16:グミとゾンビ
*フィクションです
ノートパソコンの右下に表示された時計は、午前七時半を差していた。
今まで閉じていたオフィスのカーテンを開くと、黄色い日差しが体全体に降り注ぐ。
林枯はデスクの端にある、封の切れたグミの袋を片手に取った。
ぶどうグミを二つ口に放り込むと、いつもの芳醇すぎる香りが鼻から抜けていく。
味わう過程をすっ飛ばして咀嚼するのを繰り返しているせいで、もはやおやつという感じがしない。
ふと、後ろからドアが開く音がした。
「おはようございまー……うわぁっ?!」
リュックを背負いにこやかに出勤してきた火流は、部屋に入るなりいの一番に叫んだ。
その視線は林枯の顔に向けられていて、じろっと睨み返す。
「人の顔を見て、何なんです?」
「いや、くまくま……」
「は?」とスマホの内カメで見ると、目の下にはっきり濃い隈が残っていた。
「もしかして、昨日から帰ってないの?」
火流はまた眉を八の字にして、尋ねてくる。
(この人、心配するか、驚くか、呑気に笑うかしかないわけ)
林枯は、目の前にいる幾つか歳上の男を心の中で毒づいた。
そしてぼんやりと、艶めく髪を手櫛で梳きながらぶっきらぼうに答える。
「見つけたんですよ。"仮面の化身"のなかみ」
____すると案の定、火流は目を丸めて「ほ、ほんと?」と驚いた。
顔を背ける。
目を狐のように細めると、口から息を漏らした。
「ふ」
「……?えっ、冗談なの?」
「ボクが冗談を言うタイプに見えますか」
林枯は瞬時に切り替えて真顔に戻ると、改めてノートパソコンに向き合う。「……見るんですか?どっちかはっきりしてほしいんですけど」
火流は慌てて「えっ。見る、見させてください」と返し、リュックも下ろさずにそばへ寄った。
「昨日からずっと探していました」
えっ、とまた驚きの声があがる。
「君って、ゴリ押しするんだね」心底意外そうな声だった。
「ゾンビゲームの兵士は、銃弾がなくなったら素手でゾンビを殺します」
「え。ぞ、ゾン……?」
「失礼。昨日からずっと見てるもので。効率的な方法が思いつかなければ、即座に強行突破に切り替える。それも効率化の一つなんです」
そう言って開いたのは、とあるチャンネルのページ。
「"ナットランド"?」
それは、表示されたチャンネルの名前。
林枯はマウスのホイールをなめらかに動かしていく。
リズムゲーム、ノベルゲーム、ガンアクションゲーム……。
それらをプレイして、紹介する動画が、ずらっと何百個も並んでいた。
「初投稿は六年前。極め付けはこれ」
クリックしたのは、暗い屋敷をランタンを持って回るホラーゲーム。
『幽霊が出てきそう……』
下に出たのは、ぐにゃんと曲がったフォントの字幕。
「この他にも、同じフォントが二種類ほど」
火流は納得して目をキラキラさせ、それから「すごいね、林枯君」と控えめに笑った。
林枯は、数秒だけ体の動きを止めた。
手や指を動かさず、ふくろうのように目の前の一点を見つめる。
「あの、さっきから疲れてるよ?仮眠を……」
「いえ、大したことでは。酒蔵さんと瀬古さんは、いつ来るんですか」
「えっと、大体、あと十五分くらい」
「なら、とっとと終わらせましょう。……正味、一か八かのギャンブルですが」
火流が首を傾げる横で、林枯は画面を見つめるまま、ぶどうグミを二つ口へ放り込んだ。




