第18話 文化祭と男子と女子(終日編)
「どういうことだ」
葛西に呼び出されたのは人気のない校舎裏。数時間も経てば、あとは後夜祭のみとなる。そんな中、胸ぐらを鷲掴みにされ、吐息がぶつかるほどの距離で問い詰められていた。
結論から言うと、告白の阻止は出来なかった。午前中に二人でライブを見に行ったあと、朝霧から「後夜祭の間、教室で待ってます」と言い逃げされたと言う。彼は午後からクラスの調理を担当することもあり、これ以上彼女と二人で話す機会を作ることが出来ない。言わなくても分かるだろう。相当頭に血が上っている。
「お前は言ったはずだ!俺はお前の言う通り、朝霧と一緒にいるという約束は守った!なぜ阻止しなかったんだ!」
温厚な口調は消え、むき出しの声は鋭く突き刺さる。一人称が剥げていることに気付かないくらいには、激昂しているようだ。普段は声を荒げることがないせいか、次第に怒号は小さくなりつつある。
「善処するとは言った」
その瞬間、視界が傾き地面に半身を打ち付ける。右肩と額にじわじわと痛みが走る。そうか、投げ飛ばされたのか。服には湿った泥が付き、ズボンは薄く擦れた。ゆっくり起き上がると血が滴っている。土に混ざった石の破片で切ったのだろうか、葛西の方に振り向くと彼は驚いたような顔をした。
「ごめ…そんなつもりじゃ…」
葛西の顔は蒼白く引き攣っている。自分がしでかした事の顛末がストッパーのように、彼はその場から動かなくなった。これ以上詰められることはないだろう。実際、彼の頼みを聞かなかったのは事実。まさか、投げ飛ばされるとは思っていなかったけど。でも、これでいい。彼の本心を聞けた気がしたから。
「悪かった」
そう彼に一言発した後、何か言いたそうにしていたが俺は一切振り向かずに保健室へと向かう。追いかけてくる様子もない。途中、辰巳と鉢合わせてしまい大げさに心配された。養護教諭が不在だったため、辰巳に処置をしてもらう。
血はかなり出ていたが、傷が浅かったのが不幸中の幸いだった。辰巳には何があったのかとしつこく尋問されたが、こればっかりは言えない。下手くそな作り笑いを下に向けて、足を滑らせて転んだと嘘をつく。何かを察したのかそれ以上俺に問い詰めることはなかった。
「文化祭ももう終わりだね」
体育館側からジャカジャカと最後のライブ演奏が聞こえてくる。陽が落ちる時間も速くなり、外は暗くなっていた。校庭の中央には、数台の軽トラが花火の準備をしている様子が見える。
「朝霧さん、上手くいくといいな」
「…だな」
辰巳には少し安静にしたら戻ることを伝え、先に教室に帰ってもらった。勝手に空いているベッドに寝転がる。横になっていると、誰かが出入りしているのかドアを開く音が聞こえる。そのまま体を脱力し始めると、より痛みが強くなり数分も経たずに身体を起こした。
この三日間、何かと忙しくしていたせいで一息つく時間がなかった。昼は文化祭、夜は板挟みの恋愛相談。最終日に至っては依頼主と言い合いになり、怪我をして保健室で療養中である。初年度の宴は目まぐるしいだけで終わってしまった。
「そろそろ戻るか」
殆どの生徒は花火を見るために外へ出ており、教室にいたのは朝霧一人だけだった。俺がドアを開けた時にビクッと肩を上げて振り向いたが、葛西じゃないと知ると大きく息を吐きながら胸を撫で下ろす。そういえば、花火を打ち上げたタイミングで告白するとかなんとか言っていた気がする。
「神田くん…!?その怪我…」
彼女の心配を遮るように「頑張れ」と言葉を発する。その一言で彼女は体を強張らせた。緊張させてしまったのだろうか、俯いてしまい返事はない。今更気の利いたことなんて言えないし、あとは当人たちに任せるとしよう。
廊下を歩いていると、ドカンと光輪花が打ち上がる。それに気づいた瞬間、俺は反対側の多目的棟の三階まで走り抜けた。心拍が上がると、血液の流れに合わせてドクドクと身体が痛む。足元すら満足に見えない暗闇の図書室で、スマホの光を頼りに教室棟側の窓際まで歩を進める。
「さあ、最後の仕事だ」
締め切ったカーテンの一部を開き、先ほどまでいた教室に目を向ける。ここからは賭けだ。二人が傷つかず、二人が仲良くなれる方法。もうこれしかない。葛西と朝霧の二人が向き合ったとき、手に持っていたスマホを耳に当てる。
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僕はその場から動けず、ずるずると座り込む。初めて人を突き飛ばした。怪我を負わせてしまった。自分でもなぜあんなに感情的になってしまったのか、ただ子供が駄々をこねただけじゃないか。
頭の中がぐるぐるしている。とりあえず戻ろう。まずは彼に謝らないといけない。教室までの道のりは、罪悪感で押しつぶされそうになった。教室のドアを開けると、彼の姿はない。どこへ行ったのだろう。
「幸ちゃんなら今保健室にいるよ。何か話したいことがあるなら行ってみたら?」
突然声を掛けられ、振り向くとそこには加苅がいた。なぜ、彼を探していると分かったのだろう。ほんの少し、ほんの一瞬、加苅の中に渦巻く表情には出ない静かな怒りに当てられた気がした。
保健室に着くと、雑多に扉を開ける。そこには神田の姿はなかった。ベッドに誰かいたような気もしたが、流石に覗くようなことは出来ない。外を見ると、もうすぐ後夜祭が、彼女との約束が近いことが分かる。
「どうしたらいいんだよ」
段々と暗がりが増すほど、追い詰められたように心臓がきゅっと締まる。ほとんどの生徒はもうこの教室棟には残っていない。最後に打ち上げられる花火を見ようと、皆が外へ出きった頃。断続的に閃光が僕を照らした。ああ、時間だ。
怖い。嫌だ。会いたくない。彼女の思いや言葉が、えぐるように過去を引っ張り上げてくる。自分がこんなにも、トラウマが大きく肥大化しているとは思ってもいなかった。彼女との距離が縮まるほど、足取りは重くなる。
「あ…」
締まり切った扉を開く。彼女は僕と顔を合わせると、俯いてしまった。向き合ったまま無言の状態が続き、花火の轟音と閃光が室内を埋め尽くしている。僕も彼女を見ることはなく、すぐにでもこの時間が終わってくれるように祈るだけだった。
「あの…えっと…」
言葉で伝えるだけなのに、何をそんなに時間を掛けているのだろう。すっと言えないのに何で呼び出しなんかしたのだろう。頼むから早くしてくれ。こちらの答えは既にきまっているのだから。
「…ん?」
気付くとスマホが震えている。どうせ親からの連絡かなんかだろうと思っていたが、コールのバイブレーションが一向に止まない。彼女はまだ言葉に詰まっているようだから、仕方なくその場で取り出すと件名には神田という二文字。ここで助け舟が来たのかと思い、通話のマークに指をなぞる。
「もしも――」
「前を見ろ」
「は?」
「朝霧のことを。正面から、ちゃんと見ろ。嫌なことから目を背けるな」
一方的に話をされ、一方的に切られてしまった。彼が何を伝えたいのか分からない。思考が追い付かず、言われるがままに彼女を見る。
身体が小刻みに震えている。両手はワンピースの裾を強く握り、頬と耳は林檎のような赤みを帯びて、瞳は少しの涙を留まらせながらしっかりとこちらを見ていた。目があった瞬間、彼女は深呼吸をして口を開く。
「私と…付き合ってください!」
朝霧は、あまり話が上手じゃない。この文化祭に至るまでの期間、一緒にいたから分かる。いつも誰かのために、苦手なことでも努力していた。最初はなぜそこまで頑張れるのか分からなかった。
だけど、それ以上に朝霧は色々な人と関りがある。朝霧の頑張りもあるけど、周りがいつもそれを見て、時には手を貸していた。疑うことも馬鹿にすることもしない、ただ真っ直ぐなだけだった。
今もそうだ、蹴落とそうなんて微塵もない純粋な好意。僕は、自分がまた同じようなことに巻き込まれるのを避けたくて、我儘を言っていたに過ぎない。でも、それでもまだ真正面からは受け取れない。過去の傷は思ったよりも深いから。
だから――
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通話を切ってスマホを置く。カーテンを閉め切ると、誰もいない室内には花火の光だけを通す。そう、俺以外のただ一人を抜いて。
「幸ちゃん。今回のこと、ちゃんと話してね」
「はぁ、ほんとお前には隠し事できないな」




