のない由はドキリとさせられてしまうのだ。

「……外街は本当に男なの?」

 こんなときなのに見とれていた由は思わず聞いてしまった。

「私はインターセクシャルなの……」

 その質問に幸は悲しげに視線を外すと、小さく答える。

「男と女、両方の遺伝子が私の中に存在する」

 その視線が再び由にもどる。

「でも私は私。由ちゃんはどう見てくれるのかな?」

 悲しげだが、自分を肯定する強い笑みを浮かべる。幸は緊張感を取り戻すと、続けて、これもまた持ち込んだイタリア製高級クローゼットの扉を開いた。綺麗に整理された服を脇に退けると、奥に指紋認証型の電子鍵が付いた扉が現れる。幸は人差し指を押し当て、扉を開けた。

 中身を見て由は息を呑んだ。銃が整然と、しかもぎっしりと並べられていた。

「これって、違法……」

 由は思わず口を付いてしまった言葉を飲み込んだ。関わるとはこういうことなのだと。今更ながら思い知らされる。自分がのほほんと過ごしてきた世界と、別の世界で幸が生きてきたことを。

 小館は声もないのか、ただ黙ってクローゼットの中を覗いていた。

 幸はその中からオーストリア製の、銃身以外のほとんどを強化プラスチックで作られた、一見モデルガンの様な銃を取り出した。

グロック18(エイティーン)。

 その一つ前のタイプに、セミオートマチックのグロック17があり、軽量、十七プラス一発という装弾数で人気となり、アメリカの警察などで採用されていたモデルがある。グロック18はそれをフルオートマチック化したもので、スライド後方の切り替えスイッチで、セミオート、フルオートが選択出来る。幸の手にしたグロックには、レーザーサイトが取り付けられている。

 幸は更にロングマガジン数本と、専用の折りたたみ式ストックも取り出した。それらを使えば、サブマシンガンとしても使える。更にもう一丁、グロック17の銃身を短くしてコンパクトにしたグロック19を、左腰のホルスターに差し込むと、装備を見られないように厚手のブルゾンを羽織った。

 幸は自分の装備が終わると、由を見て思案した。まったく経験のない者に何を持たせるか、実は難しい。下手をすると自分自身を撃ってしまう可能性があるからだ。

 幸は決断するとクローゼットから銃身の短いリボルバー銃を取り出した。スミス&ウェッソンM586ディスティング・イッシュド・マグナム。

 スミス&ウェッソンの傑作リボルバーの中にM19コンバットマグナムという物がある。一九六〇年代当時、強力な357マグナム弾を撃てる銃として大ヒットした銃だが、時代と共にフレームの強度などいくつかの欠点が指摘されてきた。M586はM19の欠点を解消すべく、一回り大型のフレームを採用などして改良を施されている。外観的な特徴は、フルラグタイプと呼ばれる銃身下に重りが付いたことだが、由の手に渡されたそれは、銃身をまるごとオリジナルに交換されていた。二・五インチという短い銃身ながら、扱い易いようにマズルコンペンセイターが付いている。

マズルコンペンセイターというのは、弾丸発射時に銃口が跳ね上がって弾道がれることを防ぐために、上向きにガスが抜ける穴を開け、それを抑える機構のことだ。ただでさえ短い銃身にそれを施したので、射程距離はせいぜい五〇メートル位になってしまった。

 だが取り回しは抜群で、ディフェンス用には持って来いの銃になっている。究極のディフェンスリボルバーというコンセプトで、幸が自ら製作したものだ。そのM586には更にレーザーサイトが装着されている。対敵よりも、先ず由自身のディフェンスを考えての選択だった。

「撃つ時以外は決して引き金に指を掛けないで。持っている時は銃口を上向きに。目の前に敵が現れた時にだけ、絞るように引き金を引く。いい?」

 由はうなずいた。初めて手にした実銃は、ひんやりと冷たく、そしてずっしりと重かった。引き金を引くだけで、人一人を殺すことが出来る。その重みに腹の底が痛くなってきそうだ。

 ワンダー・パレスの事件があり、屋上の一件の後、幸はヘビーウェイトモデルガンを持ってきて、由に簡単な使い方の練習をさせていた。あの時はよく分からずに、「万が一のために」という幸の真剣な表情に押されて練習したが、こういう時のためだったのかと今更思い知った。

「銃口は上に向けて人に向けない。引き金に人差し指は掛けておかない。撃つ時は両手で絞り込むように引き金を引く」

 再度確認する由に、幸はうなずいた。

「言くんは経験あり、なんだよね」

 由は軽く驚いた。初耳だったこともあるが、小館のキャラクターと銃というものがイメージとして結びつかなかったからだ。

「そうなの?」

「Да(ダァ)。ハワイ旅行に行った時、興味半分でね」

 幸が、由に渡したものと同じようなリボルバーを取り出そうとした時、小館は端の方におかれた、グロック19を更に短くしたような銃を指差した。

「グロック26、オートマチックだけど?」

「小さい方が撃ち易いのでござる。ハワイじゃあオートばかり撃ってたしね」

 幸は、チラッと小館の目を覗き込んだが、「分かった」といってフルマガジンと共に渡した。

 小館はマガジンを装填そうてんして、セーフティを確認するとホルスターにしまった。経験者だからなのか、慣れたものだ。

「よし、各々おのおのがた正念場でござるぞ。気合を入れてこー!」

 握りこぶしを振り上げて、目一杯力んで小館が声を上げると、由は一瞬緊張感が抜けて吹いてしまった。

 続いて小館がベストに取り付けられた携帯無線機をつまんだ。

「デルタ1から大ガラスへ、この無線機はどうやって使うのだ?」

「言くん、変なコードネームふらないで」

「デルタ1って何?」

「う、ワシの居ない間にこのようなハイテク兵器が普及していたとはっ」

「無線がハイテクって……」

「ノルマンディ上陸作戦の折は――」

「第二次世界大戦じゃあないの、その作戦が実行されたのはっ」

「よし、フォーメーションツーバイツーで行くぞっ!」

「言くん、一人足りない」

 少しの間、冗談の応酬が広がった。やがて落ち着くと、プレッシャーにならない程度の緊張感が三人の笑みに溶け込んでいた。

「いくよ」

 幸が、由と小館を交互に見た。暗視ゴーグルとブルゾンを渡しながら。

 三人は部屋を出ると、慎重に走り出した。中央記念館に向かって。


 変電所の爆破と共に、白の部隊は敷地の西側から侵入した。最短距離で中央記念館に着くと、警備に当たっていた警官を倒して中へ入った。

「チーフ、設置完了しました」

 安が報告した。撤収時のための仕掛けのことだ。

「THORは?」

「このフロアにはありません。今、スンの別働隊とテンダークリムゾンが探しています」

 報告が終わるや否や、受信を受けて安が無線機を操作する。

「ありました、南塔の最上階です」

「最上階?」

「分解して運び込んだようです」

 白は漆喰の天井を見上げた。その先に南塔の最上階がある。

「私もいく。モータを最優先で運び出す準備をしておけ」


 裏手の林から、記念館を覗き込む様に、幸が観察していた。遠くからは気付かれない程の小さな光が、最上階で見え隠れしている。下には一人、窓から辺りを警戒している者がいた。明らかに学校関係者でも警官でもない。物々しい戦闘服を着ている。手には旧ソ連製のアサルトライフル、AK47Uを持っていた。AK47Uは特殊部隊で使用されるショートタイプの物だ。

 由はごくりと唾を飲み込んだ。今更ながら恐さに足がすくむ。今自分は、日常の対極にいるのだ。自ら望んで。

 小館も冗談一つ口にしない。緊張しているようだった。その中で幸一人は何時もと変わらない。

「合図するまで動かないで」

 そう言い残し、幸は再度林の中に消えた。記念館を回り込むように移動する。その間足音一つ立てなかった。幸は影のように工作員に忍び寄ると、首筋に何かを押し当て、あっさり倒してしまった。時間にして数十秒と掛かっていない、

 由と小館は、幸の手際に戦慄さえ覚えた。

「トレジャーハンターって……」

「喧嘩だけは売らない様にしようね」

 由の呟きに、小館は首を振った。普通の学生の持つ技じゃあない。いや、学生でなくてもだ。

 幸が合図してきた。二人は揃って記念館の前に移動した。

 由は記念館の前に着くと、足元に転がっている工作員が気になって、思わず凝視してしまった。息は……?

 額から嫌な汗がにじみ出てくる。

「スタンガンで気絶させただけ」

 思わず安堵の息を吐く由。幸はどこかさみしげだった。

「トレジャーハンターは殺し屋じゃあないの。無闇に人殺しなんかしない」

 幸の瞳が、由を覗き込む。

「戦闘も、本来は逃げるための一つの方法なの」

 だが、幸の強い光をたたえた瞳は、それ以上のことをしてきたと由に物語っていた。

 ーーでも。

 由は口に出そうとした言葉を飲み込んだ。聞いてはいけないことのように思えたからだ。

 違う。聞く勇気がなかった。

 塔を上がるには、フロアごとに西側東側と交互にある階段を上がっていくしかない。幸を先頭に、三人は最上階まで一気に駆け上がった。

「動かないでっ!」

 幸の声に、ライトで手元を照らしながら作業していた工作員の動きが止まる。

「パーツをおいて、奥の壁に寄りなさいっ」

 肉眼に頼っていた工作員達に、幸の姿は見えない。幸は右へ、壁に沿ってTHORのバッテリーのある方へ回り込むように進んだ。小館は入り口から左へ、幸の死角を補うように進む。由は入り口を固めた。

 その時、幸に向かってAK47Uの銃口が向けられたのを、由の暗視ゴーグルが捕らえた。

「スコープ着けたやつがいるっ!」

 由が叫ぶのとショットガンの轟音が重なった。

 幸は咄嗟に前に飛んで内装用の資材の裏へ。が、散弾の一部が足をかすめていった。

「テンダー・クリムゾンッ!」

 由は叫ぶと、小館の制止を無視して突入した。白達の間を真っ直ぐ突っ走って、メチャクチャにM586を撃ちまくる。七発の357マグナム弾はすぐに空になった。

 小館も援護のためにグロック26を撃ちまくる。

 由は幸を抱えるようにして奥の更に上、三角ドームに入るハッチへの階段を駆け上がった。

 小館は工作員達の銃口が向けられる前に、一も二もなく階下へ逃げ出した。

「撃つなっ」

 白の的確な判断で銃撃がやむ。白達に暗視ゴーグルはない。白は、三角ドームの入り口を一瞥いちべつしただけで撤収の指示を出した。

 ドームに飛び込んだ後、由はまだ片付けられていなかった資材を積み上げた。多少なりとも防御になればと思ったからだ。

迂闊うかつ……」

 散弾の掠めたふくらはぎを止血しつつ、幸は室内を見回した。運の良いことに骨や動脈は無事だった。小さな散弾が一発貫通していた。

「どうする、どうすれば良いっ!?」

 また、体が先に動いた。幸が負傷したのを見て思わず飛び出してしまったものの、後になって由は、半パニック状態になっていた。

「落ち着いてゆきちゃん」

「でも下に奴らが、銃がっ!」

 落ち着かせないと次の行動に移れない。幸は行き成り由を引き寄せると唇を重ねた。

 突然のことに、由は目を大きく見開いて固まってしまった。上都家にキスの習慣はない。場違いな幸の行動に面食らってしまったのだ。

「そ、外街なにをっ!?」

 赤くなってる幸に怒鳴り掛けて、由はハッとした。

「静か過ぎるの」

 ハッチを破ってくる気配がない。それどころか物音もしなくなった。いや、微かにTHORを運び出す音が遠ざかっていく。

 幸は暗視ゴーグルを掛け直すとハッチの隙間から下をうかがった。既に白達の姿はなかった。THORのパーツも、バッテリーも。


 サーチライトの光が窓から入ってきた。SDFが到着したらしい。

 幸は残弾をチェックすると立ち上がった。何とか走れる。階段を降りると、すぐ下のフロアに白達の姿があった。THORを運ぶのに手間取っていた。分解したとはいえフレームなど嵩張かさばる部品は多い。

 気付いた白に、幸がグロック18の弾丸をフルオートで浴びせる。白は咄嗟に下への階段に身を沈ませた。幸は追い駆けながら、反撃させないように撃ちまくった。三〇連マガジンからたちまち弾が減っていく。

 慌てながらも、やっとM586にマグナム弾を装填し終えた由が後に続く。

 白が反撃に出た。階段を降りようとした二人に、下から腕だけを突き出してAK47Uを乱射させた。手すりが弾け塗装したばかりの壁が無残に散っていく。ライフル弾は跳弾ちょうだんせずに壁にめり込み、或いは突き抜けた。

「手抜き工事に感謝を。ね、由ちゃん!」

 今度は逆に、由を抱きかかえる様にフロアへ逃げた幸が言う。負傷した足に力を入れ過ぎてしまい、少し引きずるように立ち上がった

 それを見た由が前に出ようと走り出す。その足元に何かが放られた。由は気付くのに遅れ、それを見て足が止まってしまった。致命的だった。

 手榴弾と分かった幸が、これ以上ないという位に青ざめた。

「逃げてっ!!」

 聞いたことのある声と共に、紅い疾風が由をフロアに引き戻した。

 半瞬後、手榴弾が炸裂する。

 爆音、振動、粉塵が収まった後由が目を開けると、ショットガンを持った戦闘服が立っていた。白達の仲間だと思っていたT・Cと分かって、訳が分からなくなる。

「何故君が……」

 だが、ナイトスコープの下にある口は動かない。T・Cは階段を見た。完全に破壊されていて下には降りれない。次に上のフロアを見上げると、反対側の階段を上がっていった。少なくとも今は敵対するつもりはないようだった。

 由と幸も他に手はなく、後を追った。


 小館は一階へ転がるように降りていた。拳銃一丁ではどうにも出来ない。今自分に出来ることは、逸早くSDTに合流し、状況を説明して路に事態を委ねることだった。一階に着くと小館は外に出るかどうか躊躇した。白達の仲間がいるかも知れない。

 だが時間がない。こうしている間にも、由と幸がおかれた状況が悪くなっているかも知れないのだ。フロアに降りて表に出ようと決めた時、ガラス窓を破って侵入してきた者達がいた。工作員かと一瞬体が強張ったが、違う。SDT隊員だった。助かった!

 喜び勇んで助けを求めようとした瞬間、銃撃戦が始まってしまった。タイミング悪く、白達が降りてきたのだ。

「! ! !」

 声にならない叫び声を上げて小館は再び階段の下へ逃げ戻った。


 白はT・Cが裏切ったと判断して下へ急いだ。安が気にするまでもなく元々胡散臭く思っていたから動揺はない。

 下に着くと安達がSDTと凄まじい銃撃戦を展開していた。階段周辺に釘付けにされ、脱出出来ずにいる。

「チーフ、SDTがっ!」

 その間にも、白達とSDTの隊員が同時に負傷した。

「テンダークリムゾンはどうしたのですか?」

 白は答えず。

「安、モータ以外は全て破棄。私が注意を引き付けておく間に脱出しろ」

「隊長!?」

 思わず昔の呼び方をする安。

「行けっ!」

 白が飛び出し、姿を見せると同時に、SDT隊員のMP5が火を噴いた。

 白は手榴弾を炸裂させて銃撃を止めさせると、壁伝いに走った。わざと目立つようにAK47Uを派手に撃ちまくる。それでいながらSDT隊員の連携を寸断する。また、障害物を利用して射線を集中させない。

 大胆かつ巧妙な白に、SDT隊員達は包囲させてもらえない。

(なんて奴だ、だが今度は逃がさんっ!)

 路はいつも使っているMP5Kではなく、より殺傷力のあるライフル弾を使えるSIG552SEALS(シグ552シールズ)を抱えたまま、喉元に巻きつけたLASH無線機で指示を出した。

『D班、進路を開けて下がれっ』

 一階大ホールの入り口付近で白を迎え撃とうとしていたSDT隊員を下がらせると、路はスモーク・デバイスを放った。

 スモークが広がる直前、隠れていた小館の前を白が突っ走っていった。

 白は路の意図を不審に思いつつも、スモークの中を走り抜ける。壁沿いにスモークの切れ目で撃ちまくりつつ、裏口に出た。

 その白の背を衝撃が襲った。体が何度も震え、片膝を着く。白はゆっくりと右後方に振り向いた。

 ニーリング(膝立ち撃ち)でGIG552を構えた路が、スモークの中から姿を現した。白の走るルートを予測して死角に移動していたのだ。

 終わった。

 隊員達が気を緩めた時、白のAKS74Uの銃口がり上がった。

「ハードベストかっ!」

 通常のスペクトラ繊維の防弾ベストでは至近距離からのライフル弾は止められない。ハードベストは、その内側に小さな特殊金属板を帷子かたびらの様に編み込んだものを使い、動きと防弾を強化している物だ。欠点はその重量だが、白の動きはそれを感じさせなかった。

 間一髪、路は絵画の掛かった壁の裏へ飛び込んだ。直後に本物のクリス・ラッセンの絵が弾け飛ぶ。

 他のSDT隊員をAKS74Uと手榴弾で黙らせると、裏口のドア近くに待ち伏せていることを予測して、白は銃身下に取り付けた改造型GB15グレネードランチャーを発射した。

 脱出を図って白が爆煙の中に突っ込む。

 阻止しようとした路のSIG552が外れた。

(しまったっ!)

 破壊された裏口から白が脱出してしまった。路は自分の迂闊さを呪った。

 タンッ!

 その時、一発の弾丸が白の太腿を打ち抜いた。白がバランスを失って転倒する。

 すかさず、近くにいたSDT隊員が一斉に飛び掛って拘束した。

 路は銃声のした方を確かめた。明らかに隊員の物ではない発射音だった。が、何処にもそれらしき姿はない。諦め、武装を解除された白に近付いた。

 白は路を睨み、続いて青ざめた決意の表情を浮かべると、突然ものすごい力で隊員を振り払い腰のポーチから何かを取り出した。

 路は小型銃を警戒して反射的にSIG552をポイントする。

 しかし白が取り出した物は、小型のデジタル無線機だった。

(安、後は頼む)

 白が送信ボタンを押す。途端に記念館の入り口の方で爆発音が轟いた。

「しまった」

 続いて記念館全体を震わせる爆音と振動が、路達を揺さぶった。壁や天井に亀裂が入り、破片ではなく壁面材の一部ごと落下してきた。

「総員退避だっ!」

 路は、白と近くにいた負傷隊員を引きずる様にして館外へ脱出した。


「ロープで下に降りられなかったかな?」

 T・Cを追って上に戻る幸に、素人考えと思いつつも由は聞いた。疑問というより不安を紛らわすためだった。

「だめ。床が崩れると思う」

 上のフロアではT・Cが窓から外を覗いていた。彼女は携帯用の極細ワイヤーをモジュラー・タクティカル・ベスト(組み立て式戦闘ベスト)のホルダーから引き出すと、すぐ近くの柱に結び付けた。

「それで下に?」

 青い顔で由が尋ねる。当たり前のことだが、由にラペリング(ロープ降下術)の技術はなかった。

 だがT・Cは、〈分かりきったことを聞くな〉とでもいうように鋭い一瞥を投げ寄越しただけだった。〈やらなければ死ぬだけだ〉、と全身の気迫が物語っている。

 この気迫こそが彼女を彼女たらしめている、常人にはない能力だと、こんな時に由は突然理解してしまった。

「由ちゃん、私がサポートするから」

 由は首を振った。

「やるしかないんだ」

 その二人のやり取りを視界の隅に捕らえつつ、T・Cはワイヤーの強度をチェックした。

 その時。突然下から爆発音が轟いてきた。続いた二度目で、塔が大きく揺り動いた。大地震のような揺れに三人は身を固くする。刹那、塔が動き出した。

 T・Cは咄嗟にワイヤーを手掛かりに身を支えた。が、由と幸は堪らず床に投げ出されてしまった。

 何か柔らかい物がクッションとなって、由は無事だった。

「由ちゃん、大丈夫……」

 自分の下から聞こえた声に、由はギョッとなった。

「外街っ!?」

 幸が庇ってくれたおかげだった。

 慌てて離れたが、幸がダメージを負ったのは明らかだった。医療の心得などない由には判断し難いが、かなりまずい状況だということは分かる。由を抱え、二人分の体重と投げ出された加速度が幸の体に集中したのだ。骨折、下手をすれば内臓にダメージがあるかも知れない。起きるどころか話すのもやっとという状態だ。

「ごめん……」

「それより、外を……」

 由は愕然とした。窓から見える景色が斜めに、いや由たちのいる塔が傾いているのだ。

 何故倒れなかったのかはすぐに分かった。

「東塔に引っ掛かって助かった……」

「脱出……急いで……」

 幸を背負おうとしてT・Cと目が合った。由には彼女が何か迷っているように見えた。珍しいことだ。果断即決の彼女が躊躇するなど。

 だがそれが、自分達を見捨てるかどうかの迷いだと気が付いて、由は奥歯を噛み締めた。

 T・Cを冷酷だとは思わない。むしろ、そう思ってしまう自分の甘さに腹が立つ。圧倒的な胆力の差を思い知る。

 由は、すがろうとする弱い心を振り切るように、東側の窓を睨みつけた。

 斜めになった床を幸を背負いながら近付く。東塔の窓まで二メートル、飛び移れそうだ。

 そう思った瞬間、ズッと窓が動いた。

 ビクンと由の体が硬直する。

 塔が西へ滑り出した。倒れ掛かった角度がずれていて、再び動き出したのだ。

 再度衝撃に襲われ、三人が九十度異なる方へ放り出される。今度はT・Cも体勢を崩して倒れ込んだ。

 が、またしても塔の動きが止まった。数万分の一の幸運なのか、倒壊するぎりぎりの角度で踏みとどまっている。

 床の角度は更に急になり、立つのがやっとの状況だ。反対側の窓に西塔が迫っていた。今度は西塔にぶつかったらしい。

 今、由たちのいる南塔は、間隔の狭い東塔と西塔に挟まる様な形で、辛うじて転倒を免れている状態だった。

 由は軋む体を無理やり起こして幸を探した。今度こそ幸は気を失い、ぐったりしていた。

 T・Cを見る。彼女も再度は予測出来なかったのか、受身を取り損なってふらついている。

 パラパラと壁材が崩れ始めている。塔は完全には支えられている訳ではなかった。体感出来るか出来ないか微妙な速度で、ゆっくりと、だが確実に倒れようとしている。

 由は生まれて初めて、絶対的な絶望の淵に立たされていた。


 由たちのいる南塔の方で爆発があり、隠れていた小館は外の様子を見ようと、北塔の下に向かった。階段を駆け上がり窓から外を見た瞬間、小館は余りのことに、阿呆のように口を半開きにして目を見開いた。

 南塔がこちら側へ倒れ掛かっている。圧倒的な質量を持て余すように。

 今の所辛うじて東西の塔に引っ掛かっているものの不安定で、倒れるのは時間の問題に見えた。普通なら一も二もなく逃げ出している。選択の余地なんかない。

 恐い、びびってる。足だけじゃあなく、体まで震え出す。こんな経験は生まれて初めてだった。こんなのは。どうしろって言うんだこんな状況を。何かするしない以前の問題だ、こんなものは。

 今逃げ出したって、誰もそのことをとがめたりはしないだろう。

 逃げよう、今すぐ逃げ出そう。

 なのに。

(何でぼくは逃げないんだ!?)

 青ざめた顔の額の奥で、実感を伴わずに呟いていた。

 唐突に最近知り合った二人のルームメイトの顔が、くっきりと脳裏に浮かんだ。出会ってまだ三ヶ月と経っていないのに、自分にしては意外な位深く存在感を主張してくる二人を。

(何に拘っているんだ、ぼくはっ!)

 分からない、分からないがそれは、自分の最も渇望する何かであることだけは分かる。

「――ッ!!」

 獣のような咆哮を上げて小館は走り出した。

 今までの自分を振り払うように。

 体中の力とちからを振り絞るように。

 全精力で。

 上へ!


 由は窓の外に見える、今時分のいる塔とまったく同じデザインの塔を凝視した。少しづつ、辛うじて、だが分かる位ゆっくりと景色が動いている。

 死ぬだろう。不思議と由の中の恐怖は静かだった。

 怖い。だが自分で選んだ満足感の様なものが、胸の中に満ちている。

 今、由を正気にとどめているものは、衝動だ。

 たった一つの。

 何かを成し遂げたいと思う。

 そのために。

 ただの高校生でしかない自分がこんな状況の中で、ぎりぎり自分を保っている。

 T・Cはどうしたものか、黙って由を見つめていた。

 更に塔が動く。

 打つ手は、ない。

「みやこっ!」

 その時北塔からの声が由の耳に飛び込んできた。

 信じられなかった。向こうの塔から身を乗り出すようにして怒鳴ってる小館の姿があった。

「馬鹿、逃げてっ!」

「出来るかっ!」

 そう怒鳴り返すと小館は途中で見つけたロープを放った。備え付けの非常脱出用のものだ。

「それを伝ってこいっ!」

 由とT・Cは協力して柱にロープを結び付けた。

 小館がいるのは由たちより一つ下の階だが、塔が傾いているので半階下の高さになっている。五メートル程の下りだ。

 T・Cは先に由を促した。

「君から行って」

 幸を背負い、ベストのフックを利用して固定させながら由がいった。

 T・Cはしばし由を見つめた。そしてあっさりと由に従いロープを伝うと、小館のいる窓へ飛び込んでいった。

 自分の番だ。体力の乏しい自分が幸を背負ってロープを伝うのは至難の業だろう。だがやらなければならなかった。

 出来る、出来ない、ではない。

 やるか、やらないか、でもない。

 何としてでもやらなければならないのだ、今は。

 由がロープに手を掛けた時、へそ曲がりな運命はまたも塔を大きく傾けた。

 ロープにしがみ付く由。後もう一度大きく傾いたら、北塔もろとも倒壊するだろう。

 見ると、ロープがたるんでしまっていた。結び直す時間はない。

「由ちゃん……逃げて……」

 何時意識が戻ったのか、幸が耳元で囁いた。

 或いは一人なら。その考えが脳裏を掠める。だがそんな考えは許せない。誰もが許しても、自分が自分を許せなくなる。

「逃げないっ!」

 由はロープを睨みつけた。

「でも……」

「まだ、まだだっ」

 自分に対して叫ぶように。

「まだ諦めないぞ……」

 生まれて初めて体中のエネルギーを振り絞るようにして、ロープを握り直す。

「みやこっ!」

「由ちゃん……」

 全てを振り払うように、由は叫んだ。

「僕はまだ何もやっていないっ、こんな所で終わる訳には行かないんだっ!!」

 更に塔が傾いた時、足元に何かが放られた。紅いグリップのタクティカルナイフだった。

「外街、行くよっ!」

 そう叫ぶと、由はロープの端を断って窓を飛び出した。

 一瞬体から重力の戒めが解き放たれ、続いてロープが張ると二人は弧を描いて北塔へ。窓ガラスを粉々にして、由たちは更に一つ下の階に飛び込んでいった。

 激しく体を打ち付けて、身動きが取れなくなる由。幸は今度こそ、完全に意識失った。

「みやこっ、まちっ!」

 上の階から小館が飛び込むように降りてきた。殆ど同時にテンダークリムゾンもきた。

 小館に支えられて、由はやっと立ち上がった。

「Welcome to the earth」

 こんな時なのに。思わず苦笑して、由はテンダークリムゾンと目が合った。彼女は由に代わって幸を背負った。

「何で……?」

「さあ?」

 数度しか聞いたことのないその声は、どこか愉し気だった。

 由たちは向かった。

 下へ。


 自宅の自慢のオーディオルームで秘蔵のブルーレイディスクを鑑賞しつつ、同時に司馬遼太郎なんぞを紐解いていた基校長は、大和高で起きている事態を警備部から知らされ、慌てて愛車のケーターハムスーパーセブンに飛び乗った。色を失って駆けつけた校長は、先に見える記念館の惨状を目の当たりにして声を無くした。後からきた理事達はオタオタウロウロするばかりで何の役にも立たない。

 校長は、PRT(初動即応部隊)として学校関係者や生徒達を誘導していた警察官に掴みかかる勢いで状況を聞き出そうとして、指示を飛ばしている路を見つけた。

 少し離れた所で路は無線機に怒鳴っていた。

「何、塔に人影が見えたっ!?」

 監視していた狙撃班の一人が、伝えてきた。

「耐火服を持って来い、俺が行くっ!」

 近くの隊員に指示している所に基が駆け寄る。

「路君!」

 数十年来の大東流合気柔術の技で止めようとする警察官を投げ飛ばしながら現場に入ってきた基に、路が驚く。

「まだあそこに生徒が居るのかねっ!?」

「最優先で救出にいきます!!」

 耐火服を持ってきた隊員からひったくる様にして受け取る。

 火災を起こし、今にも崩れ落ちそうな記念館に向かって路が走り出した時、その記念館から転がり出るようにして〈三人の生徒〉が出てきた。

 無線機も耐火服も放り出して駆け寄る路と基。

 由は力尽き、何とか口を開きかけた小館もひとこといって意識を失ってしまった。

「全員脱出に成功したであります……」

 三人は直ちにメディカルバスに運び込まれた。

 医療スタッフから三人とも命に別状はないと知らされた路と基は、やっと安堵の表情を浮かべた。と同時に記念館が倒壊する轟音が響き渡り、炎と煙が辺りに撒き散らされた。

「中央記念館が……」

 建設に関与した理事達が、哀れに呟いた。

 その理事達を放っておいて、由たちを乗せたメディカルバスを見送った基は、瓦礫と化した元記念館にゆっくりと向き直った。

基はスッと両腕を肩の高さに上げると、右腕を思いっきり引いた。

「YES!!」

 不意の大音声だいおんじょうにびっくりした理事達が振り向く。

 だが理事達が見たのは、冷徹に瓦礫を見つめる、威厳に満ちたたたずまいの基の姿だった。


 由が目を覚まして、自分が医務部のベットに寝かされていることを知ったのは二日も経ってのことだった。何だか毎月医務部にお世話になっている様な気がする。

 隣には、まだ目を閉じたままの幸が眠っていた。

 良かった、どうやら自分達は生きているようだ。

 医務部付きの看護士に幸の容態を尋ねると、肋骨を含め数ヶ所を骨折しているものの、命に別状はないと知らされほっとする。

 由自身は打ち身と擦り傷だけだった。

 小館は更に軽傷で、精密検査のため一日だけ医務部に泊まって、既に退床していた。さっきまで様子を見にきていたらしいが、由には知る由もなかった。

 同時に、犯人である工作員グループの一人が捕まり、他には逃げられたことも分かった。

 備え付けのデジタル時計が目に入る。一限目の講義が始まる頃だ。全身に疲労感が残るものの、まるっきり事件の実感は湧かなかった。前回と違い記憶は何とかあるものの、別世界での出来事の様な気がして、とても自分がそこにいたとは思えない。

 --本当にあったことなのだろうか……。

 唐突に中央記念館がどうなったのかが気になった。小館とT・Cのおかげで脱出出来たが、階段を降りる処からの記憶がすっぱりとない。

 包帯とシップだらけだが体は動く。由はこっそり医務部を抜け出すと、中央記念館に向かった。

 中央記念館は見事に瓦礫の山と化していた。

 警察立会いのもと現場検証は未だ続いていた。その中にオーウェルの姿を見つけた。オーウェルは切羽詰った顔で、大きな体をせわしなく動かしている。

 駆け寄ってきた由に気が付くと、オーウェルは一瞬、様々な表情を浮かべた。

「体は大丈夫なのかね?」

 だが、口に出してはそう言っただけだった。

 由は、「はい」と答えた後、すぐにオーウェルに尋ねた。

「何かあったのですか?」

 オーウェルは躊躇した。だが今更何を隠す必要があるのか。

「……ないのだ、回収したTHORの中に」

 由の表情が凍りついた。

「ペイレーネユニットだけが見つからんっ」

 そういうと、オーウェルは再び作業に取り掛かった。

「もう一週間近く放電させておらん。速く処置しなくては大変なことになってしまう」

 オーウェルは必死だった。追い詰められているようにも見えた。

 由は〈大変なこと〉という言葉が引っ掛かった。世紀の大発明を盗まれた以上の意味を感じたからだ。まさか、まだあのペイレーネユニットには秘密があるのだろうか?

 オーウェルは中央記念館が倒壊した日に、ペイレーネユニットのデータをシュミレーションしていたことを由に話した。その実験の中で、電力を増やし続けた場合の結果を打ち明けた。

「あれは、永久発電機などという生易しい物ではなかったのだ!」

 オーウェルは戦慄と共に、話した。

「ペイレーネユニットは、使わなければ無限に電力を増やしていく。すると最後には、壺の超電導シールドが耐えられなくなって、一挙に外へ噴出する」

「で、電磁波爆弾……」

 由は青ざめた。

「ただの計算だが、半径数百キロが黒焦げになってしまう」

「……」

「それを知らずに放電を怠ったり、発電を加速させたらどういう事態になるか……。あれはまだ人類には過ぎた贈り物なのかも知れん」

 由の脳裏に、思い浮かぶ人物がいた。おそらく、最も厄介な相手かも知れない。

 路に助けを求めよう。そう考えて由は自分の迂闊さを呪った。とっくにSDTは別の任務に就いている。一種の秘密部隊だから由個人では連絡の取り様がない。

 由はオーウェルの話もそこそこに走り出した。


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