第6話 彼がいないと困る
昼前、詰所の中が少し慌ただしくなった。
「……あれ?」
俺は物資棚の前で足を止める。
いつも決まった場所にあるはずの箱が、見当たらない。
「補給箱、ここじゃなかったか?」
近くにいた隊員に声をかけると、彼は一瞬きょとんとしてから答えた。
「あ、それ……今朝、別の倉に移しました」
「なぜ?」
「えっと……昨日、あなたが
『ここだと動線が被る』って言ってたので」
俺は、しばらく言葉を失った。
――言った、か?
確かに、そんなことを口にした覚えはある。
だがそれは、何気ない独り言に近いものだった。
「……そうか」
それ以上、何も言えなかった。
昼の巡回が始まる頃、俺は詰所に残っていた。
外の配置は、すでに決まっている。
「今日は休んでてください」
ミリアが、当然のようにそう言った。
「いや、俺は――」
「大丈夫です。
あなたが外に出ない前提で、回してますから」
その言葉に、胸の奥がひやりとした。
――前提?
「……俺がいなくても、回るだろ」
そう返すと、ミリアは少しだけ困った顔をした。
「回りますけど……困ります」
言い切られてしまった。
理由を尋ねようとして、
その前に外から声が飛び込んでくる。
「判断、どうします?」
詰所の外。
巡回組が立ち止まり、こちらを見ていた。
俺は思わず立ち上がる。
「何があった?」
「予定ルートの一部が崩れてます。
回り道するか、そのまま行くか……」
一瞬、状況を思い描く。
「無理に通らない方がいい。
今は時間に余裕があるし、
回り道しても危険度は下がる」
それだけ伝えると、彼らは即座に頷いた。
「了解です」
そして、迷いなく動き出す。
――待て。
俺は、ふと気づいた。
誰も、確認しない。
誰も、疑問を挟まない。
俺の言葉が、
“判断”として扱われている。
昼過ぎ、巡回組が戻ってくる。
「助かりました」
「指示通りで正解でした」
そんな声が、次々とかかる。
俺は曖昧に笑って、その場をやり過ごした。
夕方、責任者がミリアと話しているのが聞こえた。
「今日は、彼がいなかったら厳しかったな」
「はい……」
ミリアの返事は、少し間があった。
「正直、判断が遅れがちになります。
彼がいると、皆が迷わない」
胸の奥が、ざわつく。
――俺が、いないと困る?
その感覚は、追放されたあの日から、
一番遠いところにあった言葉だ。
夜。
焚き火のそばで、一人考える。
俺は、何も変わっていない。
戦えるようになったわけでもない。
力を得たわけでもない。
ただ、
見て、考えて、言葉にしているだけだ。
それなのに。
「……期待しすぎだ」
小さく呟く。
ここでの評価は、
たまたま環境が合っているだけ。
いずれ、
俺がいなくても回るようになる。
そのとき、
俺はまた――
不要になるのだろう。
そう考えると、
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
ミリアが、隣に腰を下ろす。
「考え事ですか?」
「まあ……」
「無理しないでくださいね」
その言葉が、
“心配”として自然に出てくることが、
どうしても不思議だった。
「……勘違いだよ」
思わず、そう言う。
ミリアは首を傾げる。
「何がです?」
「俺が、必要だってこと」
少し間が空いたあと、
彼女は静かに答えた。
「それは……私たちが決めることです」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
俺は、その言葉に返す言葉を持たなかった。
この場所で、
俺は少しずつ――
“いなくなると困る人間”に
なりつつある。
その事実を、
まだ、受け入れきれないまま。




