イッシャの病気1
「ふわぁぁ~~」
翌日、雨の音はなく太陽の光が障子越しに差し込み、久々に晴れ渡っていた。
「ほら、琳子起きて~」
「ん~……もう少し……」
「まったく、本当に朝に弱いんだね」
隣で寝ている琳子を起こそうとするが中々起きず思わず笑ってしまう。
「大変ですわ、陸様!」
突然居間の襖が勢いよく開き紫音さんが慌てて入ってくる。
「紫音さんどうしたんですか?」
「イッシャちゃんが! イッシャちゃんが!」
「イッシャが?……」
「イッシャ! イッシャ!」
「うう……」
紫音さんに連れられ寝室へと琳子と一緒に入ると、そこには心配そうに呼びかけるイツキの姿と、布団に横たわりうなだれているイッシャの姿があった。
「これは……」
「朝私たちが起きたらすでにこのような感じで、イッシャちゃんの様子がおかしかったのです……」
紫音さんが下を向いてそう言い放つ。
僕がイッシャのおでこに手をやるとすごい高熱であった。
「私、おしら様を呼んでくるね!」
「うん、わかったよ琳子!」
そう言い琳子が家から勢いよく飛び出していく。
(まさか……)
――――それからおしら様が到着し難しい顔をしてイッシャの様子を診る。
「どうですか? おしら様!」
「これはまずいな……」
「めったにかからない妖怪特有の病気でな、わしでもなおせん……」
「そんな……」
目に涙を浮かべて泣きそうな琳子をよそにおしら様は言葉を続ける。
「それと持って明日の酉三つ時(午後六時~六時半)までじゃろう……」
「っ!……うわぁぁん!」
涙をこらえていた琳子が抑えきれずに泣き叫ぶ。
おしら様や紫音さんはただ黙ってその泣き声を聞いていた。
(くっ! やっぱり僕のせいなのだろうか、琳子とイッシャのそばにずっといたからこんなことに……)
やりきれない思いを抱えて下を向いてズボンのすそを強く握りしめる。
「なんとからないんですか?! おしら様!」
隣で泣く琳子をよそにおしら様に問いただす。
おしら様はなにやら考え込みゆっくりと口を開く。
「一つだけ方法があるやもしれぬ」
「本当ですか?!」
「北の森にどんな病気をも治すと言われている空狐という狐が住んでいるという噂がある」
「じゃ、その妖怪を連れてくれば?!」
「うむ、じゃが見たと言う人もおらぬし、なにより北の森は人間や妖怪に危害を加える妖怪の巣窟で誰も近寄れん」
喜ぶ僕をよそにおしら様がそう言いさらに言葉を続ける。
「それに北の森には鬼熊と言う人を喰う赤い熊の妖怪が妖怪を束ねて君臨しているとも言う」
おしら様の話を聞く限りとても一度入ったら出られるような場所ではない事がわかった。
それでも負い目もありイッシャのためにも覚悟はすでに決まっていた。
「……僕がその森に行って空狐を連れてきます」
「陸君?!」
「本気か? 小僧。実在するかもわからんのだし、死ぬかもしれんぞ?」
「それでも僕は行きます……このままイッシャを見殺しにするわけにもいきませんから」
「陸君死んじゃうかもしれないんだよ?!」
「大丈夫だって琳子、僕は昔から悪運だけは強いからさ、最近だってずっとイツキに狙われたけど無傷だろ?」
目に涙を浮かべて近寄ってくる琳子の頭をやさしく撫でてニコッと笑う。
「陸君……」
「そこまでの決意ならわしはもう止めぬ、だが日が落ち始める頃にはいったん戻ってくるのじゃぞ」
おしら様がそう言い力強い目で僕の事を見る。
「はい、おしら様ありがとうございます」
「気をつけてください陸様……」
「はい、紫音さん大丈夫ですよ」
心配そうに見つめる紫音さんに笑顔でそう返す。
「陸君かならず生きて帰ってきてね?!」
「うん、わかってるよ琳子、夕飯作って待っててね」
「うん……」
「それじゃいってきます、イッシャもう少しがんばっててね……」
みんなに頭を下げ別れをつげ、イッシャの頭を撫でて家の外へと出る。
「おい!」
家の外に出て歩き始めたところでイツキが声をかけてくる。
「どうしたのイツキ?」
「イッシャのためにも必ず連れて帰って来るんだぞ!」
「それと琳子が悲しむから絶対死ぬんじゃねえぞ陸!」
「うん、イツキ心配してくれてありがとう」
「けっ!」
(すぐ連れて帰ってくるからねイッシャ……)
イツキに手を振り僕は北の森へと向け歩みを進めた――――。
読んでくださった方々に感謝です。