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エクストリーム・オーパーツ  作者: MIRAILIVE05
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女神の過ぎた贈り物 6


  第五章  T・C



 久しぶりに学校の博物館を訪れた由は、前に足を運んでから、まだ一〇日と経っていないのに、妙な感慨を伴っていつもの場所に足を向けた。

 いつも利用しているベンチを見ると、珍しく先客がいた。

 音のない館内で、音を立てずに桃沙が本を読んでいる。まるで一枚の肖像画のようだ、と由は思った。ただし、肖像画の多くが内包する柔かさのようなものは、微塵もない。

 そこに足を踏み入れてもいいのだろうか、と言う気圧された思いがよぎる。が由は、その意味のない怯えを振り払って腰掛けた。

 桃沙は本に集中しているのか、由に気付いていないようだった。

 由も先日買ったハードカバーを開く。そうして一時間も読んだろうか、紅茶を飲むために飲食ルームへ向かおうとして、ぞくりとした。

 いつの間にか桃沙が、本から顔を上げて由を見ていた。

「な、何?」

 桃沙は、いつもの淡々とした様子ではなかった。もっと静かで激しい、内心の一部をぶつけるように、鋭い眼光で由を見詰めている。

 桃沙は無言で立ち上がると、由に近づいた。

 殺気。

 違う、本気。

 剣の刃に似た、いっそ美しくさえある気迫。物理力さえ存在しそうなそれを叩き付けられ、しかし由は踏みとどまった。辛うじて。

 気圧されている。

 すくんでいる。

 でも、下がらなかった。なぜ下がらなかったのか、自分でもわからない。

 一瞬、気を抜いた。目の前に、桃沙の顔があった。思わず息をむ。

 ――何を恐れているんだ、ぼくは!?

 桃沙は「ふふっ」と笑うと、由のほお一撫でした。

「莫迦ね、あなた」

 それだけだった。それだけなのに、毛穴と言う毛穴が開き、冷や汗が吹き出している。体中が強張こわばってしばらく動けずに、桃沙の出て行った方を見詰めていた。

 彼女もまた、何者なのだろうか。

 ――まさか。

 だが由は、想像しかけて打ち消した。そんな高校生が、そうそういるはずはない。

 ベンチに手を着いて腰掛けると、由は再びハードカバーを開いた。まだ何も飲んでいない事に気付いたのは、しばらく経ってからだった。


 寮の部屋で買ったばかりのノートパソコンと向かい合っていた幸が、思わずつぶやいた。

「何なの……」

 このプログラム。と言う言葉を飲み込んで、黙考する。あの時、由が投げつけて壊してしまったノートパソコンから、奇跡的に無事だったデータを、幸は回収していた。

 特大の二〇インチ液晶の画面で、THORからダウンロードした制御プログラムを一通り分析して、その異常さに混乱しかける。

「何が?」

 ちょうど帰って来た由が、呟きを聞いて尋ねた。気のせいか、幸が少し青ざめているように見える。

 由は室内を見回した。小館は外出中らしい。最近よくいなくなって門限まで帰って来ない。

 プログラムについて話しかけた幸に、「やっぱりちょっと待って」と言って、由は持っていたクラフトバックから缶を取り出した。

「お茶入れるから」

 由がお茶と言う時、それは一〇〇パーセント紅茶の事だ。わざわざ購買部の海外流通サービスで注文し、今受け取って来たばかりの葉が入った缶をサイドボードに置き、温度調節機能付きのポットとティーポットを用意する。しばらくすると、室内は紅茶の上品な香りに包まれた。

 唯一の特技らしい特技。イギリスのカフェでもそうは味わえない腕前と寮内で評判の、由が入れたミルクティーを受け取ると、幸は一口飲んだ。

 気が遠くなるほどの幸福を感じる。

 ――電気ポットとミネラルウォーターで、何でこんな香りが出せるのかしら?

〈いろいろな意味で〉幸せをかみ締めると、幸は向き直った。

「ソフトを調べてみたの」

 由は机から椅子を引いて来て自分も座った。

「もうムチャクチャ。こんなプログラムなんてあり得ない」

 詳しくない由には全然話が見えない。

「由ちゃん、電気自動車の問題点を挙げてみて」

 由は少し考えると答えた。

「航続距離と重量かな?」

「どっちもバッテリーに関係した事で、大雑把に言ってしまうと、電気を蓄える性能が他の技術に追いついてなくて、どうしても大きくて重い物が必要になってしまうの。結果、車体が重くなってしまうわけね」

 これだけ電化製品が世の中にあふれ返っていると言うのに、事蓄電に関する技術は、意外なほど進歩していない事に気付く。乾電池など小さな物は別として、掃除機で使える位の電力供給をできる物は、ないに等しかった。

「だからバッテリーを使ってモータを動かす物は、なるべく限られた電力を節約しようと設計されるものなの。なのに、このTHORはまったくその反対。どんどん電力を消費するように造られてるの」

 幸は再び紅茶を一口。

「回成ブレーキがないのもおかしいし。あ、減速の時に慣性で回るモータを、発電機として電力を蓄えるシステムの事なんだけど。モータの回転数を調節するのに、ただ抵抗を上下させて無駄に電気を熱に変えて消費してしまうなんて、おかしいにも程があると思うの」

 由は思い付いたままを口にした。

「超電導モータだから、その辺はアバウトとか」

「研究者は最高を求めるものよ。車どころか、電気バイクにも採用されているシステムを搭載しないなんて、不自然すぎるわ。それに……」

 幸は考えを巡らせるように、視線を外した。

「私たちを襲った工作部隊の中に、紅いショットガンを持っていた者がいたの覚えてる?」

 由ははっきりと記憶していた。常人とは思えないような動きを見せた者がいた。女らしいそいつが持っていた銃は、紅く染められたショットガンだった。

「長身の……」

「私たちトレジャー・ハンターの中でも、卓越したその技量で半ば伝説になっている人たちがいる」

 紅茶が冷めてしまって、幸は少しがっかりした表情をした。

「その一人に、T・Cと呼ばれる若き天才トレジャー・ハンターがいるの」

「T・C?」

「Tender・Crimsonangel」

「〈やさしき紅天使〉、か」

「彼女はやむなく交戦する時、退路を確保するために、紅く染められたショットガンを使うの。殺傷が目的じゃないから、硬質ゴムやプラスチック製のスタン弾を使うんだけど」

「それで〈やさしき〉、なんだ」

 幸は、小さく首を振った。

「それだけじゃない。一人殺せば一人減るだけ。負傷なら二人減る」

 由は息を呑んで、顔をしかめた。自分の認識の甘さに気付いて。

 幸は残りの紅茶を大切に飲むと、そっとソーサーの上にカップを乗せた。

「間違いないわ。あの障害物の多いワンダーパレスの中で、正確に私たちの頭部を外してショットガンを撃つなんて、並みの技量じゃない」

 由は、当然の疑問を口にした。

「そうなら、何でトレジャー・ハンターが被災地活動用車両(THOR)なんて狙うんだろう?」

「CIAを出し抜き、ロシアの対テロ特殊部隊アルファを手玉に取り、北朝鮮の一一七部隊とわたり合える」

「……」

「そんな者が、意味もなくTHORの強奪作戦に加わるとは思えない」

 最先端技術の塊であるTHORと、宝物を狙うトレジャー・ハンター。この二つがどう結びつくのか、由にはさっぱり見当がつかなかった。

 幸はノートパソコンのウィンドウを閉じると、電源を切った。

 情報が少なすぎる。

 幸は、世界的なトレジャー・ハンターのサポート団体、〈協会アソシエイション〉の事を説明しようとして、由に向き直った。

「由ちゃん」「外街」

 同時に話しかけてしまい、思わず見詰め合う形になる。とそこで、部屋のドアが開けられた。

「お」

 何やら真剣に見詰め合う形になってる二人を発見した小館は、ニコーっといつも以上にニヤつくと、素早くカメラ付携帯を取り出した。

「イッツ、スクープっ!」

 撮影するや否やダッシュで部屋から飛び出して行く。

「ち、違う待って小館!」

 慌てて由は後を追って行った。校内ホームページのニュース掲示板に載せるつもりだとわかったからだ。

 最近、由と幸に関する記事が表と裏の掲示板にアップされ、人気を博している。特にマン研や文芸部、ゲーム同好会のお姉さま方に熱く支持されているらしい。

「もう、言くんは……」

 苦笑いと、ため息を一つ。そう言えば、最近言くんは何をしているんだろう? とつぶやいて、椅子から立ち上がる。

 疑問はますます深まった。にもかかわらず、反比例して幸は生き生きとして来る。それこそが、幸の幸たるところかも知れない。

 ティーカップを片付けようと、共同キッチンに向かう足取りは軽やかで力強かった。


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