女神の過ぎた贈り物 7
第六章 オーパーツ
入学式から一ヶ月が過ぎようとしていた。由たちが巻き込まれた事件も落ち着き、一年生は学校生活にも慣れて来て、そろそろ気が緩みがちになる頃だ。早くも校内には気だるい空気のようなものが流れている。かく思う由も選択授業で移動中の氷菓通り、すっかり暖かくなった日差しの下で「ん~~」と伸びをした。
なんか眠い。十分寝ているのに、まだ眠い由だった。成長期は眠くなると聞いた事があるが、身長は伸びてくれないのに何故だろう?
更にあくびをしようとして、トラックが前から走って来る事に気付いた。ワンボックス、フルカバーの四トン車。それがワンダー・パレスの前に停まった。
一階のシャッターを開けて、バックで入って行く。ワンダー・パレスはあの事件以来、まだ復旧してはいない。THORを移動させるためだと、由にはピンと来た。
様々な疑問は残るし、解決もしていない。でもこれで一応、学校内の火種は無くなる。この事件がこれで終わるとは思えないが、二度と銃撃される事はないだろう。
由が求め、幸に付き合う事を決めたのは、悪戯に命のやり取りをしたかったからじゃない。考古学に関係した、自分が想像もしていなかった世界が広がっていると思ったからだ。
気になってトラックを眺めていたら、ひょこっと小館が現れた。
「ミヤコさん、ご機嫌麗しく永の御無沙汰心苦しくも幾年月の御壮健何よりで御座候」
「……最早わからないよ、小館」
「プロレタリアート階級には、わずかばかりハイセンス過ぎたかな」
「あの世からレーニンが、分厚い経済の本で殴りに来ると思うよ」
「実体のない世界からの攻撃が果たして有効がどうか、興味深い論題だが、この際は置いておこう」
小館はわざとらしく改まった。
「外街は?」
珍しくズバッと来た。
「最近、帰って来るのは夜中だし、朝も早い。どこかの部に入ったと言う話も聞かない」
ニコ顔の表情が止まって、ジーッと由を見詰めている。これはこれで結構怖い。
「じ、実家の事でちょっとごたごたしてるみたいだよ?」
とっさにでっち上げて答えてしまう。かなり苦しい。のん気そうな見かけに反して、小館は妙に鋭い所がある。
「どんな?」
「さ、さあ。よく知らないけど」
「家の事を図書館のパソコンルームで済ませるのは、甚だ奇妙だが?」
細いニコ目で再びジーッと見詰められると、無性に落ち着かなくなる。
「どうも先日の事件以来、二人でコソコソ何かやっているように思えてならないのだが?」
畳み掛けるように、小館の質問が迫る。今日の小館は、妙に押しが強い。
「〈二人は既にデキている〉と、メディア部が報じている事は脇に置いておくとしても」
「できてなんかない!」
「事実認定は保留にしておくとしても」
「はっきり違うと言っているよっ!」
「婦女子の娯楽のために、あえて棚の上に乗せておくとしても、不自然過ぎる」
真っ直ぐな問い掛けに絶えられなくなって、由は視線を外した。
小館は回り込むようにして、由の顔を見る。
「どうしても言えないと言う事ならば、あえて聞きはしない」
何か無性に後ろめたい気分にさせられて、小館を直視できない。
「ただ僕は、一友人として、日夜助け合うルームメイトとして、共に死線を潜り抜けた戦友として、聞きたい」
そこで小館は一泊おいた。
目だけを動かして小館を見る。自分を真っ直ぐ見ている。
「僕にはどうしても、言えない事なのかな?」
「……ずるいよ」
由は観念した。今日の小館は一歩も引く気はないようだった。
放課後、パソコンルームにやって来た由の後ろに、小館がいるのを見て、幸はため息をついた。小館が全てを知り、それでも来た意味を了解したからだ。それでもはっきりと意思を確認するために、一言だけ言う。
「いいの?」
だが小館はそれには何も答えず、窓を開けると枠に寄りかかった。ふわっと、やわらかな風が流れ込んで来る。
「いい風だね。でも最近まで、そんな事も忘れていたんだよ」
斜めに外を眺めながら、小館は関係のない事を口にした。しばらく黙り、間が持たなくなって由が口を開こうとした時、小館は話し出した。
「僕は器用でね、小さな頃から何でもそつなくこなす事ができたんだ。勉強も、スポーツも、人付き合いも、一通りね」
何を思い出したのか一瞬言葉を止めた。表情は変わらないのに、小館が顔をしかめたように由には思えた。
「僕のいた所は競争が厳しくて、勝てば天国負ければ退場ってね。別に一番になりたかった訳じゃないから、いつもぎりぎり及第点の所にいた。それでもキツかったけど」
おそらく凄まじい進学校だったのだろう。のほほんと公立に通っていた由には、それ以上は想像できない。
「で、ある時ふと思ったんだ。僕は色々こなせる、でもそれは何のために?」
いつも冗談めかしている小館だが、内心には葛藤を抱えているらしい。
「答えが何もない事に気付いて、我ながら愕然としたよ。当然さ、与えられた情況に勝ち抜く。負けないようにする事しかやって来なかったんだから」
「そんな時期、大和高校を知って進学したんだ。何か別の道があるんじゃないかと思ってね」
「同じだ」
共感して、思わず由は同調する。
「ちょっと違うけどね、まあいいか。で、君たちに出会った」
向き直った小館は、いつものニコ顔だった。でもいつもより、ずっと温度を感じさせた。
「ミヤコやマチには何か、〈目的〉のようなものを感じる。何て言うのかな、言葉にすると陳腐になってしまうけど、〈志〉と言うか〈夢〉と言うか……」
「そんなもの、僕には」
「あるよ」
「何で確信できるの?」
「僕にはそれがない。だからわかるんだ」
小館が尋ねるように幸を見た。
幸は優しげに微笑むと、こくっと頷いた。
由は自分一人だけがわかってないように思えて、何か悔しかった。
「僕にあるのは勝ち残る術だけ。我ながら殺伐とした生い立ちだけど仕方がない。でも、それが乾いて堪らなくなる時があるんだ。だから、ミヤコやマチに惹かれるのかもしれない。その目的と言うか夢みたいなものにね」
小館は尋ねるように、二人を見た。初めて明かす本心の一部に、二人はどう答えてくれるだろうか期待と不安を込めて。
「私の〈夢〉でいいの?」
小館は笑った。顔だけじゃない、心の内から溢れ出す本当の笑みだった。
「ぼくたちの〈夢〉、と言う事にしといてよ。今回は」
SF36号室へ戻って、THORの正体を知った小館は、さすがに驚きの声を上げた。
「大発明じゃないかっ」
常温超電導モータが既に実用化されている。エネルギー変換効率がグンとアップして、エネルギー事情が大幅に改善されるかも知れない。
が、重要なのはそこじゃない。
「THORをトレジャー・ハンターが、それも協会が認定する超一流のハンターが狙う理由。そこが最大の謎なの」
T・C。正確無比な銃の腕。よく命があったものだ。由は今更ながら、血の気が引いた。
「普通の人間とは、明らかに違うような感じがした。どう言ったらいいのかわからないけど……」
「雰囲気とか、オーラとか言う事かな、ミヤコ?」
小館が補足してくれる。
上手く言い表せない自分にもどかしさを覚えつつ、ショットガンを向けられた時の恐怖だけじゃない、無力感さえ与えられた気迫を思い出す。
「エネルギーと言うか、外街にもある……」
「何となく、わかるようなわからないような。ま、ニュアンスだけ受け取っておくよ」
「由ちゃん、言くん」
やや固い声に、二人が幸を見る。
「もう一度、THORを調べてみないと」
由と小館は見合った。
「できないよ」
「まずいね、昼間移動したと思うよ」
三人は急いでワンダー・パレス向かった。パスワードを変えられた電子錠を、またもやあっさり幸が開けて中に入る。が、既にTHORはなかった。
「しまった」
呟いて幸は、持って来たデイパックからゴツイ飯ごうのような物を取り出した。それと、モニター代わりのPDA(携帯端末)をぶっといケーブルでつなぐ。
覗き込む由。
「軍用の携帯コンピュータよ。GPSや航法システム、無線機、データ通信機なんかの機能が搭載されているの」
「オーウェル博士が移動させるって言ってたから、マーカーをね」と言ってチロリと舌を出す。
PDAの液晶モニターに学校周辺のマップが表示された。
「おかしいわね……」
マップを移動させてマーカーの信号を見付けようとしたが、電磁波干渉を受けてノイズが邪魔をする。
「学校に強烈な電波源があるみたい。昨日までなかったのに」
幸は携帯コンピュータを細かく調整してみる。
「今日、学校に変化はなかったかな?」
「見てないな。ここにトラックが来たくらいだね」
由は、突然思い付いたように、小館を見た。
「ねえ、ワンダー・パレスに来るトラックって、氷菓通りを国道側から入って来て、荷物を降ろした後Uターンして帰るよね」
「まあ、わざわざ外周通りを回って、東側の御吉通りから帰ったりはしないだろうね」
「でも、昼間のトラックは国道の反対側から来たよ。どこを回って来たんだろう?」
幸は、大和高校の全敷地が入るように表示させた。国道側を下にすると、円と台形を組み合わせた鍵穴のような形の敷地。その台形地域の底辺に沿うように国道が通り、真ん中に正門の御中門、東西に東命門と西命門がある。西命門から入ると、輪郭に沿って東命門に抜けられる。それが外周通り。
またその外周通りは、円形地域と台形地域の継ぎ目で二股に分かれ、と言うか台形地域の側面に沿って、伸ばされた路が別にあり、それは丁度円形地域の中心にある本講堂をくるりと囲む内環通りにつながっている。
「ワンダー・パレスはここだから」
幸は台形地域と円形地域の境目西側を、赤いドットでポイントした。
「ルートは二つ。外周通りをそのまま進むのと、真っ直ぐ行って本講堂を回って行くのと。でも本講堂への道は、途中に大きな荷物を運び込むような建物はないわね」
「外周通りか。だとすると怪しい所は……」
第二グラウンド横の備品庫、球技体育館、実習棟とマップを移動させて、三人の視線が一点に止まった。
「中央記念館?」
由が小首を傾げる。そんな施設あっただろうか。
「式典があるってミコちゃんセンセが言ってたの、これか」
事件で由と幸が欠席していた間に告知があった行事について、小館が言った。
「いつ?」
「先週聞いたから、明日だ」
携帯の日付を確認して答える。
「ここからね」
由と小館は頷いた。真っ先に怪しげな記念館から調べる事に決める。
「でも、何の記念館なんだろう?」
三人どころか、実は校内でそれを知る者は一人もいなかった。
敷地の外れ、御中門と真反対の所に、中央記念館は建てられていた。地上十二階、長方形の建物の上に四つの塔がそびえている。中世ヨーロッパのゴシック調にデザインされた中央記念館は、現代のデザインも取り入れられ、一つの塔とその基部の建物を一つのユニットとして、微妙にずらして組み合わせてある。真上から見ると四つの塔が、南北に伸びたひし形の頂点の位置にある一風変わったものとなっていた。
敷地だけはやたら広いので、記念館の前にはたっぷりスペースがあり、本講堂へ至るまでブロックで舗装された広場に生徒が並んでいる。その両側に保護者や理事達がいた。
開館式典の挨拶のためにマイクの前に立った校長は、なぜか苦虫を噛み締めたような顔をしている。
「えー、生徒並びに保護者の皆様、理事の方々。多大な御協力を頂き、この度完成と相成りました。一部の理事からの、再三に渡るお知らせによる御厚意。――寄付金の事ですが。によって、過去例に見ないほどの堂々たる、堂々過ぎる、実にまったく持って使い出に余る、このように御大層な――うおっほん。立派な記念館を寄贈して頂き、生徒、保護者の皆様並びに一部の理事の方々に、厚く厚く御礼申し上げます。真に持って立派な、壮大な、古今の学校史に残ってしまうような、想像を絶する用途に利用可能な記念館を前に、私基は感謝の念を禁じ得ず、足元がふらつく限りでございます。
このような学校に対する御厚意に、私の卑小な知見ではその使用方法を想像できず、一部の理事の方々には、御助言頂ければ幸いであります。また――」
基校長の心情溢れるスピーチを、あっ気に取られて聞いていた由は、隣の幸を見た。
幸は「うわぁ……」と言う表情で、半分驚き半分笑うようにして、口元を隠している。
周りを見ると、それぞれに驚きと笑いを抑えて生徒達が、あの教育者の風格漂う基のキレたスピーチに、内心拍手を送りながら聞いている。
「大事な保護者からの寄付金集めて何に使うのかと思ったら役にも立たないこんな莫迦でっかい記念館なんぞ造りやがってどーすんだこんなもん何に使えってんだここは学校だぞ寂れた地方都市じゃねーんだそうそう閑人集めてイベントなんかできるかもーちょっと理事と言うてめーの立場と能力考えて事を起こしやがれこのストッコドッコイども。と言った所かな」
小館の解説に、生徒達が爆笑する。笑いが歓声に変わる頃、校長はスピーチを終えた。
「――以上、御静聴有難う御座いましたっ」
主に、生徒達の中から、爆発したような拍手が湧き起こった。
その中、由、幸、小館は使用目的のない記念館を見上げた。そのデザインのせいか、妙に不安定なように見えた。
昼と異なり、夜の記念館は静まり返っていた。外灯の微かな明かりで浮かび上がる中央記念館。昼間見た時よりも大きく、夜に溶け込む塔はやたら高く見える。
由は、某―SHOCKの液晶画面を確認した。午後十一時を回っている。
「一部の理事達が勝手に造っちゃった訳ね、何に使うかも考えないで」
辺りをチェックしていた幸が帰って来た。今の所人気はない。
「それで中央記念館か。校長先生が怒るはずだよ」
ああ見えて、実は気苦労が多いのかも知れない。少しだけ基が身近に思えて、由は笑ってしまった。
「あんなに面白おかしいスピーチを聞いたのは初めてだ。実に参考になる」
小館も戻って来た。
「何の参考にするのか、あえて聞きはしないけど」
「御希望とあらば」
「遠慮しておくよ」
「いやそう言わずに」
「嫌だってば」
「良いではないか、良いではないか」
何か妖しげなやり取りになって来た所で、幸がストップを掛けた。昨日使った携帯コンピュータよりも高性能な、MFC(Multi・Function・Computer=多目的コンピュータ)を操作していた幸は、乱れた液晶モニターを見て、険しい表情を浮かべている。
「THORは?」
由が聞く。幸は首を振った。
「わからない。でも記念館から強力な電磁波が出ているの」
「何かあるね」
小館が塔を見上げた。
「手前の南塔の最上階、そこが発生源らしいわ」
三人は素早く記念館に入り込むと、マグライトを点灯させて最上階に向かった。
「どうしたの?」
何か腑に落ちないのか、小館が何度も今上って来た階段をマグライトデ照らした。
「ここまで人がいないはずはない、と思ってたんだけどね」
「確かに変だね……」
塔を上る階段は、一フロア上る毎に位置が西→東→西→東と入れ替わり、結構長い距離を上って最上階に着いた。息が上がった由は、深呼吸して整える。幸や小館は下にいた時と全然変わらず、ちょっと悔しい。
「酒タバコは控えてバランスの良い食事を取り、程度な運動をするように」
「成人病なんて患ってないよ」
幸が外に光が漏れないように注意して、最上階を照らす。室内には果たして――THORがあった! ただしばらばらに分解されて。
確かにここなら、そうそう工作員達に見付けられないだろう。
幸はデイパックからMFCを取り出すと、今度はもう一つ別の、ガングリップの付いたマイクのような物を取り付けた。
「それは?」
「多機能電磁波測定器」と答えて、分解されたTHORに向ける。
「やっぱりこれが原因……」
測定器の位置をずらせてより詳しく発生源を特定して行く。シートの向こう、繊維強化プラスチック製のボックスが発生源らしい。
「バッテリーボックスだね」
小館はライトを重ねた。試しに手を近づけてみると、温かいようなヒリヒリするような妙な感触が伝わって来る。
「待って」
幸は二本の細長い端子を測定器につなぐと、バッテリーボックスのプラスとマイナスに当てた。電力計測器としても使えるようだ。
「そんな、あり得ないっ」
液晶に表示されたメーターが振り切れた。どころかMFCが壊れてしまった。
「一〇〇〇キロワット以上の出力があるって言うの!?」
驚愕する幸に、事態がよくわからない由が、どう言う事なのか聞く。
「初期型原子炉並みの出力があるの」
「げ、原子――」
思わず大声を出しそうになった由の口を、素早く小館が塞ぐ。
「機械の故障って言う事は? ないか」
幸がそんな初歩的なミスをするとは思えない。用心に用心を重ね、最も信用できる最新の機器を揃えるのが、トレジャー・ハンターの基本だからだ。自分が使う物のチェックは、寝ながらでもやるのが当然だ。
「それから電磁波が漏れて、マーカーの信号が消されてたのか」
THORは尋常な物じゃない。常識の外にある未知の何か。その何かが今由たちの目の前にある。胸の内に、恐怖と同時に血が沸き立つ程の好奇心が駆け巡った。
「外街、こんなのあり得ない。最先端科学じゃない。実在する冗談だよ」
僅かスーツケース程度の大きさで原子力発電所並の電力を有する物など、この世にありはしない。だが現実に、今目の前に存在している。
この肌に刺す、ヒリヒリするような感覚が、常識に逃げようとする由の思考を引き戻した。渇く唇を無視して、この得体の知れない物を睨んでいると、不意に室内の照明がつけられた。
身構える由たち。がそこにはどこに隠れていたのか、オーウェルが立っていた。
「やはり見付けおったか」
オーウェルは、困った気持ちの成分を三分の一加えた笑みを浮べて言った。
「オーウェル博士、このバッテリーは一体――」
「事実だ。そして全ての原因でもある」
オーウェルは幸に答えると、真っ直ぐに由たち一人一人を見た。そして再び幸に顔を向ける。
「その前に、一つはっきりさせておきたい事がある」
次に言うであろう質問とその答えを、今の由は知っている。
知っている? 果たしてそうだろうか。名前と目的を知っているに過ぎないのに。
「カリフォルニアのコソ山脈遺跡で助けられて以来、度々(たびたび)私の前に現れ力を貸してくれる。確かに父親である光樹氏とは友人だが、幸からは何か一線を画したものをいつも感じとったよ。
お前さんは一体、何者だね?」
幸はゆっくりと間を置くと、一言だけ答えた。
「トレジャー・ハンター」
オーウェルは一度目を閉じると、意を決して話し出した。
「宇宙航空研究開発機構――通称JAXA。その計画の中に、火星~木星間の軌道を巡る小惑星からサンプルを採集して来ると言うものがあり、実行された」
突然宇宙関係の話が出て、由は少し面食らった。
「そのMUSES―Gと呼ばれる計画は成功し、サンプルが持ち帰られた。JAXAのスタッフはそれを見て、かつてないほどに混乱した。責任者の佐々本君など本気で回収班が間違えたのではないかと、サンプルの入っていた採集機が着陸した一帯を調査したらしい。〈そこら辺に転がっていた物〉を、間違えて持って来たのではないか、とな」
――そこら辺に転がっていた物?
由は眉を寄せた。ますますわからなくなって来る。
「徹底した調査で、それは間違いなく宇宙から来たものだとわかった。だが、それが何故宇宙にあって、どう言う目的の物なのかがわからない。
そこで、私が呼ばれたのだ」
「人工物、だったのですね」
オーウェルは世界的に有名な工学博士だが、もう一つの専門分野がある。考古学だ。古代ギリシャの太陽系惑星儀など、古代機械に造詣が深い。
「そうだ、素焼きのシンプルな壺だった。私にはすぐに、あるものと酷似している事がわかった。バグダット、古代パルテアの遺跡から出土した壺とな」
幸にはすぐにわかった。
「壺電池、ですね」
オーウェルは頷いた。
「タールで密閉された壺を開けて、中を調べている時に、電解液がまだ使えるのではないか、と研究員の一人が言い出して、充電してみたのだ。それが始まりだった」
オーウェルは、フロアの奥にあった巨大な放電器にバッテリーボックスをつないだ。電気が放出され、次第にヒリヒリした皮膚感が薄れて行く。
「電解液は一種の超流動体になっておって、ほんの少しの充電で回転を始めた」
「回転を?」
「金属の芯を中心にぐるぐると回り出したのだ。そして驚いた事に、電磁誘導によって徐々に電力を蓄え始めたのだ」
「え、永久機関じゃないですかっ!」
小館が珍しく素で、声を上げた。もし科学的に解明できれば、その価値は計り知れない。日本どころか人類にとって例えようのない、宇宙からの贈り物だ。
「正にそうだ」
オーウェルは強く頷いた。
「MUSEの贈り物、ペイレーネの泉に因んで、このバッテリーをペイレーネ・ユニット――P・Uと呼ぶ事にしたのだ」
P・Uに対して由たちは、興奮と戦慄の双方が湧き上がって来るのを自覚した。動力機械に応用できれば、世界のエネルギー事情が一変する。この小さなバッテリー、いや発電機を一つ積むだけで、半永久的に車は動き、各家庭には電気が行き渡り、化石燃料の消費による環境破壊は消滅し、危険な原子力も必要なくなる。
P・Uとは、世界のシステムを変えてしまう力を秘めた、宇宙からのオーパーツだったのだ。
「THORはこのP・Uを実用化するための、言わばおまけのような物だ。P・Uこそが、最も重要な研究対象だったのだ」
由たちは知った。先日のTHOR強奪事件の原因も、超一流のトレジャー・ハンター〈T・C〉が狙うのも、このP・Uの中にある、宇宙から持ち返られた古代の壺だった事を。その壺に秘められた、オーパーツと呼ばれる古の超技術だと言う事を。
由は、全身が震え出す事を止められなかった。自分の関わった物が、余りにも大き過ぎたからだ。
「私に任せて欲しい。P・Uは宇宙からの、いや過去から未来の我々に送られた宝なのだ。自分達の利益しか考えないようなやつらには、決して自由にはさせん」
バッテリー。いや、永久発電装置P・Uの正体を知った由たちは、夢遊病者のような足取りで、寮に戻った。
由はSF36号室に着いても、放心していた。自分の関わった物が想像を突き抜け過ぎていて、頭が真っ白になっていた。
小館はベッドに引っ繰り返り、さすが幸も疲れた表情を隠せないでいる。
やがて幸が、二人に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「T・Cが来る、絶対に。あんなオーパーツ、彼女が放って置く訳ない」