第4話 評価される違和感
「……本当に、助かりました」
詰所の中で、昨日の女性――ミリアは、深く頭を下げた。
「いえ、俺は何も……」
反射的にそう返してから、言葉に詰まる。
何もしていない、はさすがに言い過ぎだろうか。
だが実際、俺がしたのは
状況を見て、無理のない手順を口にしただけだ。
「朝の巡回も、あなたの言った通りにしたら、
思ったより早く終わって……」
ミリアは地図を広げ、指でなぞる。
「ここ、普段は二人で回してたんです。
でも今日は一人で十分でした」
「人の流れと死角が、少し噛み合ってなかっただけだと思います」
そう答えると、ミリアは目を瞬かせた。
「……そんな簡単に言えることじゃないと思いますけど」
違和感。
その一言に、胸の奥がざわついた。
――いや、簡単なことだ。
誰だって分かる。
「俺は、ただ見ただけです」
そう言い切ると、ミリアは少し困ったように笑った。
「じゃあ、見ただけで分かる人なんですね」
その言い方が、妙に引っかかった。
詰所では、他の面々も忙しなく動いている。
だが、時折こちらを見る視線を感じた。
「さっきの判断、良かったな」
「補給、無駄が減った」
小声のやり取りが、耳に入る。
――気のせいだ。
たまたま、だ。
そう思おうとしたが、
次の瞬間、別の隊員が声をかけてきた。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
地図を指しながら、彼は言う。
「この辺り、夜は魔物が出やすいんだが、
配置をどう変えればいいと思う?」
俺は一瞬、言葉を選んだ。
「……夜は視界が狭まる。
なら、見張りを増やすより、
通路を絞った方がいい」
それだけだ。
だが彼は、はっとしたように頷いた。
「なるほど……そうか」
すぐに他の者を呼び、配置が変わる。
――また、うまくいった。
「……おかしいな」
自分の中で、そんな呟きが漏れる。
偶然が、続きすぎている。
昼を過ぎた頃、ミリアが水袋を差し出してきた。
「休憩、取ってください」
「いや、俺は――」
「取ってください」
きっぱりと言われ、思わず受け取る。
距離が、近い。
それに気づいた瞬間、
周囲の視線がさらに集まったのを感じた。
「……あの」
俺が言いかけると、ミリアは少し顔を赤らめて視線を逸らす。
「その……あなたがいると、
現場が落ち着くので」
胸の奥が、きゅっと縮む。
それは、俺が一番言われたことのない言葉だった。
「勘違いですよ」
思わず、そう返してしまう。
ミリアは驚いた顔をしたあと、首を振った。
「いえ。
少なくとも、私はそう感じました」
その言葉に、返す言葉が見つからなかった。
夕方、詰所の責任者が戻ってくる。
状況報告を受けた彼は、しばらく黙り込み――
それから、俺の方を見た。
「……君が、今朝から手伝っている人か」
「はい。ただの雑用です」
そう答えると、責任者は苦笑した。
「雑用で、ここまで回るなら苦労しない」
その言い方は、冗談めいていたが。
俺には、どう返していいか分からなかった。
夜。
詰所の片隅で、俺は簡易寝台に腰を下ろす。
「……変だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
ここでは、
俺の言葉が届く。
必要だと、言われる。
だがそれは、
俺が特別だからではない。
ただ、たまたま。
偶然が、重なっているだけだ。
――そうであってほしい。
なぜならもし、
これが本当に“評価”なのだとしたら。
追放されたあの日の判断が、
間違っていたことになる。
その事実を、
まだ受け入れる準備ができていなかった。
詰所の外で、夜風が吹く。
その中で俺は、
少しずつ――
ここが「拾われた場所」になりつつあることを、
まだ、認めきれずにいた。




