運命の人ってなんですか?
フランソワ・フォン・カルアテイアは王国建国時からの名門貴族である。初代国王の妹姫を娶り、筆頭貴族として君臨してきた。
時代は流れ、公爵家に一人の姫が生まれた。何代かを跨いで血が薄まったため、姫は再び王家に嫁ぐことになった。 それは、権威の高まった公爵家を王家に繋ぎ止めるための、国を挙げた誓約でもあった。
その姫は幼き頃から王太子の妃となるべく、徹底的な教育を施された。薄らと微笑みを崩さず、感情を見せず、常に客観的に物事を見据える、完璧な令嬢へと育った。
彼女のことを好意的に見る人間は「完璧な令嬢」と呼び、悪意ある人間は「鉄の公女」と呼んだ。
◇
フランソワは、王太子殿下の15歳となる誕生日を祝う夜会へと出席した。
王太子殿下からは、事前に「俺は忙しい。夜会へはひとりで来い」と告げられていた。そのため、彼女はその言葉に従い、夜会会場へとひとり足を運んだ。 王妃教育の家庭教師からも、王妃陛下からも「妃とは王太子殿下に従うもの」と教育されていたからだ。
絢爛豪華な王城のホールでは、すでに王侯貴族が揃っており、フランソワは最後の入場となったようだった。
「フランソワ!遅いぞ。何をしていたのだ」
王太子殿下は、入場したフランソワに向かって声を荒らげた。 フランソワは首を少し傾げ、柔らかな微笑みを携えて答えた。
「あら、お聞きしていたお時間の1時間も前に到着したのですが、わたくしが最後のようですわ」
王太子殿下は、続けて言う。
「謝罪もしないのか!愚か者め」
フランソワは、やはり微笑みを絶やさずに答えた。
「しかしながら、王家からの使者が持参した、王家の封筒を使った正式な招待状に書かれていたお時間ですのよ。わたくしがここで謝罪をしてしまいますと、お手配に問題があったという事実がうやむやになってしまいますわ。なぜこのような不手際が起きたのか、後日調査してご報告いたしますわね」
王太子はニヤリと表情を歪めて笑った。
「なんて女だ。自らの過ちを認めず、謝罪もできないとはな。お前みたいな冷徹人間に国母は務まらん。俺は運命の人と巡り会った。この伯爵令嬢だ」
王太子殿下は、隣に立っていた可愛らしい雰囲気の令嬢の腰を引き寄せ、宣言した。
「今、この時点をもって、貴様との婚約を破棄する!」
会場が大きなざわめきに包まれる。
王太子殿下のサプライズのようだ。 この場に国王陛下や王妃陛下はいらっしゃらないが、高位貴族や大臣たちも列席している公式なパーティーである。もはや発言の取り消しは叶わない。 誰もが、公爵令嬢がどう反応するかを固唾をのんで見守った。
しかし、フランソワの微笑みは崩れなかった。顔を小さく傾けて言う。
「無知で申し訳ないのですが、『運命の人』とはなんでございますか?」
「お前みたいな感情に乏しい冷たい人間ではなく、私を理解し寄り添ってくれる……」
「いえ、王太子殿下の個人的な感想ではなく、婚約破棄の規定にはない条件です」
「は?」
会場も「?」となった。フランソワの発言の意図がすぐには理解できなかったのだ。 フランソワは逆に、なぜ皆様がそのような反応をするのか不思議に思った。
「王太子殿下は、運命の人を見つけたので婚約破棄すると申されました。しかしながら、婚約の規定において『運命の人』が現れた場合、婚約を解消とするという規定は存在しません。また、これまでの王妃教育でも聞いたことのない言葉です」
会場が、水を打ったように静まり返った。
「ああ、法務大臣のご子息が王太子殿下の側近におられましたね。運命の人とは何か、ご説明いただけますか? 夫婦でもなく、婚約者でもなく、妾でも、愛人でもない。『運命の人』とは、どのようなお立場の人なんでしょう?」
急に話を振られた法務大臣子息は、あたりを見回しつつ、身振り手振りを交えながら慌てて弁明した。
「え? いや、それは……生涯を添い遂げる運命の出会いというか、お互いに引き合うための存在というか……」
フランソワは、どうにも理解できない。
「つまり、意気投合されたお相手という理解であっていますでしょうか?」
法務大臣子息は、額に大量の汗をかいたのか、ハンカチを取り出して必死に拭った。
「あの、ええと……意気投合の、最上位の方なのかと……」
どうにも要領を得ない。
「それは婚約破棄の正当な理由なのですか? 寡聞にして存じ上げませんので、教えていただけると助かります」
しかし、法務大臣子息はそれ以上返事をしてくれなかった。
フランソワは、また別の方向へ視線を向ける。
「ああ、教皇様のご子息もおられますのね。教会にて神々の前で誓われた婚約ですが、それは運命の人の前では無効になる、というのが教会の正式な認識でよろしいでしょうか?」
教皇子息は、自分を指差し「え? 自分ですか?」と呟いた。
なぜか彼の周囲にいた者たちが、一斉にサッと距離をとる。
「え? いや、そのぉ……婚約の前というか、お付き合いというか、これから契約するというか……」
「ごめんなさい。やっぱりどういうお立場の方なのか、理解ができないのですが……」
フランソワは、再び会場全体を見回した。
「ああ、この会場にいらっしゃる方々で、どなたか『運命の人』と出会った方はおられますか? 実際、それがどのような関係であるかを教えていただくことはできませんでしょうか?」
会場の貴族たちがビクリと身体を震わせた。 その時、一人の貴婦人が、隣の夫に向けて冷ややかな声をかけるのが聞こえた。
「あら、旦那様。昨年から別館にお囲いになっているあのお方のことを、運命の女性とおっしゃっていませんでしたかしら? ぜひ、公爵令嬢にご説明して差し上げたら?」
フランソワは、純粋な期待を込めた目(自分としては)でその紳士を見た。 紳士は真っ青になり、慌てて手を振る。
「い、いや、何を言っているんだい! 私の最愛は君だけだよ。か、彼女は生活に困っていたから、人道的に保護しただけなんだ!」
残念、お話を聞かせていただけると期待したのに。
フランソワがさらに周囲を見渡すと、会場のあちこちから不穏な囁きが漏れ聞こえてきた。 「お前、この間……」「いやいや、違うんだ!」「あなた、私に運命って言ってたわよね?」「いや、あれは人違いで……」などと言い合っているが、誰も手を挙げて説明してくれる者はいない。
「あら? いらっしゃらないのね。特殊な事例なのかしら? 困りましたわ、わたくし、なぜ自分が婚約破棄されるのか、さっぱり理解できません」
王太子殿下が、屈辱に身体を震わせて怒鳴った。
「お前のそういう所が嫌いなのだ! お前とは将来を描けない! だから婚約破棄をして、運命の人である伯爵令嬢と結ばれるのだ!」
「あの……王太子殿下? それは、王家と公爵家、そして教会と神への宣誓を、ご自身の感情だけで一方的に破棄される、と聞こえますが……」
すると、王太子殿下の後ろから、大柄な若者が前に進み出てきた。
「黙れ! 殿下のお心がわからんのか!」
その瞬間、フランソワはほんの少しだけ、眉をひそめた。
「嫌ですわ。……なんですか、騎士団長のご子息。王太子殿下と公爵令嬢の会話に勝手に入り込むなど、無礼にも程があります。わたくしは公爵家でも王妃教育でも、感情に支配されず、物事を冷静に客観的に捉えることを学びました。また、王侯貴族にとって契約とは絶対的なものであると習いました。そして、その逆の行為こそを『恥』であると。騎士団とは、感情に任せて力で相手を威圧するのが礼儀なのですか?」
フランソワは、この無礼な男をなぜ警備の者が取り押さえないのかと、周囲に視線を這わせた。
「ああ、会場警備の責任者の方がおられますね。あら、騎士団長自らですか。ご苦労様です。つきましては、ご子息の今の行為は、騎士団として当たり前のことなのでしょうか?」
名指しされた騎士団長は、冷や汗を流しながら深く頭を下げた。
「公爵令嬢、大変申し訳ありません」
「謝罪は受け取ります。ですが、わたくしの質問に答えておられませんわ」
フランソワは、まさに上に立つ者としての凛とした威厳を湛え、扇を広げて口元を隠しながら問い詰めた。
「……愚息の行為は、我が家、いえ、騎士団全体の恥でございます。公爵令嬢のおっしゃる通り、無礼極まりない行為に他なりません」
「あら……」
(あらまあ。やはり『恥』ですのね。わたくしの認識が間違っていなくて安心しましたわ)
「ご教育を見直された方がよろしいかと思いますが……いえ、他家のお話でしたね。失礼いたしました」
騎士団長と警備の騎士たちは、顔を真っ赤にした騎士団長子息をそのまま力ずくで引きずり出していった。
さて、しかしどうしたものだろう。
「王太子殿下は、運命の人に巡り合ったとして、わたくしに婚約破棄を突きつけておられますが、その『運命の人』がどのような法的なお立場なのかを説明できない。さらには、これから契約を交わす相手とのことですが、現在において契約書も誓約書も存在しない。これでは、どう捉えても王太子殿下の個人的な我が儘による一方的な破棄となりますが、本当によろしいのですね?」
王太子殿下は、頭をガリガリと掻きむしりながら叫んだ。
「もう面倒だ! そうだ、すべて私の意志による婚約破棄だ!」
それを聞いたフランソワは、満足げに微笑み、流麗で完璧なカーテシーを披露した。
「左様でございましたか。承知いたしました。それでは、正式に書面にて公爵家へお伝えくださいませ。王太子殿下のご意志に従いましょう」
こうして、婚約破棄は成立した。
しかし、夜会という大衆の面前で、王太子が「自らの身勝手な意志による一方的な破棄である」と宣言してしまったため、当然ながら王家は公爵家に対して、天文学的な額の慰謝料を支払うこととなった。
王太子殿下と、彼の言う「運命の人」であった伯爵令嬢の関係は、その莫大な負債が引き金となったのかは定かではないが、わずか数年で破綻を迎えたという。
その顛末を聞いたフランソワは、 「やっぱり、運命の人って、一体何だったのかしら……?」 と、いつまでも不思議そうに首を傾げているのだった。
評価・レビュー等は受け付けておりますが、返信できない場合が多いので、ご承知おきくださいmm
本作はAI(Gemini)を利用し、校正を行っています。
基本お話は完全に手作りです。




