1-2*ヒリュウとセコ
*この物語はフィクションです
20XX年10月7日。
昼過ぎ、都内某公園。
空には灰色の雲が広がっている。
昨日は大雨、今日は曇りときて、むわっと湿度が高い。
屋外用ベンチで、メトロノームのように革靴を鳴らして貧乏ゆすりしていた女が、ふとその動きを止めた。
年齢は二十代ほどで、伸びた黒髪は艶々としている。黒いスーツに黒い手袋、革靴と、公園の緑には似合わない出で立ちをしていた。
そしてその手には、『週刊LOOP』という週刊誌があった。大見出しには、"アイドル 心中"という単語が大々的に並べられている。昨夜起きた事件の影響がもろに表されていた。
ページにはそのアイドルが生きていた頃の写真があった。
青い衣装の方はクールな表情。
メガネ、衣装ともにオレンジをした方は弾けるようなフレッシュな笑顔をしていた。
女はキラキラしたアイドルのイメージと、昨日見た遺体の写真を同時にふと思い出した。
革靴の―瀬古燕はふいに視線を上げ、自身の腕時計を見た。
猫のような黄金色をした瞳がキラッと光る。
それからふうと溜息をついて、口を開いた。
「一時間経ちましたよ」
「うひゃっ? え?」
その瞬間、瀬古のそばに立つ長身の男―火流哲仁は意識をパッと取り戻し、情けない声を漏らした。
瀬古は一瞬驚き、目を丸くした。
しかし次の瞬間には、(この人は……)と呆れるように上目遣いに火流を見ていた。
「……寝ぼけてんスか?」
「い、いや? そんな事ないよ?」
火流はポロシャツの上に着た白いジャージの裾をひらつかせ、何とか取り繕おうとしたが、その顔は誰でも分かるくらい赤かった。
瀬古は呆れて腕を組む。
「今は一応でも職務中なんですよ。ランチを食べてうとうとするなんて笑えません」
「は、はぁ……すいません……」
瀬古の正論に、ぐうの音も出ない。
それから瀬古は、さっき言ったセリフをもう一度繰り返した。
「今時計を見たのですが、一時間経っていました。待ち合わせの時間から」
「えっ」と火流は驚いて、慌てて自分のスマホで時刻を確認した。確かに、それは合っていた。
「うーん……そうかぁ。やっぱり、事故でもあったのかなぁ」
「____逃げたんですよ、やっぱり」
心配する火流の言い方に対し、瀬古は間違いないと断言するように言った。
火流はそれを聞いて、反射的に眉をひそめていた。
「……そんなことは、なくはないかもしれないけど。断言するのが早いんじゃないのかな」
瀬古は目を丸くした。が、すぐ元の表情に戻った。
「あなたは来ると信じているんですか?」
「お、俺? 俺は……。望みは薄いかもしれないけど、信じるよ。疑う理由はないし」
「……。あなたも私も、一時間ムダに待たされてるんですよ。この世の中、異動とか重大な出来事の前に逃げる輩は腐るほどいる。____それに、今のご時世、来たがらない人間がいたっておかしくないでしょうね。うちの部署じゃ」
火流は眉を下げた。困った時に十中八九する癖だった。
「ちょ、ちょっと、俺は頭よくないんだから、詰めないでよ。って、違う。違うよ」
瀬古はきょとんと「違う?」と首を傾げた。
「俺がしたいのは君の話。君が、会った事もない人を勝手に逃げたとか決めつけたから」
「……信じろと? まだ会った事のない人物を」
「信じなくてもいいよ。でも、せめて、決めつけるのをやめたらどうかな?」
瀬古は少し考える間、無言になった。
「優しいですね、火流さんは」
火流はまたへにょりと眉を下げた。
「だから、何で俺の話になるの。君の、人を決めつける癖を____」
「ゴホンゴホン。ゴホン。……では、火流さんのいう通り、"来る"という方向で考えてみますか」
火流の言葉を咳が遮った。
火流は、肩を落として、長く溜息をついた。
瀬古がこういう頑固モードに入ると、何を言っても無駄と分かっているからだった。
「うん」
「だとしたら、二人して待ちぼうけしててもしょうがないかもしれませんね」
「待ちぼうけ?」
「えぇ、例えば……」
瀬古は切れ長の目を細めて口を開いた。
話は、二人が所属する"捜専"から始まる。




